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2005/09/30

5月27日(金)

昨日の都教育委員会で入学式の処分決定、今日発令。
送信したメールから。根津公子です。都庁記者クラブに行き、夜記者会見を緊急でしてもらって帰り、パソコンに向かったのですが、皆さんに送信する段になって、突然画面が消え、打ったものすべてがなくなってしまいました。この時間ですので簡単に報告します。
入学式の「君が代」不起立で都教委は私を明日28日から1ヶ月の停職処分に処しました。石原・横山は先月の北九州ココロ裁判の判決など、どこ吹く風、どこまでも突っ走ると、再度宣言したかのような暴挙・愚挙に出ました。
卒業式ではいろいろなことがあって私は、「君が代」の途中から着席したことは以前お伝えしましたが、そのとき、そうしてしまったことへの後悔と、2度とこんなこと私にはできないとの思いを持ちました。そして、定年まで6年間に使えるカードの枚数を数えるのはやめよう、私の気持ちに正直に不服従をしよう、そうすることで私の教員としての生き方を子どもたちに示すことができたらいいなと、ごく自然に考えるようになりました。ですから今回の停職は当然予想していたことです。
入学式の時から私は校長に、「都教委は私を停職にするだろうけれど、私は毎日学校に来るからね。朝から夕方まで。校長は教育委員会から命じられて私を排除するだろうけれど、学校の敷地1cm外にいる私を退去させることはできないよね」と言ってあります。来週30日(月)はもともと調布中への見せしめ異動裁判が朝から1日予定されていて、すでに休暇申請をしています。ですから、31日に学校に行きます。今日、処分書を受け取った後、校長に、「子どもたちに対して校長は私のことをきちんと話さなければならないですよね」と言っておきました。私は締め出された、たぶん校門前公道で生徒たちに私の言葉で話をしていきたいと考えています。1ヶ月間たっぷり時間はありますから。都教委の私に対する仕打ちを見て、子どもたちがいまを考えるきっかけになったらいいなと思います。そんなわけで毎日二中の門の前にいることになると思います。時々は都教委にも抗議に行きますが。
さて、皆さんにお願いがあります。ひとつは、個人、グループ等で都教委に抗議を定期的、長期的に寄せてください。もうひとつは難題ですが、この問題を世界に発信し、国際的問題にできないかと思っています。つくる会教科書問題等と併せ、日本の国家主義教育の進み方を国際世論に訴える知恵とつてを与えてくださる方はいらっしゃいませんか。お力をお貸しくださるようお願いします。
処分書を受け取る前に「心して聞きなさい」と言って私が読み上げはじめた、しかし、風邪を引いて声がれした私の声をかき消す声で都教委の役人が処分書を読み上げたので、途中から聞こえなくされてしまった抗議文を添付します。

2005年5月27日
東京都教育委員会御中
   立川市立立川第二中学校教諭 根津公子

「君が代」処分に抗議する

 本日2005年5月27日、東京都教育委員会(以下、都教委)は入学式における「君が代」斉唱時に起立しなかったとして私を停職1月処分に処した。この暴挙に強く抗議する。
 1989年当事の文部省が学習指導要領に「日の丸・君が代」を持ち込んで以降その強制を年々強め、都教委は2003年、いわゆる10・23通達を出し、反対意見を処分で脅し封じ、徹底した「君が代」服従を教員に、そして教員を通して子どもたちに強いてきた。
 教育は「個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成」を期し、「学問の自由を尊重して」行うべきものであって、教育行政が「不当な介入に服してはならない」と教育基本法は謳っている。教育として「日の丸・君が代」を取り扱うならば、学校・教員はこれらについて子どもたちが考え判断できるよう資料を提示し、学習する機会を作るとともに、その上で子どもたちが自らの意思で行為を選択することを保障しなければならない。それが軍国主義教育の反省から生れた、教育基本法の示す教育行為である。
然るに、都教委が強行する、子どもたちに一つの価値観を押し付ける「君が代斉唱」行為は非教育・反教育行為であり、教育基本法に違反する行為である。それは調教と呼ぶべきものである。
そのような理不尽なことに、私は従えない。職務命令を濫発されても従わない。それは、教育基本法を順守し、軍国主義、国家主義教育に加担しないと誓った私の教員としての職責であり、選択である。私は、私の生き方を子どもたちに示すことで教育に責任を持つ。だから、都教委が叩いても私は立ち上がる。意を同じくする人たちとともに闘う。
 都教委の役人の方々よ、世界に目を向けよ。圧政に命を堵して闘っている人々がいることをあなた方は知っているだろうか。圧力をかければ、誰もが服従するのではないことを学ぶとよい。
 都教委の「君が代」処分に抗議するとともに、併せて、闘いつづけることを宣言する。                        
                      以上

