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2010年4月

2010/04/19

文部科学省の道徳的退廃

渡部です。 

本日(4月18日)の「朝日新聞」に<君が代不起立 処分激減>という憲法感覚があるのかどうか、また、誰の立場に立っているのか、分からないような記事が出ていた。

ところでその脇に<教える ウオッチ!>「文科省の対応政治家次第」というコラム記事があった。

それは以下のような記事である。
「鹿児島県霧島市の小学校で、屋上の天窓から児童が落ちてけがをする事故が起きた。同様の事故は2008年に東京都杉並区の小学校でも起きており、『またか』と思った。

(中略)

・・卒業式、入学式での日の丸掲揚・君が代斉唱の実施状況調査がそれだ。調査を繰り返し、実施率はほぼ100%に達した。
 杉並区の事故後、『再発防止策が実行されたか』を文科省が日の丸・君が代調査のように徹底的に調べていれば、ひょっとしたら事故は違う結果になっていたのではないか。あと知恵ではあるが、ふと思った。
 日の丸・君が代への対応と天窓への対応の差はなんですか?
私の疑問に、文科省幹部はこう答えた。『国旗国歌の調査は、やらないと当時の政権党の自民党に怒られるから力を入れた。要するに政治家が怒るかどうか、政治家の関心事項かどうかですよ』。(後略)」

最後にある<文科省幹部>の言葉は一体何なんだ!!

第一に、彼らは一体どこを向いて文部行政をやっているのか、ということである。
幹部は、「生徒の命は二の次である」ことを公然と言明しているのである。

第二に、このようなことを公然と言明する心理である。
第三者がこういうことを言うなら分かるが、当の本人が言っているのである。この記事を読んで文科省の他の役人は、また文科大臣は、どう考えるのだろうか。このような言明をそのままにしておくのだろうか。そうだとすれば、文科省も、教育行政に対しては第三者的な立場をとり、なんら責任を感じていないと言うことである。彼らには自分の仕事に対する責任も誇りもないらしい。(もし文科省関係者がこのメールを読んでいたら、文科省のみんなに転送して下さい)

第三に、この言葉には、文科省内(しかも幹部)にある「道徳的退廃」が典型的に表れている。
彼らは子どもたちに、「長いものには巻かれろ」「上から怒られたくなかったら、黙って従え」と言うのだろうか。彼らの体質は、中・高校生の中でも見られる「パーティ券の強要」や「金銭の強要」(喝上げ)などと同じである。しかも、それを言明しているところに救いようのない彼らの「道徳的退廃」があるのである。

ついでに「道徳」についても一言。

今、その文部科学省は「道徳」に力を入れ、あらゆる教科を通じて「道徳」教育を進めるなどとおかしなことを言っている。しかしこれでは、科学的な思考を「道徳」という観念的な思考で曇らせるだけであることが彼らにはわかっていない。
これでは、日本の教育は道徳的にも、科学的にもますます後退するであろう。
ちなみに中国の研究開発費は、すでに2006年には日本を抜いて世界2位になっている。(1位はアメリカ)しかもその差は開くばかりである。これに対し、日本は「国旗・国歌」強制や「道徳」が教育の中心だという。これでは視野の狭い「小国民」作りにしかならないだろう。これでは日本の若者たちは世界の物笑いになるだけである。
「当時の政権党の自民党」や<文科省幹部>らのやっていることは、全く話にならないことばかりなのである。

