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2010/03/10

裁判闘争と現場の行動を結合しよう

被処分者・原告 近藤順一

強制・処分を継続、強化する都教委
東京都教育委員会が2003年「10.23通達」により、東京都内すべての公立小中高の入学式、卒業式などの学校行事における「日の丸」掲揚、「君が代」起立・斉唱の強制を開始してから6年4ヶ月が経過しました。これは、行政による乱暴な学校現場への不当介入であり、教育の自由の侵害です。また、職務命令によりすべての教職員に対して懲戒処分を構えて強制することは、明確な思想、良心の自由に対する侵害です。
学校教育が統制支配されることは、戦前・戦中の歴史を見ても、きわめて危険なことです。この間、東京都の教職員は延べ400名以上が不服従、抵抗の行動をとり、処分を受け、人事委員会審理、裁判へ取り組んでいます。
私も以下のように、4回の処分を受けてきました。

2006 卒業式不起立・不斉唱により市教育長指導措置
2007 卒業式不起立・不斉唱により戒告処分
2008 卒業式不起立・不斉唱により減給10分の1,1ヶ月処分
2009 卒業式不起立・不斉唱により減給10分の1,6ヶ月処分

2009.10.2.付で、07・08処分不服審査請求に対する東京都人事委裁決が出され、「主文」は「審査請求をいずれも棄却する」という不当なものでした。

3回の懲戒処分に対し一括提訴
07・08・09の懲戒処分に対して、先日2010・2・19付で東京地方裁判所に一括提訴しました。(民事19部22年行ウ68号)もちろん、処分取り消し、慰謝料請求を要求しましたが、事案はいずれも06教育基本法下の問題です。確かに、都教委「10・23通達」や八王子市教委の各通達は旧教育基本法下で発せられました。しかし、本件に関わる職務命令は新教育基本法下のものです。私が重視する不当な支配、教育の自由の侵害について「訴状」では次のように提示しました。

内容及び方法について遵守すべき規準を設定する場合に、その基準が旧教育基本法10条1項にいう「不当な支配」に該当するか否かを判断する要素は、

  1. 教師による創造的かつ弾力的な教育の余地や、地方ごとの特殊性を反映して個別化の余地が十分に残されていること
  2. 教育における機会均等の確保と全国的な一定の水準維持という目的のため必要かつ合理的と認められる大綱的な基準にとどまるものであること
  3. 教師に対し一方的な一定の理論ないしは観念を生徒に教え込むことを強制するものではないこと

である。これは、新教育基本法16条1項の「不当な支配」の該当基準ともなる。

各通達は、教育における機会均等の確保と一定の水準維持という目的のために必要かつ合理的と認められる大綱的な基準にとどまるものではなく、それを逸脱しているというべきで旧教育基本法10条1項ないし新教育基本法16条1項所定の「不当な支配」に該当し、違法である。
 そして、本件各職務命令は、実施指針記載の国旗の掲揚方法,国歌の斉唱方法を実現するため、各通達に従って発出したものであるから、新教育基本法16条1項(旧教育基本法10条1項)所定の「不当な支配」に該当する違法な通達実現のために発出された本件各職務命令もまた違法である。

