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2009/04/21

4月16日(水)

 鶴川二中へ。到着したところに1年生の集団が登校してきて、「何しているんですか」と不思議そうに聞く。簡単に説明し、「あなたたちはなぜ起立し斉唱するの?」と聞き返す。「うーん、わかんない」「歌の意味知らない」という生徒たちに、「わからないままはよくないから、調べたり、先生たちに聞いてみたりするといいかもね」と付け加えた。

 しばらくすると、Nさん、学区のKさんが来てくださった。Nさんは、自作の「社会科の授業」を手渡し、また、Kさんは、顔見知りの大勢の生徒に声をかけて生徒たちを出迎えた。

2、3年生は、「ああ、また」といったところかな? 元同僚たちとは、久しぶりの挨拶を交わした。

訪問客があったらと気になりつつ、急用ができて午前中で「退勤」したところ、学区の方2人から電話が入った。私が鶴川二中に「出勤」するのを待っていてくださったのだ。ありがたい。




◇Nさんが手渡した「社会科の授業・続き(1)」

昨年に続き、今年も皆さんに読んでいただきたく、書いていきます。

日本と朝鮮について考えよう

最近、北朝鮮の発射したミサイルが今にも日本に落ちてくるかのような大騒ぎになったことはみなさんも知っていると思います。「北朝鮮はいやな国だ」と思った人もおおいのではないでしょうか。けれどもただ「いやな国だ」では何も解決しません。これからみなさんが生きていく社会が平和であるためには、わたくしたちは日本と朝鮮の関係について、自分で考えてみることが大切ではないでしょうか。(ところで、海外の報道はロケットといっているのに日本では最初からミサイル(兵器)と報道されつづけています)。

 いまから150年ほど前に日本は欧米の国々からせまられて開国し、1868年、徳川幕府が倒れ鎖国と武士の時代が終わり、あたらしい時代が始まり「明治維新」と呼ばれました。欧米の国々の強さを見せつけられた日本の指導者たちは西洋の技術・文明を取り入れると同時に軍備を増強して国力をつよくしなければならないと考え、当時の欧米の国々がやっていたように領土を拡大すること考えました。日本がまず目をつけたのが、李王朝のもとで鎖国状態だった朝鮮でした。日本は欧米の国々のまねをして朝鮮に開国をせまり、拒否されると武力でおどし、とうとう1910年に朝鮮を日本の領土にしてしまいました。日本による朝鮮半島の植民地化といわれています。

日本の植民地にされた朝鮮の人たちは、土地を取り上げられ、食べていくことができなくなり、日本に働きに来ざるをえなくなりました。1923(大正11)年9月1日に「関東大震災」が起きると、日本の政府・警察関係は「朝鮮人が暴動を起こした。井戸に毒を入れている」といったデマを流し、普通の人たちが自警団(じけいだん)というものを作って朝鮮人を見つけると暴行し、無実の朝鮮人を何千人も虐殺しました。(あとで殺人犯として罰せられた日本人はほんのわずかでした)。太平洋戦争がはげしくなると日本政府は朝鮮人を強制的に連れてきて日本の炭坑や鉱山でひどい労働条件で働かせました。

日本の敗戦と同時に植民地支配から解放された朝鮮は独立するはずでしたが、アメリカとソ連によって南北に分けられて占領され、南と北にそれぞれアメリカとソ連が後押しをする国ができて朝鮮半島は南北に分断されてしまいました。この北側の国が現在の北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)です。その後、北朝鮮が武力で朝鮮半島を統一しようとしたことから朝鮮戦争(1950年6月~53年7月)がおこりアメリカを中心とした国連軍と北朝鮮軍、それを支援して参戦した中国が戦い、朝鮮半島全土が戦場となり、死傷者3百万人以上という現代でもっとも悲惨な内戦となりました。もし、日本による植民地支配がなければ朝鮮は南北に分断されて同じ民族同士が血で血を洗う争いは起きなかったでしょう。いま北朝鮮という国があるのは日本の植民地支配の結果だともいえるのです。それなのに日本は北朝鮮と国交がなく、まったく話し合いをすることができません。

わたくしたちは拉致だとかミサイルだとかを日本が被害者のようにしてだけ眺めるのではなくこうした歴史的背景を知って考えることが大切ではないでしょうか。

昔「朝鮮人が井戸に毒を流した」というデマにひとびとがおどらされたことと、今「北朝鮮のミサイルが落ちてくる」といって大騒ぎとなった状況はどこかにていませんか。



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