彼らの言うことを真に受けてはならない。



2010/04/18

法廷カレンダー

法廷カレンダー、2010年4月~5月を更新しました。

法廷カレンダー
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2010/04/17

根津公子さんから【ニュースNo.30より】

根津公子

 前号でお知らせしたように、娘が2月12日に大動脈解離を発症して以来、私はずっと仕事を休み、看護に当たっています。したがって、卒業式も入学式も欠席しました。
 我が子が突然死と隣り合わせの大病に襲われ、発症当初はかなりうろたえてしまいました。1月から毎週やってきた立川駅頭での情宣や都庁前アクション等の「解雇をさせない会」の活動についても考える余裕はなく、一切そっち退けとしてしまいました。卒業式での処分を想定して、皆様に署名の取り組みをお願いしておきながら、このような状態になってしまいましたこと、ご容赦くださいますように。
 最悪の状態を覚悟しながら、娘の心に寄り添い支え、できるかぎりのことをしようとしてきて、3月末の検査で非常によい結果が出、とりあえずはほっとしました。この原稿を書いている今は、日常生活へ復帰するための訓練・サポートをしています。そして4月12日に私は職場復帰をする予定です。私がそばにいるから快復するわけではないことはわかりつつも、あと数日で娘から離れることができるか。それまでに、私の心の整理をしなければなりません。
 3月中は一瞬も娘のそばを離れることはできない状態でしたが、4月に入り、職場復帰は無理でも入学式の時間帯だけ参加することは不可能ではありませんでした。「なぜ、入学式に出ないのだ。処分を回避するためではないのか」という率直な批判(悪意ではなく)が私にも届いています。どんなに批判があっても、私には仕事や闘いを我が子の命と比較することはできません。私にとって「君が代」不起立は、都教委の不当介入を許さずに教育活動を行おう=職務を遂行しようとする行為です。その結果、都教委と闘うことになっているのです。闘いが先にあるのではないのです(闘っている人たちは誰もそうだと思いますから、こういう言い方は適当ではないですね)。ですから、入学式の時間帯だけ出席するという行動選択は、私にはしっくりきません。また、復帰訓練のペースを途切れさせ早めて、入学式の日から職場復帰をする選択はまったく不可能でした。経済的なことで言えば病気の性質上、これまでのように懲戒免職にされても平気、とはいえない状況にはあります。しかし、だから入学式の出席を回避したのではありません。私には、我が子の命が最優先なのです。
 この間、お見舞いや励ましのことばをくださった皆さま、本当にありがとうございました。この場をお借りしてお礼を申し上げます。

 さて、卒業式での「君が代」不起立・不伴奏処分の報に接し、まずは、この間ずっと不起立を表明してきた近藤順一さんのほかに不起立・不伴奏者がいたことに安堵しました。
 近藤さんが、「起立できなかった」ではなく、積極的な教育活動として不起立をした、職務を遂行したと発言されていることに喜びを噛みしめています。近藤さん曰く、「不起立を続けていくと、不起立は積極的な教育活動ということがわかる。」こんなにも気持ちを共有できて、本当にうれしく、励まされます。
 処分された4名のうち、この年度の退職者が近藤さんを入れて3名、お一人Iさんが49歳現職の方。今後都教委が、私にしてきたように、Iさんをターゲットに攻撃を画策してくるのは必至です。
 そこで、10・23通達撤回を望む全都の教職員、退職教職員に、失礼を省みずに訴えます。Iさんの決意にすべてを託すのではなく、いま現場に身を置く一人ひとりが自身の問題として、行動を開始しようではありませんか。1年をかけて子どもたちや保護者にしっかり考えを語り、職場で発言をし、論議を起こして来春を迎えましょう。私の体験から言えば、当事者として動くことで、はじめて見えてくるものがあると思います。
 退職した人たちには、体験と体験にもとづく能力と時間を駆使して今以上に日常不断に、都民への情宣、現場への助言・励まし、都教委への働きかけ等をしていただきたいです。何よりも、先輩諸氏の行動に、現場の教職員が力を得ることは間違いありません。
 10・23通達に反対する教職員、元教職員は大勢います。その人たちが動けば、世論が変わり、都教委を変えることができるはずです。都教委の学校支配が日に日にひどくなることをストップさせられるとしたら、それは、その気持ちのある人たちの実際の行動にあると思います。

