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2010年11月

2010/11/24

「君が代」強制に対する不服従による、分限免職・懲戒免職を出さないことを求めます

 解雇させない会では2010年度も、東京教組の標記反対署名に取り組んでいます。

 以下、引用します。


東京都教育委員長 木村 孟 様
東京都教育委員会 教育長 大原 正行様

「君が代」強制に対する不服従による、分限免職・懲戒免職を出さないことを求めます

 東京都教育委員会は2003 年10 月23 日に、いわゆる「10.23 通達」を出し、卒業式・入学式等の「君が代」斉唱の際に、教職員が起立・伴奏をするよう、校長に職務命令を出させ、従わない教職員を大量に処分してきました。既に400 名を超える教職員が処分されています。
 2006 年9 月21 日には、東京地裁で「日の丸・君が代の強制は違憲・違法。強制してはならない。」という判決が出されたにもかかわらず、都は高裁に控訴し、その後も不当な処分を繰り返しています。
 「君が代」強制に対して不服従を貫いている根津公子さん、河原井純子さんに対し、東京都教育委員会は、不当にも停職6 ヶ月という処分を繰り返しています。さらに都教委が2008 年7 月15日に出した「分限事由に該当する可能性がある教職員に関する対応指針」は、教職員が情実に左右され、身分保障をいたずらに剥奪される危険をはらんだものであり、見過ごすことはできません。
本来分限処分は懲罰的な意味合いを持たせるべきものではありませんが、不起立などで「君が代」の強制に抵抗している教職員を、分限によって免職処分にする可能性は否定できません。私たちは「君が代」強制に対する不服従での懲戒免職はもちろん、分限免職もしないよう強く求めます。
 私たちは以下のことを要求します。

  1. 「10.23通達」を撤回すること
  2. 「10.23通達」に基づく処分を撤回すること
  3. 「君が代」強制に対する不服従で懲戒免職及び分限免職をしないこと



↓ここから署名用紙をダウンロードしてください。

http://cid-2d4676b5d380d842.office.live.com/self.aspx/.Public/documents/091013kimigayosyomei.pdf



2010/11/23

渡部です。

本日(11月22日)、東京都人事委員会で<授業を優先し、再発防止研修を受けなかった>として、「減給10分の1 6ヶ月」という重い処分を受けた元福生高校のFさんの審理がありました。

本日は、①当時の人事部職員課長のH氏と②Fさんの証人尋問でした。

①の尋問の中では、まず<日程変更>の件についてが問題になりました。Fさんが指定された研修日は、授業が5時間も入っており授業の振り替えも不可能なので、別の日に変更してほしいと強く要求していました。

H氏はこの<日程変更>について、このようなことを述べました。「研修は義務なので宿泊を伴う出張など以外は原則としては認めない。 ただし申し出があれば個々に判断する。」しかし、今回は全く取り合わなかったのです。(また、宿泊を伴う出張でも原則的には日程変更を認めていないのが現実です。)

そこで、Fさんは当日、授業を大切にする方が生徒に対する義務だと考え、授業を優先しました。

その結果、再発防止研修を欠席したとして、校長は「事故報告書」を上げ、Fさんは事情聴取によばれることにな「りました。

その際、Fさんは録音もメモも許可されませんでした。それについて尋問でH氏は、「録音は改ざんされる可能性がある。んメモも同様だ。聴取記録を一元化するために許可しなかった」と述べました。

これについては傍聴者(満席)から怒りの声が上がりました。都教委こそ「改ざん」しているというわけです。つまり、都教委のやっていることは、弁護士の同席も認めず、「密室の取調べ」そのものなのです。

そして、H氏は繰り返し、「授業を行うことではなく、研修に出ることが義務なのだ」と強調しました。

また、処分理由の<信用失墜行為>についてもH氏は、「公務員として法令に基づかなかったことが問題で、授業を行っていたことがそれに当たるか当たらないかではない。都民に対してということは、さしたる問題ではない」と述べました。

さらにH氏は、「職務命令」を出すのは「上司」ということについて、「都教委も上司にあたる。任命権者だから」というようなことも述べました。

②については、都教委側のI弁護士が、Fさんに対して、経過はともかく、「研修にでなければならないのを知っていたのだろう。」「命ぜられたという意識はあったのか。」と繰り返し執拗に質してきました。

これに対して傍聴席からは、「脅迫的な尋問だ!」と大きな抗議の声が上がりました。

これに対し、Fさんは、
「校長はつねづね<授業を大切にするように>と言っていた。」
 しかし、
「当日4限目の授業の後、校長がものすごい剣幕で私を怒鳴りつけてきた。私は、都の命令が絶対で、学校の教育活動はどうでもいいと受け止めた。」と述べました。

以上から明らかなように、都教委にとっては自分たちが出した命令に、(たとえそれが不合理であろうが)職員が唯々諾々と従うかどうかが問題なのであり、授業や生徒、都民は二の次なのです。

「職務命令」を出しては、重い「処分」を繰り返す。教職員を黙らせては、教職員のやる気を低下させる。これが都教委のやっていることです。

************************************************************

『これでええんか橋下「教育改革」 あかんやろ! 新勤評を許さない12・19全国集会』



2010/11/22

累積加重処分取消裁判を支援する会 ニュース(第15号)

新教育基本法実働化の中の愛国心・「日の丸・君が代」
~月刊『現代教育科学』(明治図書出版)に表れた先導論~

  愛国心・公・修身 上記の月刊雑誌には大学などの研究者だけでなく小・中・高の学校現場の教員が投稿している。ほとんどの論考が、現在進められている新教 育基本法、新学習指導要領の推進を展開している。戦後教育の中で進められてきた子どもの個性ある成長をはかる教育を攻撃し、国家の意向に従う路線が強く主 張されている。
 「相変わらず国家や愛国心をタブー視する・・・脱却すべき『戦後教育観』とは、歴史を無視し、殊更に国家を基軸とする『公』(公意識)を敵視することで教育理念を弄び歪めてきた政治性である。」(貝塚茂樹「『公』を敵視する二項対立図式からの脱却」2009.12)
  「教師の多くが、戦後一方的に否定されてきた日本の『昔の教育』の中に、実は尊い、本物の教育があったことに気づき、その復活、再生、再興をこそなすべき だと考え始めている。例えば、愛国心の問題である。国旗、国歌の教育の問題である。」(野口芳宏「むしろ『修身』の良さを学べ」2010.9)
 小学校の教科書に「神話」が取り入れられたり、全教科に道徳課題が挿入される事態の背景である。
 不起立の意味  多くの論者が集中攻撃するのは「学テ最高裁判決」と「ピアノ最高裁判決藤田反対意見」である。これらの正当な判決・意見を歪曲し、「教育行政機関の行為」 が「不当な支配となりえない」とする。「特定の歴史観や世界観を教師の具体的な職務と関係なく思想及び良心の自由として主張するのはラフすぎると言え る。」(江間史明「『自分の身に国を引き受ける』ことを考える」2010.1)あたかも不起立・不斉唱・不伴奏が教育実践と関係ないかのように描き出して いる。不起立は、教員が果たすべき「職務」である。       
 教育の自由(学習の自由・教授の自由)を大いに語らなければならない。

 

第4回口頭弁論 (12)月(2)日(木)(16:30~)地裁527号

*裁判所より’10停職処分の併合通知があり、計4件の累積加重処分が審理対象となります。誰を証人採用するかが決定される見込みです。傍聴、よろしく。

ニュースへのリンク



2010/11/21

「“私”を生きる」シンポのご案内

―映画完成記念シンポジウム―

「“私”を生きる」とはどういう生き方なのか

【要旨】

今年6月にDVD化された映画「“私”を生きる」は、東京都の教育現場で進行している「教育の統制」に抵抗し、“私”を貫いて生きる3人の教師たちを描いたドキュメンタリーである。しかし単に「教育問題」をテーマとした映画ではない。権力や組織の論理、圧力に独り抗い、自分の生き方、信条を貫く“生き様”を世に問う作品である。

