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2010年9月

2010/09/29

築地移転問題に関する新たな訴訟初公判

渡部です。

本日(9月28日)の「朝日」<東京版>に石原都知事の築地市場移転に関する発言が載っていた。

そこで彼は、「都議会築地移転・再整備に関する特別委員会」(新たに作られた)について、都議会での所信表明で、「検討結果を一刻も早くお願いしたい」と言ったことに対しての記者の質問に、「さっさとやれってことだよ。そりゃ、『やれ』とは言えないでしょう。一応、議員さんたちだから。・・・合理的に判断して都民のこと考えてやらないと、後でほえ面かくことになるよ。」と述べている。まるでヤ○○のような言い草である。それだけ彼は焦っている。

そうした中本日、東京地裁で、「 豊洲汚染地購入の公金支出金返還請求訴訟」(5月24日、都民13名により提訴される)の初公判が開かれた。マスコミ関係者も3人ほど傍聴していた。

これは、すでに購入した汚染地の汚染除去費用相当額160億円を石原知事ら6名に返還させるよう求める訴訟である。

提訴したのは、すでに2006年に都が購入した約10ha分で、市場予定地の約27%にあたる汚染除去費用分(160億円)。

今年の3月の都議会で大もめの末、「付帯決議」をつけて可決した新規購入予定分は約23.5haで1260億円である。(これは、まだ未執行であるが、この秋の都議会で決定される可能性が高い。これは来春の都知事選にも大きな影響を与えるので石原は焦っているのである)

ところで、最初に紹介した「特別委員会」は、9月26日に15人の参考人を招致して意見聴取をしている。しかし、最後に発言した3人はいずれも移転賛成派だったという。

本日の公判では、原告2人の意見陳述が行われた。最初に意見陳述に立った方は、提訴に至った経過を述べ、「これだけ汚染が明らかになったにもかかわらず、都は移転をやろうとしている。真実を明らかにして公正な審理をお願いしたい」と述べた。

二人目の方は、2006年以降、汚染問題が次々に発覚してきた事実と、にもかかわらず都が、「安全性確保」として移転への既成路線進めた事実、東京ガスへの汚染費用を免除した事実、を明らかにした。

都は、「住民監査請求は1年経過すればできない」(地方自治法242条2項)ということで、逃れようとしている。しかしただし書で、「正当な理由」があればできるとなっている。

次回公判は12月7日(火)11:15~ 522号法廷

また、この原告たちは、「豊洲汚染土壌コアサンプル廃棄差止請求訴訟」をも闘っており、その第七回公判が、10月27日(水)13:10~東京地方裁判所610号法廷で開かれる。

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<学校に自由を!10・23集会> 
(日 時)10月23日18:15~ 
(場 所) 星陵会館
(主 催) 16団体(10・23通達関連裁判訴訟団)

「10・23通達」からちょうど7年目に開かれます。
「・・・全国の多くの皆さんの賛同と参加を訴えます」
(チラシより)



2010/09/28

大嶽業績評価裁判第一回控訴審

渡部です。

5月13日、東京地裁で≪業績評価裁判≫世田谷区立三浦健康学園に勤務していた大嶽昇一さんが2004年度の定期評価で「(2」とされたことに納得いかないとして闘われていた裁判)の勝利判決が出されました。
それに対し、都と世田谷区は控訴し、8月6日には「控訴理由書」が提出され、本日(9月27日)、第一回の控訴審が開かれました。

ここでは書面の確認と次回期日(12月20日(月)13:20~)が決定されただけでしたが、報告会で、・「控訴理由書」 ・「世田谷区が提出した5つの陳述書」についての説明があり、その場で、≪控訴人の主張の概略≫という資料が配布されました。

以下簡単にその内容を紹介します。(少し長くなります)

①東京都の控訴理由について・・裁判所は、・・事実関係の把握が不十分であると推認するにとどまり、裁量権の範囲を超えるほど、「全く事実の基礎を欠くか又は社会観念上著しく妥当を欠く」とまでは断定していないから、本件処置要求(*)を棄却した人事委員会の判定に違法はない。
(*)大嶽さんは、裁判を起す前に都人事委員会にC判定による昇給延伸は不当として措置要求を出していましたが、棄却判定を受けました。

そもそも、措置要求における手続きは、司法手続きに準ずるものというより、あっせん・仲介の性質をもつものだから、職権主義と裁量によるところが大きく、訴訟手続におけるような厳密な証拠調べをする必要はない。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
ここに見られるのは、人事委員会が裁量権の範囲を拡大解釈し、「職権主義」なる言葉まで持ち出していること、また、「厳密な証拠調べをする必要はない」とまで述べ、全面的に都側の立場に立っていることです。大阪地検の例ではないですが、人事委員会自らいかにいい加減な判定を下しているかを自白しているようなものです。

