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2010/06/27

おかわりありませんか

おかわりありませんか
2010.6.いい日に
新緑 人と人と雑木林

河原井純子

● 人・人・人と集い 確かめあって

 4 月、5 月、私は「退職を祝う会」の申し出を素直に受け入れる心境ではなかったので、丁寧にお断りしてきたのですが・・・親しい友人や同志たちと私の関わっているいくつかの市民運動の方たちと「不起立を貫いた」「体を張り続けた」などの意義について総括する集いが続きました。 「教育の営みとは何か」「教室とは?」「学校とは?」「社会とは?」などなどの根源的な問い返しがありました。 いい仲間たちです。
 「教員の不起立」の横には 絶えず子どもたちや青年たちいることを、再び確認しあいました。あたり前のことですが。
 最近結審した裁判の判決文で際立っていることに 児童・生徒に「範を示せ」「不起立は範を示していない行為」と明示されています。 「入学式」「卒業式」「周年行事」は学校生活のなかで、そこだけ切り取られているものでは決してなく、日常の連綿と連なる教育の営みのなかで、授業のなかで子どもたちや青年たちと常に大切にしてきた「憲法」や「子どもの権利条約」と照らし合わせてみても、私の「不起立」は教育活動であり、教育実践そのものです。 そんな事などをいろいろな人たちと自分の言葉で、自分のやり方でとことん語り合うのびやかな集いでした。全国からも退職に関するお電話やお手紙 FAXなど届きました。うれしうれしです。心からありがとうございます。

● このところ地域の行脚にでかけています。 まずは隣人から
「やっぱり、つながっているんだ」を実感しています。

 遠方に行脚に出掛けていない時は時間をみつけては地域巡り行脚をしています。
 これが実に楽しいのです。 大きなリュックに「学校は雑木林」の本と、短冊「決してあきらめず雑木林の決意」をぎっちりと詰めて行脚しています。
 短冊で共闘 深谷さんいつもいつもありがとうございます。全国のどれだけの人たちに届いたのでしょうか。ひとりひとり向き合って「日の丸・君が代」の話だけではなく、さまざまな対話ができてさわやかです。 「人間っていいな」と満たされる時ですね。
 例えば・・

  • 1985 年から10 年間 八王子養護学校で勤務していました。「どの子も地域で」を目ざして、私の住まいの近くの小さなお寺で地域交流会「ふれあい広場」をしました。私は率先して係になりすすめました。私30 代でした。その時の「障がい」のある人たちとの付き合いから、現在「障害者施設」で働いている人に出会いました。 25 年ぶりの事実に驚きました。「そうだったんですか・・・」
  • ケアマネージャーになって地域の高齢者と共にいる人もいました。「学校」の話「社会」の話は尽きません。 私に関わる「八王子保育教育を考える会」の会報「共に育つ」の熱心な読者であり実践者でした。 保護者として「君が代不起立」を続けていることも知りました。「林の中の孤独」と喩えていました。「でも決してひとりぼっちではありませんよ」と固い握手です。
  • 「日の丸・君が代強制反対」の署名をお願いしにいった時「うちは日の丸・君が代賛成です。署名しません」と断言された方を行脚した時。「多数者のなかの少数者の息苦しさ」「どこもここも非正規労働者であふれている」話になりました。ここで共感・共有できたことは「日の丸・君が代」を累積処分までして強制するのはおかしい、人間ひとりひとり、大切のされなければならない、でした。「学校は雑木林」の本と「決してあきらめず雑木林の決意」の短冊読んでくれています。後日、感想と意見届く予定です。

などなど話は尽きません。決してあきらめずに行脚は続きます。

● 今ゆっくりと全国行脚を創っています
山田真著 「障害児保育」からのメッセージを心に刻みながら

 「共に全国行脚を創って大きなうねりを」という内容で100 通の手づくり通信を全国に発信しました。調整打ち合わせをしながら具体化していきたいとすすめているところです。3 月の「都庁前アンサンブルアクション」で山田真さんに発言をお願いしますと、快諾、休暇をとってとんできて力強い発言をしてくださいました。 その時「最近出した本」と言って「障害児保育」を手渡されました。 私は七生養護学校に勤務していた2004年12月に眼底出血を発症して以来本離れを余儀なくされる身です。久しぶりに長い長い時間をかけながらゆっくりゆっくりと読んでいます。内容は「障害児保育」の本ですが私には「人間関係の創造・雑木林論」としても響いてきます。
 ちょっと引用してみます。

自分は健常で子どもは障害があるという見方を固定しないで自分と子どもと、それぞれに個性があるのだと考えて見ることです。
そしてたまたま自分は多数派に属する個性をもっており子どもの方は 少数派に属する個性をもっているのだととらえてみましょう。
そして社会のなかでは少数派はときに多数派から「異常」という ラベルをはられるものだということにも気づいておきたいものです。

  は私がしました。
 それぞれ違うということ、対等平等であるということを忘れたくないですね。

 私の関わる「八王子保育教育を考える会(保教の会)」の6月例会[27日(日)]は、原点にたち返って「障害児保育」から学ぶ という内容でします。 ひとりの母親の想いから30年前町田で「障害児保育」がスタートした時の息吹き 再び起こしたいという想いでいっぱいです。
 3月31日「卒業式処分発令抗議集会」の前に週刊金曜日・樫田さんより取材を受けました。限られた時間でしたが闘争に関するたくさんの事を語り合うことができ とても意義深い充実した時間でした。
 最後に樫田さんは「三里塚闘争」のなかで機動隊と、とことん「対話する」ある闘士の姿に多くの事を学び「いまも生きていく礎になっている」と結びました。

「障害児保育」が終始発信していること・・樫田さんの三里塚闘争での話・・
全国行脚で学んだ「やさしい言葉と深い思想」などなど心に刻みながら
「必ず大きなうねりは生まれる」と信じて、また全国行脚にでます。
決してあきらめずに。

【解雇させない会ニュースNo.31より】



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