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2009/04/01

ご支援くださった皆様へ

 根津公子です。

 もう、ご存じだと思いますが、先日の卒業式での「君が代」不起立・不伴奏教員に対する処分発令が昨日ありました。12人に処分が発令され、私と河原井さんは停職6月、渡辺厚子さんは停職3月、近藤順一さんは減給6月でした。分限免職は免れました。停職6月は不当ですが、でもでも私たちの勝利です。

26日にあまりにもひどい「君が代」地裁判決が出され、その判決を待って30日に今回の処分を決める教育委員会が開かれたので、26日以降は不安が募るばかり。教育委員会が終わった30日の昼過ぎ、処分発令の場所と時間を聞かされたときには、私へのそれは、他の人への通常の伝えられ方と違っていたので、それからは一縷の望みも絶たれたような心境でした。


 しかし今回都教委は、私たち不起立を続ける教員に対して、分限対応指針を適用することを断念せざるを得ませんでした。昨年7月15日、再発防止研修に間に合うようにして策定し、再発防止研修の場で「これが見えぬか」とばかりに持ち出した分限対応指針を、今回の私たちの処分に使わなければ、この指針を作った意味は半減してしまいます。ですから都教委は、最後までこれを使いたいと考えていたはずです。昨年は大勢の人の反対の声に押され私を懲戒免職にすることもできず、そして今回は目玉であった分限対応指針も使えず、「君が代」処分を踏み絵として東京の教職員すべてを沈黙させようとした都教委の狙いは6年経った今も達成できませんでした。

分限対応指針を使わせなかったことは、単に私個人が免職を免れたということではなく、もの言う教職員に対して弾圧する道具とすることを押しとどめたという点において、私たちの勝利だと思います。大勢の人が都教委に声をあげてくださった、その結果の勝利です。皆さん、お力をお貸しくださって、ありがとうございました。


 昨日処分発令がされた後、発令会場の都教職員研修センターを出たときに私、外は暖かかったんだと認識しました。曇り空から少し太陽が顔を出していただけでしたが、全身を柔らかな外気に包まれたようで、思わず、空を見上げました。それから数時間後、この数日出ていて、薬を塗っても消えなかったアトピーが消えていました。


 でも、喜んでばかりはいられません。こちらの様子を窺いながら、隙あらば使ってくるでしょうから。例えば、再発防止「研修を受講してもその成果が上がらない」などとして。10・23通達や分限対応指針を事実上撤廃させるよう、今後ともお力をお貸しください。また、ともにたたかっていきましょう。

 私は数日残務整理をしてから、停職「出勤」を学校と都庁にするつもりです。

         感謝の気持ちを込めて 4月1日



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