②世田谷区の控訴理由
(1)評価は・・評価権者の専門的見地からする裁量に任されている。しかし、原審判決の審理方法には、このような評価権者に認められた裁量に対して、三権分立の原則にそぐわない違法な介入・侵害(「実体的判断代置方式」)があり、誤まっている。また、裁量権の逸脱・濫用の有無についての立証責任は大嶽氏側にあるにもかかわらず、根拠なく世田谷区に負わせている。
(2)原審判決は、大嶽氏がつくりあげた「虚構」を真実にしてしまっており、社会正義の実現、真実追求等という観点から容認できない。(つまり、第一次(副園長)、二次(園長)の評価が正しいと言っています)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
(1)では、
  裁判所の審理方法を、「三権分立の原則にそぐわない違法な介入・侵害があり、誤まっている」として批判しています。また、裁量権の逸脱などの立証責任は大嶽氏にあるとして、違法性はないと強弁しています。しかし、裁判所が、「裁量権」に関する訴訟を審理するのは当然であり、それを三権分立の原則にそぐわないというのは全くの暴論です。それでは、「裁量権」があれば何でもできることになるでしょう。これでは職場は実質的な無法地帯です。
(2)では、
  大嶽氏がつくりあげた「虚構」、と言っていますが、裁判では大嶽さんは、具体的な証拠を上げているのです。でなければ、誰も裁判に訴えることなどしないでしょう。だから、ここでいう「虚構」という評価については、今後の審理で大嶽さん側から、さらに具体的な証拠や陳述が出され、反論されるでしょう。

③世田谷区jが証拠として出した5つの陳述書
 これは、以下の人々が出しています。
 <当時の副園長>
 <当時の園長>
 <当時の寮長>
 <当時の非常勤看護師>
 <当時の事務>

その中の<当時の園長>の陳述書に対しては、≪控訴人の主張の概略≫に次のように述べられています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
一審での陳述が各評価にかかわる事実に即して述べていたのとは違って、「背景を加味する」と称して、平成16年度の単年度評価であるべき業績評価の基本ルールを逸脱して、三浦健康学園における5年間の大嶽氏との関わりの全ての中から大嶽氏の否定的な評価につながるエピソードだけを一面的に書き連ねることで、いびつな大嶽氏像を描き上げ、裁判所に予断と偏見を与えることを意図した極めて悪質な陳述。自己の主観的な「教育論」を振りかざして大嶽氏を一刀両断し、そのやり方は大嶽氏に対する人格的な誹謗中傷に満ちている。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
要するに彼らは闇雲に反撃に出てきています。

大嶽さんは報告会で、「業績評価が入る前の職場は明るかった。しかし今は全く違ってしまった。」と述べていましたが、5つの陳述書に見られる人格否定的なまでの個人攻撃、誹謗中傷などを見ると、業績評価が、いかに職場をダメにし、また人間をつまらなく、醜くしていくのかが分かります。

  大嶽さんを支援する<岬の会>
  ブログ   http://misaki2010kai.blog58.fc2.com/



2010/09/27

9・26「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する全国集会

渡部です。

本日(9月26日)東京の社会文化会館にて、<9・26「高校無償化」からの朝鮮学校排除に反対する全国集会>が開かれました。

この4月から「高校無償化」が開始されましたが、朝鮮学校だけが排除されるという極めて差別的な異常な事態が現在も進行しています。

8月末に文科省の「検討委員会」はようやく「適用は妥当」との結論を出したにもかかわらず、民主党は「政調会」で討論すると横槍を入れてきました。(この間、拉致被害者家族会や「救う会」などは政府や文科省に朝鮮学校排除の圧力をかけています)

その「政調会」討論は、は9月13、14日に行われ、「適用」賛成派優勢のうちに終わったようですが、民主党はまだ手続を先に進めていません。

本日、集会に参加した民主党の大島参議院議員は、「拉致問題で民主党内でも紛糾した。高木文科大臣が決定することになっている」と述べていましたが、今なお予断を許さない状況がつづいています。

集会には、会場にとても入りきれない1500名が結集し、集会では、「全国朝鮮高校代表団リレートーク」がなされました。以下その概要を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
①<東京代表>
4月当初、すべての高校に入るはずだった。しかし排除される。理由は矛盾が多い。教育内容と言うが、これまでも多くの人々に見てもらって評価されている。また、国交を結んでいないというが、国交を結んでいない台湾の学校は無償の対象になっている。今回の問題で「全国朝鮮高校連絡会」が成立、署名などの活動をやっている。これまで11万をこえる署名が集まった。自分達の力と協力してくれる日本の人の力で乗り越えることができると思う。

②<北海道代表>
すでに6ヶ月経つ。しかし今も適用外になっている。なぜこんなにも差別が続くのか。署名活動をやってきた。日本の人々にも支えられている。支える会の皆さんは集会もやってくれた。差別に屈することなく闘う。

