フォト

掲示板

停職「出勤」日記2009

停職「出勤」日記2008

停職「出勤」日記2007

停職「出勤」日記2006

停職「出勤」日記2005

投稿欄

ちらし置場

リンク集

« 法廷カレンダー | トップページ | 2010年春の闘い(25、最終) »

2010/04/11

2010年春の闘い(24)

渡部です。 

本日(4月10日)、<渡辺厚子さんへの処分をはねかえす「日の丸・君が代」強制反対4.10集会>が開かれました。主催は、「良心・表現の自由を!」声を上げる市民の会。参加者は、84名でした。

集会では初めに、この春の卒・入学式での不起立の状況が、被処分者の会の近藤さんから報告されました。

それによると、卒業式では、小・中・高・特別支援それぞれ1名づつの計4名。入学式では、高校3名(1名は初めて)でした。入学式の処分はまだ出ていませんが、それも入れると、被処分者は延べ430名になるとのことです。

卒業式、そして特に入学式でも複数の不起立者が出たことは、都教委に対しては<大きな打撃>になったと思われます。また、「日・君」強制反対で闘う仲間にとっては<大きな希望>になりました。都教委は闘いの火を消すことができなかったのです。

ところで、本日の集会のテーマは、<「日の丸」の尊重は儀礼だって、本当?>というもので、高橋哲哉さん(東大大学院教授)と田原牧さん(東京新聞特報部デスク)が、渡辺厚子さんの司会で話をしてくれました。

少し長くなりますが、以下に紹介します。

渡辺:「日・君に反対している教員は何事だ。3ヶ月も停職して(されているのですが)、教員の風上にも置けない。自分は家族・故郷に愛着を持っている。国の歌や旗を敬うのは当然だ。そう思えないのは何故か?」と言われるが。

高橋:うまくいかない家族・故郷もある。愛すべき国があることが自然なこととして全ての人に共有されているわけではない。一市民として、歴史のことを忘れることは出来ない。過去の歴史と結びついているものに違和感を抱き続ける市民がいることは自然ではないか。自分は哲学をやっているが、「思想・信条の自由」は生命線だ。それが認められなければ、哲学・学問はできない。市民として物を考える上でも絶対必要だ。それを認めない国なら、自分は「憂国者」になってしまう。盲目的に従わせるのは、教育的に極めてよくない。どんな旗・歌でもそれに従えというのは危険である。

田原:ストーカーみたいなこと言うなと言いたい。強制されることはごめんだ。「旗好き」というのは、気分的に分からないではないが。

高橋:どんな団体・組織でもシンボルに同調することを強制すれば、その団体・組織は硬直化する。疑問や異なる態度を許さないなら、その団体・組織は自ら墓穴を掘ることになる。いろんな考えがあって社会が存在する。

田原:かつて「共同幻想」大好きだった。自戒をこめて「いけない」と思っている。

渡辺:「公務員でいながら学校の中で反対するのは個人的イデオロギーを持ち込むので行き過ぎている、決まったことに従うのは重要。一般市民・保護者なら別だが」と言われるが。

田原:重要だと思わない。それがイヤなのだから。

高橋:公務員がどこまで思想・良心の自由があるかということは決まっているわけではない。しかし、教員であればこそ、「決められたことは盲目的に従わなければならない」というのはマズイ。これは反教育的なことである。思想・良心の自由をどう解釈するかはき待っていない。どこまで従うかは公務員と言えども一人一人が決めることだ。

渡辺:式場に「日の丸・君が代」のようなものがあるのは当然か。

高橋:当然とも重要とも思えない。フランスなどでは儀式そのものをやっていない。やらなければならないという必然性はない。

田原:発展途上国のようなところはそういうことが好きだ。サダムフセイン統治下のイラクではいたるところにサダムの顔写真があり、いつでもサダムに見られているようだった。最初は違和感を持つが、長くいるとそれもいいなと思うようになってくる。そのいかがわしさがわかった。

渡辺:戦後主権在民で出発した。しかし、卒業式は戦前のまま、「日の丸」があり「君が代」を歌わされた。しかし60年代、70年代頃それが消えていった。しかしまたやるようになってきた。1945年の区切りはどうなっているのか。

田原:大半の国民は戦争で手を汚した。しかし、責任をとろうとしなかった。「日・君」反対の運動が防衛的になっている。かつては反対者が多数派だったかも知れないが今では少数派になっている。そこの認識が必要だろう。それならば、攻撃的になった方がいい。不当判決が続いているが、それは裁判制度の問題があるからだ。裁判官は上に行くには、ヒラメになる。また多くの人が<長いものにはまかれろ>となっている。それを問題にすべきだ。今は踏ん張りどころだ。

高橋:戦前と戦後の連続性が強い。中でも天皇が「象徴」であれ居座ったことだ。このことが、本質的に変わっていないことに、大きな影響を与えている。自分が驚いたのは、「君が代」強制のために<声量調査>をやったことだ。内村鑑三は、教育勅語拝礼の儀式で、深々と拝せず、ちょこっと頭を下げただけだったことが問題になった。<声量調査>をする現在も同じだ。いずれも天皇がかかわっている。強い連続性がこの国には存在している。これから自由になるのは容易なことではない。  

この後、休憩を挟んで参加者との質疑応答になりましたが、長くなりましたので、省略します。



« 法廷カレンダー | トップページ | 2010年春の闘い(25、最終) »

投稿欄」カテゴリの記事