フォト

掲示板

停職「出勤」日記2009

停職「出勤」日記2008

停職「出勤」日記2007

停職「出勤」日記2006

停職「出勤」日記2005

投稿欄

ちらし置場

リンク集

« おかわりありませんか | トップページ | 「8・28(土)都教委包囲行動」へ(3) »

2010/06/28

近況報告

近 況 報 告

根津公子

 5月半ばころから、私の気持ちに少し余裕ができてきました。でも、まだ、自身の裁判関係のこと以外ではほとんど外出することはなく、学校と家だけの生活をしています。娘の次の検査までもう少しの間、そうしていようと思っています。ですから、今は1日がゆっくり流れています。攻撃への闘いの連続で突っ走ってきたこれまでの10年間とは、まったく違う生活をしています。
 前回ご紹介した「“私”を生きる」(土井敏邦さん監督・撮影・編集)のDVD が完成し、販売が始まりました。ぜひ、お買い求めいただき、大小の観る会を計画していただきたいと思います。チラシを同封します。

「業績評価裁判」勝利判決に思う

 5月13日、世田谷区小学校教員大嶽さん(東京新聞は実名報道でしたので、大嶽さんの行動を称えて実名とします。当時は小学校併設の健康学園勤務)の業績評価裁判に勝訴判決が出た。大嶽さんは2004年度の人事評価で5段階(Sを最高にA~D。現在はA~Dの4段階)の「C」を受け、定期昇給が3ヶ月延伸され、都人事委員会にその取消を求めたが、都人事委員会は08年に退ける判定をしたため、提訴していた。
 判決は、業績評価・人事考課制度自体の違憲違法性については認定しなかったものの、項目別評価(学習指導、生活・進路指導、学校運営、特別活動その他)と総合評価のC評価をことごとく「事実に基づかない又は誤認した事実に基づくもの」と指摘。そして、校長や区教委が「公平に評価すべき義務に違反している」と認定した。さらに、都人事委員会の判定についても、原告が求めた聞き取り調査(審問)を実施しないなど、判断の前提となる事実の把握が不十分で、違法だとし、判定の取消しを命じた。
 都教委は、04年からC評価を受けた教員については昇給延伸とし、06年からは本格的な業績評価に基づく査定昇給制度を始めた。その「昇給に関する基準」を見ると、「『最上位』『上位』は全体の30%以内」、うち、「最上位は一般職層5%以内、監督層職10%以内」と明記されている。したがって、「標準」も「下位」も一定数求められる。一定数を人身御供として都教委に差し出さなければならない制度である。
 大嶽さんの勝利判決報告集会で土肥元三鷹高校長が、「自分の業績評価はオールC だった。自分は卒業生から卒業証書をもらい、全クラスから色紙をもらった。にもかかわらず、全部C だ。上に賛成しているか、していないか、だけでつけている。自分も管理職だったが、とても全部の先生の授業や部活を見ることはできない。だから『適当』になるのは当たり前。そこから、C,Dは校長に反対する者ということになる。他県の校長たちはやりたくないと思っている。『苦情』をどんどん出せば、この制度はパンクする。」と発言されたそうだ(インターネットより)。

 06年から私も業績評価の開示請求をしてきた。南大沢学園養護学校に勤務していた07年度は総合評価Dであった。他の年度はB。07年度だけ、仕事に手抜きをした覚えはない。自己申告書や週案(=1週間の指導予定と事後の反省を記したもの)を提出しないのは、百害あって一利なし(管理強化による教育の質の変容や教員間の分断)と思うからで、この年度ばかりではなく、毎年のこと。なのになぜ、評価が大きく異なるのか? 校長によって評価基準のものさし自体に違いがあるか、あるいは見ているところが異なるのか、感情に左右されるのか。はたまた、都教委に慮るのか。私一人の評価を見ても、公平公正性が担保されないことは証明される。
 業績評価の開示請求ができると言えば、“開かれた公平公正な評価”の印象を与えがちだが、制度自体が誤りなのだ。上と下を作り、競争させること、そして何よりも上の指示に先回りして従わせることが目的なのだ。「成果主義」は、民間ではとうに破綻している。競争ではいい仕事はできない、協働こそがそれを可能にすると民間でも言われ始めている。「3人寄れば文殊の知恵」は普遍的な真理だ。

 業績評価は2000年に自己申告書(=校長の学校経営方針に沿って、自己の達成目標やそのための手立て等を書き、校長に提出することを教員の職務とした)を提出させられることに始まった。「給料には反映させない」との約束は反故にされ、上述のように査定昇給になった。他方、職能給は、03年導入の主幹に加え、08年からは「ヒラでいる限り45歳で昇給ストップ、生涯賃金で1千万円以上の差が出る」と該当者全員を浮き足立たせるようにして主任教諭制度を導入し、更に賃金格差を広げた。これによって、都教委が言うように、「教員の資質向上」「学校組織の活性化」が図られ、それが子どもに還元されただろうか?