③<九州代表>
日本の政府の姿勢に憤りを感じ、現在は呆れている。事あるごとに拉致問題を出すが、いつまで続けるつもりか。署名活動をしていると、支持してくれる人と攻撃してくる人がいる。朝鮮人としてしっかり誇りをもって生きたい。日本人の友人もいる。仲良くなるのは、お互いの違いを理解し認めあうことではないか。

④<神奈川代表>
今年は韓国併合100年目にあたる。自分たちは強制連行や仕事を求めてやってきた朝鮮人の3~4世にあたる。日本は私たちを認める法的・道徳的義務がある。今回、排除され大きな怒り、悲しみを感じる。朝鮮民族を否定している。プライドを踏みにじられた。

⑤<神戸代表>
最初嬉しく思った。しかし排除されとてもショックだった。署名は15000人集めたが、あるときは脅迫もあり、安心して学校にも通えなくなった。しかし学校は好きだ。力を貸して下さい。

⑥<広島代表>
とても残念だ。いまでもとても助成金は少ない。だから家庭の経済的負担がとても大きい。自分は4人兄弟(妹)だ。4人とも朝鮮学校に行っている。両親は必死に働いて学資を出してくれている。無償化が適用されたらどんなにいいか。家庭の経済事情で入学できない人もいる。民族の誇りをもつのは当たり前のことだ。教育はすべての人に平等に与えられて当然だ。親はちゃんと納税もしている。日本の高校生すべてが平等であるべきだ。

⑦<茨城代表>
私の通っている学校は、全校で100人にも満たない。助成金はとても少ない。学費が大変だ。自分はそのためバイトをしている。無償化になれば負担が減る。母校がなくならない。これは人権問題でもある。私たちは自国のことを学びたいだけだ。親たちは差別・弾圧を受けながらも働き、私たちを朝鮮学校に入学させてくれている。また、サッカーや合唱コンクールなどにも参加できるようになっている。自分達の学校は今年、合唱の茨城大会で金賞だった。しかし、無償化延期となった。不安と悲しみがある。署名・ビラまきでは応援してくれる人がいる。力を得た。お互い相互理解が必要だ。

⑧<愛知代表>
署名活動にいち早く取り組み一番集めた。日本の人々の意見は「帰れ」「出て行け」という人と、快く署名してくれる人がいる。助けてくれる人もいる。8月末文科省に署名提出した。国会では半々だという。しかし、多くの日本の人々が支援してくれている。

⑨<大阪代表>
この間たくさの運動をしてきた。経済的負担を無くすというが、なぜ朝鮮学校だけが差別されなければならないのか橋下知事が来て観ていった。朝鮮学校は私たちの誇りであり魂である。どうしても無償化が必要だ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

これを受けて4人の日本の高校生も発言しました。

①(東京の公立高校生)
つい最近このことを知った。同じ義務なのになぜ同じ権利が無いのか。国と国との問題がある。しかし、高校生の学びたいという気持ちは関係ない。反対している人は誤解している。活動していくことで誤解は解けると思う。学びたいという気持ちを共有する仲間として広げていく努力をしたい。

②(東京の私立高校生)
高校生平和ゼミナールで活動している。私立は親の負担が多くバイト中だ。署名・デモに参加。いろんな意見の人がいることを知った。大切なのは、若い自分たちが声を上げていくことだ。活動の中で学び、交流して来た。辛い思いもしてきた。頑張って行きましょう。

③(大阪のM高校生)
今年11月に差別・人権を考える集会をやる。その打ち合わせで、この問題を聞いた。理解できず、悲しかった。腹立たしく思った。友人と話したら、朝鮮学校のことを知らなかった。制度が実行されるよう一緒に闘って行きたい。

④(大阪のM高校生)
最近知った。同じ日本に住んでいて差別されて、排除されている。意味が分からず腹が立った。一緒に闘うしかないと思った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

集会ではその他、
<オモニ会・アボジ会代表アピール>
<在日一世の思い>
<各団体アピール>
<集会決議>
がありましたが略します。

集会後のデモには、多くの朝鮮学校の高校生たちが参加しました。

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<学校に自由を!10・23集会> 
(日 時)10月23日18:15~ 
(場 所) 星陵会館
(主 催) 16団体(10・23通達関連裁判訴訟団)

「・・・全国の多くの皆さんの賛同と参加を訴えます」
(チラシより)



2010/09/22

累積加重処分取消裁判を支援する会ニュース(第11号)

