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2008/07/07

7月4日(金)

今週1週間をまとめての記録となってしまった。


 30日(月)は鶴川二中に2時まで。Nさんが今週もご自身で作られた『社会科の授業』を持参され、生徒に手渡された。先週立川で配られた「一人の女性の《不起立》がアメリカの歴史をかえた」ともう1枚が「『内村鑑三と教育勅語』を知っていますか?」というタイトルの、歴史の事実を綴ったもの。Nさんが差し出すのに対し、瞬時に判断を迫られるのだろう。受け取る生徒もいれば、受け取らない生徒もいる。それも社会勉強としてよかろうに、Nさんが配り始めて間なしに副校長がやってきて、私たちの隣で生徒に挨拶をかけ始めた。Nさんは副校長にプリントを差し出した。「歴史の事実が書いてあるだけ、心配など無用でしょ?お忙しいでしょうに」と話したけれど、彼にとってはこれが職務になってしまうのだろう。私とおしゃべりしつつ、始業時刻のチャイムがなるまで、「監視」業務にあたっていた。

 登校時間帯が過ぎてすばらくすると、イギリス在住で、一時帰国をされているOさんが訪ねてくださった。短い滞在期間にもかかわらず、訪ねてくださったことに感激しながら、イギリスの反戦運動について話を聞かせていただいた。

 帰り道で、Naさんに出くわした。台東区から私を訪ねてくださったわけで、恐縮だったが、時間が取れなかった。

 今日も通りかかった70歳位の女性2人がプラカードを見ていらっしゃるので、話しかけた。「私たちには難しいことはわからないけれど、がんばってくださいね」と言われた。


 7月1日(火)は、あきる野学園に。私が着くと間なしに、Mさんたちカサナグの会のメンバー3人がやってきて、私と一緒に登校・出勤の人たちを迎えた。しばらくして、嘱託不採用裁判原告の福嶋さん、またしばらくして嘱託解雇裁判原告の前川さんがいらした。同僚となる一人が、「応援の方が多くて、心強いですね」と声をかけてくださった。

 午後はカルフォルニアへの留学が2日後に迫っているNちゃんと会うために、「退勤」した。


 2日(水)は、南大沢学園特別支援学校に朝だけ「出勤」した。いつもの3人がいらしていた。越前谷さんの今日のことばは、「世界に誇れる 憲法9条/日本の恥 10・23通達」。生徒たちの登校が終わったところで、A大学に向かった。


 3日(木)は、都庁前でのチラシまき。18人の参加。チラシは片面が、先週行われた河原井さん06年処分の証人尋問で証言台に立った当時の調布養護学校校長の証言を、もう片面は今春の不起立教員(私と河原井さんを除く。私たちは停職が明けてから)に対して7月22日に予定されている「服務事故再発防止研修」への抗議を書いた。

いま国は、サミット開催に向け「テロ特別警戒」だと称して警察官を大量に動員し、人々の危機意識を煽っているが、都庁にも各県のナンバープレートをつけたワゴン車が駐車し、警察官が何十人といた。「テロ」ということばで危機感を煽り、「警備」という名でデモや集会に不当介入し弾圧する権力の暴力の正当化こそが異常事態。

チラシまきが終わってから教育情報課に「再発防止研修の中止を求める要請と質問書」をみんなで持っていった。K課長に朝、アポを取ったのに、それが警備担当者に連絡がいっていなかったらしく、私たちが教育情報課の部屋に入ろうとしたら、例のごとく、部屋の前に何人かが立ち塞がり、私たちを入れようとしない。「アポがとってある」という私たちの話を一切信用しないのだ。係長を呼んで説明がされて警備は解かれたが、謝罪はなかった。

回答を待って、きっちり詰めたいと思う。


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