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2011年3月

2011/03/28

累積加重処分取消裁判を支援する会 ニュース(第24号)

証人尋問に向けて(四)

停職処分取消訴訟(高裁・加藤裁判長)
3・25不当判決

 これは、「日の丸・君が代」不起立・不斉唱により、停職1か月と停職3か月の処分を受けていた2人の処分取消請求訴訟である。一審地裁では処分妥当とする判決が出されていた。3・10高裁(大橋裁判長)では、戒告処分(一部減給)を取消す判決があり、注目されていた。
 加藤裁判長は、原告・控訴人の請求を棄却し一審判決を相当とした。この不当判決の論理展開についていくつか指摘する。

1、「日の丸・君が代」の評価

  判決:「日の丸・君が代が利用された面があったことは過去の歴史的事実ではある。しかし、戦後半世紀以上にわたり、憲法の精神に従った民主的で文化的な国 家建設が行われ、・・現代において、皇国思想や軍国主義的又は極端な国家主義的傾向又はそのような価値観を一方的に押しつける教育は少なくとも公立学校の 教育現場には存在しないと解される。」(下線は近藤)
 ここで想起されるのは新教育基本法の前文冒頭の「我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築 いてきた民主的で文化的な国家」(下線は近藤)と規定された戦後認識である。この手放しの楽観論は共通である。「日の丸・君が代」は“国破れて国体あり” の戦後・現在も国家主義の宣伝に利用されている。国旗・国歌法成立時の国会では「君が代」の「君」は天皇であるとの政府見解が示され、今日まで変更されて いない。何より東京都の学校現場に「価値観を一方的に押しつける教育」の発信が都教委であることを考えれば、国、都教委、裁判所が“狼狽、奸をなす”とも いえる。

2、「日の丸・君が代」に対する一律起立・斉唱について

  判決:「日の丸、君が代にかかわる歴史的事実を踏まえて主体的に対応すべきであるとの立場をとれば論争的主題ということも可能であるが、・・国旗・国歌の 尊重という一定の普遍性のある基礎的知識を付与することは、普通教育の性格上、むしろ必要なことである。このような基礎的知識に属する事項については、反 対の意見や観念がある場合であっても、一方的な一定の理論ないし観念を児童・生徒に教え込むものと評することは失当というほかない。」
 ここに は、「教育は直接の人格的接触を通じ、その個性に応じて行わなければならないという本質的要請」(旭川学テ最高裁判決)についての無理解か、意図的な無視 が表れている。「論争的課題」「反対の意見や観念」があっても国家や行政の方策を強行してよいとするのである。判決は「不起立・不斉唱は子供の学習権を侵 害している」とさえ述べている。

3、停職処分について

判 決:「控訴人らが不起立を繰り返したものである以上、控訴人らによる職務命令違反の非違行為としての評価が量的に加重されたものとなることはやむを得ない ことというべきである。・・停職が重大な不利益処分であることから最大限慎重な配慮を加えても、また控訴人**が真摯な動機の下にかかる行動に出ているこ とを考慮しても、なお同人について処分を加重し、停職3月としたことが、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用、逸脱したものと評価することはでき ない」
 端的に、不起立・不斉唱などの非違行為が累積しているから、処分も加重されて停職まで至るのは妥当というわけである。
 そもそ も、この判決を出した裁判官らは、被処分者の言動についてその背景や目的を考慮せず、非違行為を重ねる犯罪者として扱っている。例えば、「控訴人**は1 か月の停職期間中、・・連日にわたり、生徒が通る校門前で1月の停職処分を受けたことにつき抗議する内容のプラカードを掲げたことが認められる。」とし て、“停職出勤”を曲解している。停職処分中であっても、生徒や教職員との交流をはかり、事実と自らの意思を表明し続けたことをも非違行為としている。そ して「真摯な動機」の具体的な分析はなく、3・10高裁判決(大橋裁判長)とは全く逆の結論を導き出している。

 石原都政と都教委の教育破壊を追及する共同の取り組みを広げよう。

小異を留保して大同につこう

口頭弁論[原告本人尋問] 傍聴よろしく
4/28(木)13時30分 地裁527号  

ニュースへのリンク



2011/03/27

抗議の声を届けてください

根津公子です。

昨日の06年河原井:停職1か月、根津:停職3か月控訴審の判決がありました。あまりに不当な判決でした。

「根津さんの退職前に判決を出してあげよう」(進行協議)とか、「歴史に残る判決を出します」(結審時)と、控訴人側に理解を示すような言葉を発してきた東京高裁加藤新太郎裁判長でしたし、3・10判決が出された後だったので、期待を持ってしまいましたが、現実を改めて見せられました。裁判にお願いするのではなく、現場での闘いを広め、深めていくことこそが、裁判でも勝つ道、と改めて思います。

さて、以下のように北海道でも今年も処分がされそうです。「処分をするな、報告を同教委へあげるな」と抗議と要請をしてください。大至急!

全国の知友人のみなさんへ

「北海道」における「君が代」不起立処分を許さないための緊急のとりくみをお願いします。

ご存知のように「北海道」では、「選挙問題」を口実とした北教組解体攻撃が続けられており、その中心的な攻撃として処分を前提とした「日の丸・君が代」強制攻撃が加えられています。24日で全道各地の「卒業式」はほぼ終えましたが、校長からの個別調査、職命、地教委の式監視など都教委ばりの凄まじい攻撃が吹き荒れています。今後の反転攻勢を図るとして組織防衛を優先した「3ない」(立たない、歌わない、演奏しない)からの戦術ダウンを指示、決定した支部、支会、分会もあります。しかし、その中にあっても、「君が代」不起立を分会決定として決行したり、個人の良心に賭けて不起立を貫く闘いも断固として継続されています。義家ら自民党文教右翼の残存勢力に後押しされた道教委の「完全制圧」のもくろみを打ち砕いています。

アイヌ民族連帯のたたかいと実践を続ける日高の日比野裕司さんは、昨年の「卒・入学式」での不起立で「訓告」処分を受け、北教組が全面的にバックアップして提訴しています。彼は、23日の「卒業式」でも「職務命令」を跳ね返し、教職員席最前列で不起立を貫きました。道教委の処分マニュアルでは、3日以内に「事故速報」の提出、1週間以内に「事故報告」の提出を持って「入学式」前の処分決定を打ち出しています。日比野さんはすでに校長からの「事情聴取」もどきのことを受けているといいます。北教組も組織的な対策はとるものと思われますが、一刻も早く全国から「日比野さんを処分するな!」の声を校長、地教委に届けてください。

文例としては、

  • 日比野さんの「君が代」不起立は憲法19条「思想及び良心の自由」に示された当然の権利の行使であり処分は絶対に認められない。
  • 日比野さんの「君が代」不起立は、精神の自由が存在することを子どもたちに示した何物にも代えられない教育実践であり、称賛されることはあれ処分は絶対に許されない。
  • 「君が代」不起立が責められるべきことではなく、「日の丸・君が代」の強制こそ、その責任を問われるべきであり日比野さんへの処分は論外である。処分策動を即刻停止せよ。
  • 校長、地教委は、処分のための「事故報告書」を作成、報告をするな。

など創意工夫した内容をお願いします。

抗議先

北海道浦河町立堺町小学校 校長 杉本 貢 宛
電話 0146-22-2391、4460  ファクス 0146-22-3601 

北海道浦河町教育委員会 教育委員長 小林則子 教育長 岡内 猛 宛
電話 0146-26-9020  ファクス 0146-22-1240



2011/03/26

2011年春の闘い(31)

渡部です。

本日(3月25日)、東京高裁(加藤裁判長)で<河原井さん・根津さんの06年停職処分>の判決があり、全面棄却でした。

3月10日、「君が代」一次訴訟で東京高裁(大橋裁判長)で勝訴して2週間後、しかも同じ争点であり、加藤裁判長も「歴史的な判決を出す」などと述べていましたので、全面棄却の判決が出るとは多くの人が予想していませんでした。