私はこの裁判のなかで、(1)市民から委託された公立学校の児童・生徒の学習権と教員の教授の自由、(2)国際儀礼と多文化共生、(3)権力の強制と抵抗権などの問題を考え提起していきたい。司法の場で問題が解明されることはもちろん重要です。憲法をはじめとする法律や制度はそれぞれの立場から解釈されていると思います。かつて小泉元首相は憲法前文を引用根拠として自衛隊のイラク派遣を合理化しました。「日の丸・君が代」裁判においても、教育基本法、学習指導要領、国旗国歌法、さらには旭川学テ最高裁判決さえをも、都教委やいくつかの地裁・高裁判決は「10.23通達」「職務命令」妥当の根拠としています。この転倒した動向は正されなければなりません。
戦後の重要な教育裁判として家永教科書裁判と学テ裁判が取り上げられます。前者は60年代から90年代まで、約30年間国民的な運動となりました。そして、歴史認識や戦争責任の課題で国家の政策を根本的に正すことはできませんでしたが、従軍慰安婦、731部隊、南京虐殺など戦争犯罪の実態を白日の下に明らかにしてきました。これによって国民の戦争観や歴史認識は、ある方面からは「自虐史観」と攻撃されるほどに深化し、その後の戦争被害賠償裁判をはじめとする追及は世紀を超えて広がっています。教科書自体も紆余曲折はありながらも一定の事実を書くようになっています。逆にそれに反する扶桑社版や田母神発言が浮き彫りにされています。今年は韓国併合100年に当たり、歴史認識に現政権がどのように対応するか注目されます。
また、学テ裁判でも、憲法・旧教育基本法・学習指導要領の教育の自由、子どもの学習権について厳密な解釈適用が学校現場に浸透していきました。ここで注目すべきは、第1次学テの実施は1956~66まで、その10年後1976年に旭川学テ最高裁判決が出されていることです。つまりまず学テが停止され、引き続き裁判が闘われたと言うことでしょう。
その点から見て、現在の「日の丸・君が代」強制はまだ止められていません。のみならず、東京都の学校現場はますます息苦しくなっています。児童・生徒は強制下の入学式・卒業式・周年行事しか知らないことになり、道徳をはじめ愛国心教育は幅をきかせることでしょう。「日の丸・君が代」強制も全国に広まる危険性があります。
私は、法廷など裁判への取り組みを通じて一つでも問題提起できればと考えています。同時に、学校現場、労働現場、地域でそれぞれの課題と結合してどう取り組みを進めるかが重要だと思います。

皆様へのお願い

  1. 多くの方に呼びかけ、支援の体制をとっていただきたい。
  2. 署名活動など多面的な活動にご協力願いたい。
  3. 法廷への傍聴や集会にご参加願いたい。
  4. 可能な限り、証人として法廷での証言にご協力願いたい。

よろしくお願いいたします。

卒業式を目前にして
 さて、最近の懲戒処分を背景とする嘱託採用に関わる高裁判決(不採用裁判・解雇裁判)では、執拗に不起立・不斉唱・不伴奏行為を攻撃しています。"不起立・不斉唱には至らない行為の選択がある"とか、"「日の丸・君が代」に反対・批判的でも立って歌っている教員がいるし、その者は処分されない"というわけ。つまりは、不起立・不斉唱・不伴奏者を根絶したいという都教委の意図を反映しています。同時に、残念ながら現場の現実を反映していると言わざるを得ません。
 「10.23通達」以来7回目の卒業式を迎えています。プロトコル(国際儀礼)について「自国の国旗・国歌を尊重できない者は他国のそれをも尊重できない」といわれるが、尊重と強制は相容れない。それよりも、<自国の教育の自由、即ち子どもの学習権や教授の自由、思想・良心の自由を保持できない者が、他国の人々の自由や人権、民主や平等を語ることはできない>だろう。
 私は、日本国憲法・教育基本法を厳密に遵守し、不当な支配に服することなく、教育の自由即ち教授の自由を保持し生徒の学習権を保障するため、全力をあげて校務に邁進します。不当な支配即ち強制に従わないこと、生徒に対して、社会には異なる考え、異なる行動があることを示すことこそ職責だと考えます。内心と外部行為、学校と裁判所での言動を一致させたいものです。教育、生徒の皆さんにとっての学習はその場限りのものではなく、成長過程のなかで反芻されていくものだと思います。直面する現場で正確な行動をとり、裁判への取り組みをも含めて説明責任を果たしたいと思っています。
 皆様方の批判と助言を期待します。

【「解雇させない会ニュースNo.29」より再録】



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