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2009/07/25

「8・28都教委包囲アクション」へ(7)

渡部です。 

本日(7月22日)、都庁にて<07年処分撤回請求・人事委員会審理(卒業式(19)グループ)>の第一回口頭審理があり、8人の請求人の意見陳述がありました。

今回の人事委員会審理の大きな特徴は、06年9月21日、東京地裁で、「10・23通達」・「職務命令」・「処分」は<違憲・違法>、という判決が出た後の、07年3月の卒業式での「君が代」不起立処分に関する審理だということです。(07年春は延べ35名が処分されました)

8人の陳述はいずれも、「10・23通達」によっていかに理不尽なことが教育現場でまかり通っているか、ということを告発するものでした。以下、それらの陳述からです。

<Kさん(M特別支援学校)>
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「10・23通達」以前の学校では、ひとつ卒業式をとってみても、子どもたちの心に残る感動的な場とするためにはどうしたらよいかの真剣な議論が交わされていました。そして議論を通して培われた内容や熱意は、創意工夫を生んでいったのです。
しかし「10・23通達」以降の学校では、儀式・行事はマニュアル化され創造性が見出せなくなってしまいました。そのことは卒業式・入学式以外の教育活動にも広がっていると思います。教育の危機であると、私は感じています。

障害児学校の生徒にとって、校外学習は大切な行事です。ハンディの中で外に出かける機会がどうしても少なくなるからです。そんな楽しみにしていた社会見学に参加できない生徒が出ました。担任も主治医もOKを出しているのに、配慮をした計画を立てているのに。医療的ケアを理由にした管理職の独断・決定でした。学校という場で、子どもの人権を守ることの難しさも噛みしめました。その生徒の、歯を噛みしめている姿と「ドクターはOKといっているのにね」という言葉は忘れられません。

大人の世界でも様々なことが起きました。勤務時間外の労働組合活動として、組合のチラシを配布したところ、管理職がそれを回収し私の机に置くということがありました。その上、この勤務時間外の組合活動を業績評価のD評価の理由として示したのです。

処分の説明書に、地方公務員法33条(信用失墜行為の禁止)に違反すると書いてありましたが、それは間違いです。
・・・管理職や都教委の面子は、あるいは、傷つけたかも知れませんが、職の信用を傷つけた事実はありません。私は40秒の静かな着席の前も後も、変わりなく、生徒たちと共に、生徒たちの現在と未来を考える営みを続けています。

東京では歴史と子どもたちを見つめた静かな着席をしたことで、たくさんの教師たちが学校から、そして子どもたちから引き剥がされています。生徒たちの人生に寄り添い、共に生きる実践を続けてきた先生たち。教育の誠を象徴するような人たちを都教委は再任用・再雇用を拒み、停職処分にし続けています。これほど大きな損失はありません。これは、明確に間違いです。

<Nさん(M養護学校勤務時に戒告処分)>
・・・・・・・
さて石原都政10年で東京の教育は大きく変わってしまいました。もちろん悪い方向に変わったのです。民間企業をモデルとした人事考課制度が導入され、主幹制度、異動要項の改悪、三期目の10年を経て主任教諭・OJT(校内で行う職務を通した育成制度)が導入され、横社会だった学校現場にピラミッド型の職制がひかれたことになります。
・・定年まであと3年という男性教員が。校内人事に異議を唱えたところ、その年の面接で、「人事構想に入っていない」と異動を言われ、いまや校長の気に入られない教員は恣意的に異動させられる時代となりました。
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N校に移動した年、私は中学部3年の担任になりました。異動したばかりでしたが、3年生の学年の皆さんに私が卒業式で立てない事情を話しますと、静かに聴いてくださり了解して下さいました。K副校長との自己申告面接の時、カトリック信者として、神道の象徴としての「日の丸」の前で起立できないので、卒業式に2時間の年休をとりたいと話しました。W校長(故人)にも休暇のお願いに行きましたが、年休簿を出したところ、「受理保留」ということになりました。

(中略:いろんな経過の末、年休を取り消す)

2007年3月15日、当初から予定されていた卒業式予行が行われました。私は立つことができず、座りました。校長室にて、校長・副校長より「不起立の現認」(「日の丸」が掲揚されていない予行なのでこの表現はおかしい)をされました。その後も執拗なK副校長の高圧的な言葉で、胸と胃の痛み・不眠におそわれ、S内科医院に通院しました。

予期しないことに卒業式前の20日の最終練習が2回目の予行になり、「君が代斉唱」が式次第に含まれることになりました。予行と練習の違いは、「君が代」斉唱が含まれるかどうかです。精神不調もあり、私は初めて起立をしてしまい、そのあと激しい後悔の念にかられ、自分を許せない気持ちになりました。一回目の卒業式予行が始まってよりもともと眠れなかったのですが、その後2日間は全く眠れないようになりました。

そして東京地裁の9・21判決に力を得て、22日の卒業式に不起立をしました。私が不起立をした時の卒業式を、校長はりっぱな式だったと職員に翌日言っています。私が「君が代」斉唱時に座ったからといって、何ら卒業式が滞ることはありませんでした。私の「君が代」不起立への処分は不当です。処分の取り消しを要求します。また「10・23通達」を撤廃するように指導して下さい。

(次回はWさんです。卒業式での凄まじい状況が語られました)



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