教授の自由に基づく"不起立"には猶予がない

 "起立"の理由

 次々と進行する口頭弁論も佳境に入り、争点は"不起立""起立"の意味そのものに集中しているようだ。裁判所の判決には次のようなものさえある。
  「自らの意思で国歌斉唱時に起立するか否かを決定して現に起立した者がいることを併せ考えると、原告らにおいて本件各職務命令により命ぜられた国歌斉唱時 の起立斉唱行為を実行することが事実上不可能ということもできない。」(平成22.7.15地裁民事19部判決 原告小中10名 青野裁判長)
  これは強制の意味を理解しない、原告を侮辱する内容である。原告のみならず、全都の「日の丸・君が代」強制を憂慮する教職員がどんな気持ちでいるかを、裁 判長はほとんど理解していない。"不起立・不斉唱"を実行できなくとも、児童・生徒の個性ある自由な成長を望む教職員は、一律起立・斉唱という思考や感性 を遮断する強制に心を痛めている。それはこの間の口頭弁論でも表明された。
 「起立せざるを得ない状況が作られ、意に反して起立してしまったこと の罪悪感。」(『被処分者の会 通信弟68号』)<退職後の教職継続を考えると"不起立"行為を継続できない>、<自分が処分されることによって全体の教 職員が校内研修を義務づけられるため"不起立"をくり返せない>等、苦渋の選択に追い込まれたことが語られた。

 

それでも連続"不起立"の理由

  "不起立・不斉唱・不伴奏"の動機にはそれぞれの者の思想・良心・信教などの背景がある。また、何十年かの職歴がある。それは尊重されるべきであり、その 行為に対する処分はもちろん不当である。だが、そのような背景のない者にも、子どもの自由な成長を願い、仕事に取り組んでいる教職員には、「日の丸・君が 代」強制は許せない。自らの職務に関わって、目の前の児童・生徒に正確なシグナルを送らなければならない。「10.23通達」以来7年、連続"不起立"の 教育的意味は変わらない。現場の教職員の勇気ある行動に期待する。

ニュースへのリンク



2010/09/16

都教委からの回答

皆様へ

 過日8/30に提出しました対都要請について、都側から回答が寄せられましたので、ご報告致します。

http://kaikosasenaikai.cocolog-nifty.com/blog/2010/09/index.html#entry-64782917

~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 要請に対する回答

 要望書における申し入れについては、係争中につき、回答を差し控えます。
 都教委の主張は、今後、裁判の中で行っていきます。

                  (指導部指導企画課)
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 コメント:都教委が不起立・不斉唱の教育的意義及び不起立者の職務遂行に対してどのような見解を示すか、注目していきたい。

 2010.9.16 近藤

2010/09/14

破綻した都側代理人反対尋問の策略

 9/13口頭弁論では興味深いやりとりがあった。
 岡田証人の緻密で直接的な証言が法廷をコントロールした。我々は今まで、不起立と累積処分の関係を、隔靴掻痒、奥歯に物が挟まった感じの歯がゆい思いで聞いてきたが、
岡田証言は、はっきり我々の不起立が処分などに値しないこと、地裁判決がそれの直接的検討をしていないことをダイレクトに示した。特に停職処分の不当性を展開した。このことは、停職処分をも突破してきた二人の控訴人の実践的勝利を示しているであろう。停職6ヶ月訴訟も楽しみだ。(確か青野裁判長だったか。)
 その後の本人尋問では、まず、根津控訴人への都側反対尋問は、控訴人を扇動者に仕立て上げるもくろみがありあり。「なぜ不起立の意思表示を文集に載せたか。」「日の君反対の授業をしたか。」果ては「あなたの言う強制とは何か。」と聞いた。すでに提示されている世取山意見書では不起立・不斉唱が「教育的に有意味であると評価できる」「子どもに教育する機会ともなる」と述べ、教育実践的意味に踏み込んで評価している。都側は、おそらく教育の自由、教授、学習の自由に踏み込むと不利になるため、入り口の行為を「扇動」と印象づけようとしたが、根津控訴人が、世取山意見書を自分の行動の公開と結びつけたとたん尋問を終了した。
 次の河原井控訴人への反対尋問では、ひたすら「日の丸・君が代」そのものへの反対者、その反対教育実践書のイメージを作り上げようとした。その中でしぶとく「校長の意向を制限したか。」と追及した。裁判官の学校イメージにある秩序、統制ある状態をよしとする観念に訴えようとしたと思う。河原井控訴人が学校の集団性、議論を尽くすダイナミズムを展開すると代理人はかなり興奮したが、かえって都教委の学校観の硬直性・権力統制を示した。
 加藤裁判長も、判決文をどう書くかは別として、かなり分かってきたことだろう。

 おそらく、今後、都教委は不起立・不斉唱・不伴奏の教育的意味、不起立者の確信犯性に攻撃を強めてくるであろう。まずは世取山意見書を広範な関係者と確認したい。

2010/9/14 近藤



2010/09/12

「日の丸・君が代」被処分通信

経過報告 六〇 2010.9.12
累積加重処分取消訴訟 原告  近藤順一

学校―自由をめぐる激動の現場で
~裁判官の儀式・不起立認識~

 前号で都教委が不起立者をどう見ているかを提示した。都教委が裁判所に提出している準備書面から見ると"反教育者""反議会制民主主義者""儀式破壊者"ということになる。今回は、裁判官が儀式と不起立者をどう判断しているかを見る。判決文には、原告・被告双方の見解と裁判官の判断が混在しているので慎重を期さねばならない。
 直近の2つの判決文から検討する。それは、①高裁判決(園尾裁判長、再任用拒否処分取消請求・木川控訴人) ②地裁判決(青野裁判長、処分取消請求・小中原告10人)である。

