フォト

掲示板

停職「出勤」日記2009

停職「出勤」日記2008

停職「出勤」日記2007

停職「出勤」日記2006

停職「出勤」日記2005

投稿欄

ちらし置場

リンク集

« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »

2009年5月

2009/05/30

法廷カレンダー

法廷カレンダー、2009年6月を更新しました。

法廷カレンダー
「法廷カレンダー」のダウンロード



2009/05/28

都庁情宣

5.28都庁情宣のちらしです。

 

 

5
.28都庁情宣

「f20090528.pdf」をダウンロード



2009/05/27

解雇させない会ニュースNo.24

解雇させない会ニュースNo.24のダウンロードです。


 

解雇させない会ニュースNo.24

「newsno24.pdf」をダウンロード

 


解雇させない会ニュース一覧表

解雇させない会ニュース一覧表を作成してあります。
左側の赤いピンアイコンのリンク先を「お気に入り」に登録することをお薦めします。



2009/05/25

5月22日(金)

あきる野学園に。朝から強風が吹き荒れた。私が「出勤」すると間もなくHさんがいらしてくださり、二人で登校する生徒、出勤する同僚たちを出迎えた。今朝もAさんとしばらくの間話をした。Hさんが帰られた頃になると、いよいよ風の勢いは強まり、日傘を握りしめ、プラカードが飛ばされるのを何度も直さねばならなかった。

Bさんが通りかかり、今摘んだばかりといういちごをくださった。洗いもせず、口にほおばった。「いやー、おいしーい!!」、一人歓声を上げていた。

車椅子を押して2組4人の方が通られ、歩を止めプラカードをご覧になって「がんばってください」とおっしゃる。聞くと、八王子の方だった。小学部の子どもたちの下校を見送って「退勤」した。

夜は、町田教組の定期大会に参加した。



5月21日(木)

鶴川二中へ。7時40分、プラカードを用意しているところに、頭の上から声がかかった。06年に知り合いになった女性が出勤されるところだった。「今年も停職なのよ」と話すと、「お姉さん、がんばるねえ。やるっきゃないですよ、ね!」と応援してくれて、駅に急がれた。

Nさんは今日もいらして、「社会科の授業 続き(2)」を生徒に手渡された。4月のときには、生徒の受け取りはよかったが、今日は様子が違った。手を出さない生徒が目立った。2006年に私を排除しようとした動きから推察すれば、何らかの動きがあったのかもしれない。

でも、それも無風より、どんなにいいことか。生徒たちが、いろんな働きかけの中から自分の頭を使い、正確な情報を収集することを学んでいくチャンスになれば、と思う。

Nさんが帰られ、入れ替わりに地域にお住まいのKさんがいらした。出かけるところがあると言いながら、結局、それをキャンセルして話しこんでいかれた。気遣いがうれしい。

学校前の自販機に飲み物を買いに来た青年がプラカードを見ていたのが、Kさんと話し込みながらもわかり、声をかけようかなと私が迷っているうちに青年は帰って行かれた。1時間もしただろうか、また先ほどの青年が現れ、プラカードを見て、「以前テレビで観て、根岸さんとか根津さんとか、記憶にあったのですが、その方ですか」と聞いてこられた。もう十分、わかっていらっしゃる方だった。「がんばってください。応援しています」とおっしゃった。

午後は、近藤順一さんの人事委員会審理を傍聴した。校長、八王子市教委室長、そして近藤さんすべてに対する尋問を1回でやり、審理は終結とされてしまった。公平に審理し、当事者の不利益を救済するのが人事委員会の任務のはずだが、審査員が「公開口頭審理をした」という辻褄合わせにしか、頭を働かせないことの表れだ。

尋問では校長も室長も、「職務命令を発したのは校長の判断、市教委からの圧力ではない」「学習指導要領が目指す卒業式をするために職務命令が必要」とがんばったが、それぞれ後の証言で墓穴を掘ることになった。校長は、「生徒の作品を正面に掲げた卒業式の経験はあるでしょう」と問われて「30代の時には経験したが、そういう卒業式はよくない」と言い、しかし、「そうした発言はしたことがあるか」と問われて「ありません」。室長は、生徒の作品が正面にないのは、「八王子では通達に従っているから」と言ってしまった。校長の20年前を知る当時の同僚であったSiさんは、私の隣で校長の証言に、「お前、嘘だろう」と呟いていた。

校長は、外国籍の生徒が6割在籍するのに、「日の丸・君が代」が加害のシンボルであるとは「考えたことがない」「外国から来た生徒にも国旗国歌を尊重してもらう」と平然と言ってのけたのには唖然とした。

近藤さんの証言は、すがすがしかった。「強制を受け入れている中では、教育はできない。不起立していなければ、私は教員を辞めていました」「不起立は、生徒への、私の明確な態度の表明でもあります」「強制に反対することが、生徒指導の出発だと思っています」。