 12日からは、5年ぶりにほぼ1年を通して仕事をすることになります。



2010/04/16

河原井純子さんから【ニュースNo.30より】

2010・春 いい日 春光の抵抗の風と雑木林
河原井純子

(1)全国のみなさん 様々な抵抗の風を共にありがとうございます。

 別れと出会いの季節となりました。みなさん、お変わりありませんか?
 私は、3月31日付けで無事(?)定年退職しました。
 これまでのあたたかく心強い数々の共闘と支援に心から感謝いたします。
 そしてまた、引き続きよろしくお願いします。決してあきらめずにいきましょうね。
 この3学期(1月から3月)は公私ともに激動の日々でした。96歳になる連れ合いの母が目の離せない状況が続きました。連れ合いをはじめ周りの人たちと力を合わせてなんとか乗り越えることができました。学校では「TAIMSの導入」により日一日と管理と統制が強まり職場全体が緊張の日々でした。
 時間をみつけては、学校のなかの「おかしさ」や「息苦しさ」を共有しあい「『おかしさ』には、自分のできることで抵抗し、連帯の輪を拡げていこうよ」「『息苦しさ』には、思い切って『NO』と言って、立ち止まってみようよ」と話し合っていました。
 ひとりひとりがパソコンにばかり向き合っていては、解決の糸口を見つけることは困難ですからね。私はいつもいつも声掛け人でした。
 3 月3 1 日、全水道会館での「日の丸・君が代」の不当処分に抗議する集会の後に「学校は雑木林」の本を背負って出掛けました。全水道会館では多くの方から「長いことご苦労様でした。」「抵抗し続ける姿に勇気と元気をもらい続けていましたよ」「1950年はトラ年でしたね。2トラ[河原井と岸田さん(今回停職1ヶ月)]が原野にとびだすのですね」などなど声を掛けていただきました。
 この日の行脚先は小さな集まりでしたが「河原井さん、長いことありがとう!! 明日(4/1)からは少しゆっくりしてください」と送り出してくれました。
 遅く自宅に戻りますと、連絡を取り合って家族たちが集まり「J u n k o さん退職(太字で書いてありました。クビでなかったので)おめでとうございます。長いことお疲れ様でした」という手作りのカードで迎えてくれました。なんの予告もなかったのでうれしい驚きでした。「解雇を覚悟しての数年共によく歩んでくれました。本当に本当にありがとさん」これが私の家族みんなへの言葉でした。

(2)最後の卒業式3月24日 小学部年生の子どもたちと教室で・・・

 前述しましたが、1月から3月は激動・激務の連続でした。自分でもよく倒れずに、たおやかに続けられたなと感慨深いものがあります。
 これはまわりに全国規模で多くの仲間や同志たちが常に共生共存していてくれた「共に」の存在と「がんばらないあきらめないたのしみたいつながりたい」を大切にしながら歩み続けたからだと今振り返っています。
 この間も約束した集会や行脚には体制をつくりながら努力して出掛けました
 集会や行脚先で「最後の卒業式が近付いてきます。子どもたちや青年たちの顔が胸に迫ってきます・・」と、緊張のなかで決意を述べてきました。
 しかし「インフルエンザ対策」ということで3月24日の卒業式当日は小学部低学年(1年~3年)は教室で平常授業となりました。
 最後の学級活動で「3学期のまとめと3年生に向けての決意」をしました。
 体育館では「小中学部の卒業式」が実施され何事もなかったように「日の丸・君が代」が存在しているとかんがえると穏やかではありませんでした。2009年度は「インフルエンザ対策」で厳重状態の学校でした。

  1. ●体育館での全校行事はしない
    *八東祭(文化祭)は舞台で演じるだけ観客席には児童生徒は座らない。
    *学期の始業式・終業式・修了式は分散型でする。
    例えば、2学期の終わりの会(終業式)は全員教室で、全部放送で実施。
  2. ●数々の校外学習の中止

 「卒業式」だけが特化されているのではなく学校行事、学校の全てが「インフルエンザ対策」が優先されるという2009年度でした。
 「君が代不起立」を理由に高等部の持ち上がりから降ろされ、小学部2年生担任になった2009年度。八王子東特別支援学校は「君が代不起立者0」となりました・
 私の最後の卒業式は不本意のなかで「不起立の機会もなく」「処分もなく」幕を閉じました。

(3)行脚はつづいています ちいさな行脚からおおきなおおきなうねりを

● 3.7 学校は雑木林「君が代」不起立を貫く河原井純子さんとともに
  現在の教育を考えてみよう学習会 in 板橋グリーンホール
 2008年12月の全国行脚・青森で出会った青年労働者の「わたげの会」の若ものたちと学び合いの場をもちました。
 「なぜ、不起立するのですか?」という素朴な質問に応える会でした。「君が代」の歌を何の疑問もなく当たり前に歌わせられてきた若ものたち。この素朴な疑問や質問はまさに若ものたちが学んできた学校教育の証明です。
 私は交流会で「「みなさん味噌づくりをしてみませんか?」と誘いかけてみました。「日の丸・君が代の学び合いは味噌づくりからと直感したのです。なんと若ものたち「おもしろい!!」「やってみたい!」と乗ってきたのです。
 青年労働者たちとの継続学習会「日の丸・君が代の学び合い」は、味噌づくりから実現していこうと考えています。いまから楽しみです。