 5月学校では、自己申告書の提出とそれに伴う面接が行われた。私は今回も自己申告書は出していない。「出すことによって私の教員としての力量が向上する、子どもたちの『学力』が向上する、成長にプラスになると言うなら、それを私に説明してください」「私は無責任な仕事はすべきではないと思うから出さないのです。説明に納得行けば出します。提出を求める副校長は、私に説明する責任があります」と提出を催促してきた副校長に要請したが、今年も一片の説明もなかったから。
 これまでに私の「上司」となった人で、自己申告書や週案提出の意義を私に説明してくれた人は一人もいない。提出に応じている教員たちも、提出する意味を見出している人は、私の知る限り、いない。子どもに還元されるなどと、誰も思っていないのだ。ほとんどの教員がいいとは思っていないこと、管理職も説明に窮することなのに、「職務」とされれば、多くは波風立てずにこなしていく。差別賃金に反対してきた人たちが、主任教諭を受験していく。

 この現状をそのままにしてしまっては、大嶽さんの勝利判決を意味のないものにしてしまう。現状を変えるために、判決を使っていきたい。みんなで業績評価を開示請求し、みんなで開示した業績評価を公開展示・閲覧するのはどうだろう。「公平公正」のでたらめさがみんなの目にはっきりする。それを外に向かって発信していったら、制度の維持は難しいだろう。組織率は低くても、組合がそんな方針を立ててくれたら、おもしろい運動になるのではないだろうか。
 2002年まで私たち教員が査定賃金にならなかったのは、公務員だからではない。1950年代終わりに勤務評定の攻撃が仕掛けられたとき、「勤評(勤務評定)は戦争への一里塚」をスローガンにストライキ闘争に突入し、弾圧・処分にひるまず団結してたたかった先輩たちのおかげであった。その財産を奪われてもなお私たちは、反撃せずにやられるまま。業績評価の公開で、そこにかすかな光を見つけたい。

 大嶽さんの判決を出した裁判長は、東京地裁民事19部の青野洋士裁判長。私(たち)が係っている「君が代」裁判の裁判長である。7月には04年、05年不起立の私を含む小・中教員10人の判決を出すことになっている。

裁判の進行状況と私たちの主張

 現在、河原井・根津の裁判は、06~09年事件で、時間差で並行して進行しています。なお、04、05年事件については、それぞれ別の原告団で進行しています。
 06年事件は高裁・控訴審の第4回法廷を終え、次回6月30日は進行協議(公開の法廷ではありません)では、今後私たちが提出する予定の意見書などの立証について裁判所が採用するよう、求めていきます。
 07年事件から09年事件については、いずれも地裁民事第19部に係っています。「教職員には、起立する、斉唱する、伴奏する義務は存在しない」と憲法判断を下した06年9.21予防訴訟判決から初めての卒業式だった07年事件は主張をほぼ終え、これから証人申請・尋問に移っていきます。根津は懲戒免職か!と危機迫った08年事件は主張を始めたところです。そして、09年事件は来る7月5日に第1回法廷が予定されています。1回目は原告2人の陳述を行ないます。ご都合がつかれましたら、ぜひ傍聴くださいますよう、お願いします。

 先行する06年事件控訴審で主張してきたことを簡単に記します。

地裁判決 ― ①原告らの思想・良心の自由に抵触する余地があっても、起立を求める職務命令には合理性、必要性が認められるから、また、公務員は全体の奉仕者であるから、憲法19条「思想・良心の自由」に反しない。
 ②教育委員会が教育の内容や方法に関して行なう介入については、教育の地方自治の原則に反することはありえない。また、教職員が生徒に対し、日の丸・君が代に関する歴史的な事実を教えることを禁止するものではないし、教職員に対し、国旗国歌について、一方的に一定の理論を生徒に教え込むことを強制するものではないから、教育の自由の侵害に当たらない。
 ③停職を科するについては、慎重に臨まなければならないが、原告らは意図的に職務命令を拒否していて、裁量権の濫用とはいえない。 ― に対して
 控訴審で裁判所が考慮すべきこととして、私たちが主張してきたことは、
以下の通りです。
 上記①について。判決は「合理性や必要性がなければ、憲法19条違反の問題が生じる余地がある」と違憲性審査基準を判示したにもかかわらず、その審査を全くせずに、合理性や必要性を認め、合憲の結論を導いたのは、審理不尽であることを指摘した。また、思想・良心の自由の侵害について、控訴人個人のだけでなく、それ以上に教育を仕事とする教員としての思想・良心を全く検討していない点についても指摘し主張した。
 ②について。軍国主義教育を進めるためにつかわれた儀式は、敗戦直後の学校教育では否定されたこと。しかし、時代の経過と共に、文部省は儀式・日の丸・君が代を復活させ、教育内容を統制してきている。その日の丸・君が代の問題を、「教育の自由」の観点から指摘した。また、戦後の教育法制下における教育公務員の法的地位については、教育公務員は教育の自由を有する。だからこそ旭川学テ判決は、「「子どもの教育」は「教師と子どもとの間の直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行なわれなければならない」とし、そのために「教授の具体的内容及び方法につき、ある程度自由な裁量が認められなければならない」と判じた点をさらに主張した。
 ①、②両方にかかわることとして。「一般的には」とか「儀式におけるマナーの問題」として、日の丸・君が代を学校に持ち込むことの是非を審議せずに出された判決の、決定的誤りを指摘するために、日の丸・君が代が学校現場に持ち込まれてきた歴史的な節目である1989年(学習指導要領に「・・・指導するものとする」と義務づけた)、1999年(国旗国歌法成立)、2003年(10・23通達)の各時期における新聞各紙社説や世論調査を細かく示し、国民の意識は“強制や処分に反対”が「一般的」なであることを立証した。
 ③について。都教委における体罰や未履修問題、職務命令違反や他県の君が代処分の事例を示し、それらと比較して君が代での処分量定が異常に突出していることを指摘したが、判決は一切それを取り上げなかったこと、及び、処分量定は「日常の勤務態度」を総合考慮すべきと判じているにもかかわらず、意図的にそれをしていないことを指摘した。

【解雇させない会ニュースNo.31より】



« おかわりありませんか | トップページ | 「8・28(土)都教委包囲行動」へ(3) »

投稿欄」カテゴリの記事