近藤さんは、3時間半に及ぶ尋問を終えて、夜間中の仕事に向かわれた。




*Nさんが生徒に手渡した「社会科の授業・続き(2)」




日本と朝鮮について考えよう(その2)

 東京都は2016年のオリンピックを東京に誘致しようとしています。都民のあいだにはオリンピックに使う金があるのなら他のことに使ってほしいという声も多くあります。

 東京でオリンピックが開催されたのは今から45年前の1964年ですが、じつは1936年にドイツのベルリンで開催されたオリンピックのつぎは1940年に東京で開催が決まっていたのです。ところが日本の中国への侵略は日本を泥沼の戦争に引き入れてしまってオリンピック開催を辞退せざるをえなくなりました。こうしてベルリンオリンピックが第二次世界大戦(1939~1945年)前の最後のオリンピックとなりました。


 ベルリンオリンピックはヒトラーのナチ党による一党独裁体制のもとでのオリンピックで「ナチス・オリンピック」ともよばれています。このベルリンオリンピックにはマラソンに日本から3名の選手が出場しました。この年のオリンピック出場者を決める国内最終予選で1位、2位を南昇龍(ナムヨンスン)、孫基禎(ソンギジョン)という朝鮮出身選手が独占したため、3名のうち2名は朝鮮出身者ということになりました。「大韓帝国」といわれていた朝鮮は武力による脅しで1910年日本の領土にされ国としての朝鮮はなくなっていましたから、朝鮮出身者は日本チームとして胸に「日の丸」をつけて出場しました。1936年8月9日のマラソンは27カ国57選手が出場し、十万人の大観客が総立ちとなるなか孫基禎選手は2時間29分19秒、オリンピック最高記録で1着となりました。2着はイギリスの選手で、南昇龍選手も3着となりました。この知らせに日本人は日本が世界を制覇したと喜びましたが、二人の出身地である朝鮮は熱狂的な喜びに沸きかえりました。オリンピックの表彰式で「君が代」がながれ、日章旗(日の丸)がポールにあがりましたが、孫選手はう・u桙ツむいたままでした。


後年に孫選手は次のように語っています『優勝の表彰台でポールにはためく日章旗を眺めながら、「君が代」を耳にするのは耐えられない屈辱(くつじょく)であった。わたしは思わず頭をたれた。そうして考えてみた。私が日本国民なのかどうか。(私は)私自身のために走った。そして(日本の)圧政に苦しむ同胞のために走った。これからは2度と日章旗の下では走るまい。涙がほほを伝った。日本人たちには、祖国日本にマラソン優勝の栄冠を捧げた感激の涙である、と説明した』。

8月25日朝鮮の新聞「東亜日報」は社員たちの発案で孫選手の胸の「日の丸」を塗りつぶした写真を掲載しました。新聞発行と同時に「東亜日報」の社員たちは警察に連行され殴るけるの暴行をうけ、とくに中心人物とみなされた5名は40日間にわたる拷問をともなう取り調べをうけました。警察の目的は日章旗を塗りつぶしたのが社長の命令であったと自白させて「東亜日報」社をつぶすことでしたが拷問に耐えてだれも自白しませんでした。結局「東亜日報」は無期限発行停止処分を受けました。この事件は「日章旗抹殺(まっさつ)事件」として朝鮮では小学校の教科書にものっています。


 卒業式や入学式では「日の丸」を掲揚し「君が代」を歌いますが、わたくしたちがアジアの人々と新しい未来を築いていくためには過去を知り、日本の支配下にあったアジアのひとたちの気持ちを理解し、これまで日の丸や君が代がどのような役割をはたしてきたのかを考えてみることも大切ではないでしょうか。



5月20日(水)

 南大沢学園特別支援学校に。Nさん、Sさん、近藤さんが早朝からいらして、4人で生徒や教職員を迎えた。Aさんは、「まだ、あきる野に行けないの?」と聞いてきた。心配してくれているのかな? 何人かの元同僚はいつもいつも、挨拶だけでなく、「お疲れ様です」「ご苦労様です」と言い、丁寧に頭を下げてくださる。

 外国の記者から、日本の教育事情について海外向け記事を書くので、インタビューをしたいとの申し出があり、ここに9時に見えることになっていた。何人かの教員に話しを聞きたいというので、近藤さんとSiさん、Mさんにも来てもらった。現れた記者・Dさんは、オランダ出身で日本にお住まいの若い方。皆で、公園の喫茶室に移動した。

「君が代不起立」の映画をご覧になって、卒業式も入学式もない、したがって、国歌斉唱もない、自由な教育のオランダの人から見ると、日本の「日の丸・君が代」強制と処分はあり得ないこととおっしゃる。また、東京の教員6万余人中不起立者が、2回/年×6の延べ数422名というのは、「考えられないほど少ない」とも。日本の、とりわけ東京の異常な教育事情を国際社会に報道してくれるのは、ありがたいことである。