判決理由は、これまでにもましてひどい内容でした。この判決は段階を画した反動判決と思われますので、以下少し長くなりますが、判決文から引用します。

<争点1>の思想・良心の自由について

「思うに、内心に反する外部的行為の強制が思想及び良心の自由の侵害となることがあり得るとしても、思想及び良心に反することを理由に外部的行為を強制されない自由が一般的に認められるとするならば、適法に課された義務までが一切否定されることになりかねず、社会の秩序を維持することは困難となり、ひいては社会が成り立たなくなる蓋然性がある。したがって、思想及び良心に反することを理由に外部的行為を強制されない自由があるとしても、それは外部的行為の強制がその者の思想及び良心の核心的部分を侵害する結果となる場合に限られるものと解される。」

「戦前のわが国の教育が、国家による強い支配の下で形式的、画一的に流れ、時に軍国主義的又は極端な国家主義的傾向を帯び、この中で日の丸・君が代が利用された面があったことは過去の歴史的事実ではある。しかし、戦後半世紀にわたり、憲法の精神に従った民主的で文化的な国家建設が行われ、個人の尊厳を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するところの普遍的かつ個性豊かな文化の創造をめざす教育が実践されて来ており、現代において、皇国思想や軍国主義的又は極端な国家主義的傾向又はそのような価値観を一方的に押しつける教育は少なくとも公立学校の教育現場には存在しないと解される。
 そうすると、外部的行為である「国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること」の目的が上記のようなものであり、かつ一定の普遍性のある儀礼的なものである以上、これが命じられたとしても控訴人らの思想及び良心の上記核心的部分と直接抵触し、これらを否定することにはなり得ない。すなわち、本件においては、控訴人らの思想及び良心の核心的部分の保持と外部的行為として命じられた行為の拒否とが客観的に密接不可分に結びつくものと評価することはできないのである。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<争点2>不当な支配・教育の自由に関して

「そこで判断するに、現行教育法制上、教育公務員に一般公務員と異なり、特別な法的地位が付与されているとの根拠はない。・・・また、学問の自由を保障した憲法23条及び教育を受ける権利を保障した同法26条は、児童、生徒が適切な教育を受ける権利を保障しているもので児童、生徒に教育する立場にある教師の普通教育の場における個人的人権としての教育の自由を保障したものとは解されない。」

「そこで判断するに、普通教育において指導すべき国旗・国歌に関する基礎的な知識を指導することが必要であること、また、卒業式、入学式などの学校行事を学習指導要領に即して適正に実施する必要があることは前示のとおりであろところ、国歌斉唱の指導を行うべき教員の中に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する教員とそれらを拒否する教員とがいた場合、その指導を受ける児童、生徒としては、国歌斉唱の際に国旗に向かって起立してもいいし、しなくてもよい、国歌を斉唱しなくてもいいし、しなくてもよいと受け取ってしまうこととなり、児童、生徒が国旗・国歌について正しい認識を持ち、国旗・国歌を尊重する態度を学ぶことができなくなる結果を招く。このことは児童、生徒が基礎的知識に属する事項を学ぶ上ではマイナスというほかないから、その意味では児童、生徒の学習権又は教育を受ける権利の侵害に当たると評価せざるを得ないものである。さらに、同時に式に参列する来賓や保護者に不信感を抱かせるとともに、これらの者の中には卒業式や周年行事などの式典において、日の丸を掲揚し、国歌を斉唱することが当然と考える人々も多数おり、それらの人々に対しては、嫌悪感や不快感を生じさせることともなる。このことからすると、本件職務命令である国旗に向かって起立すること、国歌を斉唱することに違反した場合は、児童、生徒の学習権又は教育を受ける権利を侵害する職務命令違反であると同時に信用失墜行為を評価せざるを得ないものである。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

<争点3>裁量権の逸脱・濫用について「控訴人らが行った不起立行為は、公教育を担う教育公務員が、教育課程の一つである特別活動としての卒業式や周年行事の場において、学習指導要領に沿って教育課程を適正に実施するため、また児童、生徒に国旗、国歌に関する基礎的知識を指導すべく児童、生徒の学習権を保障するために発せられた校長の職務命令に違反し、児童、生徒、保護者、来賓その他の学校関係者に違和感ないし嫌悪感を生じさせる職務命令違反行為であると同時に信用失墜行為といわざるを得ないものであるから、重大な非違行為であると評価されてもやむを得ないと解される。」

また、根津さんの3ヶ月加重停職処分に関して次のような記述がある。

「以上のとおり、控訴人根津が、本件処分までに、卒業式における不起立という本件処分の事案と同種の非違行為について、既に、減給(10分の1)6月、停職1月の処分を受けていること、また国旗掲揚及び国歌斉唱に抗議する積極的な行動を続け、これより減給(10分の1)1月から3月の懲戒処分を3回受けており、その他文書による訓告も受けていることなどの考慮すべき事情を総合して判断すれば、停職が重大な不利益処分であることから最大限慎重な配慮を加えても、また控訴人根津が真摯な動機の下にかかる行動に出ていることを考慮しても、なお同人について処分を加重し、停職3月としたことが、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用、逸脱したものと評価することはできないというほかない。」

河原井さんの1ヶ月加重停職処分についても同様です。

そして最後に、次のような訳の分からないようなことが述べてあります。

「なお、以上の判断は、本件各処分が極めて適切かつ合理的であるとの評価を含意するものではない。司法判断としては、上記ウで説示した判断枠組みに依拠して、本件処分を審査し、いずれも処分権者に許容される裁量の範囲の上限というべきであるが、なお裁量権の濫用、逸脱があるとはいえないという評価をしたものであることを付言する。」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以上のようにここには多くの問題点があります。以下とくに問題と思われる部分を抜粋しておきます。

<思想及び良心に反することを理由に外部的行為を強制されない自由があるとしても、それは外部的行為の強制がその者の思想及び良心の核心的部分を侵害する結果となる場合に限られるものと解される>

<現代において、皇国思想や軍国主義的又は極端な国家主義的傾向又はそのような価値観を一方的に押しつける教育は少なくとも公立学校の教育現場には存在しないと解される>

<外部的行為である「国旗に向かって起立し国歌を斉唱すること」の目的が上記のようなものであり、かつ一定の普遍性のある儀礼的なものである>

<現行教育法制上、教育公務員に一般公務員と異なり、特別な法的地位が付与されているとの根拠はない>

<学問の自由を保障した憲法23条及び教育を受ける権利を保障した同法26条は、児童、生徒が適切な教育を受ける権利を保障しているもので児童、生徒に教育する立場にある教師の普通教育の場における個人的人権としての教育の自由を保障したものとは解されない>

<卒業式、入学式 などの学校行事を学習指導要領に即して適正に実施する必要がある>

<児童、生徒の学習権又は教育を受ける権利の侵害に当たると評価せざるを得ないものである>

<本件職務命令である国旗に向かって起立すること、国歌を斉唱することに違反した場合は、児童、生徒の学習権又は教育を受ける権利を侵害する職務命令違反であると同時に信用失墜行為を評価せざるを得ないものであるから、重大な非違行為であると評価されてもやむを得ないと解される>

裁判所は、もはや「憲法の番人」ではなく、「政府・文科省・都教委の番人」に成り下がっています。しかし、人々の「民主主義」「民主教育」を闘いは続いています。今年度、根津さんは卒業式に参加できず不起立できませんでしたが、それでも不起立者は出ており、しかも新しい不起立者も複数出ているのです!!。



2011年春の闘い(30)

渡部です。

東日本大震災について、「大阪にとって天の恵みというと言葉が悪いが、本当にこの地震が起こってよかった」と発言(3月20日)した長田義明府議会議長に対し、自民党府議団は23日、除団処分とした上で議長辞職を勧告した。

彼は本日(3月24日)記者会見し謝罪した上、近く議長職の辞職願いを提出するという。

石原の「天罰」発言に対して東京都の自民党会派は、辞職勧告どころか、その反対のことをやっている。

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本日、都立高校最後のビラまきがありました。以下はその報告です。