● 3.13~3.14「日の丸・君が代」の強制に反対する新潟県住民集会新潟から糸魚川へ
 都庁前で出会った新潟の若い女性が呼びかけてくれて実現した行脚です。
 主催者から「会から高教組(高校の教員組合)と新教組(義務制の教員組合)が組織的に脱けてしまいました。集会に何人くらい集まるか?50 人きたら成功だと思います。」という連絡を受けて出掛けました。しかし、当日用意した机や椅子、資料が足りなくなる位の参加者と共有できました。70名以上いたでしょうか、うれしい悲鳴でした。いろんな方が気楽に「日の丸・君が代」の想いを発言しあい充実した内容になりました。
 上島一高牧師がキリスト者・市民としての『信教の自由』の意味~大日本帝国憲法下の想定との違いにこだわりつつ」というテーマで和やかに話されました。
 「日の丸は大日本帝国憲法下の天皇の象徴性をもって機能しています。君が代はその天皇の賛歌です。大日本帝国憲法下の天皇を呼び覚してはいけません。これは基本的人権を必ず侵害し、有事をもってこれを奪い去ることになります。」と力説されて結びました。
 交流会は充実した集会にみなさんが高揚し美味しい酒になりました。
 私も新潟の名酒と「幻魚」をいただきいい気分で糸魚川に向かいました。

● 糸魚川へ
 東京から糸魚川へ移り住んだ支援者の村上さん宅を訪ねました。2匹の猫たちとゆったりと暮らしていました。大きな大きな家は「たまり場・平牛」構想があり、とってもおもしろそうです。たったひとりの女性市議である鈴木勢子さんと出逢うことができ、有意義なお話をすることができました。今後の行脚につないでいきたいとおもいます。
 美味しい美味しい新鮮なお刺身をごちそう様でした。また訪ねます。
 「学校は雑木林」新潟から糸魚川に拡がっています。村上さんが「河原井さん退職したら今度は『社会は雑木林』の行脚をしていったら、もっともっと拡がると思うよ」と投げかけてくれました。想いはふくらみ足元からエネルギーが湧き上がってきました。

「学校は雑木林」から「社会は雑木林」へ

(4)さいごに 決意をこめて紡いでいきます

 私は停職中(合わせると1年4ヶ月)その期間を老若男女多くの人たちと出会い、点から線、線から面へ連帯・共闘の輪を拡げたいという想いから近場行脚と、北は北海道から南は沖縄までの全国行脚を全国のみなさんと創り歩き続けてきました。
 今も歩き続けています。「学校は雑木林」と共に。
 そしてそれは必ず「変革」の大きな大きなうねりになっていくと確信しています。
 そしてまたそれは、私の人生の大きな大きな財産になっています。
 「河原井さん行脚は有意義だと思います。そして雑木林の思想も気付かされることがいっぱいありました。どうぞ行脚を続けていってください。何かありましたら連絡ください。できる事は共にしたいと思っています。」こんなメッセージが3 月に届きました。
 嬉しい共闘宣言ですね。全国のいろんな方から「慰労する会をしたい」と言う声が届きます。「心からありがとうございます」です。
 施設労働者として3年教育労働者として35年、38年の幕は閉じます。
 もちろん「がんばらないあきらめないたのしみたいつながりたい」を大切にしながらです。これからも行脚を静かに静かに続けながら「学校は雑木林」「社会は雑木林」への変革の糸を紡いでいきたいと決意をあらたにしています。

 全国のみなさん、またさらなる全国行脚を共に創ってくださいね
 「こんなに・・をしたのに」の不満の糸ではなく「ただ・・をするだけ」の充足の糸を紡いでいけたらいいなと想っています。

 全国行脚で学びあった「やさしい言葉と深い思想」を胸に刻みながら・・・行脚に出掛けます



2010/04/15

解雇させない会ニュースNo.30

解雇させない会ニュースNo.30のダウンロードです。



解雇させない会ニュースNo.30

「newsno30.pdf」をダウンロード

 


解雇させない会ニュース一覧表

解雇させない会ニュース一覧表を作成してあります。
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2010/04/12

2010年春の闘い(25、最終)

渡部です。 

本日(4月11日)、ドキュメント映画<『”私”を生きる』(136分)>の上映会がありました。

この映画の監督・撮影・編集を担った土井敏邦さんは、映画について次のように述べています。
ーーーーーーーーーーーーーー
「これは「教育」問題や「日の丸・君が代」問題を論じるドキュメンタリーではない。
日本社会の”右傾化”戦前への”回帰”に抵抗し、”自分が自分であり続ける”ために凛として闘う、3人の教師たちの”生き様”の記録である。
ーーーーーーーーーーーーーー