 話をしているところにSRさんがいらした。彼女の家の近くの和菓子屋さんが開くのを待って買ってきてくれた桜餅と柏餅は、甘さ控えめ、素材の味が生きていて、とってもおいしい。大勢いるのを知っていたかのようにたくさんの量。私は早起きして稲荷ずしをつくってきたので、それも一緒に、皆で昼食とした。

 午後、一人になって、暑さをこらえながら読書をしていると、通りがかりにBさんが、「光化学スモッグ注意報が出ましたよ」と教えてくれた。生徒の下校を見送って、私も「退勤」し、疋田哲也さん(=性教育をはじめとして、多くの教員が学びたい教育活動をしたことが、校長・行政には目の上のたんこぶだったのだろう。分限免職にさせられた)のチラシ配りに向かった。



5月19日(火)

 あきる野学園に。



5月18日(月)

JR東日本でただ一人、国労バッジを着用し続け、それが就業規則違反だとされ2003年以来出勤停止処分を受け続け、闘う辻井義春さん(59歳)。彼の、神奈川地労委本人審問を傍聴した。

国鉄時代には誰もが着用していた国労バッジ。JRになり、バッジ着用が弾圧の対象にされると、国労の方針は「バッジを外そう」となり、バッジ着用者は激減して行った。

一方、バッジ着用について、99年に最高裁で不当労働行為が認定され、08年には東京都労働委員会で処分は不当、賃金カット分の返済命令が出されているというのに、JR東日本はそれをまったく無視し、あろうことか、辻井さんに対して出勤停止処分をエスカレートさせてきた。来年2月に定年を迎える辻井さんに会社は、再雇用をしないとも言ってきているそうだ。


しかし辻井さんは、23年前の1047名の仲間の不採用・解雇、殊に一緒の職場であった仲間2人の不採用・解雇を想うと、バッジを外すわけにはいかないと言う。とってもあったかな人。仲間を想い、一人であっても筋を通して闘う辻井さんに、私は心底共感する。

審問で辻井さんは、今年2月に発覚した信濃川発電所の不正取水にも触れ(=この件で社長は減給処分だけだった!!)、法令・憲法違反を繰り返すJR東日本を断罪した。



停職中は、傍聴をしたい。

2009/05/24

「日の丸・君が代」被処分通信

「日の丸・君が代」被処分通信
経過報告 四七  2009.5.23
八王子市立第五中学校夜間学級
被処分者 近藤順一

「日の丸・君が代」強制・不当処分に対する公正な人事委員会裁決を望む
 ~報告:07.08処分の人事委員会 口頭審理(5/21)~

 まず、傍聴にきていただき、3時間20分という長丁場を耐えた皆さまに心からお礼申し上げます。私の処分発令時などにいつも駆けつけてくださっている方々を背に、心強く証言できました。そして、初めてこのような場に来られた方々にもお会いして身の引き締まる思いです。

 証人尋問は、07.08年卒業式における不起立、被処分時の校長、八王子市教委指導室長、そして私の順に行われました。
 校長・指導室長は、あくまでも自らの意志で職務命令や市教委通達を発したことを述べました。都教委の2003年「10.23通達」は参考としたと言い張ります。毎年の職員会議で卒業式実施要項(案)が審議されるとき、必ず「10.23通達」と市教委通達が全教員に配布されます。そして式次第から「国歌斉唱」を削除することを提案しても最後には校長の判断で通過し、職務命令が発せられます。都教委は「日の丸・君が代」強制を隠して、直接的には職務命令違反で私を処分し続けています。ここにこの問題のポイントがあります。学校現場が行政によって教育内容にまで介入されたとき、それが校内問題として処理されるのです。逆に言えば、徹底した教職員の議論、保護者や地域住民をも含めた方々との話し合いが不足しています。
 証言内容について校長が「外国からきた生徒にも国旗・国歌を尊重してもらう」といったときには思わず声が出そうになりました。教育的想像力なくしては、強制も尊重も区別がつかなくなるのでしょうか。

 私の証人尋問では、以下の諸点を述べました。
(1) 都教委の「10.23通達」が発せられてから、その強制を受け入れてしまうのかどうか、教育の自由を奪われ強制を受忍しても生徒の前に立てるのかという激しい内心の葛藤があったこと。
(2) 都教委による強制は一過性のものではなく、処分もエスカレートしているので、現場での持続的な抵抗がなにより必要なこと。都教委の強制を白日の下に明らかにすること。
(3) 「日の丸・君が代」強制は、象徴天皇制を利用して強行されていること。その強制のメカニズムは、屈服、諦め、迎合を伴う戦前の相似的反復であること。

