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2006/06/07

6月7日(水)

 鶴川二中。門前に立つ私をビデオ撮影するため、Bさんが来られた。私を撮っているだけなのだから肖像権の問題はないはず。出てきた副校長にはその旨話したので、誤解は解けたと思っていたら、そうではなかった。近くの公園で早お昼を済ませ戻ると、私の自転車とプラカードを硬い表情で見ている人たちがいた。「町田署の者」とおっしゃる紺色のジャケットを着た男性、駐在所のおまわりさん、そして女性が二人。保護者ということだった。女性に声をかけると、「ここを退いてほしい」とおっしゃる。「私は、都教委のやっていることが 教育に反すると思うから、起立できないのです。学校で起きたことでの処分で、私は間違ったことはしていませんから、ここは退けません。なぜ、私がここにいてはいけないのか、その理由をお聞かせください。また、私の気持ちも聞いていただきたいと思います」と私は答えた。しかし、話はされずに帰られた。「子どもたちが、どういう人に育ってほしいのか」「どうすることがすべての人の幸せにつながることなのか」を基軸にして、この問題について意見の異なる人たちと語り合っていきたいと切に願う。
 「君が代」処分は、私個人だけのことではなく、東京で起きている、しかも生徒たちが生活する学校で起きている身近な社会問題なのだ。生徒は、その渦中にある私を見て、社会を知る一助にすることはあっても、動揺などしない。
 法令もまた、子どもを社会問題から隔離せよなどとは言っていない。子どもの権利条約は、子どもの「知る権利」を謳い、学校教育法は「中学校の目標」として、「(生徒に)公正な判断力を養うこと」を掲げている。公正な判断力は、社会問題から遠ざけられていて育つはずはなく、また、選挙権を持つ20歳になって突然身につくものでもない。小さい時からことあるごとに身近な社会問題に触れ、考える材料と意見を交わす機会が保障されることによって可能となる。世界を見渡しても、それをさせない国は、情報操作をする独裁政権国家くらいのもの。「先進国」と言われる国で、子どもには触れさせない、という国は日本以外にどこにあるだろう。
 国際社会でよく日本人は、「自分の考えを持たない」と笑われるが、それも、社会問題を子どもたちから遠ざけ、また、大人社会ですら日常会話にしない、その結果ではないだろうか。
 私の行為を、「排除」に動くのではなく、社会問題の材料の一つにして、意見交流をしたらいいじゃないか、と思う。そうすることによって、子どもたちの思考も深まるはずだ。好き嫌いの感情で判断するのではなく、ことの真理に照らして考え、意見を交わしてほしい。私も異なった意見に耳を傾けたいし、私の考えも聞いてほしい。
 「君が代」で起立しない私の気持ちを知っていただきたいと考え、夕刻鶴川駅前で、個人名を入れて書いたチラシを道行く人に手渡した。ディスカッションを大事にする校風を持つC高校の生徒たちの中には、「ください」と言ってくる生徒が多数目立った。

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