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2011/02/25

2011年春の闘い(4)

渡部です。 

昨日(2月21日)、東京地裁で<「君が代」不起立再雇用拒否第二次裁判>第六回審理がありました。

この裁判ではこれまで、弁護士の弁論とともに、「原告の意見陳述」を重視して闘われてきました。

以下は、これまで意見陳述した原告の人数です。

  • 第一回(2009、12、21)ー3人
  • 第二回(2010、3、15)-3人
  • 第三回(2010、6、24)-2人
  • 第四回(2010、9、30)-3人
  • 第五回(2010、12、13)-3人
  • 第六回(2011、2、21)-3人(計17人)

いつも思うことですが、ここには「生きた教師論・教育論」があるということです。 

本日は、今回の<Mさん>の陳述を紹介します。
(一部略しました)

・・・・・・・
私は中学・高校・大学と体操競技に打ち込み、卒業後も大学助手として選手生活を送りました。
日夜練習に励んだ甲斐があって念願の全日本代表選手に選ばれました。
その時から、胸に「日の丸」をつけてオリンピックに出場することが私の人生の目標となりました。
「体操ニッポン」の強豪がひしめく中で外国遠征をしたこともありました。
しかし、不本意ながらケガに悩まされ選手生活を断念するしかありませんでした。
人生の進路を大きく転換せざるをえなくなった私は、父が教員だったこともあり、それまでの生き方に区切りをつけて都立高校の教員になる決意をしました。
オリンピック選手への道は断念したとは言え、「日の丸」を背負って世界の舞台に立とうとしていたことが、私の誇りであることに変わりはありませんでした。

その私が、生徒たちに大きな影響を及ぼしかねない教育という場で、あえて国歌斉唱時に立たないという決意をしました。
そう決意したのは、私の初任校である北豊島工業高校という都立高校での体験であり、そこで培われた教育観が大きいのではないかと思います。

・・北豊島工業高校は、教職員が実におおらかな姿勢で生徒に対応していました。
・・男子が多く多少荒っぽいところもありましたが、管理主義的に上から押さえつけるのではなく、根気強く生徒と話し合い、納得させるという指導をしていました。
鑑別所に入れられた生徒に対しても足を運び家族と一緒になって生徒を支える、そのような指導を行ってきました。
・・・・・・・・・・・・・
また、初めて担任を持ち、修学旅行で広島を訪れ原爆資料館を見学し、生徒がそうであったように教員の私も強い衝撃を受けました。
今思えば恥ずかしいことですが、それまでの私は政治や社会の問題に全く無頓着でした。
・・・・・・・・・・・・・・
ヒットラーのナチスがドイツの国威発揚を意図してベルリンオリンピックを開催したことは有名な話ですが、私はこの頃、平和の祭典であるべきオリンピックが、政治に利用されるという側面があることを書物に触れる中で知りました。
大学時代、無自覚に「日の丸」を背負い、誇りに思っていた私はその自分に顔から火の出るような思いにとらわれました。
もちろん、自然発生的に自国の選手を応援する・・そういう自然発生的な「愛国心」というようなものは否定されるべきものではありません。
しかし、「愛国心」は強制されるものではなく、上から強制することは正しいとは思えません。
日本の過去の侵略戦争やヒトラーの侵略戦争の歴史から、私たちは最低限そのことを学ばなければいけないと思います。

・・私は武道が必修となったとき、
宗教上の理由で「授業に出られない」と訴えてきた生徒に別メニューでの課題を与えたりレポートを作成させることで単位を認定しました。
だから、「10・23通達」を目にしたとき、言いようのないものが腹の底から涌き上がってきました。
「愛国心は強制されるべきものではない」と。

・・・私が起立をしなかったのは、「10・23通達」及び都教委の指導が、過去の戦争経験から愛国心は強制してはならないという私の信条に反し、これを強制するものであり、かつ、生徒に対する教育の自由を完全に奪うものであったからです。

最後に「10・23通達」を契機にして、自由と民主主義を伝統とする都立高校の職場の雰囲気が破壊されてきています。
私はそのことに大きな危機感を抱いていることを、声を大にして訴えたいと思います。
・・・・・・・・・・・・・・・・
その職場を一気に破壊したのが「10・23通達」であり、石原都知事、横山教育長らによる教育行政でした。
東京の教育目標から「憲法と教育基本法に基づく教育」が削除され、都立高校はかつてのエリート校を創るべく、能力主義的なピラミッド型に再編されました。
職場は校長のリーダーシップの確立の名の下、民間企業の手法が最善とばかりに進学指導重点校では「○○大学合格者何名達成」、学力指導困難校では「遅刻者ゼロ達成」など数値目標を達成することだけが学校の経営方針とされ、それに異を唱える教員は戦力外教員として他の学校に異動を余儀なくされるのです。

私はこの書面を書くにあたって、2005年3月28日に放映されたNHKの「クローズアップ現代ー卒業式で何が起きているのかー」の録画ビデオを見ました。
横山教育長が国谷キャスターに「強制はしないんですね!」と再三問われて返答に窮している場面があります。
6年前に放映されたものですが内容は現在もまったく変わることのない新鮮さをもち続けており、悲しい気持ちになりました。
もし、裁判長がご覧になっていないのであれば、ぜひ見ていただきたいと思います。

<次回>は、4月25日(月)15:00~ 103号
また、原告の陳述があります。



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