 都教委側代理弁護士による尋問で、私の06年不起立(市教委指導措置)について、「処分を望んだのか」などと見当違いの問いを発していたが笑止千万。さらに、「生徒の前で不起立したのは、あなたの考えの表現か」と聞いてきました。私は「教育はその場や今日・明日の効果ではなく5年、10年の影響をもつもの」と応えました。都教委は、不起立・不斉唱が何か教育とは別のものの表現と印象づけようとしています。

 さて、これまでの前例では、人事委員会の裁決は都教委に追随、迎合した厳しいものとなっています。私は、現場の教職員の皆さまをはじめこの問題に関心のある方、そして広く都民の皆さまにも訴え続けてまいります。07・08処分に対する口頭審理は今回のみで終了とされましたが、東京都人事委員会が、公正な審理、裁決を行うことを要求していきます。皆さまもぜひ下記まで声を寄せていただければ幸いです。

 

東京都人事委員会事務局任用公平部審査室
〒163-8001 東京都新宿区西新宿二丁目8番1号
第一本庁舎北塔38階
電話 (03)5320-6946
FAX (03)5388-1755



2009/05/17

2009年総会と記念講演

2009年6月23日18:15、以下のちらしでお知らせするとおり2009年総会と記念講演を開催いたします。

多忙のこととは存じますが、ご参加いただきますようお願い申し上げます。

 

 

 

6.13集会

「6.13集会宣伝ビラ.pdf」をダウンロード


画像でもご覧ください。クリックすると拡大表示されます。
N20090613



5月15日(金)

 あきる野学園に。登校してきたBさんの話をしばらく聞き、相談に乗った。いつも「がんばってください」と言ってくれる生徒は、私のホームページを見ているのだと告げてくれた。彼は、私が同僚たちに向けて書いた「卒業式で立たない理由」についてもしっかり読んでいてくれた。

 今週はプラカードに、「わたしの心はわたしが決める」と一言、書き添えたところ、二人の同僚が「このことば、本当にそうだな、と励まされました」「こうしなくては、と思いました」と言ってこられた。

 近藤さんは、四半世紀前に同僚だった人と再会された。7時半前に出勤されることと120~130人もの職員数なので、私もはじめてお目にかかる同僚の方だった。



5月14日(木)

 立川二中へ。Nさんがいらして、生徒に「社会科の勉強・続き(1)」を手渡された。

 登校が終わり、一人、書きものをしていたらクラクションがやわらかく鳴った。顔を上げると目の前の車から男性がにっこり微笑まれた。見覚えのある方だった。「まあ、お久ぶりです」と私。「がんばってくださーい」という声とともに、車は走っていった。一昨年名刺を差し出された大学で教員をされている方だった。

また、しばらくして私と同年輩の女性が歩を止め、プラカードを見られた。「これは私のことなのです」と少々説明を加えると、東京の「君が代」処分についてよくご存じだった。「ひどいことですね。石原都政を変えたいですね」とおっしゃる。

犬を散歩させている女性は「ご苦労様です」と通っていかれた。昨年お会いした方だと記憶がよみがえった。

 早退した生徒の一人が「何してんの?」と声をかけてきた。自己紹介をしながら説明をすると、「立たないだけで停職なの?」と、不思議そうに聞く。私から、「あなたはなぜ立つの?」と問うと、「わかんない。みんなが立つから。面倒くさいけど。立った方が声が出るからかな?」と言い、「何で立つのかな?」と私に聞いてきた。「先生たちに聞くといいかもよ」と私。

 「ねづ先生の授業受けてみたいな」と言うこの生徒に「私もしたいよ」と答え、「お大事ね」と見送った。

 今日は強風が吹き荒れ、砂は飛んで来るし、手にしているプリント類は飛ばされてしまう。片手で日傘を差し、読み書きすることは困難。しばらくがんばったが、午後は早くに引き上げた。 



5月13日(水)

 南大沢学園特別支援学校に。日差しは強いがさわやかな風が心地よい。杉本さんも朝からいらして、二人で2週間ぶりにみんなと挨拶を交わした。Aさんのお母さんは、車の窓を開けて、「先生、がんばってくださいね!」と声をかけてくださった。途中で、清水さんが来てくださった。校外活動で出入りする生徒たちを出迎え見送りして午前中を過ごした。隣の公園の喫茶室で昼食を摂り、生徒の下校を見送ってから、裁判の傍聴へ。

 ここの玄関ロビーに、オリンピック誘致を宣伝する旗が立っているのが外からも見える。学校に政治が介入している一例だ。保護者の願いや要求は、校門前で私が聞く限り、断じてこんなことではない。



5月12日(火)

