フォト

掲示板

停職「出勤」日記2009

停職「出勤」日記2008

停職「出勤」日記2007

停職「出勤」日記2006

停職「出勤」日記2005

投稿欄

ちらし置場

リンク集

« 「8・28都教委包囲アクション」へ(8) | トップページ | 「8・28都教委包囲アクション」へ(10) »

2009/07/28

「8・28都教委包囲アクション」へ(9)

渡部です。 

本日(7月24日)、都庁にて<07年処分撤回請求・人事委員会審理(卒業式(18)グループ)>の第一回口頭審理があり、9人の請求人の意見陳述がありました。本日の陳述も22日同様、大変感動的なものでした。この内容については、改めて紹介します。

以下は、22日(卒業式(19)グループ)の<Wさん(北特別支援学校)>の陳述です。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・・(前略)・・・・ 
2004年3月大泉養護学校卒業式予行において私が担当していたAさんがトイレに行きたいとのサインだしました。ちょうど「君が代」が始まったばかりでした。私は、一瞬ためらいましたが、すぐにAさんの手を引き、体育館外のトイレへと急ぎました。「どこにいくんですかぁ」、教頭が大声でわめき、血相変えて追いかけてきました。
目の前がトイレで、そこに急いでいるという判断が充分できる事態なのに、いったい何事だ、と私は大変驚きましたが、それにもまして仰天したのは、卒業式本番には連れてでないよう、(その教頭から)おむつをつけろと言われたことでした。教員を起立させる為には、子どもの人権など構っちゃいられない、起立こそが一番、という恐ろしい倒錯が「大義名分」をもってもたらされるようになってしまったのです。

2007年3月、城北養護学校で起きた人工呼吸器のアラーム音への対応を許さず、保健室スタッフに起立を命じた事態もしかりです。

2008年3月北養護学校予行後、校長は、マット席に座っている教員に、卒業式の後、座っているのは不起立の意志か介助の為か、事情聴取をする、と発言しました。そしてマット席にいる場合は、「君が代」の時正座をし、「日の丸」に相対するように、と重ねたのです。マット席に座っているのは、身体を横たえている必要のある子どもの介助のためです。ですから様々な姿勢です。教職員から驚きの声があがりました。
当時私は、気道軟化の為、呼吸介助をしないと時々息が止まってしまうというBさんを担当していました。
いつもマットに降ろし、横向き姿勢にし、右手であごを介助しながら、左手や時には足も使って姿勢を整えるといった介助が必要でした。
不起立や起立の意思いかんにかかわらず、子どもが必要としていることをただちに行う、というのは、教員として当然のことではないでしょうか。
必要な介助であることが明々白々なのに、事情聴取をするとは、関わりを萎縮させたり、ネグレクトさせる結果をもたらします。

類例は、知的障がい校にも多々あります。突発的な飛び出しや不意の動きに対応しようとした教員が、呼びつけられ管理職から叱責されているのです。
「君が代」の時だけは、関わるな、見て見ぬふりをして起立斉唱せよ、と私たちに教育活動を放棄させるのです。

校長や副校長は、「10・23通達」までは、少なくとも介助をネグレクトしてでも起立をしろ、などとは言いませんでした。
通達後、自らの判断を停止し、ひたすら”従う”ことが、唯一、無二の道になってしまい「あり得ない!」人権侵害が現出しているのです。

・・・(後略)・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

まるで、戦前の日本かナチス支配下のドイツのようです。まさに、「君が代」が人間を「殺す」歌になりつつあります。しかも弱い立場の人間を。東京都の「君が代」不起立の教員たちは、こうした動きに身をもって抵抗し反対しているのです。

(次回に続く)



« 「8・28都教委包囲アクション」へ(8) | トップページ | 「8・28都教委包囲アクション」へ(10) »

投稿欄」カテゴリの記事