そのような生き方を、演劇とメディアの世界で問いかけ、自ら実践している劇作家・永井愛さん、元NHKプロデューサー・永田浩三さんらをお招きして、「“私”を生きる」生き方について語り合っていただく。

【出演者】

・永井愛さん(劇作家)
「兄帰る」での岸田國士戯曲賞など数々の賞を受賞。2008年7月、新国立劇場演劇部門の次期芸術監督の選出をめぐって同劇場運営財団に異議を唱えた。2010年、その体験を元に演劇「かたりの椅子」を発表。権力の圧力と甘言に“転向”していく周囲の中で、報復を覚悟で敢えて独り“自分を貫く”生き方を問うた。

・永田浩三さん(元NHKプロデューサー)
 ディレクター時代に数々のドキュメンタリー番組を制作し芸術祭賞などを受賞。またプロデューサーとして「NHKスペシャル」「クローズアップ現代」の番組制作で活躍した。2001年1月、「従軍慰安婦問題」を扱った「ETV2001」のプロデューサーとして「改変事件」を体験。その後、内実を裁判で証言した。2010年7月には、その体験を記録した『NHK、鉄の沈黙はだれのために』を出版した。

・映画「“私”を生きる」出演者
 根津公子さん(中学校教員・家庭科)
 土肥信雄さん(元三鷹高校校長)
 佐藤美和子さん(小学校教員・音楽専科)〔ビデオ出演〕 

【内容】

〔第1部〕
  ・映画「“私”を生きる」上映(1時間・短縮版)
  ・映画出演者のコメント
   根津公子さん/土肥信雄さん/佐藤美和子さん
〔第2部〕
  ・シンポジウム
   永井愛さん・永田浩三さんの対談(司会・土井敏邦)
質疑応答(永井さん、永田さんと映画出演者の方々)

【日時】11月23日(火・祝日)
    午後2時より午後5時まで(開場 午後1時半)

【場所】 明治大学 駿河台キャンパス リバティタワー(8F 1083教室)
JR中央線・総武線、東京メトロ丸の内線/「御茶ノ水」駅下車 徒歩3分)
http://www.meiji.ac.jp/koho/campus_guide/suruga/access.html

【参加費】 1000円(資料代として)

【主催】 「“私”を生きる」製作実行委員会

【共催】 明治大学政経学部社会思想史(生方)ゼミナール

 なお 広報チラシ(カラー)は以下のサイトをご覧ください。

http://www.doi-toshikuni.net/j/info/20101123.html
(ここを開けて、コラムの演劇「かたりの椅子」とNHK番組改変事件の告発1 2ともご覧ください。)

【注】参加は予約制ではありませんが、会場は最大で200人程の教室ですから、お早目にお越しください。満席の場合は入場をお断りすることもあります。ご了承ください。



2010/11/18

渡部です。

本日(11月11日)、東京高裁で、ジョニーHさんの「不当分限処分撤回訴訟」控訴審の第二回裁判がありました。

ジョニーHさんは、このメールの表題にある「12・19全国集会(大阪)にて)」で報告が予定されています。

本日の裁判中、都教委側のM弁護士は図らずも「これは懲戒ではなく、分限免職ですから」と述べました。

「分限免職」ということになれば、「ウソをつく矯正しがたい性格を有する」などと、確固とした証拠がなくても、いろいろ理由をつけて処分しても構わないと言わんばかりの口ぶりでした。(事実、分限免職の運用はフリーハンドに等しいものです)

それもそのはず、ジョニーHさんの<分限>免職事由の第一は「体罰」となっていますが、<懲戒>免職の場合は、全国で2001年度~2008年度までの間で1277件中たった1件のみという実態があり(控訴人側の準備書面2より)、ジョニーHさんの場合は怪我をさせているわけでもないので、<懲戒>免職はさせられず、いろいろ難癖をつけて<分限>免職にしたということです。

しかしその<分限>免職でも、全国で2001年度~2008年度までにあった118件中、「体罰、暴行および職務命令違反」という理由での免職はジョニーHさん1人だけです。(同上)

しかも、ジョニーHさんから「体罰」を受けたA君の≪調査報告書≫(都側の)が、①事実認定、②調査方法、③処分事由の信用性において大きな問題があることがこの間に明らかになってきたのです。

それはA君に対するジョニーHさんの聞き取りから明らかになりました。
≪調査報告書≫では、A君はE君とともに校長室を訪れ、校長に体罰の事実を話したとなっています。しかし、A君は校長に体罰事件について話をしたことは一度もありませんでした。また、E君と校長室を訪れたこともありませんでした。しかもE君とは誰なのかも、謎のままです。校長が捏造したのでしょうか。

また、≪調査報告書≫では、ジョニーHさんが三回も殴ったとありますが、当時ジョニーHさんは荷物を両手に抱えており、そのようなことはできませんでした。

しかも、校長から都教委へ出されている≪報告書≫(①平成15(2003)年10月22日付け、②同年12月12日付け、③同年12月22日付け(追加))はこれまで出てきませんでした。

A君は、「証言に立つ」と言っています。

また、ジョニーHさんは、校長の≪報告書≫の開示を求めています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところでこの度、ジョニーHさんの映画が完成しました。

ドキュメンタリー映画
 「不適格教師」の烙印を押された男
   ジョニーカムバック

企画・製作・ナレーター 湯本雅典 
音楽 ジョニーH
協力 疋田教諭分限免職取消訴訟支援の会(ジョニーの会)他
35分/カラー/16:9/HDV

『映画上映会&ジョニーHのコンサート』
 12月17日(金) (東京の)琉球センター どぅたっち 19:00~
   JR駒込駅近く  (1800円)
 1月14日(金) エデュカス東京 19:00~
   地下鉄麹町駅近く (1000円)

問い合わせは 湯本
       疋田

*****************************************

『これでええんか橋下「教育改革」 あかんやろ!
 新勤評を許さない12・19全国集会』
日時 2010年12月19日(日) 11時30分開場
場所 大阪市中之島中央公会堂・大ホール(1200人規模)
協力券 1000円(学生、無職の方は無料)

主催 12・19全国集会実行委員会
連絡先: 新勤評反対訴訟団



2010/11/16

解雇させない会ニュースNo.33誤記訂正

 解雇させない会ニュースNo.33に以下の誤記がありました。お詫びして訂正いたします。
 なお本ブログの電子ファイルは訂正済みです。


■今後の予定

1月24日(月)法廷
【誤】「未定」
 ↓
【正】527号法廷

1月31日(月)都障労組の判決時間
【誤】13:30~
 ↓
【正】13:10~

以上


2010/11/15

解雇させない会ニュースNo.33

解雇させない会ニュースNo.33のダウンロードです。



解雇させない会ニュースNo.33

「newsno33.pdf」をダウンロード

 


解雇させない会ニュース一覧表

解雇させない会ニュース一覧表を作成してあります。
左側の赤いピンアイコンのリンク先を「お気に入り」に登録することをお薦めします。



2010/11/12

渡部です。

本日(11月11日)、東京高裁で、千葉県立高校の女性教員(Sさん)が校長によるパワハラを訴えた控訴審の判決があり、「棄却」でした。

パワハラの一例として、次のようなことがありました。

組合の新聞(2006年12月6日)で、当時の内閣総理大臣・安倍晋三を敬称を付すことなく「安倍」と表記し、「本来なら問題が明らかになった時点で安倍は免職である」と書いたところ、K校長の申し入れにより、<校長及・教頭>対<分会長・S控訴人>とで話し合いがもたれました。席上、校長は時の首相を呼び捨てにするなど政治色の濃い分会新聞では配布を容認することが困難になるとの見解をしめしました。

