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2010/03/11

2010年春の闘い(11)

渡部です。

まず、本日(3月10日)の卒業式ビラまきの報告です。

<F高校>
雪もそれほどでなく、F高校に行いけました。
8:15分頃に行くと 交流センターのビラ配りが一名。
センターは教職員向けのビラなので8:30過ぎには引き上げて行きました。

多摩西部市民の会が2名、ビラ配りに来ました。
9:50頃には保護者も来なくなり、おしまいにしました。
公安らしきものは全く見られず、注意する管理職も出てこず、校門警備の職員もいない(時々教員は校門付近にきましたが)、何とも平和なビラ配りでした。約220枚くらい撒けました。

<KG高校>
雨もあがり、カサをささずにできました。
卒業生、在校生、保護者はほとんど受け取りました。300余枚撒く。
先生はご苦労さんと言って受け取る人もいました。
在校生の一人が2階から友だちに声をかけたついでに
「朝早くからビラ撒きご苦労様です」と言いましたので、
「ええ、どうも」応えたところ、
「いやー、冗談ですよ」と言ったので、「そのくらいわかりますよ」と応えたら、
「他にも行ってて慣れてるんですね」などと言った。

チラシ撒きをはじめて、しばらくしたら副校長がきて、「わかっていると思いますが、敷地内に入らないでください」「くれぐれも混乱のないようにお願いします」などという。
「この状態で、混乱のおきようもないんじゃないですか」というと、副校長は「そうですね」と言った。
警察は川向こうの木の陰からこちらの様子を見ていました。

次ぎに、本日夕方から『都庁前アクション』が行われました。

北村小夜さんは、【小学校音楽唱歌 共通教材一覧】(1998)を紹介し、これらの歌の多くは、かつて、天皇と戦争賛美に貫かれていたものだったことを、<我は海の子><蛍の光><お山の杉の子><汽車ポッポ>などの歌詞で指摘しました。

例えば<お山の杉の子>の歌詞の6番は次の通りです。
「さあさ負けるな杉の木に 勇士の遺児ならなお強い
体を鍛え 頑張って 頑張って
今に立派な兵隊さん 忠義孝行ひとすじに
お日さま 出る国 神の国
この日本を護りましょう 護りましょう」

<汽車ポッポ>の歌詞は、
「きしゃ きしゃ ポッポ ポッポ
シュッポ シュッポ シュッポッポ
兵隊さんをのせてシュッポ シュッポ シュッポッポ
僕らも手に手に日の丸の
旗を振って送りましょう
万歳 万歳 万歳 兵隊さん 兵隊さん 万々歳」

その後、都教委要請行動に移りました。
この要請行動には約60人が参加しました。

要請に参加した団体は、<町田教組><多摩教組><解雇させない会><求める会><包囲ネット><三重県の教組のA支部><三重ネットワーク><大阪とよなかのグループ>でした。

都教委からは教育情報課二人だけ。

それぞれが「申入書」「要請書」「請願書」「抗議・要求書」などを読み上げ、最後に参加者全体で、必ず教育委員に渡すよう強く念を押しました。

終了後、再び都庁前での抗議集会を行い、シュプレヒコールをし散会しました。(100人はいたと思います)

最後に、今年度もすでに「君が代」不起立者が出ています。

日本は戦後、憲法前文に「ここに主権が国民に存することを宣言し」と明記し、学校では「臣民」ではなく、「主権者」を育てることになりました。

その学校が、再び「天皇制」を賛美する歌を強制され、「臣民」(天皇の奴隷?)を育てることを強制され、それに従わない教員たちは「処分」され「非国民扱い」されています。

これほど「非民主的」なことはありません。だから抗議・抵抗・反発は決して無くならないでしょう。むしろ、単なる「人権問題」ではなく、今後は、「主権問題」としてますます政治問題化していくでしょう。



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