 所用のため朝だけあきる野学園に「出勤」し、挨拶が終わったところで「退勤」。



2009/05/12

「日の丸・君が代」被処分通信

経過報告 四六  2009.5.11
八王子市立第五中学校夜間学級
被処分者 近藤順一

 拝啓  東京都人事委員会 様

 09処分に対する不服審査請求と07・08審査の口頭審理に当たり、公正な審理・裁決を要請する

 先日、代理弁護士を通じて09処分(減給10分に1、6ヶ月)に対する不服審査請求を提出いたしましたが、受理して頂いたでしょうか。早急に事件名をつけてもらいたい。
 さて、07・08審査の口頭審理が迫ってまいりました。「日の丸・君が代」強制、処分問題は、2003「10.23通達」以来5年半が過ぎ、裁判も進められています。学校現場では強制が一層強化され、児童生徒をはじめ関係者に深刻な影響をもたらしています。また、この間、東京の学校現場は、「主任教諭」制など管理統制が進められ、教育内容をも変えられようとしています。
 ここで私は、以下の3点にわたって口頭審理及び裁決の重要性を指摘しておきたいと思います。公正を宗とする人事委員会の良識ある審理・裁決を要請します。

 その第一は義務教育にかかわる点であります。普通教育の中でも初等教育、前期中等教育の対象である児童生徒は正に人格の形成過程にあります。このような児童生徒への「日の丸・君が代」一律実施は、柔らかい精神に深刻な影響を与えます。それは、「調教」とも「すり込み」とも称されるものです。「10.23通達」以来6度の卒業式が実施されたことになり、小学校では1サイクル、中学校では2サイクルの強制実施が行われたことになります。さらに我が国の義務教育は、現場の教員、教育行政による社会的義務と保護者の義務によって成り立っています。都民の側から見れば、自らの義務を果たすために「日の丸・君が代」強制下の小・中学校に子どもを入れることになります。義務を果たすことが同時に強制を受忍せざるを得ないこととなります。それなら私立学校があるとなれば、それこそ教育行政の義務放棄となるでしょう。裁判でも係争中の行政施策が、長らく強行されていることは重大です。人事委員会の採決を多くの都民が注目するところであります。

第二は国際的な問題であります。私の勤務する夜間中学をはじめ都内の公立学校には多くの外国籍、外国にルーツをもつ児童生徒が学んでいます。「日の丸・君が代」強制は、そのような児童生徒の頭上にも降りかかっています。都教委は、裁判所に提出した書面、証言の中で国旗・国歌の国際的儀礼を主張しています。また、文部科学省が昨年提示した新「学習指導要領解説」では国際的儀礼(プロトコル)が追加されています。ところが、現在都教委が進める強制は、丁寧な議論や指導を捨象し有無をいわせず強制するものです。
外国にルーツをもつ学習者にとっては、自らの民族的文化的背景が考慮されることなく日本国への忠誠表明儀式に従わされることとなります。忠誠や儀礼が強制されるならば、それは二重の意味で欺瞞的であり、信用失墜を招き国際摩擦を引き起こすことになります。外国にルーツをもつ多国籍児童生徒の背後には、その保護者はもちろん、アジアをはじめ多くの国と地域の国民、政府が控えており、首都東京の教育がどのように進められるのか、東京都政には自浄能力があるのかどうかが問われています。東京都人事委員会の審理・裁決は世界へシグナルを発することにもなります。

三点目は、象徴天皇制にかかわる問題であります。国旗・国歌の問題は、当然のことながら国家を語ることであります。1999年の国旗・国歌法が制定された時の政府見解(小渕首相)では国歌“君が代”の「君」は天皇、「君が代」は我が国を指し、歌詞全体は我が国の末永い繁栄と平和を祈念したものとされた。憲法では、天皇は「国政に関する権能を有しない」とされていますが、都教委は象徴天皇制を「日の丸・君が代」強制に利用しています。
教育行政という政治施策に象徴天皇制を持ち出し、教員、都民を黙らせるなどということが許されるはずがありません。都教委は、不起立、不斉唱、不伴奏を実行した者に懲戒処分を課し続けています。さらに昨年の捏造と恫喝の「服務事故再発防止研修」では「分限対応指針」なるものを提示し、分限処分を図っています。
私ども現場の者に教師の一分があるように、人事委員会の皆さまにも審議官の一分がおありだと思います。どうか、「日の丸・君が代」強制、処分に歯止めをかけるべく公正な審理・裁決を期待する者です。

東京都人事委員会 口頭審理
日時: 2009年5月21日(木曜日)14:00~
場所: 都庁第1庁舎39階 審理室
内容: 請求人本人(近藤)、処分時の校長、指導室長の証人尋問



2009/05/10

「記事インデックス」追加

記事閲覧性向上のため、左欄に「記事インデックス」を追加しました。ご利用ください。
なお試験運用中に見られた一部リンク切れは、修正いたしました。



2009/05/09

5月8日(金)

