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2010/02/26

「日の丸・君が代」被処分通信

 経過報告 五三 2010.2.25
八王子市立第五中学校夜間学級
被処分者・原告  近藤順一

「ひとりでも・・・」 ひとりじゃない 
~3回懲戒処分に対し一括提訴~

 「日の丸・君が代」強制は行政による乱暴な学校現場への不当介入であり、教育の自由の侵害です。また、職務命令によりすべての教職員に対して懲戒処分を構えて強制することは、明確な思想、良心の自由に対する侵害です。
 学校教育が統制支配されることは、戦前・戦中の歴史を見ても、きわめて危険なことです。この間、東京都の教職員は延べ400名以上が不服従、抵抗の行動をとり、処分を受け、人事委員会審理、裁判へ取り組んでいます。
 私は2月19日、07(戒告)・08(減給10分の1、1月)・09(減給10分の1,6月)の3回懲戒処分に対して東京地裁に一括提訴しました。すでに関連する裁判が高裁判決に至り、また、集団提訴も多い。わたしの場合、今から単独で裁判闘争にエントリします。外国人生徒への強制問題など独自の視点もあろうかと思う。今は亡き小田実氏の「ひとりでもやる、ひとりでもやらない」に励まされています。でも、これからはひとりじゃないと思っています。皆様方の助言と支援をお願いします。

荒涼たる学校現場から連帯の行動を

 「10.23通達」下、7回目の卒業式は目前だ。この強制は、まず教職員にダメージを与え教育実践にも、自由を保持する取り組みに対しても、その意欲を減退させる効果をもつ。その結果が現在の学校現場の荒涼たる実態ではないだろうか。口惜しくも、まさに「自由でない教師は自由を語れない」ということなのか。
 47教育基本法の成立はあの戦争そしてその終結と不可分である。御名御璽「終戦の詔書」には、あの戦争の目的を「帝国ノ自存ト東亜ノ安定トヲ庶幾スルニ出デテ」として、終戦の条件と国民への指令を「国体ノ護持」「国体ノ精華ヲ発揚シ世界ノ進運ニ後レサランコトヲ期スヘシ」と述べている。もちろん、ファシズムを打倒した世界の人々の意志と相容れるはずがない。この両者の対立を内包して成立した日本国憲法と教育基本法にはそれが反映している。典型は「9条」と「象徴天皇制」である。
 06教育基本法は、その前文冒頭で「我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家」と述べ戦争責任・戦後責任の無視、戦後60数年に日本が果たした戦争と抑圧への加担を覆い隠す歴史偽造の上に成り立っている。具体的条文では旧法の「この理想の実現は、根本において教育の力にまつべきもの」と「国民全体に対し直接に責任を負って行われるべきもの」が削除され、教育の目的と方法の根本規定が改変された。
 「日の丸・君が代」強制処分の継続は06教育基本法の突出した具現であり、それに対する不起立・不斉唱は47法規定にある教育の自由の回復ともいえる。歴史的使命と国際的責任を負っているといわねばならない。プロトコル(国際儀礼)について「自国の国旗・国歌を尊重できない者は他国のそれをも尊重できない」といわれるが尊重と強制は相容れない。それよりも<自国の教育の自由、即ち子どもの学習権や教授の自由、思想・良心の自由を保持できない者が他国の人々の自由や人権、民主や平等を語ることはできない>だろう。

現場の愚直に賭ける ~卒業式を目前にして~

 私は、日本国憲法・教育基本法を厳密に遵守し、不当な支配に服することなく、教育の自由即ち教授の自由を保持し生徒の学習権を保障するため、全力をあげて校務に邁進します。現在、年度末を迎え師走よりも忙しい日々、全都の幼・小・中・高・特別支援学校の現場教職員は直接の人格的接触を通じて、それぞれの園児・児童・生徒の個性ある成長をはかるべく自由で希望に満ちた卒業式を準備しています。
 上記の目的のため、私は「10.23通達」の速やかな撤回、少なくとも当面の暫時執行停止を求めます。また、この問題に関する懲戒処分や分限処分に反対します。2003年以来、「10.23通達」―市教委通達―職務命令―処分―人事委審理―裁判というパターンがくり返され進行しています。私もその渦中にいます。司法の場で問題が解明されることはもちろん大切です。同時に、間接的に都民を代表する立場にある都教委の皆さんと現場の教職員・教職員OBが率直に話し合い、抜本的な対応措置をはかることが必要であると考えます。このために、都議会をはじめ関係部局・方面のご努力を期待します。

 今や、現場からの愚直な発信は風前の灯火かもしれない。だが、ここは、現場の愚直に賭けてみようと思う。



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