<HT真高校>
昼夜間定時制とかで、交通事情などもからみ午後の卒業式です。

1時    生徒登校(卒業生のみ)
2時    4年生卒業式 開始
3時20分 3年生卒業式 開始

ということなので、12時過ぎに行きました。

生徒はまだまだきません。職員と覚しき人が近づいてきて「去年は2人でしたね。今年は?」となれなれしく話しかけてきます。「歩行者のじゃまにならないようにお願いします。」程度の他の学校とは何か違います。

その人がその後、校内に入ったり、しばらくしてから外に出て行ったりを数回繰り返します。途中で「写真を撮らせてください」とカメラを向けますので「やめてください」と後を向きました。

独り言のように「報告をしなくては」みたいなことを言います。「私にも肖像権があります」というと「そうですね」この人はいったい何だろう。(おそらく公安だと思います:渡部)

さて、生徒は不思議なくらいにぽつりぽつりとしかきません。1時過ぎから保護者もぽつりぽつりきました。受け取る率は悪くはないのですが、何せ少なすぎます。2時半前後に保護者が少し多くきましたが、それにしても・・・で、寒さと疲れで3時に切り上げました。

150枚の配布です。体育館が地震でヒビが入ったとかで、別の部屋で式をするそうです。校門に日の丸1本、校庭に旗3本あがっていましたがすべて半旗になっています。震災被害者への配慮でしょうか。

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本日、東京地裁で、三鷹高校土肥元校長の裁判があり、被告(都教委)側の最終証人尋問でした。

証人は以下の通りです(役職名は全て当時)

  • 増田氏(指導主事)
  • 古川氏(学務部 課長)
  • 田中氏(人事部 職員課長)
  • 園田氏(人事部 選考課長)

午前中の増田氏の尋問は聞けませんでしたが、午後の残りの3人は聞くことができました。そのなかで印象に残ったことを紹介します。

土肥元校長は退職後の非常勤講師を希望しました。それに対して、人事部職員課が「推薦書」というものを人事部選考課に資料として上げました。しかし、その「推薦書」では、<職務遂行能力><組織・支援><仕事の成果><職務の理解・実践力>など、すべて(ABCの三段階のうち)「C」評価で、総合評価も「C」評価でした。

これに対し、高橋弁護士は、「具体的にどのような事実を把握した上でCと言う評価をつけたのか」と、項目ごとに問いただしました。

すると田中証人は、ことごとく具体的な事実は「把握していない」と答えざるを得ませんでした。要するに都教委と見解が違う件で、都教委に従わなかったというだけで「C」評価になったということが浮き彫りにされたのです。

尋問はその他の問題も含め延々と続きました。

最後に青野裁判長は、次のことを園田氏に質問しました。

  1. 非常勤講師の人数枠はあったのか。特に問題がなければみんな採用したのか。
  2. 選考方法にある判断項目(・推薦書の評価、・面接官2名による評価、・過去の業績評価、・懲戒処分歴、・病休・欠勤状況など)のうち一つでも「C」があれば駄目というのか。

それに対し、園田氏は、

  1. 人数枠はなかった。誰も(不合格)に該当しなければありうる。
  2. 他に「A」評価などがあれば、総合的に判断して合格もありうる。

と答えました。

次回は、4月7日(木)13:30~ 527号室 土肥元校長の本人尋問です。



2011/03/25

22日のお礼と25日の控訴審判決法廷の傍聴のお願い

根津公子です。

昨夜お送りしたところ、文字化けを起こしていたようですので、再度お送りします。

今日の都庁前アクション・アンサンブル・アンコールは、私が卒業式に出られなくなるという状況の変化があったにもかかわらず、大勢の方が駆けつけてくださり、都教委にこちらの姿勢をしっかり示すことができたと思います。皆さん、ありがとうございました。
今日の報告について書こうかと思いながら帰宅しましたら、いつものように渡部さんが既に報告をMLで流してくれていましたので、まだそれをご覧になっていない方のために、後ろに貼り付けます。
http://kaikosasenaikai.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/index.html#entry-67576890

さて、25日には06年度河原井(停職1か月)、根津(停職3か月)の控訴審判決が下されます。傍聴と報告集会にご参加くださいますよう、訴えます。

25日(金)13:30 東京高裁424号法廷
その後、記者会見、
そして、16:30~ 報告集会 TKP新橋ビジネスセンター カンファレンスルーム4C(港区新橋1-1-1 日比谷ビルディング3階4階)

先日の逆転勝訴判決のようないい判決が出るか、ドキドキです。



2011/03/23

2011年春の闘い(29)

渡部です。

本日(3月22日)、夕方、都庁前で、<都庁前アクション・アンサンブル・アンコール>が行われ、約60人が参加しました。

包囲ネットでは、これに先立ち約30分間、『石原都知事は、都民と被災者に謝罪し、即刻辞任せよ!』というビラをまき、宣伝しました。

集会では、根津さんの勤務する「あきるの学園」の小中学部の卒業式(24日)が、JR五日市線の運休による臨時休校の影響で、高等部の卒業式(23日)に組み入れての合同卒業式となり、全員が入る大きさの体育館ではないので、小中学部は参加できなくなり、彼女は最後の卒業式に参加できないことになったことが報告されました。

その報告の中で根津さんは本日校長から出された「職務命令書」を紹介しました。それには以下の4つの命令が記されていました。

  1. 当日、教職員は全員勤務し、別紙『第14回 あきるの学園卒業式授与式 実施要項』による役割分担に従い、職務を適正に遂行すること。
  2. 学習指導要領に基づき、適正に児童・生徒を指導すること。
  3. 式典に参加しない学部、学部、学年の教員は、各教室において、児童・生徒の指導に専念すること。
  4. 式典の実施に際して妨害行為・発言をしないこと。

このような「職務命令」を発しなければできない「卒業式」とは一体何なのでしょうか。まさに、「日の丸・君が代」強制のための、それに対する忠誠心を確認するための、卒業式以外の何物でもありません。

また、今回は「3」が付け加わったとのことです。根津さんを狙ってのものであることは明らかですが、こんなことにまで「職務命令」を出す異常さ。ならば毎日「各教室において、児童・生徒の指導に専念すること」という「職務命令」を出せばいい。

彼らは一体何を恐れているのでしょうか。他でもない「日の丸・君が代」強制に疑問を持つ生徒・保護者が出ることを恐れているのです。

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その後、第二庁舎で「要請行動」が行われ、12の団体・個人が要請しました。

要請に入る前に、「この間何度も要請しているが一回もまともな回答がない」として、参加者から大きな怒りの声が上がり、会場はしばし騒然となりました。

また、今回はほとんどの団体・個人の要請書が石原の「天罰」発言を糾弾する内容を含んでいました。

ここでは、琉球大学名誉教授の高嶋伸欣さんの「要請書」の主要部分を紹介します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

・・・貴委員会はこれまでの「日の丸・君が代」関連の行政において、今回の石原発言と軌を一にしているとみなされてもやむをえません。

・・まず日本は台風、地震、津波等による自然災害の世界的中心であると強調し、それらの災害を教訓とすることで世界に類例のない優秀な精神文化を修得したのだから、アジアの盟主となるのは当然だとする政治地理学(地政学)の非科学的で人権思想のない差別的な論理によって、日本軍のアジア侵略を正当化した事実が存在していることです。

 大災害が日本社会を精神的に鍛え直すのだとして、大災害を日本人の精神及び思想の改変の好機とする認識で、このアジア侵略正当化の論理と石原知事発言は、同根のものです。ちなみに、この日本の地政学はナチスの侵略正当化のために用いられたドイツ地政学を模倣して当時の日本陸軍と一部学者が日本流に組み替えたものです。その組み替え部分の一つが、この「災害進化論」です。

現在のドイツではこうしたナチスの論理を展開することは、社会的に許されていません。にもかかわらず、日本では首都東京の知事が公然と発言し、批判されても撤回と謝罪だけで済まそうとしているわけです。

 次いで、ドイツの地政学とは別に日本の地政学者が独自に追加したのが、「日の丸」は世界最優秀の旗というこじつけです。日本地政学界会長でもあった小牧實繁氏(京都帝国大学教授)の著書『日本地政学』(大日本雄弁会講談社 1942年)には、日本が世界の中心であるとする理由の一つとして「日の丸」が国旗であることを強調しています。