硬直した固定観念 ~「厳粛」~

 まず①において裁判官の見解は次の点である。
「高等学校における卒業式は、学校行事の中で最も重要なものの一つであり、生徒だけでなく、多数の父兄や来賓も参加、参列し、厳粛な雰囲気の中で、行われるべき式典であることは公知の事実であり、上記職務命令は、この卒業式の実施に関して発せられたものである。多数の生徒、父兄、来賓が出席し、卒業生を送り出すという厳粛な行事を執り行うべき卒業式の会場において、これらの参加者の大多数が起立する中で、一部の教職員が起立しないことは、出席者に違和感を与え、式典の厳粛さを大きく害することであり、これが我が国の未来を担う若者の教育の現場で行われたことを考える」(判決文P9~10)
 この短い文章の中で「厳粛」が3回も出てくる。憲法判断は原判決を踏襲するとして、高裁裁判官の卒業式の見方は上記のごとくである。ほとんど論理というものを持ち合わせない表面の情況を追認するだけで、思考の劣化をうかがわせる。それを「公知の事実」とするのは独善であろう。(「父兄」の表現にも違和感がある。)
裁判官には、卒業式が「日の丸・君が代」をめぐって激しい対立と生徒をはじめ参加者のそれぞれの考えが渦巻いている現場であることは理解の外である。職務命令は一律起立・斉唱を強制するために突きつけられた刃である。「違和感を与え」ることになっても、強制・統制・処分強迫を拒否し、多様な考え・行動を「若者」に提示するのが職務である。それが不起立の意義である。

「不起立者に逃げ場はない」

②において裁判官の主な見解は以下の諸点である。
「卒業式等は、厳粛さが要求される儀式的行事であるから、その中では一定の形式に沿った実施が必要な部分があり、この点について本件実施指針が定める式典形式が不相当なものとはいえない。」(判決文P140)
またまた「厳粛さ」である。「一定の形式」「式典形式」は必要とのこと。本当に「10・23通達」「実施指針」を読んでいるのかと疑う。そして不起立については次のように断定する。
「『職の信用を傷つけ・・・るような行為』とは、その文言に照らしても、具体的に信用を傷つけた行為のみならず、信用を傷つけるおそれが客観的に認められる行為も含むものと解されるのであり、具体的な混乱や進行上の支障が生じたという結果の発生を要求していると解することはできない。」(P161~162)
不起立者が「単に着席」とか、保護者からの「クレーム」が寄せられていない等と釈明しても一切情状酌量の余地はないというもの。さらに「おそれ」までも対象とされ、曖昧な態度は許されないという。

もう一つ②の判決の特徴は、儀式以外での国旗・国歌教育を禁止していないから、「児童・生徒に一方的な思想や理念を教え込むことを強制するものではない。」と述べていることである。
「社会科等の授業においても取り扱うものとし、国旗・国歌の意義の理解は社会科の授業において行うものとしていることが認められる。」(P134)
儀式での強制、一律起立・斉唱が結論づけられている中での「学習」は、子どもを欺くものである。強制を強制とも感じさせないための「誘導」は教育の名に値しない。こうして、学校現場の教職員には職務専念義務が課せられている勤務中の公務員としての行動が問題とされている。不起立者は自らの立場を明確にしなければならない。

累積加重処分取消裁判 第3回口頭弁論
 10月7日(木)16:30~
東京地裁 527号
( 地下鉄 霞ヶ関駅1番出口)



2010/09/07

突出している東京の教育現場と裁判所

渡部です。

本日(9月6日)、東京地裁で、都障労組3人組(三輪・丸子・河原井)裁判の<結審>がありました。

三人は、この間東京の教育現場がいかに子どもたちを無視したものになっているか、について、最後の意見陳述をしました。

(1)三輪さんは、「10・23通達」後最初の周年行事において、「日・君」強制のために直前にすべて計画が変更され、「子どもの安全・活動をないがしろにする異常な事態が現出したこと、「日・君」が焦点になり、それ以外はないがしろにされたこと、を怒りをもって訴えました。

(2)丸子さんは最近起きている異常な教育現場の実態を次のように陳述しました(その一部を紹介します。)

「東京都立の学校では教員一人一人にパソコンが割り当てられるとともに、ICTと称して電子黒板を学校に備えたりしています。都の予算を見ればおおよそ28億5000万円だとか。それも殆どが富士通製です。・・

しかもITCの研修の時に講師は「電子黒板もなかなか使えないかもしれません」と正直に話すほどのしろものなんです。また、3週間ほど前の新聞の投書欄に都内の女子中学生から、『大きな液晶カラーテレビが6台入り、電子黒板も入った。でも、私たちはこんなものより学校にとって必要だと思われる物はたくさんある。』という意見が寄せられていました。