これに対しSさんは、豊臣秀吉に「さん」をつける人はいない、「安倍」もこれと同様である等と述べ、校長と対立しました。(その後安倍は首相の地位を投げ出し、多くの国民はその無責任さに呆れ、怒った)

その話し合いが終わる段階で校長は、Sさんに対して、「あんたなんか、取るんじゃなかった」と発言しました。

この件について判決文では次のように述べられています。

・・「控訴人を本件高校に異動させるのではなかったな。」という趣旨の発言であると容易に理解することができ、控訴人自身もそのような趣旨と理解したものと認められる。そして、この発言は、控訴人に対する否定的な評価の表明であり、控訴人の自尊心や名誉感情を傷つけるものといえる。

このような発言内容、K校長の立場および控訴人との職務上の関係に照らせば、上記発言は、極めて不用意な発言であり、相当性を欠くものといわざるを得ない。

しかしながら、K校長ら管理職は、・・・控訴人らが管理職側の問題意識を理解しようとしないことに苛立ったK校長が思わず口走ったものであり、控訴人の自尊心や名誉感情を害する確定的な意図や目的をもってなされたとまで認めることは困難である。」

そして、K校長は翌日抗議を受け謝罪しているから、「損害培養をもって償うべきほどに控訴人の人格的利益を侵害する違法な行為であるとまでは断定するには至らない」と結論付けています。

つまり、一方では校長が悪かったと認めながら、他方では、いろいろ理由をつけて、違法とまでは言えないと言っているのです。パワハラには極めて甘い判決と言わざるを得ません。これではパワハラはなくなりません。

控訴人は納得できないとして上告することになりました。

どのような結果になるにせよ、この裁判は、パワハラされたら黙ってはいない、と声をあげたところ大きな意義があります。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ところで、本日の朝日新聞に、千葉県の森田県知事の肝いりで、2013年度めどに、県立高校で「道徳」が必修になると報道されました。しかし、森田といえば、知事選にあたり、自民党でありながら大々的に「完全無所属」と名乗って当選した「大ウソつき」者です。「大ウソつき」者が「道徳」を推進する。これこそ悪い冗談・茶番に外なりません。



2010/11/11

渡部です。

本日(11月10日)、東京高裁でNさん「君が代」裁判の判決がありました。「控訴棄却」の判決でしたが、判決文の中に「国旗及び国歌に関する法律の違憲性について」という部分がありました。

これについては、去る10月25日のメールで、「君が代」の違憲性に触れたNさんの「陳述書」を紹介しました。

また、11月8日の国会論戦では、自民党の平沢勝栄議員が菅首相に、「日の丸・君が代」法制化時に菅首相が反対したことを問い詰め、次のようなことを言いました。

「採決の次の日(1999年7月23日付)の朝日新聞になんと出ているか。菅代表の発言で、『天皇主権時代の国歌が、何らかのけじめがないまま、象徴天皇時代の国歌になるのは、国民主権の立場から明確に反対した方がいい』と書いてある。」

これに対し菅首相は「11年前だから記憶にない」と言い逃れをしています。全く無責任、変節、裏切りの首相です。しかし、11年前に言ったことはまさに正論なのです。

そこで、今回の判決文を興味深く読みました。すると次のようなことが書いてありました。(少し長くなりますが、重要と思われますので引用します)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
・・
「国旗及び国歌に関する法律は、第1条において『国旗は、日章旗とする。日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。』第2条において『国歌は、君が代とする。君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする』と規定している。

すなわち、同法は、①国旗については、日章旗にするとして、その寸法の割合及び日章の位置、彩色について、
②国歌については、君が代の歌詞及び楽曲を規定するのみであって、それ以上に、日章旗とすることの意味内容や君が代の歌詞の意味内容についての特定がされているわけではない。

さらには、国旗及び国歌に関する法律が、国民に対して、国旗及び国歌についての法律的尊重義務を課したり、これに違反した場合に不利益を課するなどといったことは一切規定していない。

したがって、国旗及び国歌に関する法律の存在が、直ちに、思想及び良心の自由の侵害、信教の自由の侵害、表現の自由の侵害と結びつくことはない。

これらのことから明らかなように、国旗及び国歌に関する法律は、ただ単に国旗を「日章旗」とし、国歌を「君が代」と定めただけにすぎず、その法律自体極めて抽象的であって具体性がなく、裁判規範性としての意味を持たないものであるから、同法が憲法に違反するか否かという司法判断にはなじまないものといわざるを得ない。」
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

つまり、
①「国旗・国歌法」は、「日の丸・君が代」の意味内容についての特定がなされているわけではない。
②国民に対して法律的尊重義務を課したり、違反したら不利益を課すなどといったことも一切規定していない。
③したがって、法律の存在が基本的人権の侵害と結びつくことはない。
と述べ、そこから「法律自体極めて抽象的であって具体性がなく、裁判規範性としての意味を持たないものであるから、同法が憲法に違反するか否かという司法判断にはなじまないものといわざるを得ない。」と司法判断を避けているのです。

「君が代」の意味内容は明らかであるにもかかわらず、「特定されていない」などとと述べることは、如何に<意味内容>が明らかにされるのを恐れているかを示しています。<意味内容>が明らかにされれば、都教委や裁判所は抗弁のしようが無いのです。

また、「尊重義務」や「不利益」については、原告は、実際にそれが起きているから問題にしているにもかかわらず、裁判所は、法律に規定がないといって必死に目を閉ざし、「法律の存在」が基本的人権の侵害とむずびつくことはない、などと強弁しています。

しかし、原告が争っているのは、現実に「君が代」を「義務」的に強制され、人権を「侵害」され、「不利益」を受けている、ことに対してなのです。また「法律の存在」ではなく、「法律」そのものが違憲だと言っているのです。したがってこれは、「はぐらかし」、「ごまかし」以外の何物でもありません。

そして、繰り返しますが、「その法律自体極めて抽象的であって具体性がなく、裁判規範性としての意味を持たないものであるから、同法が憲法に違反するか否かという司法判断にはなじまないものといわざるを得ない。」などというのは、裁判所の「逃げ口上」、「責任放棄」以外の何物でもありません。

要するに、「君が代」の「意味内容」が知られては困るのです。だから、生徒にも「教えるな」と言うのです。これが「民主主義(国民主権)国家」日本の現実の姿です。



渡部です。

本日(11月8日)、東京地裁で、田畑和子さん(元豊島区立千川中教諭)の再雇用拒否事件、第三次訴訟第四回裁判がありました。

田畑さん側から提出された「準備書面」(2)(3)について弁護士から簡単な口頭説明がなされました。

ところで、「準備書面」(3)には、「第一 被告作成の報告書、陳述書記載の事実の虚偽」として、「2 裁判上の名誉棄損の判断基準について」という項目がありました。

そこでは、東京高裁が、1995(平成7)年2月21日に出した判決(判例タイムス883)が紹介されていました。

去る9月27日の大嶽業績評価裁判(第一回控訴審)で被告側(都・区)が出してきた「陳述書」が、大嶽さんの「業績」「能力」ではなく、「人格攻撃」を前面に出してきていましたので、何らかの参考になると思い、以下に紹介します。

