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2010/12/23

渡部です

本日(12月21日)、東京高裁で、ジョニーHさんの「不当分限処分撤回訴訟」控訴審の第三回裁判がありました。

第二回裁判(11月18日)の報告で私は、次のようなことを書きました。

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本日の裁判中、都教委側のM弁護士は図らずも「これは懲戒ではなく、分限免職ですから」と述べました。

「分限免職」ということになれば、「ウソをつく矯正しがたい性格を有する」などと、確固とした証拠がなくても、いろいろ理由をつけて処分しても構わないと言わんばかりの口ぶりでした。(事実、分限免職の運用はフリーハンドに等しいものです)

それもそのはず、ジョニーHさんの<分限>免職事由の第一は「体罰」となっていますが、<懲戒>免職の場合は、全国で2001年度~2008年度までの間で1277件中たった1件のみという実態があり(控訴人側の準備書面2より)、ジョニーHさんの場合は怪我をさせているわけでもないので、<懲戒>免職はさせられず、いろいろ難癖をつけて<分限>免職にしたということです。

しかしその<分限>免職でも、全国で2001年度~2008年度までにあった118件中、「体罰、暴行および職務命令違反」という理由での免職はジョニーHさん1人だけです。(同上)

しかも、ジョニーHさんから「体罰」を受けたA君の≪調査報告書≫(都側の)が、①事実認定、②調査方法、③処分事由の信用性において大きな問題があることがこの間に明らかになってきたのです。

それはA君に対するジョニーHさんの聞き取りから明らかになりました。
≪調査報告書≫では、A君はE君とともに校長室を訪れ、校長に体罰の事実を話したとなっています。しかし、A君は校長に体罰事件について話をしたことは一度もありませんでした。また、E君と校長室を訪れたこともありませんでした。しかもE君とは誰なのかも、謎のままです。校長が捏造したのでしょうか。

また、≪調査報告書≫では、ジョニーHさんが三回も殴ったとありますが、当時ジョニーHさんは荷物を両手に抱えており、そのようなことはできませんでした。

しかも、校長から都教委へ出されている≪報告書≫(①平成15(2003)年10月22日付け、②同年12月12日付け、③同年12月22日付け(追加))はこれまで出てきませんでした。

A君は、「証言に立つ」と言っています。
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本日の裁判では、東京高裁は、A君も望んでいる証人尋問を却下し、次回(3月8日)で本人の陳述だけを認め、結審するとしました。

これだけ、≪調査報告書≫に虚偽の記載があり、また校長から都教委へ出されている≪報告書≫が未だに明らかにされていないにもかかわらず、A君の証人申請をも拒否して、結審し、判決を下すと言うのです。

とりわけ、「体罰」の被害にあった本人A君の証人申請を拒否したということは、裁判所が証拠となる≪調査報告書≫や未だ不明の校長の≪調査書≫の虚偽記載がさらに明らかになることを恐れたから、としか言いようがありません。

前回の裁判で、都教委側のM弁護士が図らずも「これは懲戒ではなく、分限免職ですから」と述べた意味がよく分かります。

彼はつまるところ、「分限免職」という制度は、権力がやめさせたい人間がいれば、何でも難癖をつけてやめさせることができる制度だ、と言っているわけです。

終了後の報告会では、同じような例にあった方が、「審査請求したところ、歪曲されて書かれている、事実を曲げて列挙している。自己保身、組織優先ということが、あちこちで起きている。不正義がまかり通っている。しかも裁判所など正義を掲げている場で。」と述べられました。

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 <ジョニーHさんの映画完成>

ドキュメンタリー映画
 「不適格教師」の烙印を押された男
 ジョニーカムバック

企画・製作・ナレーター 湯本雅典 
音楽 ジョニーH
協力 疋田教諭分限免職取消訴訟支援の会(ジョニーの会)他
35分/カラー/16:9/HDV

『映画上映会&ジョニーHのコンサート』
 1月14日(金) エデュカス東京 19:00~
 地下鉄麹町駅近く (1000円)



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