そこでは、「アメリカがかつて日本から、日出づるところの国の象徴日章旗を購わんとしてその意を果たさず結局夜の国の象徴星条旗の制定をもって満足しなければならなかった」などといつわりの説明をした上で、「日出づるところの国」日本は「人類最高の文化の正統的伝統者」である「現人神にまします万世一系の天皇」のありがたくもかしこい威厳が「日本より西のヨーロッパにおよんだことを示すものにほかならない」と権威づけています。

戦時中に「日の丸」を歪曲美化した地政学の論理は、戦後も日本の地理学界で検証、総括などされることなく、「災害進化論」などと共に生き延びています。・・・・
「日の丸」についても、清水(馨八郎)氏は次のように述べています。「外国の多くの国旗には農業生産力に直接関係のない星や月をかたどったものが多い。アメリカもソ連も中国もイスラエルもチリも星の国旗である。太陽と星とでは、明暗がまるで対照的である。国家の理想に太陽を意識する国と夜の星を意識する国とでは、歴史、文化、社会の成り立ちが根本的に違うとみてよいのではなかろうか」と。(『ニッポン再発見』日刊工業新聞社 1981年)

ことばは思想です。小説家でもある石原都知事が今回発した暴言は、状況判断によって表面的な撤回と謝罪をしただけであって、思想の転換、改心をした気配はまるでありません。こうした思想の持ち主による人事権の行使によって指名・選任された東京都教育委員各位は、石原氏と相通じる思想を持って「日の丸・君が代」に関する教育行政行為をこれまでに執行させてきたのではないかとの疑いを、私たちは持たざるをえません。・・・・・・・・・・

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

要請行動は、17:30頃から19時20分頃まで行われました。



3.22要請文

                                      2011年3月22日
東京都教育委員会
 委員長 木村 孟  殿
 教育長 大原 正行 殿  
 教育委員     各位
                          琉球大学名誉教授 高 嶋 伸 欣
                                   東京都杉並区在住

                    要 請 書

私は先の3月9日付要請書において、貴委員会が、2010年度卒業式を含め、東京都立諸学校での教育活動について、「日の丸・君が代(国旗・国歌)」の取り扱い及び位置づけに関した校長職などによる個別職務命令書等の伝達など、指示している件に関し、それらが改定学校教育法第21条の規定に抵触し、さらには「旭川学力テスト事件」の最高裁判所大法廷判決(1976年5月21日)が例示した憲法違反に相当する職務執行行為であると指摘し、そうした違憲・違法行為の即刻中止とこれまでの指示等の撤回、及びこの間に誇りと権利を侵害された人々への謝罪、名誉回復と損害の補償をすみやかに実施されるべきであると要請しました。
その後、本日までの2週間の内に、上記の要請をさらにくり返すべき事態が判明しましたので、ここに改めて下記の理由を掲げ、前回同様に一連の指示等の撤回と関係者への謝罪などを要請します。

〈 理由 〉
1.3月14日石原慎太郎都知事は今回の東北関東大震災(東日本大震災)について「津波は天罰だと思う」旨の発言をしたと報道され、一旦は、撤回はしないとしたものの、翌日には被害者の心情を傷つける不適切な発言だったとして謝罪し、撤回しました。しかし、この発言は、こうした理由で撤回すれば済むものではありません。単に関係者の心情を傷つけたという程度の問題ではないからです。第1に権力の座、行政組織の長の座にある者が、日頃の私的見解の裏付けとして、大災害がまるで望ましく好ましい機会であるかの如く、もてはやすのは、厳にいましめられるべきことのはずです。
 このような人物が人事権を行使してきた東京都教育委員会は、当然のことながら、こうした不当な言動か
らは、これまで自立した存在でありえたのかという疑問が浮上します。この点で結論を先に指摘するならば
貴委員会のこれまでの「日の丸・君が代」関連の行政において、今回の石原発言と軌を一にしているとみな
されてもやむをえません。

2.その結論の端緒は、まず日本は台風、地震、津波等による自然災害の世界的中心であると強調し、それらの災害を教訓とすることで世界に類例のない優秀な精神文化を修得したのだから、アジアの盟主となるのは当然だとする政治心理学の非科学的で人権思想のない差別的な論理によって、日本軍のアジア侵略を正当化した事実が存在していることです。
  大災害が日本社会を精神的に鍛え直すのだとして、大災害を日本人の精神及び思想の改変の好機とする認識で、このアジア侵略正当化の論理と石原知事発言は、同根のものです。ちなみに、この日本の地政学はナチの侵略正当化のために用いられたドイツ地政学を模倣して当時の日本陸軍の一部学者が日本流に組み替えたものです。その組み替え部分の一つが、この「災害進化論」です。現在のドイツではこうしたナチスの論理を展開することは、社会的に許されていません。にもかかわらず、日本では首都東京の知事が公然と発言し、批判されても撤回と謝罪だけで済まそうとしているわけです。

3.次いで、ドイツの地政学とは別に日本の地政学者が独自に追加したのが、「日の丸」は世界最優秀の旗というこじつけです。日本地政学会会長でもあった小牧實繁氏の著書『日本地政学』(大日本雄弁会講談社1942年)には、日本が世界の中心であるとの理由の一つとして「日の丸」が国旗であることを強調しています。そこでは、「アメリカがかつて日本から、日出づるところの国の象徴日章旗を購わんとしてその意を果たさず結局夜の国の象徴星条旗の制度をもって満足しなければならなかった」などといつわりの説明をした上で、「日出づるところの国」日本は「人類最高の文化の正統的伝統者」である「現人神にまします万世一系の天皇」のありがたくもかしこい威厳が「日本より西の方ヨーロッパにおよんだことを示すものにほかならない」と権威づけています。

4.戦時中に「日の丸」を歪曲美化した地政学の論理は、戦後も日本の地理学界で検証、総括などされることなく、「災害進化論」などと共に生き延びています。戦時中に東京文理科大学(後の東京教育大学、現在の筑波大学)で地理学を専攻した後に海兵学校の教官となった清水馨(けい)八郎氏は、戦後に国立千葉大学で定年まで地理学の講義を担当し、「災害進化論」どころか「災害待望論」までも主張していたことが、その講義内容をまとめた数々の著作で明らかです。
  「日の丸」についても、清水氏は次のように述べています。「外国の多くの国旗には農業生産力に直接関係のない星や月をかたどったものが多い。アメリカもソ連も中国もイスラエルもチリも星の国旗である。太陽と星とでは、明暗がまるで対照的である。国家の理想に常に太陽を意識する国と夜の星を意識する国とでは、歴史、文化、社会の成り立ちが根本的に違うとみてよいのではなかろうか」と(『ニッポン再発見』日刊工業新聞社1981年)

5.ことばは思想です。小説家でもある石原都知事が今回発した暴言は、状況判断によって表面的な撤回と謝罪をしただけであって思想の転換、改心をした気配はまるでありません。こうした思想の持ち主による人事権の行使によって指名・選任された東京都教育委員各位は、石原氏と相通じる思想を持って「日の丸・君が代」に関する教育行政行為をこれまでに執行させてきたのではないかとの疑いを、私たちは持たざるをえません。

6.法律論以前のこととして、反社会的、反人道的な石原都知事の思想とは明らかに異なっているということを、教育委員各位が明確に示したいとされるのであるならば、上記1~5のように「日の丸」がそぞろ侵略の論理として悪用され、今もその論理が生き延びていることを、学校教育の場で教師が児童生徒に語るに、何の規制もない教育行政を執行させるべきです。

7.しかし、これまで12年間の石原都政下では、これと逆行する教育行政が続けられてきました。その不当性が奇しくも今回の石原知事発言で上記の通り明白になったのですから、今度こそ東京都教育委員会は、一連の「日の丸・君が代」などに関する指示等をすみやかに撤回し、是正策を講じるべきです。 

                                以上 要請します。


要請文のダウンロード



2011/03/21

2011年春の闘い(28)

渡部です。

包囲ネットでは、石原の「天罰」発言を暴露・糾弾し、石原辞任を要求するビラを、河原井さん・根津さんらの「都庁前アクション・アンサンブル」に合わせて行うことにしました。来られる方は是非参加して下さい。