(最初に、「陳述」では真実を述べる限り責任を負わないと述べ、その後で、それが虚偽の場合は名誉毀損の不法行為にあたり、立証責任が伴い、立証されなければ、「違法な行為をしたものとして不法行為責任を負わなければならない」と述べています。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

「陳述する当事者は、・・訴訟上の攻撃防御として必要であって、かつ、真実を述べる陳述である限りにおいては、たとえ・・他人の名誉を毀損する事実が摘示された場合であっても、法令に基づく正当な行為として違法性を阻却し、不法行為の責任を負わないものというべきである。このように解さないとすれば、司法作用は大幅な制限を受け、正義の実現を困難ならしめることになるからである。

しかし、このように、・・制度上、ある程度の保護を受けるべきであるとしても、・・その陳述が真実である限りにおいて妥当することであり、虚偽にわたる事実を陳述するような場合には(・・)もはや法令に基づく正当な行為ということはできないのであって、違法性は阻却されず、陳述者は、・・他人の名誉を毀損する事実が摘示されたことによる不法行為責任を免れないものと解するほかはない。

そして、この場合、他人の名誉を毀損する事実を陳述した被控訴人に、当該陳述の中で摘示された事実が真実であること(・・)についての立証責任があると解すべきであって、この点の立証がされていない以上は、被控訴人は、違法な行為をしたものとして不法行為責任を負わなければならない。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

その上で、原判決(一審で原告敗訴)を取り消し、原告=控訴人の請求を認容したとのことです。

なお、傍聴にこられた方から、
・「都福祉保健局によるTさんのD評価による再任用不採用事件」の裁判
・「杉並区によるIさんの再任用拒否事件」の裁判・「AIGスター生命争議(嘱託事務員解雇事件)」のチラシも頂きました。



渡部です。

現在、「君が代」裁判は、6件が最高裁にかかっており、今年度中にはさらに5件が加わる予定です。

その5件のうちの一つ、Nさん裁判の判決が、11月10日(水)(13時15分~ 東京高裁817号で)出されます。それを前にNさんは高裁に「陳述書」を出しています。

その「陳述書」では、これまでの裁判で余り大きく語られなかった最も肝心なことが語られていると思いますので、以下にその抜粋を紹介します。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

私はこの裁判において「君が代」の違憲性を問うています。しかし、地裁判決ではその点について全く触れられていません。・・「君が代」の歌詞は統治体制としての天皇制を賛美する内容です。そして「君が代」は先の侵略戦争において戦意高揚の中心的役割をった歌です。ですから、こうした天皇制軍国主義を反省した現憲法の主権在民・平和主義・基本的人権の尊重という大原則に反しています。・・

ところがこれまでこの単純明瞭なことには触れないように、話をあちこちに振って誤魔化したりするので無理も生じ押し付けになって誰も納得できないでいるのです。

・・校長や教育委員会は、あなたが「君が代」に賛成か反対かは問題ではない。命令に従わなかったことが問題なのです。「君が代」に反対したから処分になったのではなく命令に従わなかったから処分になったのです。と誤魔化しました。・・

そうでしょうか。職務命令がなくても「君が代」に反対したために処分された事件はいくつもありました。教育委員会は03年の通達を出すにあたって「(日の丸・君が代に反対する教員は)半世紀もの間、巣喰ってきたガンだから徹底的に潰さなければ禍根が残る」と言い、「「日の丸・君が代」の徹底は学校経営上の最大の課題である」と位置づけて通達を出し、それから職務命令が乱発されるようになったのです。ですから「君が代」の徹底こそが教育委員会の意図なのであって、それは命令でも懐柔でも唆しでもいいわけで、職務命令そして処分という徹底の手段は、「君が代」の違憲性という問題から目を逸らせるカモフラージュだとさえ言えます。・・

また、「起立斉唱の職務命令は思想良心を侵害するものとは言えない」という主張も誤魔化しです。06年の東京地裁の判決の中には「内心領域の精神的活動は外部的行為と密接な関係を有する」とあります。・・・・起立斉唱するようにとの命令は、・・「君が代」の尊重を強要するという形で、内心の自由を侵害していることに他なりません。

・・・・・・

私は教育公務員として、憲法・教育基本法に則り職務に専念すると宣誓し、微力ながら平和と基本的人権の尊重を旨として教育活動に取り組んできました。だからこそ「君が代」の違憲性を訴え、命令処分の不当性を訴えているのです。ですからこの裁判は子どもたちのものでもあります。そして、子どもたちも誤魔化しや押し付けでは納得できないのです。・・・

ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以上です。

「少数の人間を短時間誤魔化すことはできるが、多数の人間を長時間誤魔化し続けることはできない」という意味の言葉が思い出されます。



日刊動労千葉 第7061号

(二件報告します)
・・・・・・・・・・・・・・・・<①>・・・・・・・・・・・・・
本日(10月23日)、東京にて、「学校に自由を!10・23集会」が開かれました。

集会では最初に、主催団体となった16団体の代表が壇上に揃いました。主催者を代表して挨拶に立った近藤徹さんは次のように述べました。

「これまで延べ430名が処分され、再任用拒否や解雇された人が60名を超える。2006年に<9・21東京地裁判決>が出ても都教委はそれを無視し大量処分を繰り返している。しかも2007年の最高裁ピアノ判決以来、下級審では不当判決が続いている。現在、最高裁に6つの案件がかかっており、高裁にかかっている5つも年度内に判決予定なので、11件が最高裁にかかることになる。この闘いは、日本の民主主義の最前線の闘いだ。負けるわけにはいかない。」

その後、伊藤塾塾長・弁護士の伊藤真さんが<憲法と「君が代」処分>と題して講演しました。

講演では、「国旗・国歌」は国民統合の手段・シンボルであり、国歌が国民を支配するときの道具として典型的なものである。体制に従順な<国民>を育て上げるためのものだ。強制はそうした<国民>を作り上げる。これは民主主義に反するもので、主体的な人間を育てることではない。」ということを強調していました。

質問では、「全く民主主義でない判決を出している司法の壁を破るにはどうしたらよいか」というのが出されました。

それに対し、伊藤真さんは「自分が教えている時はみんな憲法の精神を守る裁判官や検察になろうとしているが、実際仕事を始めて1~2年経つと官僚になってしまい、違うことを言うようになっている。裁判官も官僚で独立はしていない。それでいろんなところに弊害が出ている。こういうことを許さない世論を作っていかなければならない。」と答えました。

次ぎに、東京「君が代」裁判原告でもある素人落語の老舗”立川落語会”会員の「立川亭小はく」さんが、<火焔内閣>と題する落語をやりました。これは、民主党政権もふくめてのこれまでの内閣を痛烈・痛快かつ愉快に批判したもので、素人とは思えない熱演で、会場は笑いに包まれました。
(みなさんも出演を依頼されてはどうですか)

最後に<最高裁での勝利を!>という「特別報告」が「上告審対策チーム」からなされました。この中で、「最高裁は司法の良心を示すよう望みます」という、研究者・文化人・ジャーナリスト・宗教者の共同アピールとその賛同者氏名・コメントが報告されました。
(賛同者は10月9日現在で610名)その中には次のようなコメントもありました。

「『日の丸・君が代』裁判は、最高裁の『良心』を裁く裁判であると思っております。最高裁には、歴史の審判に耐える判決を希求いたします。」(金子勝・立正大学教授)

・・・・・・・・・・<②>・・・・・・・・・・・・・・・・・
業績評価裁判で勝訴(東京地裁)した大嶽昇一さんの(裁判と職場の取り組みに関する)レポートが、来年1~2月に開かれる日教組の全国教研に、東京教組から提出されることが決まりました。