3人とは以下の方々です。

  1. 根津公子さん
    (卒・入学式の「君が代」斉唱で不起立を続け、3年にわたり、「6ヶ月の停職処分」を受けてきた)
  2. 佐藤美和子さん
    (キリスト者として、天皇制につながる「君が代」伴奏を拒否し、何度も理不尽な異動を強いられてきた)
  3. 土肥信雄さん
    (都教委による学校現場への言論統制に、現職の校長として初めて公に異議を唱えた)

そしてチラシには3人の次のようなメッセージが載っています。

根津さん:「自分に嘘をつきたくない。生徒に嘘をつきたくない」
佐藤さん:「炭鉱の危険を知らせるカナリヤの役割を担いたい」
土肥さん:「今言わなければ後悔する。その後悔だけはしたくない」

この映画では、3人の闘いを簡単に紹介するとともに、主にその実生活や内面の格闘、そして教育実践などが紹介されています。

内面の挌闘の場面では、現代日本の困難な状況の中に生きる多くの人々に励ましを与えるのではないでしょうか。

また、教育実践では、3人とも本当に生徒たちが好きで、素晴らしい実践をしていることが分かります。

根津さんが自分で作った家庭科のプリントや卒業生の声。
佐藤さんのコーラスの指導(聞きほれました)。
土肥さんの登校時やクラブ活動中の生徒との接触風景。

などなどです。

さらに、この映画では、3人の闘いのルーツにも力を入れており、3人がなぜ<凛として闘う>のかが描かれています。ここでは、他でもなく戦前・戦後の日本社会の歴史が色濃く反映していることを知ることができます。

戦前・戦後を通じて、日本社会では様々な抵抗闘争が闘われてきましたが、この3人の闘いも、その長い闘いの延長線上にあることが分かります。
そしてそれは現在、3人の場合、<”私”を生きる>という形で続けられているのです。

【上映会・DVD(4000円)購入のお問い合わせ・お申し込み】は、 doitoshikuni@mail.goo.ne.jp  まで。【事務局注: 左記メールアドレスの全角@は、半角@に打ち直してご使用ください】

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

東京の石原都知事のことについて一言。

昨日、「たちあがれ日本」というような名前の新党が結党されました。この名付け親は石原だということです。

しかし、比較的彼に近い人々からさえ、「立ち枯れ?」、「たそがれ?」、「老人党?」、「家出老人の寄せ集め?」、等等と酷評される始末です。石原もついにここまで落ちたか、という感じです。

こうした報道に接し私は、3月25日の『君が代処分にNO!都庁前アンサンブル・アンコール』で、ジョニーHさんが紹介してくれた替え歌を思い出しました。

そこで以下にそれを再度貼り付けておきます。

<さらば慎太と言おう>
~「俺も同じだ!」と健作も言っていた~

さよならだ慎太郎、さよならだこんどこそ
選び直す日を待って、さらば慎太と言おう

都民流す涙は知事には見えない
こらえきれぬ怒りに逆ギレでごまかす

暴言と癒着とを、いくたびもくりかえす
だけど勇気を出して、さらば慎太と言おう



2010/04/11

2010年春の闘い(24)

渡部です。 

本日(4月10日)、<渡辺厚子さんへの処分をはねかえす「日の丸・君が代」強制反対4.10集会>が開かれました。主催は、「良心・表現の自由を!」声を上げる市民の会。参加者は、84名でした。

集会では初めに、この春の卒・入学式での不起立の状況が、被処分者の会の近藤さんから報告されました。

それによると、卒業式では、小・中・高・特別支援それぞれ1名づつの計4名。入学式では、高校3名(1名は初めて)でした。入学式の処分はまだ出ていませんが、それも入れると、被処分者は延べ430名になるとのことです。

卒業式、そして特に入学式でも複数の不起立者が出たことは、都教委に対しては<大きな打撃>になったと思われます。また、「日・君」強制反対で闘う仲間にとっては<大きな希望>になりました。都教委は闘いの火を消すことができなかったのです。

ところで、本日の集会のテーマは、<「日の丸」の尊重は儀礼だって、本当?>というもので、高橋哲哉さん(東大大学院教授)と田原牧さん(東京新聞特報部デスク)が、渡辺厚子さんの司会で話をしてくれました。