<日時>3月22日(火) 午後4時から
    (アクション・アンサンブルは4時30分からなので
     その前からやりたいと考えています)
<場所>都庁の第一と第二庁舎の間の歩道

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卒業式ビラまき続報です。
葛飾区の方からです。

(葛飾区内の高校卒業式一覧表
(君が代に反対する首都圏ネットのビラまき)

(3月2日)
夕方
<K商業高校(定)>
担当者が「構内に入いらないように自転車事故もあるので」と発言

(3月4日)
早朝
<K商業高校(全)>
受け取りはまあまあ

夕方
<MK高校(定)>
「元気がよい」と言うのが参加者の声

(3月5日)
夕方
<N産高校(定)> 3名
元卒業生がビラまきに入った。15名が卒業するが5名は別途終了で少ない

(3月11日)
早朝
<K野高校> 2名
 第二次の原告が挨拶に来て良かった。学校側は式の時間等余り話さない態度

夕方
<H所工業高校(定)
(地震で中止)

(3月12日)
<K総合高校>
  2名で現地にいったが地震で中止

  • 新しい出会いがあり(昨年はH所工業高校で、今年はK野高校で)、意義はあると考えています。
  • ただし、当日のビラのため生徒が判断するのは大変と考えています(もっと早くやることも考えられる)
  • 私たち「国鉄闘争支援葛飾地区連絡協議会」としては、領域的には違いますが、今日の状況のなかで重要な課題として会員に参加を呼びかけている
  • とにかく日の丸君が代の問題を生徒(また保護者)に提起する場としては良いと考えます


2011/03/20

22日の都庁前アクション・アンサンブル・アンコールにご参加ください

根津公子です。

参加の呼びかけですが、ご参加が無理だとわかっている方にも、近況をお知らせするつもりでお送りします。

★都庁前アクション・アンサンブル・アンコールにご参加ください。
    3月22日(火) 16:30~

 要請行動17:30~ 都庁第2庁舎 10階 207会議室
 北村小夜さん(障害児を普通学級に・全国連絡会)、高嶋伸欣さん(琉球大名誉教授)が来てくださいます。
 (*要請文提出にもご協力お願いします。なお、要請文は3部をご用意下さい)

 根津が中学校に在職した最後の地区で所属した町田教組や東京教組の各単組、現在
所属する都障労組、それに、河原井・根津らの「君が代」解雇をさせない会、賛同してくださった団体・個人が、9日、都庁前アクションアンサンブルを行いました。60人の参加で、アピールと要請行動を行いました。高嶋伸欣さんも駆けつけてくださり、学者の指摘が加わって、中身の濃い要請行動となりました。
 高嶋さんは、学校教育法が、義務教育の章で小学生の段階から「公正な判断力」「思考力」を育むことを求めていることを示し、都教委の「日の丸・君が代」の職務執行はそれに違反することを指摘されました(高嶋さんが出された要請書はこちらで見られます。http://kaikosasenaikai.cocolog-nifty.com/blog/2011/03/index.html#entry-67499582 )。
 要請行動の中で質問書を出した団体・個人には、回答にならない「回答」が届いています。

 さて、その第2弾を上記のように22日に行います。多くの皆様のご参加を呼び掛けます。

 実は、昨日、私の勤務校あきる野学園の来週の予定がJR五日市線の運休(拝島駅以西は青梅線、五日市線とも1日6時間の運休なのです)に伴い、変更になりました。24、25日は臨時休校となり、24日に予定していた小中学部の卒業式は、23日の高等部の卒業式に組み入れて合同の卒業式を行うことになりました。その卒業式も午後の運休に合わせて、1時間で切り上げるというものです。また、全員が入る大きさの体育館ではないので、小中学部は参加できなくなりました。したがって、私は卒業式に参加できないことになりました。
 2004年当時、「3回不起立したら免職にする」と豪語していた都教委に対し、分限免職を発動できなかったという実績をこの後の人たちに残したいと思っていました。その機会がなくなったのは、残念です。

 私の置かれた状況は変わりましたが、前回の要請時に出した質問への回答をめぐって、質すこともあります。また、今年の卒業式でも不起立された方がいると聞きますので、「処分をするな」「10・23通達を撤回せよ」と要求もしたいです。そこで、このような内容で、22日予定通り、要請行動も都庁前でのアピールも行います。
 ご参加の程、よろしくお願いします。



2011/03/19

2011年春の闘い(27)

渡部です。

ビラまきの続報です。
とくに、3月11日の<K北高校>と3月19日の<F森高校>はいろいろなことを考えさせてくれます。

(3月5日)
<O大森高校>
先生からチラシを20枚くださいと言われたので渡しました。警察(大崎署)が「ビラをくれ」と言ってきた。→断る。「日の丸・君が代」強制に反対する大田市民の会が4名で独自のビラをまいた。

(3月11日)
<O崎高校>
教員が5名、校門の内側にいた。敷地内に入るな、生徒に渡すなと言ってきた。包囲ネットビラは2名でまく。「日の丸・君が代」強制に反対する大田市民の会は2名で独自のビラをまいた。

<K北高校>
8:00~10:00 三人でビラまきを行ないました。

撒き始めてすぐに例年見ない人物が近づいてきたので役職を聞いたところ、「副校長」だと言う。たぶんどこの学校でも必ず口にする「敷地内には入らないでください。敷地内でまかないでください。生徒には撒かないでください」という、マニュアルのごとき言葉を言ってきました。

「受け取るのは生徒の皆さんの自由です」「どうして撒いてはいけないのか」と言ったところ、「ありえない!」と思えることを言ってきたのです。

それは「うちの生徒は非常に‘なってない‘‘わるい‘生徒ばかりで、だから駅前でビラをもらってその辺にポイポイ捨てる。そのたびに駅から苦情が来くる。だからビラを撒いていたところに苦情をまわしている。このビラも苦情がきたら、そちらに回します。いいですね?」 …。

かりにも自分の生徒を‘なってない‘だの‘わるい‘だの真顔で言いますか?生徒とビラを撒いていた側に責任を押し付け、書いてある内容には一切触れない学校側の姿勢にあきれました。

それと今年は小さい「日の丸」をポールにつけて門の横にガムテープで貼り、記念写真を撮ると「卒業証書授与式」の看板と「日の丸」が強制的に写るようにしてありました。

最後まで妨害はありませんでしたが、常に三人の教員が門前に立って監視しているようでした。ビラは、頑なにぎゅっと手を握り締めて通り過ぎる生徒と興味深げに受け取る生徒があり、例年よりは受け取りがよかった気がします。

保護者はほぼ受け取りましたが、中には返してくる方もいました。送っていただいたビラ250枚ほどでしょうか、ほぼ撒ききりました。

(3月19日)
<F森高校>
震災・交通混乱により1週間卒業式を延期したF森高校に行きました。家から5分あれば職員室まで行ける高校です。

8時前に校門前にビラをもって立つと校長と覚しき人が少し強めに「生徒に渡さないでください」「敷地内に・・」といいますので、「生徒に渡すためにきました」「じゅうぶんに注意します」と応えました。

「何かあったら警察を呼びます」といいますので「よんでください」(今時は制服警官ならいてもらった方がある面しやすい気がします。)

ぽつりぽつり来る生徒の受け取りは、まあまあ、かな、というところか。

気づくと校門から10mくらい奥のところにゴミ箱が一つ、7名くらいの教員が立っていて生徒に捨てさせています。「生徒の知る権利を奪わないでください」というと「生徒が自主的にいらない、から捨てているんだ」などとけんか腰でいう教員がいます。とりあえずは「わかりました」と応え、「生徒の知る権利は尊重してください」で終わっておきました。

その後はそれほどしつこく生徒に捨てさせてはいないようでした。その後生徒の登校も多くなり保護者も来るようになり、怖そうな教員は他の箇所に行きで、捨てる生徒はほとんどいなくなりました。

一人、保護者と思われるおじさん、渡したビラを3mくらい歩いてから道に捨てていました。マナーがなってない人なんですね。

10時までで、判決記事とセット40枚、ビラのみ290枚合計330枚くらい撒くことができました。

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大震災と原発事故の陰で以下のようなことが次々と進められています。