そうです。都教委をはじめとする教育委員会は本当に児童・生徒のことをあるいは学校のことを考えているのでしょうか。・・・

(本日、NHKクローズアップ現代で、『奨学金が返せない ~若者たちの夢をどう支えるか~』を見ましたが、まさに教育現場・若者たちが食い物にされています。28億円以上もの金をつぎ込んでのICTもその一つですね:渡部付記)

私は東京都の教員になって35年目になりますが、残念ながら都教委の施策が良いと思ったことはほとんどありません。ここ15年は特にそうです。良いなんてものではなく、はっきり言って悪質です。

その結果、現在の学校は疲弊し、病気欠勤や病気休職の教職員が続出し、中には命を絶つという悲しいことも方々で耳にします。(彼の職場では4月に1名が、7月にも2名が、休職に入ったということです:渡部付記)

そんな悪質な施策の中で、最たる物が『日の丸・君が代』を処分をもって強制したことです。」

(3)河原井さんは次のことを強調しました。

「10・23通達の強行以降、学校は『人を大切に育む。自由闊達な教育の場』ではなくなり、『多様な価値観を一方的に否定し、ひとつの価値観のみを力で押し付け強制する場』へと邁進続けています。
・・・・・・・
学校はいま、『教育の本質を見失わされています。いま、私たちが即刻しなければならないのは、『教育とは何か』『学校とは何か』の根源的な問いに立ち返り。『教育の本質』を取り戻すことです。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

報告会で、この間全国行脚をしてきた河原井さんは次のようなことを話してくれました。

(本日の裁判に向けて、弁護士が裁判長から呼ばれ、<公判中、傍聴人は拍手をしないように言ってくれ>と言われた件に対し)

「東京の裁判所は権威主義だ。
札幌の裁判所傍聴では、始まる前に傍聴者に『起立』の強制はされなかったし、裁判の意見陳述中に拍手をしても問題はなかった。
大阪の裁判所も同様だった。
京都の裁判所はもっと賑やかだった。
空気が本当に柔らかだった。
東京は突出している!教育現場も裁判所も!!」



2010/09/06

「日の丸・君が代」被処分通信

経過報告 五九 2010.9.4
累積加重処分取消訴訟 原告  近藤順一

降りかかる火の粉は払わなければならない
~都教委のねらうもの~

 最近かなりはっきりしてきたことがある。相手のことである。都教委が我々、原告をどのように裁判官や世間に印象づけようとしているかである。
 まず、反教育者の姿である。
 "原告が不起立・不斉唱・不伴奏したことは児童・生徒に国旗・国歌の意義を教えないことであり、学習権の侵害である"という。
まさしく何をどう教え、学ぶのかが問われている。教育は強制であるとして、挨拶も、国際儀礼も、学ぶ過程は無視して押しつけるべきとする。その背景には、批判者、反対者の存在を許さない原理主義がある。起立・斉唱によって"範を示すべき"という。私は、不起立・不斉唱を続けてきたが、生徒に"日の丸・君が代に反対しなさい""不起立・不斉唱しなさい"などとは教えていない。異なる考え、異なる行動があることを提示しているだけである。そこから学習は出発すると思う。
 次に都教委がいうのは、反議会制民主主義者である。
 "国旗・国歌法が国民の代表である国会で成立してもなおそれに反対しているのは、議会制民主主義を否定することである"という。何重にも飛躍したレッテルはりにつき合わなければならない。反対しているのは、学校への押しつけであること。そして、成立当時の首相も官房長官も学校への強制に否定的だったこと、何よりも法律が成立しても、強制を受忍できない個人の思想・良心・信教が変えられないこと、等はどこへ行ったやら。
 最終的には、儀式破壊者。
 "保護者・来賓が期待している厳粛で清新な卒業式の雰囲気を壊した"という。現実に混乱が起こらなくても不起立・不斉唱・不伴奏は信用失墜行為該当性が左右されるものではないとのピアノ判決を適用している。通達や職務命令で儀礼を強制する者にとっては、一人の不起立者の存在でも一律起立・斉唱を破られたと感じるのだろう。

都教委代理人の反対尋問
~東京「君が代」裁判第2次訴訟・原告尋問~

原告の思想・良心・信教の自由の主張に対して、都教委側は次の3点に集中した。

  1. 原告の不起立は生徒から見えたか。
  2. 保護者の中には、原告の不起立に対して不快感をもつ者がいる可能性を考慮したか。
  3. 「日の丸」が掲揚されている式場にはいること自体は原告の思想・良心の侵害にはならないか。
 