少し長くなりますが、以下に紹介します。

渡辺:「日・君に反対している教員は何事だ。3ヶ月も停職して(されているのですが)、教員の風上にも置けない。自分は家族・故郷に愛着を持っている。国の歌や旗を敬うのは当然だ。そう思えないのは何故か?」と言われるが。

高橋:うまくいかない家族・故郷もある。愛すべき国があることが自然なこととして全ての人に共有されているわけではない。一市民として、歴史のことを忘れることは出来ない。過去の歴史と結びついているものに違和感を抱き続ける市民がいることは自然ではないか。自分は哲学をやっているが、「思想・信条の自由」は生命線だ。それが認められなければ、哲学・学問はできない。市民として物を考える上でも絶対必要だ。それを認めない国なら、自分は「憂国者」になってしまう。盲目的に従わせるのは、教育的に極めてよくない。どんな旗・歌でもそれに従えというのは危険である。

田原:ストーカーみたいなこと言うなと言いたい。強制されることはごめんだ。「旗好き」というのは、気分的に分からないではないが。

高橋:どんな団体・組織でもシンボルに同調することを強制すれば、その団体・組織は硬直化する。疑問や異なる態度を許さないなら、その団体・組織は自ら墓穴を掘ることになる。いろんな考えがあって社会が存在する。

田原:かつて「共同幻想」大好きだった。自戒をこめて「いけない」と思っている。

渡辺:「公務員でいながら学校の中で反対するのは個人的イデオロギーを持ち込むので行き過ぎている、決まったことに従うのは重要。一般市民・保護者なら別だが」と言われるが。

田原:重要だと思わない。それがイヤなのだから。

高橋:公務員がどこまで思想・良心の自由があるかということは決まっているわけではない。しかし、教員であればこそ、「決められたことは盲目的に従わなければならない」というのはマズイ。これは反教育的なことである。思想・良心の自由をどう解釈するかはき待っていない。どこまで従うかは公務員と言えども一人一人が決めることだ。

渡辺:式場に「日の丸・君が代」のようなものがあるのは当然か。

高橋:当然とも重要とも思えない。フランスなどでは儀式そのものをやっていない。やらなければならないという必然性はない。

田原:発展途上国のようなところはそういうことが好きだ。サダムフセイン統治下のイラクではいたるところにサダムの顔写真があり、いつでもサダムに見られているようだった。最初は違和感を持つが、長くいるとそれもいいなと思うようになってくる。そのいかがわしさがわかった。

渡辺:戦後主権在民で出発した。しかし、卒業式は戦前のまま、「日の丸」があり「君が代」を歌わされた。しかし60年代、70年代頃それが消えていった。しかしまたやるようになってきた。1945年の区切りはどうなっているのか。

田原:大半の国民は戦争で手を汚した。しかし、責任をとろうとしなかった。「日・君」反対の運動が防衛的になっている。かつては反対者が多数派だったかも知れないが今では少数派になっている。そこの認識が必要だろう。それならば、攻撃的になった方がいい。不当判決が続いているが、それは裁判制度の問題があるからだ。裁判官は上に行くには、ヒラメになる。また多くの人が<長いものにはまかれろ>となっている。それを問題にすべきだ。今は踏ん張りどころだ。

高橋:戦前と戦後の連続性が強い。中でも天皇が「象徴」であれ居座ったことだ。このことが、本質的に変わっていないことに、大きな影響を与えている。自分が驚いたのは、「君が代」強制のために<声量調査>をやったことだ。内村鑑三は、教育勅語拝礼の儀式で、深々と拝せず、ちょこっと頭を下げただけだったことが問題になった。<声量調査>をする現在も同じだ。いずれも天皇がかかわっている。強い連続性がこの国には存在している。これから自由になるのは容易なことではない。  

この後、休憩を挟んで参加者との質疑応答になりましたが、長くなりましたので、省略します。



2010/04/08

法廷カレンダー

法廷カレンダー、2010年4月を更新しました。

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2010/04/07

2010年春の闘い(23)

渡部です。 

本日(4月7日)、全国の多くの学校で入学式が行われました。

東京ではまた不起立者が出ました。

重い処分と度重なる不当判決にもかかわらず、また極めて困難な職場状況にも関わらず、
「思想・良心の自由を守れ!」
「基本的人権を守れ!」
「民主教育を守れ!」
「国家主義教育、天皇制教育を許すな!」
「教え子を再び戦場に送るな!」
などの様々な想いで、闘いの松明は今回も受け継がれました。