①3月8日、橋下徹大阪府知事は大阪朝鮮高級学校に対して、2010年度は

  • 私立外国人学校振興補助金
  • 「私立高等学校等授業料支援補助金」

を支給しない方針を明らかにした。

②3月15日、厚生労働省は、<計画停電に伴う休業について「無給」を認める旨の通達>を出した。 
 [平成23年3月15日・基監発0315第1号]
 厚生労働省労働基準局監督課長発、都道府県労働局労働基準監督課長宛

「計画停電の時間帯における事業場に電力が供給されないことを理由とする休業については、原則として(労働基準)法第26条の使用者の責めに帰すべき事由による休業には該当しないこと」

一方で、何兆円ものお金が湯水のように金融市場安定のために使われ、米軍への思いやり予算をやめるという話もない。



2011年春の闘い(26)

渡部です。

本日(3月18日)、東京地裁で、「君が代」裁判・三次訴訟の第四回口頭弁論がありました。

今回の法廷では、二人の弁護士が、都教委側から出された「答弁書」(訴状に対する反論書面:7月7日付け)に対する反論を展開しました。

(私は傍聴できませんでした)

反論の「準備書面」によると反論は大きく以下の二点について詳細になされています。

  1. 「本件通達発出の背景とその後の状況」に対する反論
  2. 憲法20条(信教の自由、国の宗教活動の禁止)についての反論及び追加主張

報告集会では、今後の裁判闘争の進め方について、率直な意見交換が行われました。

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高裁判決(3月10日)の翌日(3月11日:大地震)の午前中、私の「現代社会」(1年)のテストがありました。それに<最近のニュースを紹介し、解説せよ>という問題を出しました。すると解答の中に以下のようなものがありました。
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卒業式などの君が代斉唱は日の丸を向き立って歌うとした東京都教委の通達にいはんしたとして懲戒処分を受けた都立高校の教職員168人が処分取り消しといしゃ料を求めたそしょうのこうそ審判決が10日東京高裁で行われ、請求を棄却した一審東京地裁判決を変更し処分の取り消しを言い渡した。東京都教委が通達した2003年以降処分が取り消されたのははじめてのことである。しかし通達にかんしては「合憲で適法」としていしゃ料請求は棄きゃくした。授業で国歌について学んでから私自身とても興味のあるこのニュース。君が代の意味を知らずに歌っているのはもちろん、歌いたくないと思っている人が強制的に歌わされてることは本当に大きな問題だと私は考える。なので、この判決は国民が国歌について考える一歩になればと思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
国歌斉唱について。
先日、ニュースで国歌斉唱について取り上げられていた。先生に国歌について教えてもらったばっかで興味がひかれた。このニュースは、都立高校の教職員が、国歌斉唱の際に国旗に向かって立たなかったことを起訴され、教職員らは取り消しを起訴し、勝訴したということだった。私は授業で君が代についてたくさんはじめて知ったことがあった。いつもなら、そして君が代を意味も知らずに歌わされている人なら、聞き流すであろう。やはり義務教育中に、君が代の現状を子どもに理解させることは重要だと思う。今回のこのニュースは、君が代をよく知らない人にとても良い機会を与えてくれたと私は思っている。ただ歌うだけではなく、世の中にはこのように国歌の改正を強く願う人がいるということを。



2011年春の闘い(25)

渡部です。

本日(3月17日)東京地裁で、午前・午後に渡り、土肥元三鷹高校校長の裁判がありました。本日は、以下の証人尋問でした。( )は同時の役職。

  1.  小山氏(中部学校経営支援センター副参事)
  2.  加藤氏(学務部課長)
  3.  守屋氏(指導部高等学校指導課長)

私は午前の①の証人尋問を傍聴しました。一番印象的だったのは次のことです。

ある高校の文化祭で「外部の方」より沖縄戦の展示について、「一方的な考え方のもので中立性に欠ける」という指摘を受けたというので、小山氏が校長会の場で校長たちに、「公正中立が求められる。いろいろな考え方を提示すべきである。校長は事前に見て内容を確認、必要があれば補足的なものをやっていただきたい」と説明したというのです。

しかし、「日の丸・君が代」を「一方的」に、「いろいろな考え方を提示」することもなく強制しているのは他でもない都教委なのです。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

午後から都庁で、「君が代」裁判高裁判決を受け入れ上告するな! という行動に参加しました(約40名)。

第一庁舎ロビー集合でした。私は模造紙に、
 「被災者への最大の冒涜
    ”天罰”発言
  石原は 即刻 辞めろ」、と書いて持って行きました。
すると包囲ネットのA氏も
 「石原都知事の天罰発言糾弾!」
というプラカードを持ってきました。

二人がロビーでそれを持っていると、警備の係りの人が数人来て、「庁舎内でやらないでくれ」といいます。そこで、二人は「石原が”天罰”などと言わなければわれわれはこんなことをしない。あなた達もそう思うだろう」と言い、そこに集合していた人たちも一緒に強く抗議しました。すると、「気持ちは分るがとにかくやめてくれ」と言います。

ある警備人は私に、「じつはこの間新潟で自分の子どもが生まれた」と言ってきましたので、「それはおめでとう。すぐに特別休暇をもらって帰らなくていいのかい」などと、要請行動に移るまで少しやり取りしました。

また、被処分者の会のH氏は、『知事への提言』という文書を一都民として届けてきたということでした。そこには次のようなことが書いてありました。

「今回の大地震の災害で多くの国民が犠牲になり、悲惨な状況を『天罰である』と暴言を吐いた。弱者や災害で苦しむ人々への優しさ、思いやりゼロの貧しい人格、傲慢な君こそ政治家の資格はない。君の数々の蛮行・暴言こそ『天罰』に値する。ただちに知事を辞めるべきだ!」

要請行動(教育情報課2人相手)では、2人の弁護士を含め10人近くの方から、判決を受け入れ上告しないよう求める発言が相次ぎました。包囲ネットは、卒業式でまいたビラについて「なぜ生徒にまくなというのか」と質し、「みんなで読むように」と25枚ほどビラを渡しました。

またすでに今年度も不起立者が出ているが、「処分するな」ということも要求されました。さらに、3月24日が上告期限なので、3月22日まで回答するよう強く要求されました。

終了後、私とA氏は二人で、第一庁舎前の都知事室が見える広場で、模造紙やプラカードを掲げ、大声で都知事に抗議し、その後、新宿駅西口でも街頭宣伝しました。



2011/03/18

累積加重処分取消裁判を支援する会 ニュース(第23号)

証人尋問に向けて(三)

都教委の強制・処分==>現場の分裂・自由の圧殺

 「日の丸・君が代」の一律起立・斉唱・伴奏を強制する「10.23通達」は、学校現場の分裂を引き起こしている。
 3.10高裁・大橋判決は次のように述べる。
  「儀式的行事において、他国の国旗が掲揚され、その国の国歌が演奏される際に、参加者が国旗に向かって起立することが、その国に対する忠誠を誓う意味を持 たないことは、明らかであることに照らせば、『君が代』斉唱に際して『日の丸』に向かって起立すること自体は、日本国に対する忠誠を誓う趣旨を含むという ことはできない」
 これは都教委の見解を引き写している。学校教育の卒業式や入学式を「儀式的行事」一般として、あたかもそれが重大な論争的問題 ではないかのように描く。教材としていくつかの見解を提示して議論する指導・学習を進めるのが当然であり、卒業式などで有無を言わせぬ外部行為をさせるこ とは反教育的であり、教化である。これを受けた校長が職務命令を発すること、違反者を報告し処分することは学校現場を分裂させている。さらには、勤務評定 を背景として現場の言論を封じることは、自由の圧殺である。

教育の自由を追求する広範な共同行動を

  「日の丸・君が代」強制・処分に反対する裁判と多様な運動、学校現場の言論、表現の自由を目指す取り組み、不当な分限免職の撤回を求める運動などが全国的 に起こされている。現段階では最も強烈な大弾圧を受けている東京都の関係者は、これらの運動を飛躍的に進める共同戦線を形成する必要がある。
 ここには、職場でのセクハラなどの不当労働行為に反対する運動や教科書問題を取り組んでいる方々とも相互支援の輪を広げる必要がある。教育問題は急速に国民的重要課題に浮かび上がっている。