 4日連続の雨。スコールのような断続的な、激しい降り方。一番激しい降りの時が、ちょうど登校・出勤時間帯。いつも必ずことばをかけ、励ましてくれる2人の生徒がそれぞれ、傘を差さずに登校してきた。一人は、雨が切れた時に家を出たという。もう一人は、傘を持っていない生徒に貸してあげたんだという。そんな状態でも私に「がんばってください」ということを忘れない。やさしさに感じ入りながら、「着替えて風邪を引かないようにネ!」と声をかけ見送った。Cさんとは、しばし立ち話。同僚たちは、「雨で大変ですね」とねぎらってくださった。

 今朝は近藤さんの他に佐々木さん、松原さんがいらした。
 8時半、背広姿の見かけない人3人がやってきた。一人は都職員のバッジをつけている。この人たちは、10時半、何らかの仕事を終えて帰るために再度、私の前を通った。都職員バッジをつけた人に、「そのバッジは、都教委の方、ですよね?」と聞いたが立ち止まってくれない。追いかけて、「どの役職のどなたですか?」「今日はどういう仕事でいらしたのですか?」と聞いた。
「発令の時、会ったでしょう」と、バッジの男性は言った。すぐには思い出せない私を背に、「人事部長です」と付け加えた。そうだ、3月31日の処分発令のときに見た顔だ、と思い出した。都教委の人事部長が2人を伴って、学校を訪問するなどということが通常あるんだろうか?

 用事で学校にこられた保護者が、「大変でしょ?」と声をかけてきてくださった。もう、十分承知されているようだった。また、別の保護者は、車から大きく手を振ってお気持ちを送ってくださった。
 小学部の子どもたちの下校を見送った後、学校から車で5分とかからないところにあるお風呂に、同僚に教えてもらって寄った。畑の中にぽつんと立っている。つるつる温泉のお湯を運んできているのだそうな。ただじっとしていると、この季節でもなかなか寒い。今日も芯から冷えてしまったが、お風呂で生き返った!



5月1日(金)

 今朝は寒くもなく、さわやかな天気。
近藤さんは、「あきる野学園の校長はじめ教職員の皆さま」宛ての訴えのチラシを用意して来られた。いつもは、お互いに「おはようございます」と挨拶を交わしていた生徒が、今朝は、「根津先生、おはようございます」と名前を言ってくれた。私の名前、覚えてくれたのね!あなたの名前、教えてもらっていい」と言うと、「A Bです」と教えてくれた。

 バス登校も終わったところで、添乗員さんが「弁当販売車が来ているから見てみないか」と誘ってくださった。毎朝来ているこの弁当屋さんは、注文ではなく、その場で買えるという。ちょうど今朝はお弁当の用意ができなかったので、試食を兼ねてその弁当を買った。400円なり。昼食後、「値段からしたら、いいお弁当ですね」と添乗員さんに報告。「だろぅ」と返ってきた。
 今日も、校外学習で出入りする子どもたちを見送り、そして、出迎えた。13時過ぎ、「退勤」。



近藤さんのチラシ

「日の丸・君が代」被処分通信

経過報告 四五  2009.5.1
八王子市立第五中学校夜間学級
被処分者 近藤順一

あきる野学園の校長はじめ教職員の皆さま

昨年から、校門におじゃましている者です。皆さまの熱心な教育実践を目の当たりにして、かつて都立清瀬養護学校の創立に参画し、直後、加配増員の取組を分会長として進めたことを思い出しています。今日は、根津教諭の校門出勤及び私の共同行動について説明します。

根津教諭は、本年3月に3回目の停職6ヶ月の懲戒処分を受けました。私の処分は減給10分の1、6ヶ月です。ぎりぎりのところで教育の自由と教育的良心を保持するため不起立・不斉唱を敢行した者へのいかなる処分も不当であります。根津教諭の受けた停職6ヶ月処分は、半年間、職場から追放され、その間の賃金やボーナスが支払われないという苛酷なものです。それでも免職処分が回避されたことを率直に安堵しています。皆さまがこのことに共感して頂いていることに感謝しています。

私がなぜここに来るのかということですが、一つにはここから私の職場までは35分あまりで行けますし、勤務が午後からです。そして、今や、ここあきる野学園正門は、都教委の歴史的な「日の丸・君が代」強制、不当処分の執行現場となりました。もちろん、私たち被処分者がどのようにふるまうかは、全面的に問われることです。皆さまが大切な人生を1日1日過ごしているように、私たちも何とか時代の要請にこたえようと考えています。処分に対して、はっきりとした抵抗の姿勢を広く都民の皆さまに示す必要を感じます。根津教諭の停職出勤は、教育の自由を守り、児童・生徒と直接ふれあうことをめざす教育的良心の合法的表現であると思います。都教委は裁判所に提出した書面上で、根津教諭の停職出勤を苦々しくおもい不当にも攻撃しています。私は微力ですが、単なる支援ではなく共同の行動を進めようと思います。