大嶽さんのレポートには次のような記述があります。

「勝利判決の翌日、職場の全員が『おめでとう』『勇気付けられました』と勝訴をわがことのように喜び、青年からは『評価に納得がいかないときは一緒についてきて下さい。一対一だと怒鳴られるから』と言われました。疑心暗鬼と不信感が蔓延していた職場に連帯感が取り戻されてきていることを実感します。

区内の学校でD評価に怒って組合加入する人も出てきました。6月世教組大会は、組合員数の減少にもかかわらず昨年を大きく超える結集で途中帰る者もいませんでした。組合員が反撃の闘いの方針を待ち望んでいることをあらためて痛感しました。

公開授業の時、10人の保護者が『おめでとうございます』『やりましたね、ついに』と声をかけてくれました。教師と保護者という関係を越えて、同じ労働者として共感をもって受け止めてくれていることを感じました。」

なお、大嶽さんは、『12・19全国区集会(大阪にて)』に、三鷹高校元校長の土肥さんと共に参加します。



渡部です。

本日(10月21日)、東京高裁で、和田中夜スペ裁判の第二回控訴審がありました。

<証拠>偽造問題で検察の体質が問われていますが、今回の控訴審でもその<証拠>の取り扱いが大きな問題になりました。

原告が敗訴した東京地裁判決は、<証拠主義に基づかない裁判長の類推、原告主張に無い裁判長の持論の判決への記述>が目にあまるものでした。

今回の意見陳述では、原告側は<新たな証拠>を提出し、被告側に対しても彼らの正当性を<裏付ける証拠>書類の提出を求めました。

原告が提出した<新たな証拠>の一つに、夜スペ事業をめぐる杉並区議会の文教委員会の「議事録」があります。

それによると、庶務課長は次のように答えていました。

「学校教育外に使う場合にはどういう基準許可できるかという基準がございますので、これをもとにして使用許可の申請をしていただいて使用を許可する・・金銭を扱わせるというのになると、当然そういう監査的なチェックというのは必要・・和田中の方でも会計担当というのを設けて御座いますけれども、1つは内部のチェック、それから外部のチェックというものをつくって、公正な会計処理というものを担保していきたいというふうに考えております。」

しかし、実際には、それが全くなされていなかったことがすでに地裁段階でも多くの<証拠>によって原告から指摘されていました。

にもかかわらず、地裁判決では、「・・一応合理的な会計処理が行われていたことがうかがわれる・・」「・・その任意団体としての性質に相応する程度には妥当な会計処理が行われていたというべき・・」と、裁判官の類推、憶測で判断し、原告敗訴の判決を出しているのです。

しかも裁判官は、正体不明な<地域本部>をも絶賛していていたのです。しかし、地裁段階から原告は、<地裁本部に関する組織実態の関係書類>が、「夜スペ」開始当初には一切無かったことを<証拠>をもって明らかにしていたのです。

にもかかわらず、判決には次のように述べられていました。「地域本部について判断する材料が一切なかったと認めることが出来ない」「相当程度把握していたものと認められる」。

そこで、今回原告は、もう一つの<新たな証拠>を提出しました。それは、杉並区教育委員会が出してきた「可否決定通知書」です。それによると、すでに地裁段階で出された文書(ほとんど墨塗りの「連絡名簿」のみ)以外は、<非開示文書もない>ということが分かりました。やはり、「地域本部について」、その組織実態をまともに「判断する材料が一切なかった」のです。

そのことは、<新たな証拠>の三つ目との対比でさらに明らかになりました。三つ目の<証拠>は、杉並区泉南中学校支援本部が区教委に提出した以下のような一連の書類でした。

・「杉並区教育財産使用申請書兼使用料減額・免除申請書」
・「杉並区立泉南中学校 学校支援本部規約」
・「泉南中学校支援本部会計規定」
・「泉南中学校支援本部への寄付に関する規定」

和田中「夜スペ」に関しては、これらに類するものはなんらなかったのです。

したがって原告は、「準備書面」で次のように断じています。

「和田中モデルが今後広がるかのような一審裁判長の大いなる誤解は、社会常識を逸脱しており、同地域本部組織実態を把握していない事実にも目をつぶることと合わせ、司法の立場で地方行政を監視できる能力を疑われる。」

なお、今回の審理で、原告は被告(杉並区)に対し、<証拠書類>の提出や以下のことに関する「求釈明」なども行いました。

1、寄付金会計(藤原校長から)を明朗にせよ。
2、(藤原校長への)退職金5万円、花束2万円の根拠は?
3、4年間も規約なしだった地域本部
4、サポーターの人件費のなぞ
5、地域本部役員選任の不透明さ
6、特定の教育産業関係者の会社の教材を生徒に購入させている
7、地域本部の構成員に保護者がいるのかいないのか
8、「相当程度把握していた」証拠を提出せよ
9、SAPIXへの支払いの不透明さ

裁判長は、被告に11月22日まで「反論書」を出すように求め、次回控訴審は、11月30日(火)11:30~ (424号法廷)となりました。

今回の裁判は、まさに裁判所の体質をも問題にする
裁判になってきました。



渡部です。

本日(10月8日)、仲井真沖縄県知事が定例記者会見で、普天間飛行場の名護市辺野古移設など県内移設受け入れの可能性について、「まず、なくなったと言える」と述べた。

これまで明言を避けてきた仲井真県知事がこれだけはっきりと明言せざるを得なかったということは、沖縄の「民意」(一般ピープルの力)がいかに強いものであるかを示している。

このことは、アメリカやそれに追随する民主党政権・自民党などに対して大きな打撃であると同時に、全国の一般ピープルに大きな勇気を与えるものである。これまで政治家ができなかったことを沖縄の一般ピープルが自らの大衆的な運動で、可能にしつつあるのである。

激動する内外情勢の中にあって、これからの大きな政治や教育運動もこのようにして下から起きて来るであろう。(かつての安保反対闘争や勤評反対闘争のように)

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ところで本日、『朝日新聞』一面に、「築地市場移転都が決断」という見出しが出ていた。しかし、記事をよく読むと、都が決断したとされる7日の都議会では「継続審議」が議決されている。ということは、都(石原)は都議会の議決を無視して強行するということである。これは3月30日都議会本会議で確認された「付帯決議」を全く無視するものである。(朝日は、それを当然とするような見出しを付けている。)

私が疑問に思っていると、さる9月28日に私が出したメール<築地移転問題に関する新たな訴訟初公判>の原告の方からこのことに関するメールが届いた。

この築地市場問題は来春の都知事選に大きく影響すると思われますので、以下に紹介します。

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8日付け朝日新聞1面に「築地市場の豊洲移転、都が決断 用地予算、年度内執行へ」のタイトルの記事が掲載されました。

昨日7日の定例都議会では、築地再整備に関する特別委員会の継続が賛成多数で可決されたばかりです。用地取得費の執行については「議会の合意に示された意思を尊重する」とこが必要条件でしたが、都の予算執行宣言は都議会の意思を無視したものだと言えます。豊洲関連の予算執行に関しては、本年3月30日都議会本会議の予算議案に関しての、付帯決議解除の要件も欠いており、到底容認出来ません。

付帯決議は、
 ①議会における現地再整備検討結果の尊重、
 ②土壌汚染が無害化された安全な状態での開場、
 ③市場事業者の状況及び意見などの聴取
の3点の項目が盛り込まれていました。
 ①については、昨日築地再整備に関する特別委員会の継続が賛成多数で可決したこと。
 ②については、実証実験でも明らかになった、土壌・地下水の汚染調査・対策の取り残し問題や、地盤沈下による砕石層沈下と地下水管理の問題、不完全な液状化対策と残存する汚染表出の問題、未調査の盛り土汚染問題など。実証実験の初期値隠しなど、都の情報の公表問題。については、市場業者の意向調査がされていないこと。
どれ一つ、付帯決議が解除できる状態ではないことが明らかです。