 都教委側は、あくまでも儀式という勤務時間中に原告がどのような行動を取り、それが、生徒や保護者にどのような影響をもったのかを問いつめている。
 また、③については、不服従者に「日の丸」掲揚を受忍させるのか、それとも会場から排除しようとするのか、留意する必要があると思う。
 裁判の争点が思想・良心の自由に傾倒している中では、勤務時間中の原告の不起立・不斉唱・不伴奏は、無防備状態下の攻撃にさらされ、不利なイメージがつくられている。私たちはこの事態から抜け出すことによって活路を開かなければならない。

 「控訴人らによる不起立・不斉唱は、論争的主題をめぐって取られうる応答の実例を子どもに示すことになるので、教育的に有意味であると評価できる。」
 「控訴人らの行為は、論争的主題をめぐる多様な意見の分布を示すにとどまっているのであり、職務命令に対する不服従の公然性をもって支障と見なすことはできない。」(根津・河原井裁判 世取山意見書 2010.8.10)

 9・10月は、口頭弁論が目白押し。どのような論点がたたかわされるか、注目しなければならない。

累積加重処分取消裁判 第3回口頭弁論
 10月7日(木)16:30~
東京地裁 527号
( 地下鉄 霞ヶ関駅1番出口)



2010/09/05

解雇させない会ニュースNo.32

解雇させない会ニュースNo.32のダウンロードです。



解雇させない会ニュースNo.32

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解雇させない会ニュース一覧表

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2010/09/04

法廷カレンダー

法廷カレンダー、2010年9~10月を更新しました。

法廷カレンダー
「法廷カレンダー」のダウンロード



累積加重処分取消裁判を支援する会ニュース(第10号)

<G>:生徒・保護者・来賓の面前で・・・
(都教委「準備書面(1)」への反論シリーズ⑦)

 このシリーズも最後。不起立・不斉唱・不伴奏行動とは何か。
  都教委の弁:「起立しないという行動をとることは、児童・生徒の入学式・卒業式において、国旗・国歌について指導を受けるという教育を受ける権利を侵害す るものである。」「式に参列する来賓や保護者に対して不信感を抱かせるだけでなく、・・君が代斉唱時に起立しない教職員がいることで、こうした者が、嫌悪 感や不快感を覚えるだけでなく、厳粛で清新な気分を味わおうとして式典に臨んだ際に抱いていた期待を大きく損なう」(P44)
 「当該違反行為は、入学式、卒業式という重要な学校行事において生徒、保護者、来賓の面前で行われたものであり、教育公務員の職に対する信用を傷つける行為」(P72)
  まず「面前で・・」について、これこそ都教委が進める強制の性格をよく示している。教員に対して「日の丸・君が代」研修を強制するものではなく、また「日 の丸・君が代」レポート提出を強制するものでもなく、児童・生徒への指導場面で強制を貫徹しようとするものである。そして処分を構えた一律起立・斉唱強制 という教授の自由・学習の自由の侵害については無自覚である。
 先日傍聴した地裁原告証人尋問の中で、都教委代理人は反対尋問で「原告の不起立は 生徒・保護者から見えたと思うか。」「国旗が壇上に掲揚されている会場に入ること自体は思想・良心の侵害だとは思わなかったか。」と提起した。まさしく、 不起立・不斉唱の意味について、教職員が公務として儀式に臨み、「君が代斉唱」時も児童・生徒指導する義務があることを前提として、裁判官に「原告=反教 育者・保護者無視・儀式破壊者」の印象を与えようとした。
 私の場合、はっきりと言いたい。<国旗掲揚、国歌斉唱が行われようとも生徒がいる限り 指導する義務があり、制限された教授の自由に基づき、日の丸に対してではなく生徒に正対して不起立・不斉唱することによって会場内の一律起立・斉唱を阻 み、生徒にはよく見える位置にあり多様な考え、多様な行動の存在を確認できたと思う。保護者のみならず来賓にも、生徒にも色々な考えの方がいるのに、価値 中立的でないものを強制しているのは都教委である。>

今後とも、「日の丸・君が代」問題を多くの皆さまと考えていきたいと思います。よろしくご教示ください。

ニュースへのリンク



2010/09/03

泣き寝入りはしない・第1回控訴審のお知らせ(疋田)

あと一歩のところで、東京地裁で敗訴し即日控訴した、ジョニーHこと疋田哲也教諭の「分限免職取消訴訟」の「第1回控訴審が9月7日(火)午後3時から東京高等裁判所824号法廷」で行われます。
東京高裁の最近の教育裁判では、第1回控訴審で即結審という、とんでもないことがよく起きています。
弁護団の準備書面もさることながら、傍聴席の埋まり具合によって、裁判官の「いいかげんさ」を阻止できるという情報が飛び交っているようです。
是非、傍聴に来てください。
なお、控訴審終了後、すぐに隣の「弁護士会館509号室」で報告会を行います。



