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2008/05/24

5月19日(月)

3週間ぶりの立川二中。

 登校時、今日も近寄ってくる生徒や、立ち止まってじっとプラカードを読む生徒が何人もいた。

一人の男子は「君が代?」と私に答えを求めた。「そうよ、君が代で立たなくて、停職6ヶ月、6ヶ月間学校に来るな、給料もやらない、って教育委員会から言われたの」と答えると、「えーっ!」。「ひどいでしょ?」に、「ひどい、ひどい!」。

 別の男子は、近寄って、じっと読んでいた。顔を見ると、なんだか見覚えのある顔だった。「お兄ちゃん、いる?」と聞くと、案の定。

 「ネットで見ました。がんばってください」と言う女子。数人で登校してきた女子が、「がんばってくださ-い」と言ってくれた。聞き覚えのある声だった。そうだ、前回も元気な声でそう言ってくれたっけ。

 他にも何人か立ち止まって読んでいく生徒もいて、地域の挨拶隊の女性は、それに感心されていた。

 今日は、明日台風が来るというほとんどどんよりした空模様であったが、下校時間帯だけは太陽が照りつけ、暑かった。一人の男子が、「暑いですよ。大丈夫ですか?お茶、飲みますか?」と、かばんから水筒を出しながら声をかけてくれた。「ありがとう、気遣ってくれて。私も水筒を持ってきているから、あなたの優しい気持ちだけいただくわ。お気持ち、うれしいわ。ありがとう」と答えた。「暑いから気をつけてください」と言い、ぴょこんと頭を下げて、彼は帰っていった。

 昼過ぎ、北多摩高校に進んだ二中の卒業生Aさん・Bさんが、定期試験中だからと、立ち寄ってくれた。明日の試験勉強があるだろうに、優しい心遣いがとってもうれしい。

 近くにお住まいのという方で、今日初めて出会った方が3人。お一人は日本在住のアメリカ人。かわいいお子さんを連れていらした。「今どき『君が代』を強制するとは時代錯誤もはなはだしい」とおっしゃる。

 72歳とおっしゃる男性は、お兄さんを特攻で亡くされ、戦争は絶対反対。でも、戦後、日本がおかしくなったのは、教育基本法のせい。人権、自由を言い、放任の教育をしてきたから子どもが悪くなった。だから、愛国心も必要なのか。気持ちが揺れるのだとおっしゃる。

「子どもが悪くなった、とマスコミは言うけれど、子どもの犯罪は、昔の方が多かったですよ」と言い、私の教育観を少しだけ聞いていただいた。私がプラカードに書いた「命令で人は育たない」を指して、「その通り!」と語気を強められた。

それで思い出したように、おっしゃった。ある学校を訪ねた時、校長室に「しゃべるな。それが命取り」と書いた紙が張ってあったのだという。「校長先生にその意味を聞くと、保護者にも会議でも意見を言うな。言ったら身が危ないと職員に言っているのだと言われた。今学校は、意見を言ってはいけないのかね?」と。

私は、「その校長がどういう意味で言われたかはわからないけれど、今の学校が意見を言ってはいけない。黙って、指示に従えっていうところに成り下がっているのは本当です」と答えた。彼は「意見を言わないところはダメだ。根津さんが言うように、命令で人は育たないよ」「応援しているよ」とおっしゃって帰っていかれた。

また、やはり70代はじめと思しき男性が話していかれた。プラカードをじっと見ていられるので、「これは私のことです」と告げると、「君が代で停職?今どき、あってはならんことだ」とおっしゃる。戦争の悲惨さがわかったら、「日の丸・君が代」など、持ち込むことにはならない。石原都知事は、戦争の悲惨さを知っている世代のはずが、ひどいものだ、としばらく話していかれた。「署名があればしたい」とも。

車から、あるいは自転車から挨拶をしてくださった方が、ここで知り合いになった方を含め、今日は4人。

Nさんとおっしゃる方が、訪ねてくださった。多摩市であった映画会に参加されて、そこで私のことを知られたとのこと。それからインターネットで見ていらして、南大沢学園養護学校の卒業式の朝、学校前の行動に参加してくださったのだとおっしゃった。私がキャッチできていない、いろんなところに、力を貸してくださっている方がいらっしゃる。

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