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2008/05/22

自信がなくなってきた石原都政

渡部です。

この間、連載されていた「朝日新聞」の<掘る 「石原銀行」の危機>は5月17日の14回で終了しました。14回の記事には次のような記述がありました。

「金融庁は16日、新銀行への検査を始めた。ずさんさが指摘された経営が第三者の目にさらされる。目標である11年度での黒字転換は果たせるのか。その結果が分かる12年春、今期での引退を表明している石原知事は、知事の座にいない。」

つまり、追加融資400億円は、他でもない石原の延命資金だったとも言える。まさに都政の私物化ここに極まれりである。

昨日(5月21日)の「朝日」夕刊には、都教委の「挙手・採決禁止」通知に撤回要求を出した三鷹高校の土肥校長が写真入で載っていた。

土肥校長は、「都教委は校長主導といいながら校長を自らのロボットにしている。民主主義を教える教育の世界で言論の自由がないのは許されない」と語っている。

まさに「名ばかり管理職」であり、その実は、「ロボット」だったのである。

本日(5月22日)、「解雇させない会」の都庁ビラまきがあった。16人が参加した。警備の人たちは友好的だった。

第一庁舎の横でビラを撒いていたのだが、道路わきにオリンピック誘致の宣伝文句が書いてあった。それをみて、笑った。そこには、「オリンピックを東京に」ではなく、「オリンピックを日本に」と書いてあった。

そういえば、石原は03年の都知事選では「新銀行」を公約にして当選し、07年の都知事選では「オリンピック誘致」を公約にして当選した。しかし、その「新銀行」は現在泥沼状態である。こうなると、さすがに、「オリンピック誘致」も恥ずかしくて声高には言えなくなったようだ。

「オリンピックを日本に」というスローガンには、自信がなくなってきた石原都政の内面がよく表れていると思った。

それに対し、警備員の人たちの笑顔には、石原のトップダウンで押さえつけられてきた人たちの安堵のようなものを感じた。(心に石を抱きながら)

この間の様々な闘いが、石原・都教委を追い詰めてきたのである。

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