マスコミを使って、豊洲移転を既成事実のように宣伝するのは、移転反対の世論の沈静化を狙ってのことだと思いますが、都がその程度の手段しか取れない状況であることも事実で、汚染が分かっている購入予定地をどう評価するか、業者の反対を押し切って強行して農水省は許可を下ろすかなど、都の越えなければならない高いハードルはいくつも残されています。「諦めてほしい」と都は願っているのですから、「豊洲への移転反対」の旗を降ろさず、一層高く掲げることが、大切だと思います。
・・・・・・・・・

やはり「朝日新聞」は、公正な新聞ではないのですね。



渡部です。

本日(10月7日)、東京地裁(青野裁判長)にて、<累積加重処分取消裁判>の第3回口頭弁論が行われました。原告は、元・八王子第五中学校夜間部の近藤順一さんです。

『支援する会』のニュース(第13号)で、近藤さんは次のように述べています。

「不起立・不斉唱は都教委が進める一斉起立・斉唱の強制に対する拒否であると同時に、教授の自由に基づいて生徒に多様な考え多様な行動を示す教育実践であり公務の遂行であった。『日の丸』にではなく、生徒に正対して行った不起立・不斉唱は生徒をはじめ多くの参列者が確認できたと思う。」

本日は、書面の確認などでしたが、近藤さんを支援する「陳述書」が二通出されました。いずれも貴重な「陳述書」だったと思いますので、以下、その抜粋を紹介します。

①<八王子第五中学校夜間部の卒業生>
(1964年に中国から日本へ帰国)

「私は、1949年・・・生まれで、今年61歳になりました。
・・私は15歳で(帰国後すぐ)就職してから、それ以来ずっと働きづめでした。私より年下の兄弟の学費や生活費もありましたし、20代で結婚して30代で子どもを生んでからは、育児もわって、とても忙しい毎日を過ごしていました。

そのような生活の中で、学校へ行きたいとずっと思っていました。

(彼女は、2005年5月の連休明けから第五中学夜間部に通い始めます)

・・卒業式は、平成18(2006)年3月でした。卒業式では起立して国歌斉唱をするように言われました。この時、私は起立して斉唱しました。その理由は、平成15(2003)年の10・23通達以来、国歌斉唱の時に起立しない生徒がいると担任の教師に迷惑がかかると思っていたからです。
・・
でも、起立してすぐに後悔しました。私が夜間中学校をはじめて訪問した時に対応してくれた近藤先生が着席されているのが目に入ったからです。近藤先生には授業でお世話になったことはありませんが、中国語を勉強して、中国から来た人たちに理解できるように一生懸命話している姿をみかけることはよくあったので、こういう風に中国人にも親身になって世話をしてくれる先生はきちんとした考えを持った信頼できる人と思っていました。その先生が着席されているのを見て、私は自分も信念を貫くべきだったと後悔しました。

・・夜間中学を卒業した後高校にも通い、そこで歴史を一通り学ぶ中で、日本の侵略戦争の事実を知り、国旗や国歌を変えないのはその反省をきちんとしていないからだと思い、やはり日の丸・君が代に敬意を表することはできないと確信しました。

日本人たちも、歴史を知れば、日の丸・君が代に敬意を表することができないと感じる人は多いのではないかと思います。知らないということは悲しいことです。そして、知らないまま世界の人たちと付き合うことは、侵略された国々の人々の痛みが分からないまま付き合うということであり、とても恥ずかしいことだと思います。そんなことをしていたら、日本は孤立してしまうとも感じています。

その意味で、私は、近藤先生が起立しなかったことには、日本人の良心を感じました。・・」

②<立教大学教授・佐久間孝正さん>

「東京都内には夜間中学が8校あり、うち5校には日本語教室があることもあり、中国帰国者やアジアの近隣出身者が多い。夜間中学は、16歳以上でないと入れないこともあり、それこそ年齢もバラバラである。それがまた、異年齢集団と共に学べる夜間中学の魅力の一つにもなっているが、生徒自身の中に当然、日の丸・君が代により肉親がひどい目にあった経験をもつ者もいる。

定時制高校も、同じく異年齢集団と共に学べる魅力を持っているが、ここには夜間中学以上に成人外国人が多く、戦前、日本軍により家族や親族が蹂躙された経験をもつ人がいる。

このような状況を考えた場合、教育の場を通して、国旗や国歌の強制を行うことは問題ではなかろうか。

・・・イギリスでは、学校で国旗の掲揚や国歌斉唱などの行事はほとんどないが、朝礼などでキリスト教色が出るような場合は、例えばイスラームのような非キリスト教の児童・生徒には、父母にそのような儀式から子どもを引っ込める権利が認められている。・・・

しかし日本では、現在、日本に侵略された出身国の親にも、子どもにも国旗掲揚や国歌斉唱から引き抜く自由が、公的な形では認められていない。

むしろ日本の学校では、たとえ外国人の子どもでも、日本人と同じように行動することが求められており、地域によっては、起立しない子どもには起立させることを教員の職務命令にしている所もある。

・・外国人にも日本人同様の儀式を強制すること、教員に日本の子どもと同じ行動をしているか否かを監視させることは、批准した国際法(『国際人権規約』『子どもの権利条約』)の精神からしても重要な問題を孕んでいる。

このような問題は、何も外国人をもちだすまでもなく、国内のマイノリティであるアイヌの人々にもいえることである。
・・・

・・アメリカでも早くから歌わない自由が認めれれている。子どもをアメリカの現地校に入れた経験をもつ友人は、わざわざ校長先生から国旗斉唱の際、歌いたくなければ歌わなくてもよいと言われ驚いたという。
・・・

現在、日本の学校が「多文化・多民俗化」しつつあるのに、他の先進国で行われているような宗教や信仰を異にしている子どもの人権に配慮することなく、一方的に国旗の掲揚や国歌の斉唱を強制しているのは、日本が批准し締結している国際規約の精神からしても重要な問題を含んでいる。」

以上です。



渡部です。

本日(10月4日)、東京地裁にて、東京「君が代」裁判(二次訴訟)の第8回口頭弁論が行われました。(青野裁判長です。)

本日は、<3人の原告への本人尋問>と<憲法学者・土屋英雄さんへの尋問>でした。
以下概略を紹介します。

<Tさん(多摩工業高校)>は、まず、原告弁護士の尋問に答え、「君が代」斉唱時に立てない理由として、
 ①戦前の軍国主義の過ちを繰り返してはならない
 ②人権教育をやってきたものとして従えない
を上げました。
そして、彼の父から聞いた軍隊での悲惨なまでの体験、(そのため彼の父は戦後、軍を歌わず「日の丸」も掲げなかった)人権教育で同和教育に携わってきたこと、在日朝鮮人の問題などを扱ってきたこと、(そのため生徒から「君が代」斉唱の時に立てないという悩みを打ち明けられ、保護者からは「先生たちが人権教育の防波堤になっていて感謝している」と言われた)などを語り、『10・23通達』については、「大変大きなものを失いかねない事態に学校が直面している」と訴え、「命令で起立を強いられることが、どれほど生徒たちを追い込み、彼らを受け入れられる教員がどれほどいなくさせられるか痛感の思いだ」と述べました。