口頭弁論4/28(木)13時30分   地裁527号 傍聴よろしく

ニュースへのリンク



2011/03/17

高嶋伸欣さん要請書

                               2011年3月9日
東京都教育委員会
 委員長 木村 孟  殿
 教育長 大原 正行 殿  
                  琉球大学名誉教授 高 嶋 伸 欣
                             東京都杉並区在住

                    要 請 書

 貴委員会が、2010年度卒業式を含め、東京都立諸学校での教育活動について、「日の丸・君が代(国旗・国歌)」の取り扱い及び位置づけに関した校長職による個別職務命令書等の伝達などを、指示している点に対し、以下の根拠をもって、私は反対します。さらに、こうしたこれまでの指示を早急に撤回し、この間に誇りと権利を侵害された人々の名誉回復と損害の補償をすみやかに実施されることを、ここに要請します。

〈 理由 〉

  1. 教育基本法の全面改訂に合わせて大幅に改正された現行学校教育法に於いては、新たに「第2章・義務教育」の条項が設けられ、その第21条で10項にわたって列記した〈義務教育の目標〉の第1項において「公正な判断力」育成が明記されています。この目標達成のためには、複数の見解・解釈等を児童・生徒に提示することが必須条件であることを、東京都教育委員会自身が東京地裁の法廷に提出した文書(2007年9月27日、平成18年(行ウ)第478号事件「準備書面(3)」)において明確に指摘しています。
     学校教育は、教科教育だけでなく課外活動、特別教育活動などを通じて実施されるものであり、卒業式・入学式等の儀式においても、学校教育法の規定を遵守した教育の実施を保障する教育行政が義務づけられているはずです。
     学校教育法は、国会審議を経て制定された法規であり、文部科学省による官報告示によってのみ法的拘束力を有するとされている学習指導要領よりも上位の法規です。
     その上位の法規の規定に照らして不整合の状況を生じさせている学習指導要領の解釈と運用を強行している貴教育委員会の行政行為は職権乱用であり、違法です。この認定は、第3次 家永教科書裁判の東京高裁川上裁判長判決〈1993.10.20〉において示された判断基準であり、この基準に対して文部省(当時)はなんら反論できず、同裁判の最高裁判決(1997.8.29)においても、この判断基準によって国側の敗訴を確定させられ、国側は家永氏に対して国庫から40万円の賠償金を支払わせられたものです。

  2. ちなみに、上記改正学校教育法は2007年に改正施行されたものです。にもかかわらず、東京都教育委員会は、第21条が新設された事態に即した対応を「日の丸・君が代」に関する教育行政において今日まで実行されていない点において、不作為の責任を問われかねません。早急に是正措置が必要であると思料されます。

  3. また、上記、2の件は前出1で言及した東京高裁川上判決が職権乱用による違法行為と認定する基準とした厳密、厳格さ、が必須とされる法規を恣意的便宜的に解釈と運用をしている場合に該当する、と考えられます。法律が大幅に改正されたにもかかわらず、その解釈と運用を是正していないためです。
     この点においても、貴委員会の最近数年間の「日の丸・君が代」に関する職務執行には違法の疑いが濃いと思料されます。

  4. さらに、学習指導要領に一定程度の法的拘束力があると認定した「旭川学力テスト事件」最高裁判決(1976年5月21日)にしても、あくまで学習指導要領が大まかな大綱的規定にとどまることを前提にしたものです。しかも同判決は、教育行政の行き過ぎを防止する意味で「例えば、誤った知識や一方的な観念を子どもに植えつけるような内容の教育を施すことを強制するようなことは、憲法26条、13条の規定上からも許されない」と明確に指摘しています。東京都教育委員会は、ここに例示された通りの「強制」を、「日の丸・君が代」に関する指示等でし続けているという点で、この最高裁大法廷の判例に違反していると思料されます。

  5. 以上の各理由項目の内容をもってするならば、改正学校教育法「第6章 高等学校」第51条の「高等学校教育の目標」第3項にある「健全な批判力」の育成を図るために、教材事例として、昨今の都教委による「日の丸・君が代」強制の行政実態は、きわめて好適な素材であると思料されます。
     都教委が採択した扶桑社版中学社会科教科書をめぐる問題が、すでに現行版高校教科書に記載され、検定に合格している事実に鑑み、「日の丸・君が代」強制をめぐるこうした問題が高校教科書等に記載されるのも時間の問題と思われます。
     大人以上に強い正義感を示すことの多い若者たちの「教室での審判」の場に東京都の恥が晒されることは、都民の一人として耐えがたい思いです。
     主権在民の日本社会において、不条理な状況を放置したままにしてはならないことを、大人が若者から学ぶのは恥ずかしい限りです。私たち大人社会の責任で是正措置をただちに実行すべきです。     

                                                  以上

要請書のダウンロード



2011/03/15

2011年春の闘い(22)

渡部です。

地震と津波に関する政府発表の際、菅首相や枝野官房長官が、出てくる度に繰り返し、「日の丸」にうやうやしく礼をするシーンが流されています。

旗に礼をするなどということは、彼らが如何に見識がない人間かを暴露しています。

彼らは人命よりもまずは「旗」、「愛国心」の方が大切なのです。被害者に対する哀悼の気持ちは二の次なのです。

それと同じようなことが千葉県でも起こっています。千葉の仲間が以下のようなメールを送ってくれました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
千葉高教組のAです。震災のドサクサに紛れて11日の千葉県議会で次のような決議が自民党・公明党の賛成多数で可決されてしまいました。

可決とはいっても、これから反対討論というときに地震が起こり、事前に反対討論の原稿も配られ、各会派の賛否も明らかになっていたということで形の上では採決をして可決されたということになってしまったようです。

中身はみなさんご存じのように自民党が全国の組織に号令をかけたものと同様です。市川・松戸市議会にも同様の決議が出されているようです。

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<教育基本法・学習指導要領の目標を達成するため、最も適した教科書の採択を求める決議>

教育基本法及び学校教育法の改正、学習指導要領の全面改訂を受け、文部科学省は、平成21年、新しい教科書検定基準を告示した。

その中で、教科書は「公共の精神を尊び、国家・社会の形成に主体的に参画する国民及び我が国の伝統と文化を基盤として国際社会を生きる日本人」育成のため、豊かな情操と道徳心、伝統文化の尊重や我が国と郷土を愛すること等の教育基本法の目標と一致していなければならないと定めている。

昨年3月には小学校の教科書検定結果が発表され、今年度は既に小学校の教科書採択が終了しているが、来年度において、今年度と同様に中学校の教科書採択が行われる。

文部科学省の教科用図書検定調査審議会は、教育委員会が装丁や見ばえではなく、内容を考慮した綿密な調査研究を公正かつ適正に行い、適切な教科書採択していくことや、教育基本法の改正内容や新学習指導要領に基づく検定審報告書を参考に、適切な採択を行うよう求めている。

よって、千葉県議会は、教育委員会において、検定審の提言を踏まえ、教育委員・学校関係者への教育基本法改正、学校教育法改正、学習指導要領改訂についての内容の周知徹底を行うとともに、教育基本法の目標及び学習指導要領の目標や内容を達成するため、最も適した教科書を採択するよう強く求める。

以上、決議する。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

これが彼らの言うところの「挙国一致」の実態なのです。彼らは、地震や津波のドサクサを利用して、「日の丸」への忠誠を示し、米軍・自衛隊を動員し、「愛国心」教科書を採択させようとしているのです。