8.30都教委要請行動 近藤順一さん要請文

東京都教育委員会 様

東京都公立学校における国旗・国歌の取り扱いの変更を要請します

 東京の公立学校には、重大な問題があります。その一つは国旗・国歌の取り扱いです。入学式や卒業式、周年行事で一律起立・斉唱が強制されています。貴委員会は裁判における準備書面などで「常識」とか「社会通念上、予定される」と述べています。しかし、これは都民が考えるものとは大きくかけ離れていると思います。都民は学校で自分の子どもが、「日の丸・君が代」を強制されることを望んでいるでしょうか。人格形成過程にある子どもが自由に自分の感じたこと・考えたことを出し合えるのが正常な学校ではないでしょうか。また、強制が結論づけられている学習は、子ども達を愚弄するものです。強制ではないというなら、「10・23通達」を執行停止し校長が職務命令を出さなくてもよい状態をつくり、貴委員会と学校現場、都民も含めて自由に論議すべきです。

貴委員会は最近、国旗・国歌に関して国際儀礼(プロトコル)の尊重を強調しているようですが、尊重と強制は異なります。儀礼及び儀礼を学ぶための強制こそ、最も避けるべき事です。オリンピックやワールドカップでは、不起立・不斉唱・不伴奏を理由に懲戒処分されたりしません。国民世論にも異論が顕在する「日の丸・君が代」を、学校教育の儀式に持ち込むことは慎重であるべきです。
 また、都内の学校には外国にルーツをもつ児童・生徒が多数学んでいます。その中には、大日本帝国が「日の丸・君が代」を押し立てて侵略し軍事支配・植民地としたアジア諸地域から来日している子どもや、夜間中学には残留孤児1世など戦争被害者本人さえ在籍しています。「日の丸・君が代」強制は多文化共生の理念と実践に逆行しています。

首都東京の子ども達が、将来にわたってアジアをはじめ世界の人々と対等で友好的な関係を築いていくためにも、自国の国旗・国歌に対して自由で寛容ある態度を身につけていくことが重要です。
 一日も早く「日の丸・君が代」強制を停止する施策の検討にはいることを強く要請します。

   2010年8月30日
 累積加重処分取消裁判 原告 近藤順一

要請文のダウンロード



2010/09/02

8.30都教委要請行動 解雇させない会要請文

要請書

2010年8月30日
東京都教育委員会御中
河原井さん・根津さんらの「君が代」解雇をさせない会
連絡先:多摩島しょ地区教職員組合 
186-0001 国立市北1-1-6 コーポ翠1階西

都教委は10・23通達を撤回せよ!
「君が代」不起立・不伴奏処分を直ちにやめよ!
子どもの心と頭脳を操作する冒とく行為を直ちにやめよ!

 東京の教員採用試験受験者が極めて低いことや新採用教員が退職に追い込まれ、自殺者まで出ていることは、報道もされ周知の事実。教員志願者は東京を避けて受験をすると言います。学校現場にあっては、管理職希望者が少なく、再任用の校長でその場しのぎをしている状態です(都教委が介入、管理・弾圧をやめない限り、解決しないことです)。平教員も上から一方的に下される各種の書類作りや研修・研究に時間をとられ、夜間の残業や休日出勤が常態化し、疲労しきっています。そのような中で、子どもたちと「直接の人格的接触を通した」創造性豊かな教育活動が展開できるはずはありません。
 東京の学校が都教委の暴力支配の場になり、教員たちが委縮していく大きな変換点は、10・23通達でした。都教委は、教員を従わせることを目的として校長に職務命令を出させ、従わない教員を処分することで他の見せしめとし、教員たちを都教委の言いなりにさせました。「国旗に正対し、起立して国歌を斉唱する」ことを是とし、これを子どもたちに指示することは、「一方的な観念の教え込み」であり、職業的良心に照らせば教員としてしてはいけない行為であると知りながら、教員とて生活があり、起立・伴奏を拒否できずにいます。教員の苦境もさることながら、最大の被害者は子どもたちです。子どもたちが都教委の好みのままに従順さを植え付けられ、愚民化させられることに、私たちは黙ってはいません。子どもたちは都教委の所有物ではありません。それを都教委は認識せねばなりません。私たち、保護者・市民・教員は都教委が教育に介入することを直ちにやめるよう、強く要求します。

 「日の丸・君が代」は、侵略戦争に使ったウタとハタ。これが近隣諸国の認識です。今年は韓国併合100年の年。日本の反省、謝罪が求められています。「日の丸・君が代」を一切の批判を封じ是として扱うことは、都教委の言うようなプロトコル(国際儀礼)ではなく、侵略戦争に対する反省放棄、戦争賛美です。近隣諸国は、「日の丸・君が代」をプロトコルだなどと受け取りはしません。詭弁を弄せず、速やかに10・23通達を撤回することを求めます。
 処分をもって「日の丸・君が代」を強制することについては、一部の者が反対しているのではありません。朝日、東京両新聞の2005年調査によると、都民の7割が反対しています。その事実を都教委は真摯に受け止めるべきです。

要請文のダウンロード

2010/09/01

8.30都教委要請行動フォトレポート

8.30都教委要請行動です。

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