次は、31日に初「出勤」したときに職員打ち合わせで話し、配ろうと用意している手紙。

二中職員の皆様
新聞報道等でご存じかと思いますが、27日、都教委は入学式での「君が代」斉唱で不起立したことに対し、懲戒処分を発令しました。卒業式での不起立ですでに「減給6ヶ月」に処せられていた私は、この日、「1ヶ月停職」を発令されました。4月末に福岡地裁が「君が代着席で減給処分はやり過ぎ。取り消せ」とした判決を出しましたが、都教委はそこからは学ばずに突っ走りました。不当な処分を私は許しません。
かねてから都教委は「3回不起立で免職」などと言っていましたから、入学式で私は停職処分を覚悟した上で不起立=不服従をしました。職員会議の席上、私はなぜ「君が代」に服従できないかを発言しましたが、以下、私の不服従の気持ちを述べます。お読みいただけたらうれしいです。
侵略戦争の歴史認識からは「日の丸・君が代」を肯定すべきでない。天皇制を賛美する歌「君が代」は民主主義と反する、と私は考えています。でも、だから卒・入学式の「君が代」斉唱時に起立をしないのではありません。それ以前の問題です。
私が起立=服従しないのは、これが、教育に名を借りた、教育を否定する行為だと思うからです。教育行政が「日の丸・君が代」を学習指導要領に位置づけ、教育活動として行えというならば(そこまでは100歩譲っても)、学校には教育行為を保証すべきです。そしてそこで学校・教員がすべきことは、「日の丸・君が代」について子どもたちが考え判断できるよう多角度から資料を提供すること、その上で子どもたちが自らの意思で自らの行為を選択できる枠組みを作ることだと思うのです。それが教育行為だと思います。
しかるに、一つの価値観を植えつけ、従わせるという「君が代」斉唱行為は、教育を否定する行為です。そうしたことには、職務命令が発せられても私は従うことはできないのです。教育基本法も一つの価値観の押し付けを禁じています。一つの価値観を植えつけ、従わせるというやり方は、戦前・戦中の軍国主義教育であったことは指摘するまでもないかと思います。
いま日本社会が国家主義・戦争体制に向かっていることを私はひしひしと感じています。「日の丸・君が代」の強制もその一つです。服従しない者には徹底した弾圧を加え、学校現場から排除していく、そして周りへの見せしめとする。まるで治安維持法下を思わせます。狙いは民主主義を嫌い上命下服を好む子どもたちをつくることにあるのは明らかです。この社会状況を考えると、ますます私は、「君が代」の職務命令に服従することはできない、と思うのです。
ところで私は卒業式ではじめ少しの間起立したときの気持ちを、職員会議で述べました。おかしいと思っていることを少しの時間ではあるけれどしてしまったことに、私はとっても後悔したのだと。その後悔から、もう自分にうそをつくのは止めよう、うそをついて子どもたちに向き合うことは私にはできないと思い、入学式では不服従を選択したのです。私にはかなり近い将来、免職が待っているでしょうけれど、しかしいつか、50年100年先かもしれませんが、歴史が判断を下すときが来ると思っています。私は弾圧されても私の意思で歩み続けます。 ご理解いただけたらうれしいです。
                    2005年5月31日
                    根津公子

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