都側の尋問は、まず不起立に至った経過の確認、事情聴取や再発防止研修での行動の確認などをやり、ついで、次のようなことを聞いてきました。
 ①軍国主義というが、今現在どうして軍国主義につながる、となるのか。
  これに対しTさんは、「尋問で話したことを繰り返すことになる」、「06年の難波判決でもそのことは述べられている」と答えました。
 ②人権でと言うが現在は身分差別はないので、不起立の理由にはならないのではないか。
  これに対しTさんは、「そうは思わない。歴史を引きずっている」と述べました。
 ③「日・君」でなくてそれ以外のシンボルなら認めることか。
  これに対しTさんは、「懲罰的に強制することには反対である」と述べました。

<Iwさん(拝島高校)>は、まず、原告弁護士の尋問に答え、不起立の理由は、歴史認識と教師としての責任・良心からだと述べました。
 そして、「君が代」起立斉唱は、それに敬意や共感・感動の気持ちを表現しろと強制するもので、耐え難い苦痛だ」と述べました。
 また、「命令に従うことは、生徒に対する圧力に加担するものだ」、「起立していたら、自己不信、自己分裂、人格の破壊に立ち至った、教師としても続けることもできなかった」と述べました。
 歴史認識については略しますが、<過去に目を閉ざすものは現在に盲目となる>というヴァツゼッカー元独大統領の言葉で結びました。 

 また、二人目の原告弁護士の尋問に答え、最後に、「強制されることは人格の根源にかかわる。裁判所には、<一般的><社会的事例><儀礼的所作><外的行為>などで処理してもらいたくない」と述べました。

 都側の弁護士は、次のようなことを聞いてきました。
 ①評価の微妙な問題がある場合、先生の教え方の在りようとして、客観的なものに徹するのか、先生の考えを述べるのか。これに対してIさんが、「高校生は自分の考えで受け止める。だから事実を紹介する」と述べると、今回は自分の考えを話したのか、と聞いてきた。
  それに対しIさんは、「質問があれば、自分の考えを言った」と述べました。
 ②生徒も一方的に従うようにと受け止めているのか。
  これに対しIさんは、「都は、実際に不起立の生徒がいた場合、起立を促す、起立するまで式を始めないなどの強制をしている」と述べました。

<Isさん(多摩養護学校)>は、
 原告弁護士の尋問に対し、養護学校での「10・23通達」以前の生徒達を主人公にした卒業式の状況(フロア・対面形式など)を話し、通達後の卒業式がいかに生徒の実態を無視したものになったかを述べました。

 都側の弁護士は、次のようなことを聞いてきました。
 ①通達以前は、「日の丸・君が代」の扱いがいかに軽視されていたものであったかを浮き彫りにさせるような質問。
 ②以前から、「普通学校のように壇上にするのが同じ扱いなので、晴れがましい」と言う声はなかったか。
  これに対しIsさんは、「普通学校でもフロア式はあった。要は、卒業生・生徒のために考えつ作り上げてきたものだ」と答えました。
 ③先生が不起立すれば、生徒たちがまねしたりするのではないか。
  これに対しIsさんは、「私は私の気持ちでやっている。保護者、来賓にも『君が代』が強制されるのでは会場に入れないという人もいた」と述べました。

<憲法学者・土屋英雄さん>、
原告弁護士による尋問で、土屋さんはまず、アメリカでは憲法修正第1条で表現の自由が保障されており、1943年のバーネット判決は、<表現しない自由><強制されることを拒否する自由>に基づいて出された判決で、最も傑出したものとして評価されていることを紹介しました。

ついで、それ以来半世紀以上も、一貫して、それに沿った判決が出されていることを紹介しました。(具体的に4つほどの判決を紹介されましたが私の記録が曖昧なところがありここには紹介できません)いずれも教員の事件ですが、バーネット判決を手本にし、「強制は許されない」という判決とのことでした。

さらに、これはアメリカ特有のものではなく、
・国際的スタンダードであること、
・国際人権規約18条にも述べられていること、
・ヨーロッパでは、卒・入学式が行われず、イギリス、イタリア、フランス、ドイツでは強制はないこと、
・強制しているのは中国くらいで、1994年作成された「愛国主義教育」によって、強制されることになったこと、
・その中国を政府は引き合いに出しているが、日本は国際人権規約を批准しているが、中国はしていないので、中国の例をもちだすことはできないこと、
などを紹介しました。

そして、儀式の<尊重>と<強制>は全く別次元の物で、裁判所は、<法的立場から判断すべき>で、<儀礼の観点から判断すべきではない>、アメリカでさえも一貫して強制に反対している、10・23通達は憲法19条、人権規約18条に違反している、と結論づけました。

これに対し、都側は
ラッソー事件判決(1972年)やニューダウ事件判決(2010年3月)パーマー判決(?)などを持ち出し、アメリカの<忠誠の誓い>や、<神の下で>という文言などについて盛んに土屋弁護士を攻めましたが、土屋弁護士は、そのことは想定しており、彼らが持ち出してきた論点を一つ一つ整理し、先ほどの結論を強調しました。

都教委がいかに国際スタンダードからもかけ離れているかが浮き彫りにされた尋問でした。



渡部です。

本日(10月1日)、東京地裁にて、東京「君が代」裁判第三次訴訟の第2回口頭弁論がありました

第一次訴訟は2004年の処分事件について(原告173名)、
第二次訴訟は2005・6年の処分について(66名)、
第三次訴訟は2007~9年の処分についてです(原告50名)。
うち、第一次訴訟は今年3月26日に「棄却」判決、控訴中です。

今回の第三次訴訟では、千葉県弁護士会所属の弁護士13名が弁護団(16名)の中心に座っています。

以下、本日の2人の口頭弁論からです。

<原告・渡辺厚子さん>
私は1979年、中学校理科の教員として入都し、養護学校に配属されました。勤め始めは早く中学校に移ろうと思う教員でしたが、眼前で壮絶な闘病の果てに亡くなる子どもたち、ウソ偽りなく直裁にとびこんでくる子どもたちと接するうちに、教育の根源は生命の燃焼のお手伝いだと悟り、なによりもおもしろさにひかれ、30余年、特に肢体不自由学校で働いてきました。
・・・・
07年に出会ったAさんは、気道閉塞のため、呼吸介助、姿勢転換を頻繁に必要とし、鼻腔にチューブを留保し栄養補給していました。私も栄養注入の医療的ケアを行いました。保護者はA君の側から片時も離れず、A君の生活は母親と一体化していました。どんな小さなことでもよい、Aさんが自分で決めて何かをやる、自分独自の時間がもてないか。私は車椅子に幼児用の車を連結し、手元スイッチを押すと前進するというしかけを作りました。偶然に手がスイッチに触れ、車椅子が動いた時、Aさんは何事がおきたのかとボウ然としていました。偶然にスイッチを押す瞬間を気長に待ち、繰り返していく内に、Aさんは自分が推すと進むらしいとわかり、これを境に、自分からスイッチを探して押し、嬉々として前進するようになりました。生まれて初めて自分で移動できたことの喜び、行為の主人公になったことの喜びだったと思います。
・・・・・・・・・
卒業式は以上述べた、毎日の授業の延長であり、ともに過ごした時間を慈しみ、生徒の新たな出発を祝う最後の授業です。自分で車椅子で活動するために、フロア形式にしましたし、安全面・一体感・見やすさから考えた対面方式、証書台の中央設置、鉢植え花での導線誘導など、卒業生の実情に合わせ一番よい流れを、会場図を創りました。各学年、年度ごとに違って当たり前のものでした。

ところが10・23通達は、そうして積み上げてきた卒業式を破壊しました。壇上使用しなければならない、「日の丸」に正対して終わらなければならないなど、教育委員会が細部にわたって決めたとおりの式しかしてはならないことになり、一人一人にそった卒業式はくだかれました。そればかりか、教員を起立させることに躍起となった校長たちは、生徒の人権を侵害してはばかりません。