どうか、皆さま、出勤前わずかな時間でも、また別の機会にでも、ぜひ私たちにご批判・ご意見を寄せてください。また、根津教諭との話し合いの機会をもって頂けたらありがたいと思います。

危機の深化~09「日の丸・君が代」不当処分と一連の地裁敗訴~
不当処分の強化は止まらない

まず処分のエスカレートの問題。今回も都教委は確実に累積加重処分を実行した。特に停職処分は学校現場から抵抗者を一定期間追放するものでありけっして許されない。同時に免職処分が回避されたことに対する様々な評価が見られるが安易な楽観論を排することが重要だと思う。

懲戒処分について3度の停職6ヶ月という地平は重要な意味をもつ。今後とも懲戒免職の危険性がありこれを阻止しなければならない。分限処分については已然として免職の危機があることを広く訴えていかなければならない。昨年の7月に提示した「分限対応指針」は今年の「服務事故再発防止研修」でどのように適用されるか、予断を許さない。懲戒処分のように段階的か、一挙に分限免職かはまだ経験がない。広範な処分反対の声をあげなければならない。

2・3月の一連の地裁敗訴と学校現場の管理統制の強化に抗して模索が開始されている。今や、「日の丸・君が代」強制と新学習指導要領、教員免許更新制、主任教諭制等は一体のものとして推進されている。そこで、運動を前進させ裁判勝利に向けて、ポイントとなる2つの方向を指摘しておきたい。

(1) 運動の広がりを
「日の丸・君が代」強制を進める都教委は、憲法前文の「平和と民主主義」、憲法第1条の「象徴天皇制」、「国旗・国歌法」、学習指導要領を恣意的に解釈し利用し前面に出して、被処分者の行動は特殊な者の特別な思想に基づく行動とし、裁判所もこれに追随した。その実、強制・処分は、学校現場の統制と教育内容への介入の突破口としての意味をもち、特に教育内容では憲法に反する教育が強要されることになり、広範な教職員、都民、国民との矛盾を拡大、深化していくだろう。運動の横の広がりの条件はある。

(2) 持続する取組を
 「日の丸・君が代」強制処分に反対する運動は、日常的なとりくみである。「不起立・不斉唱・不伴奏を含む多様な取組」を全ての教職員と共に進めていくこと。被処分者は、期限付き雇用、解雇用員、賃金カットなどに陥っている非正規労働者の境遇であり、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」が脅かされている。「救援基金」等の態勢をとらなければならない。

07・08処分に関する東京都人事委員会口頭審理が下記の日程で開催されることが決定しました。皆さまの傍聴をお願いします。

日時:2009年5月21日(木曜日)14:00~

場所:都庁第1庁舎39階 審理室

内容:口頭審理(請求人本人<近藤>、処分時の校長、指導室長の証人尋問)



4月28日(火)

あきる野学園に。今日も寒く、冬支度。
いつものように出勤・登校する同僚や生徒たちと挨拶を交わし、読書をしていると、保護者の車が次々に入ってきた。保護者会ということで、聞かれるままに、車の誘導を買って出ることになった。

この4月にスクールバスの添乗員さんとなられた人たちとも、はじめは挨拶だけを交わしていたが、お互いに顔見知りとなり、あれこれ話を交わすようになってきた。今日もしばらく話しこむ。「普通はおかしいと思ってもなかなか行動に移すことなどできない。根津さんは勇気がありますね」とおっしゃる人、「そこまで大事なことなのか、私にはわからない」とおっしゃる人、「今の政治はおかしい!でも、一人行動しても変わるわけじゃないから」とおっしゃる人。ストレートに気持ちを出し合えるのがいい。



法廷カレンダー

法廷カレンダー、2009年5~6月を更新しました。

法廷カレンダー
「法廷カレンダー」のダウンロード

なお本日より、法廷カレンダーを直接ダウンロードするように改めましたのでご利用ください。



2009/05/08

米山さんの解雇撤回を求める裁判が始まります!

