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2011/02/03

渡部です

本日(2月3日)、東京地裁にて、「君が代」裁判二次訴訟の結審があり、6人(原告2名、弁護士4名)が意見陳述をしました。

最初に原告2名が意見陳述しました。

<INさん>(2度処分される)
「10・23通達」が出る前、新入生の担任になった時、入学式にあたり、「自分の考えにしたがって行動して下さい」と話したところ、ある生徒が「本当に歌わなくて、立たなくていいのか」と質問してきた。「これだけ、強制されてきているんだ」と思った。
「10・23通達」後は、「職務命令」が出され、処分で脅され説明もできなくなった。「日本社会でこんなことが起こって良いのか?」と思った。「処分を背景に強制してはいけないという思いから、自分は不起立をした。」
自分の行動に対して、保護者から
「先生の勇気に感謝します」という声や「先生の行動が立つことができない私たちの応援になっています」という手紙をもらった。このように生徒や保護者の中には、「君が代」の起立斉唱に反対する者もいる。
処分されたあとは、長い間クラス担任をはずされた。不起立が原因だった。人事考課A評価になっても主任教諭に不合格になった。
「君が代」強制で苦しんでいる生徒たちがいる。生徒たちが自分の判断で行動できるよう闘っていきたい。

<ISさん>(2度処分される)
小学校勤務時代、家族の戦争体験を聞いてくる授業をした。すると、いまでも「日の丸・君が代」に対し拒否反応を示す保護者たちがいた。
その後シンガポール訪問の時、華僑慰霊碑の前でガイドさんは当時の様子を説明した。戦争は終っていないと思った。だから自分は「日の丸・君が代」強制に反対してきた。
「職務命令」を受けたときは、良心が押しつぶされるように感じ、血圧が高くなった。しかし不起立した。
授業を自習にして再発防止研修に出された後、生徒に自習のわけを聞かれ話した。生徒は処分に驚いた。自分は「一人ひとり真剣に考えて欲しい」と話した。
その後、「卒業式はどうするの」と、生徒たちから質問を受けた。卒業式の前日も聞かれた。それに対して自分は「決心がつかない」と答えた。すると生徒たちの中には、「立っちゃえば」という声と、「筋をとおすべきだ」という声があった。
卒業式で、生徒たちと目があった。自分は自然に座った。式後、生徒たちは、「筋を通したんだね」、「処分されるのか・・」と言ってくれた。
その後、家に遊びにきた卒業生が、「先生の仕事って厳しいよな」と言った。
処分されることは身を切られる思いであり、心は深く傷つく。非人間的な「10・23通達」は撤回すべきだ。
その後4人の弁護士が意見陳述に立ったが、いずれも、先日の「1・28予防訴訟高裁判決」を受けて、裁判所の姿勢を強く問うものであった。

最後に陳述した澤藤弁護士は、次のようなことを述べました。
「裁判所の本来の役割は人権を守ることだ。人権が侵されるというのは何よりも国家権力によってだ。裁判所は人権を守る強固な砦とならなければならない。
にもかかわらず、最高裁ピアノ判決以来、右へならいの判決しか書くけなくなっている。
都教委による「日の丸・君が代」強制は、思想良心の核心を侵害するものだ。これにすぐる中心的な課題はない。そのことに目を向けないならば、裁判所の存在意義はない。
「日の丸・君が代」強制は国家主義の復権である。裁判官は身分が保証されている。処分されることもないだろう。しっかりした判決を出して欲しい。」

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「日の丸・君が代」強制は、この春さらに大阪、北海道にも飛び火し、今や日本は、全国的に「天皇制賛美の歌」を子どもたちに強制する国家に逆戻りです。「卒業式・入学式」はまさにそのための儀式となりました。「臣民」育成の場となりました。

戦後65年を経て、名実共に「天皇制国家」の復活です。このような馬鹿げたことを許してはなりません。卒業式に向けて、「国民主権」「民主主義」を守り、子ども・生徒たちを守るための、闘う隊列をともに組みましょう。

『2・6総決起集会』はそのための集会です。

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『2・6総決起集会』のお知らせ



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