城北養護学校では、生徒の人工呼吸器の緊急音が鳴り、処置しようとかがみこんだ保健室スタッフにあろうことか、副校長は起立を命じました。また、生徒間のケンカの仲裁に入ったことろ、副校長は教員に動かず起立し続けろと叱責しました。

大泉養護学校では、予行時にトイレサインを出した生徒を教員がトイレへ連れ出したところ、本番では出ないようにオムツをつけろと副校長が命じました。教員への起立強要のかげで、生徒の生命、安全、生理現象等々が侵害されているのです。

南大沢学園養護学校では、すわる可能性のあった生徒の側に主任教諭を配置し、後ろから両手で支えるようにして立たせました。このことは当時の副校長が人事委員会で証言しました。

国旗国歌法制定の際の「尊重義務」がはずされ、「強制するものではない」とくりかえされた政府高官発言が、わずか4年後、東京で捨てられました。思想良心の自由が侵され、生徒たちが安心して自分にあった教育を受ける権利が奪われたのです。
・・・・・・

<千葉県の若い弁護士>(弁護士には若い人が多いです)
(これは都側の答弁書に対する反論の一部でした。ここでは、都がどのような理屈をもって答弁してきたかという部分を紹介したいと思います。反論については略します。皆さんも考えてみて下さい。どうしても知りたい方は、返信して下さい)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
被告(都側)は、旭川学テ判決を引用しつつ、教育の内容及び方法に関して国が基準を設定する場合においては、大綱的基準にとどめることが要請されているのに対して、地方公共団体の教育委員会にはこれがあてはまらないと主張しています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
被告は、教育委員会は、許容された目的のために必要かつ合理的と認められる範囲であれば教育の内容及び方法について決定することができ、大綱的基準であることをその限界とするものではない、と主張しています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
本件について、被告は10・23通達の手続き上の適法性の根拠条件として地教行法23条を主張しています・・
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
被告は、教育の地方自治の原則を理由として、教育委員会が国旗掲揚・国歌斉唱を指導する具体的な内容・方法を決定できると主張しています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
被告は、入学式等の式典は、全校的に統一性をもって整然と実施される必要性があること、国旗国歌の指導は社会通念上儀式にふさわしい内容・方法によって行わなければならないことなどを理由として。10・23通達によって入学式・卒業式等の式典における国旗掲揚、国歌斉唱の実施方法に関する学校の裁量が制約されても違法・不当ではないと主張しています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
被告は、日の丸・君が代を『一方的な一定の理論や観念』とする原告らの主張は、憲法上の大原則たる議会制民主主義の原則を無視するものであり、国旗国歌を尊重する態度を育てるべく児童生徒に指導することは普通教育において当然のことであると主張しています。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

次回は「日の丸・君が代」他についての反論になるそうですしかし、都の言い分を読むかぎり、「地方自治の原則」、「議会制民主主義」、などの言葉を使って答弁していますが、まさにこれこそ詭弁以外の何ものでもありません。

そもそも、今回の問題は、憲法19条違反という以前に、国民主権(民主主義)が規定されている憲法下の国会で、天皇主権の歌を「国歌」と定めたこと自体、また、それを国民(他国民にも)に強制すること自体、根本的に誤まっているのです。これは主権者である国民を敵に回しているということに他なりません。こんなことは、子どもでも分かる道理です。



「橋下「教育改革」・新勤評反対12・19全国集会(大阪にて)」へ

『これでええんか橋下「教育改革」 あかんやろ! 新勤評を許さない12・19全国集会』

競争また競争の「教育」で、
 子どもたち自身が幸せになれますか?
 未来への希望が見えますか?
  子どもの権利は、競争の中にはありません

日時 2010年12月19日(日) 11時30分開場
      12時00分 プレ企画開始
      13時00分 オープニング企画   13時30分 開会
      パネルディスカッション(13:35~14:20)
          研究者・弁護士・訴訟団・保護者・卒業生・教職員
    各地、各団体・個人からの報告やアピール(14:20~15:40)
   集会実行委員会からの行動提起と決議
   16時45分 デモ (ありの方向)

場所 大阪市中之島中央公会堂・大ホール(1200人規模)
      地下鉄 淀屋橋または北浜駅下車
http://osaka-chuokokaido.jp/access/index.html

協力券 1000円(学生、無職の方は無料)

主催 12・19全国集会実行委員会
連絡先: 新勤評反対訴訟団
〒530-0047
大阪市北区西天満4丁目3-3星光ビル1階
電話/FAX 06-6311-1250
URL:http://www7b.biglobe.ne.jp/.kinpyo-saiban/
Eメール:shinkinpyouhantai@trad.ocn.ne.jp

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<学校に自由を!10・23集会> 
(日 時)10月23日18:15~ 
(場 所) 星陵会館
(主 催) 16団体(10・23通達関連裁判訴訟団)

「10・23通達」からちょうど7年目に開かれます。

「・・・全国の多くの皆さんの賛同と参加を訴えます」
 (チラシより)

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都教委包囲首都圏ネットワーク」のブログのアドレス、
  http://kenken.cscblog.jp/

「千葉高教組『日の丸・君が代』対策委員会」のホームページ
 http://homepage3.nifty.com/hinokimi

2010/11/02

累積加重処分取消裁判を支援する会ニュース(第14号)

それでも、そして学校現場への強制・統制は進む

  尖閣列島(釣魚島)問題をきっかけに、安倍政権時代にもまさる「国益」優先ナショナリズムと排外主義の横行が見られる。政府も政党もこぞって国民の愛国主 義をあおっている。「尖閣に領土問題はない」とは、かの「蒋介石政権を相手にせず」を想起させ、もはや実力(武力)行使しかないところに踏み込む危険さえ 感じる。その領有の根拠が日清戦争(甲午戦争)中の1895年1月の「内閣決定による先占」だという。再考を要する。
 さて、06教育基本法の実 働化はいよいよ新学習指導要領の実施へと進む。道徳教育への導入では「小学校新教科書の仰天内容」(俵義文『週刊金曜日第820号』)参照。「日の丸・君 が代」では文科省の『08解説』で「社会科における指導などとの関連を図り」として、「国際的な儀礼」が強調されている。校内の職階制と共に、教育内容へ の介入が本格化する。

2011'めぐりくる春'へ向けて

  2003「10・23通達」から8回目の卒業式・入学式を迎えることになる。先日の全国原告団学習・交流集会では、各地の緊迫した情況の中で「戦術転換を して不起立行動を中止するという決定をした」という報告も出された。また、北海道では「いろいろな考え方があることを子どもたちに知らせたい」として入学 式で不起立を貫いた教員が「見せしめ」処分された。正に一人の不起立が、一律起立・斉唱の国家忠誠表明強制に風穴を開ける。
 来春の情況は特別な意味を持つ。簡単にその課題を列挙する。

  1. 学校現場で不起立・不斉唱・不伴奏を含む多様な取り組みを強化する。
  2. 裁判では、広範な世論の力を背景として強制を止める判決を勝ち取る。
  3. 都知事選をはじめとする地方選で、「日の丸・君が代」強制に批判的な勢力の前進を図る。

 私たちの運動の基本は学校現場であり、懲戒処分・分限処分の攻撃にさらされている教職員の皆さんと固く連帯して進んでいきたい。

 

第4回口頭弁論 (12)月(2)日(木)(16:30~)地裁527号
  *裁判所より'10停職処分の併合通知があり、計4件の累積加重処分が審理対象となります。誰を証人採用するかが決定される見込みです。

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