5月11日 16:30~ 631法廷 です。

2/27に地裁提訴をしていた米山さんの非常勤教員の合格取り消しの撤回を求める裁判です。

一昨年度非常勤教員の採用選考には761人が申し込みました。不合格は30名で、このうち10名が「君が代」での被処分者です。

合格通知後に処分を理由に合格が取り消されたのは、全都で米山さんだけだったそうです。

ご支援、傍聴よろしくお願いします。



2009/05/07

「日の丸・君が代」被処分通信

「日の丸・君が代」被処分通信 経過報告 四五  2009.5.1
八王子市立第五中学校夜間学級
被処分者 近藤順一

 あきる野学園の校長はじめ教職員の皆さま
昨年から、校門におじゃましている者です。皆さまの熱心な教育実践を目の当たりにして、かつて都立清瀬養護学校の創立に参画し、直後、加配増員の取組を分会長として進めたことを思い出しています。今日は、根津教諭の校門出勤及び私の共同行動について説明します。
根津教諭は、本年3月に3回目の停職6ヶ月の懲戒処分を受けました。私の処分は減給10分の1、6ヶ月です。ぎりぎりのところで教育の自由と教育的良心を保持するため不起立・不斉唱を敢行した者へのいかなる処分も不当であります。根津教諭の受けた停職6ヶ月処分は、半年間、職場から追放され、その間の賃金やボーナスが支払われないという苛酷なものです。それでも免職処分が回避されたことを率直に安堵しています。皆さまがこのことに共感して頂いていることに感謝しています。

 私がなぜここに来るのかということですが、一つにはここから私の職場までは35分あまりで行けますし、勤務が午後からです。そして、今や、ここあきる野学園正門は、都教委の歴史的な「日の丸・君が代」強制、不当処分の執行現場となりました。もちろん、私たち被処分者がどのようにふるまうかは、全面的に問われることです。皆さまが大切な人生を1日1日過ごしているように、私たちも何とか時代の要請にこたえようと考えています。処分に対して、はっきりとした抵抗の姿勢を広く都民の皆さまに示す必要を感じます。根津教諭の停職出勤は、教育の自由を守り、児童・生徒と直接ふれあうことをめざす教育的良心の合法的表現であると思います。都教委は裁判所に提出した書面上で、根津教諭の停職出勤を苦々しくおもい不当にも攻撃しています。私は微力ですが、単なる支援ではなく共同の行動を進めようと思います。

 どうか、皆さま、出勤前わずかな時間でも、また別の機会にでも、ぜひ私たちにご批判・ご意見を寄せてください。また、根津教諭との話し合いの機会をもって頂けたらありがたいと思います。

  危機の深化~09「日の丸・君が代」不当処分と一連の地裁敗訴~
 不当処分の強化は止まらない
まず処分のエスカレートの問題。今回も都教委は確実に累積加重処分を実行した。特に停職処分は学校現場から抵抗者を一定期間追放するものでありけっして許されない。同時に免職処分が回避されたことに対する様々な評価が見られるが安易な楽観論を排することが重要だと思う。懲戒処分について3度の停職6ヶ月という地平は重要な意味をもつ。今後とも懲戒免職の危険性がありこれを阻止しなければならない。分限処分については已然として免職の危機があることを広く訴えていかなければならない。昨年の7月に提示した「分限対応指針」は今年の「服務事故再発防止研修」でどのように適用されるか、予断を許さない。懲戒処分のように段階的か、一挙に分限免職かはまだ経験がない。広範な処分反対の声をあげなければならない。
2・3月の一連の地裁敗訴と学校現場の管理統制の強化に抗して模索が開始されている。今や、「日の丸・君が代」強制と新学習指導要領、教員免許更新制、主任教諭制等は一体のものとして推進されている。そこで、運動を前進させ裁判勝利に向けて、ポイントとなる2つの方向を指摘しておきたい。
(1) 運動の広がりを
「日の丸・君が代」強制を進める都教委は、憲法前文の「平和と民主主義」、憲法第1条の「象徴天皇制」、「国旗・国歌法」、学習指導要領を恣意的に解釈し利用し前面に出して、被処分者の行動は特殊な者の特別な思想に基づく行動とし、裁判所もこれに追随した。その実、強制・処分は、学校現場の統制と教育内容への介入の突破口としての意味をもち、特にこれからの教育内容では憲法に反する教育が強要されることになり、広範な教職員、都民、国民との矛盾を拡大、深化していくだろう。運動の横の広がりの条件はある。
(2) 持続する取組を
 「日の丸・君が代」強制処分に反対する運動は、日常的なとりくみである。「不起立・不斉唱・不伴奏を含む多様な取組」を全ての教職員と共に進めていくこと。被処分者は、期限付き雇用、解雇用員、賃金カットなどに陥っている非正規労働者の境遇であり、憲法25条の「健康で文化的な最低限度の生活」が脅かされている。「10.23通達」から5年半、これからの5年、10年に向けて「救援基金」等の態勢をとらなければならない。

 07・08処分に関する東京都人事委員会口頭審理が下記の日程で開催されることが決定しました。皆さまの傍聴をお願いします。
日時:2009年5月21日(木曜日)14:00~
場所:都庁第1庁舎39階 審理室
内容:口頭審理(請求人本人<近藤>、処分時の校長、指導室長の証人尋問)



2009/05/03

法廷カレンダー

法廷カレンダー、2009年5月を更新しました。

法廷カレンダー
法廷カレンダー



« 2009年4月 | トップページ | 2009年6月 »