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2008/06/29

6月23日(月)

 4週間ぶりに立川二中へ。「水曜日に都合がつかないから」と永井さんが、登校中の時間帯に立川二中にいらした。生徒に手渡そうと、ご自分でつくられた「社会科の授業(1)」のプリントを持って。プリントは、「一人の女性の《不起立》がアメリカの歴史をかえた」と題し、バスの白人席に座って動かなかった一人の黒人女性の行動について書かれている(※)。勇気を与えられる実話だ。私は数枚もらって、ここを通る卒業生に渡した。

 永井さんが帰られ一人座っていると、自転車の女性に声をかけられた。お孫さんが二中に通う、4月にことばを交わした方だった。「いつも月曜日は、今日はいるかな、と思いながら通るんですよ」「がんばってくださいね」とおっしゃってくださった。

 用事があって数時間「席」を外し、戻ってきたら、ちょうど下校の時間だった。いつも元気な声で「がんばってくださーい」と言ってくれる女の子たちに今朝は会えなかったと思っていたら、帰りに会えて、元気な声をもらった。


(※)社会科の授業(1)                              2008.6.23

一人の女性の《不起立》がアメリカの歴史をかえた。

アメリカでは1863年にリンカン大統領が奴隷解放宣言をしたあとも、長い間、黒人は、特に南部の諸州で、ひどい差別を受けていました。ホテル、レストラン、教会などの施設だけでなく学校もそして公園のベンチや水のみ場さえ「白人専用」と「黒人専用」にわかれていました。バスも前の方が白人専用座席で黒人は後ろの方の黒人専用座席にすわらなければいけません。こうした差別に少しでも抵抗すると容赦ない暴力を受け殺されることも珍しくありませんでした。多くの黒人は差別のために満足な教育を受けられず、貧しい生活を強いられていました。

1955年12月1日のことです。南部アラバマ州の州都モントゴメリーで42才の黒人で裁縫工のローザ・パークスさんが、1日の仕事を終えて帰りのバスに乗っていました。彼女は黒人が座席まで差別されていることに前からどうしても納得できないものを感じていたので、空いていた前の方の白人専用座席にすわりました。そのうちに白人の乗客が乗り込んできました。白人の乗客は空いている座席が無かったので立っていました。すると、それを見た白人のバスの運転手が彼女に立つようにいいました。彼女は立ち上がりませんでした。運転手は警官を呼び、彼女は白人の乗客に席を譲らなかったということで逮捕され投獄されました。

このことをきいた黒人教会の27歳のマーチン・ルーサー・キング牧師が黒人にバス乗車ボイコット運動を呼びかけ、やがてそれは、白人からの暴行を受けながらも白人専用の食堂での座り込み、白人高校への入学などの行動につながっていき、黒人に対する人種差別撤廃を求める「公民権運動」となってアメリカ全土に広がってゆきました。

奴隷解放から100年目の1963年の8月キング牧師たちに率いられた人種差別撤廃を求める人々が首都ワシントンへ向かって行進しはじめ、28日には25万人がワシントンを埋めつくす大行進となりました。そして、ついに翌年1964年7月人種差別撤廃を定めた「公民権法」が成立しました。キング牧師がワシントンで大群衆に向かっておこなった演説“I have a Dream“というすばらしい演説は有名です。

 おかしいことには従えないという、一人の黒人女性の《不起立》がアメリカの歴史をかえた。
               おわり

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