フォト

掲示板

停職「出勤」日記2009

停職「出勤」日記2008

停職「出勤」日記2007

停職「出勤」日記2006

停職「出勤」日記2005

投稿欄

ちらし置場

リンク集

« 法廷カレンダー | トップページ | 渡部です »

2010/12/14

渡部です

本日(12月13日)東京で二つの「君が代」裁判がありました。(少し長いのですが、現在の東京での闘いの意味がよく分かると思いますので、紹介します。)

一つは、<第二次再雇用拒否裁判第五回審理>(地裁)です。
ここでは、

  1. 弁護士弁論、
  2. 原告Mさんの陳述、
  3. 原告Kさんの陳述、
  4. 原告Nさんの陳述、

が行われました。
いずれの原告の陳述でも、「10・23通達」と処分がいかに学校と教員から自由を奪い、教育を破壊しているかが具体的に語られました。

原告Mさんは次のようなことを述べました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
教師が「強制」に、つまり命令に従順になったとき、次には自分の頭で考えない若者が生み出されていきます。命令や指示を待つ人間として育っていきます。考える力がないと、自分の頭で物事を判断できる力は育ちません。・・・強制のもとでは教育は破壊されていきます。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
原告Kさんは、「強制」がいかに精神的苦痛を伴うかを次のように述べました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
卒業式が近づくに従って不起立を選ぼうとする私の心に苦しみが募ってきました。具体的な処分内容が予想以上に重いという噂が飛び交うようになったからです。・・卒業式の数日前の朝、私は、校長に個人的に呼び出され注意を受けました。それは、「人事部より文書がきてその内容を老婆心ながら伝えておきたい。服従しないと、退職時に再雇用や再任用の取消が行われる可能性が高い。あなたが、戒告処分を受けると将来転職をするときに履歴にも傷がつくので後悔することになる」という内容でした。いずれにしても、卒業式に気分の塞いだまま出て卒業生達を心から祝福できないのではないかという今までにない苦痛を感じる毎日が続きました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
斉唱時に退席で処分された原告Kさんは、なぜ退席せざるを得なかったのかに関連して、次のようなことを述べました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私の母方の祖父は、戦前、教員でしたが、「こんな無謀な戦争に勝つわけがない」と言いふらしたという理由で、12月8日の開戦から2ヵ月後、治安維持法違反で逮捕されました。そのとき、祖父の教え子数人も逮捕され、祖父は、拷問されている教え子たちの泣き声・うめき声を聞かされたそうです。私は、その話を最初に聞いた時、まず恐怖感と共に言いようのない嫌悪を感じ、そして将来に亘って、絶対にそんな経験はしたくないと思いました。(祖父の娘であったKさんの母は、戦後の教育に希望を託して中学の英語の教師になりました。)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

もう一つは、<河原井・根津06年停職処分取消控訴審(結審)>でした。
ここでは二人の最終陳述が行われました。

根津さんは自身の経験と北村小夜さんの戦中の経験を重ね合わせて、次のように述べました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
本人(根津さん)尋問の際に、2006年度赴任した鶴川ニ中の生徒たちが私に対して「ルールを守らないならば教員を辞めろ」と「非国民」扱いしたことについて述べましたが、国の支配が強まれば、瞬く間に子どもたちがマインドコントロールされていくことは、古今東西、必然のことです。
・・・・・・・・・・・
原審(地裁)で北村小夜さんは、ご自身が軍国少女に育ったのは、先生たちの沈黙によるものであったと証言されました。鬼畜米英のポスターを描いてくるよう言われた北村さんが描いた絵は、憎いチャーチルとルーズベルトを、肉挽器に通し、血がしたたり落ちる様を描いたものでした。
・・・・・
教員が沈黙し、結果的に体制に協力することによって、子どもたちが国の狙い通りに育つのは、北村さんが子どもであった戦争中だけのことではありません。10・23通達が闊歩する今の東京の学校がまさにそうです。都教委の弾圧により教員が萎縮し沈黙する、その結果として子どもたちは、今行われていることを正しいことと認識しているのです。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
河原井さんは、この間の「全国行脚」でつかんだ人々の意識について、次のように述べました。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
私は、今、私の著書「学校は雑木林」を手作りリュックサックに、ぎっしりと詰め込んで全国を「全国雑木林行脚」と名付けて、北は北海道から南は沖縄まで、行脚をし続けています。
・・・・・
どの地を行脚しても「東京に起こっている攻撃は、明日は私たちへの攻撃」と共有・共感の輪が少しずつ少しずつ決して他人事ではなく自分の事として広がっている事は希望です。
・・・・・
この控訴審は、全国から注目されています。私は、七生養護学校「ここから裁判」をスタートに現在、8件の裁判を抱える身です。これは「東京の教育」「東京の裁判」の人権侵害・憲法無視の現状を如実に証明しています。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

終了後の集まりでは、弁護士から、「加藤裁判長は、<お互い良く主張した。難しい問題だが判断します>と言った。いずれにしても中身のある判決が出るだろう。」という感想が述べられました。

また、最終準備書面は140ページにも渡るもので、それを読んだ根津さんは、「本当にすごくいい。自分が言いたかったこと以上のことを述べてくれた。」と言い、、一方都教委側の準備書面についても、「過重処分の正当性などについて力を入れている」、と述べていました。

なお、4人の弁護士の方々は共通して、「チームワークで協力してやるだけの事はやった」と、すがすがしい表情で述べていました。

判決は、2011年3月25日(金)13:30~、
(本日と同じ法廷であれば424号です)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
下記集会が近づいてきました。現地実行委員は、熱気を帯びながら準備に忙殺されているようです。
*****************************************

『これでええんか橋下「教育改革」 あかんやろ! 新勤評を許さない12・19全国集会』



« 法廷カレンダー | トップページ | 渡部です »

投稿欄」カテゴリの記事