これは本当に素晴らしい闘いになってきました。

まさに現代日本の、首都東京における、教員たちによる誇るべきレジスタンスです。

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私も千葉の高校で不起立しました。



2010/04/04

広島の不起立闘争報告

広島のその後の報告です

谷口恭子

●「日の丸・君が代」強制反対ビラまき弾圧Aさん釈放3月19日「日の丸・君が代」強制反対ビラまきで不当逮捕・勾留されていたAさんは、3月29日に元気に釈放されました。とはいってもこの事態の責任は徹底的に追求しなければならないと考えています。
広島県教委、広島市教委、日本会議、警察の連携プレーの政治弾圧を打ち破りましょう。

●卒業式 「君が代」斉唱に不起立者が拡大県教委関係で14人、広島市教委関係で一人、合計15人に不起立で処分が出されました。(小学校5人、中学校1人、高等学校・特別支援学校が9人)
 これはすごい事です。今年は例年にもまして、県教委ー市教委ー校長からの強制・職務命令が執拗で、不起立しそうな個人を何度も何度も呼びつけて、とにかく「起立して下さい」と強制が行われ、その中でビラまき逮捕事件まで引き起こされたのです。それでも起立しなかった人は拡大、しかも初めて処分された人が6人もいたということです。

●文部科学省は、1998年「是正指導」以降、教育破壊を続けてきましたが、その軸が「日の丸・君が代」強制でした。広教組や高教組が職務命令が出たら従うという方針を出して以降は不起立者の数は少なくなっていましたが、処分の乱発にもかかわらず不起立は続けられてきました。 
 そして、今、教職員の団結破壊・支配の『武器』としてきた「日の丸・君が代」強制が逆に、彼らの弱点になっています。これまでは、不起立処分を「さらし者」のように大きく新聞報道してきましたが、今年はその数が増えたこともあってか、「セクハラ教諭処分」の影にかくすようにしか発表できていません。
 それにしても、広島市教委が「日の丸・君が代」強制反対ビラまき事件があった川内小学校の今岡実知子さんへ9回目の戒告処分を行ったは許せません。秋葉広島市長の掲げる「平和行政」は結局「まがい物」に過ぎないのかと追求していく必要があります。核武装論者・日本会議広島の「日の丸・君が代」強制とどこが違うのかと聞いてみたいものです。



2010/04/03

東京都公立学校教職員の皆さまへ

2010.4、入学式を前に「不起立・不斉唱・不伴奏」を含む多様な行動を提起する

「累積過重処分取消訴訟」原告 近藤順一

3月の卒業式における「日の丸・君が代」強制、処分は、都教委が引き続きその路線を貫徹することを示した。一人の被処分者として、目前に迫った入学式において現場の教職員の皆さまが有効な強制反対行動をとることを訴える。
まず何よりも直接の人格的接触を通じて、児童・生徒に考える材料を提供する必要がある。都教委の強制のやり方は「自己申告書」や「宣誓」のような文書・言葉を出させようとしているのではない。教職員がその身体で態度・行為を示すことを強要している。しかもそれは勤務時間外や学校外ではなく、児童・生徒への直接教授の場面である。従ってはっきりとした意思表示をする必要がある。直接的な強制、思想・良心の侵害を回避するため、様々な理由で会場外に出る妥協策がとられている。しかし、退場させられること自体が思想・良心の自由の侵害であり(アメリカ・フレイン事件判決)、何より、そのような自覚的な教職員が退場した後の式場では粛々と強制が進行するのである。強制、統制にならされた子どもがどうなるかは想像に難くない。
都教委は「日の丸・君が代」強制を全ての学校運営の要としてきた。また、不当判決の「一般的には」や「客観的には」などの論理は、学校現場の受忍が反映している。
私は「不起立」だけが取り組みとは考えていない。宣伝行動など意思表示の方法は多様だ。可能な行動と不可能な行動をはっきり提示することが重要であろう。
「日の丸・君が代」強制は、将来のことではなく、現実の排他的「国益」と軍事力行使など独善的「国際貢献」を支える精神的動員の手段とされている。
東京都公立学校の教職員の皆さまが、勇気をもって有効な行動をとられることを願っている。



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