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卒業式ビラまきの続きです。

<3月13日>
3月13日(日)朝、S井高校の校門前でビラまきを行いました。天候は晴天かつ温暖で、まるで入学式のような気候でした。

日曜の卒業式は珍しいが、これは12日に予定されていた式が、東日本巨大地震で1日延期になったからです。

わたくしは校門前ビラまきは4回目ですが、日曜なので父親の参加が多かったように思いました。

とくに女子はパーティドレスや振り袖・袴などドレスアップした生徒が多くみられました。

天候もよかったので校門周辺は華やいだ空気が流れていました。ビラの受け取りは非常によく、保護者はもちろん卒業生や在校生もほぼ全員受け取ってくれました。

校門から10mほど入ったところで教員が一人で交通整理をしていしたが、「自転車はこちら」などと指示を出しているだけで、わたくしたちへの声掛けはまっくありませんでした。

まいたビラは4人で325枚、わたくしが参加した4回のなかで最高の枚数でした。わたくしはこの高校は初めてですが、いっしょにまいた人の話では、この高校は毎年受け取りがよいそうです。またこの高校は少なくとも校門には日の丸がなく、その点でも気分がよかったです



2011/03/14

2011年春の闘い(21)

渡部です。

福島原発事故が極めて危険な状況になりつつあるようです。

約20年前、当時の職場の同僚と、福島第一原発を見学に行き、たしか、今回爆発を起した第1号炉の炉心近くまで入りました。

その際、放射能防御服のようなものを着せられ、炉心に入る前に小さな部屋に入りましたが、案内の人が、「この部屋には外から空気は入るが、決して外には漏れない構造になっている」、と言いました。炉心近くまで行き、帰りは空気シャワーのようなものを浴びて出てきました。

しかし、その時いろいろな疑問が涌きました。「ではその部屋に入った空気はどこへ出て行くのか」「われわれや中で働いている人たちが着た服はどうするのか」

また、ある民宿に泊まったのですが、民宿の人に原発の問題について質問すると、次のような答えが返ってきました。「原発は安全ですよ。また、原発はいいですよ。原発のおかげで、町は豊かになり税金もとられなくなりました。みんな喜んでいますよ。」

地域では少数の原発反対派の人にも会いに行きました。すると、次のような答えが返ってきました。「原発で働いていた地元の人たち何人かが奇妙な死に方をしたので、その後原発では地元の人を雇わなくなった。」その方は、毎日放射能を観測していました。

その原発がこの度の地震で大事故を起しました。現在の日本社会の縮図を見るようです。

今回の大事故の一番の責任者は、明らかに東電であり、国です。にもかかわらず、「想定外のこと」などと言って彼らは責任を曖昧にしようとしています。また、事故の状況報告・対策も後手後手に回っています。

私たちは彼ら(東電、国)の責任を追及し、彼らに責任を取らせる必要があると思います。

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3月11日のビラまきの続きです。

<F中高校>
少々遅くなって、8時半を少々回っていました。正門前には市民団体の方々が少し前からビラを配布していました。

都教委包囲ネットのビラは、私一人で配りました。

既に、校長などは来てしまった後だったようで、私が配布しているときは、管理職は誰も来ませんでした。

8時半すぎから10時まで約200部ほど配布できたと思います。正反対の2方向から生徒・保護者が来ますので、もう一人いたらもう少しは配布できたかな、という感じです。

<Y谷高校>
午前8時50分よりビラ配布開始。大田市民の会の人たちが5人、ビラ配布を始めていたので、この日のビラは2種類。

すでに卒業生の登校は終わっており、在校生がパラパラ登校。6~7割は受け取っていく。

9時過ぎに、副校長とおぼしき男性職員が来て、「生徒にはまかないでくれ」、という。そのまま無視していると、言うだけ行って引っ込む。かまわず配布を続けていると、校門の中から遠まきに見ているだけ。

この時間になると中心は保護者。受け取り状況はきわめて良い。少数を除いて、気持ちよく受け取ってくれる。大田市民の会の人によると、ここの保護者はいつも受け取り状況が良いという。

都教委包囲ネットのビラまきは私1人だったが、150枚はまけた。市民の会は250枚まいた。



2011/03/13

2011年春の闘い(20)

渡部です。

昨日(3月11日)、東北地方に大地震と大津波。壊滅状態になった街も。首都圏も鉄道・高速道路が全面ストップ。私の職場でも帰れなくなった生徒70人以上。保護者に迎えに来てもらったが、結局帰れず学校に泊まった生徒8名、職員10名ほど。私も帰れず学校に泊まる。

この地震と津波による社会的影響はきわめて大きいものとなるだろう。メア氏の発言で窮地に立った米政府は、ここぞとばかり「支援」に乗り出した。同じく窮地に立った菅政権も「挙国一致」などと言ってここぞとばかり自衛隊を動員、挽回を図ろうとしている。

しかも、この地震による人々の生活破壊は極めて深刻なものとなろう。まさに、第一次大戦後の戦後不況の中で起きた「大正大震災」(1923年)の再来となる可能性がある。

私たちは被災者を支援すると共に、私たちの闘いを前進させていくことが重要であろう。

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また昨日は、4選不出馬を周囲に伝えていた石原も急遽都知事選に立候補することを正式表明した。

彼は、次のように述べた。「現今の国の政(まつりごと)の混乱、停滞を眺めれば、この日本の命運は恐らく、この数年に決められる。」彼は日本の現体制の危機を敏感に感じているのである。

しかしまた、次のようにも述べた。「心身の限界はあるが身を賭して、最後のご奉公をさせていただく決心をした。」つまり、彼自身「心身の限界」をも感じているのである。

ならば私たちは受けて立とう。これまで以上に私たちの闘いを発展させ、エジプトの民衆がムバラクを追い落としたように、彼を追い落とそう。

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卒業式ビラまきの続報です。

(3月10日)

<F高校>
8時前につくとNさんがいい声で歌を歌いながらいました。私は「教育を考える多摩西部市民の会」の卒業式ビラ、「教育の自由裁判をすすめる会」の緑のリーフレット、包囲ネットの今回のビラ 3枚をセットにしたものを、200用意しました。

それを2人で配っていると多摩西部市民の会の2名も到着し、4人で配りました。

校長と称する人が入るときに通り一遍の注意をしただけで平穏に配ることができました。(昨年まで口うるさかった主幹は異動したとか、でも礼服を着ていたので、来賓なのでしょう。今年は何も言いませんでした。)

生徒の受け取りは良くありません。(年々悪くなる気がします。進学校というほどではないのに)200組を配り終え、その後はネットビラのみを配りました。総数350くらい配れたと思います。

<B京高校>
ジャーナリストのKさんがカメラを持って取材にきた。

8時頃にビラを一人でまき始めると女性の副校長らしき人物が出てきて、「生徒にまかないで下さい」と言う。「なぜですか」と聞くと、「学習指導要領の適正実施のためです」と、都教委と同じことを言う。「生徒に何も知らせないのでいいのか」と言うと、こちらの話を聞こうともせず、校門の中に入っていった。

まもなくすると、校長が出てきた。門の中に入ったわけでもないのに、しきりに「敷地内に入らないで下さい」と言う。「私は都民だが、都民を排除するのか」と言っても、同じことを繰り返す。ついには「警察をよびますよ」などとも言う。しかし、近くにいる二人の警備の職員は知らん顔。

この経過をKさんはカメラで撮る。すると、校長はまもなく校門の中に入っていった。Kさん曰く、「本当に警官を呼べば面白かったのに」。

卒業生は280名。ビラは生徒・保護者とも比較的受け取りがよく、181枚まけた。

(3月11日:判決の翌日)

<板橋高校>
8時から10時まで、Hさんとそのお知り合いの方(習志野から来られたそうです)、「板橋学校と地域を結ぶ会」の方3名と私の計6名で、2種類のビラ(包囲ネットと板橋の会)を撒きました。

板橋高校では校門に「卒業証書授与式」ではなく「卒業式」の看板が出され、校舎正面2階に「卒業おめでとう」という横断幕が貼られていました(後者は昨年まではなかったと思います)。

撒き始めると早速副校長が近寄ってきて「お分かりでしょうが…」と言われたので、Hさんが「気をつけてやります」と答えると、それ以上の言葉(「敷地に入るな」「生徒に渡すな」等)はなく、こちらが「お読みください」と差し出したビラも受け取ってくれました。

校門を入ったところで数名の教師が生徒を出迎えていましたが、どうも髪の色をチェックしていたようです(茶髪の生徒は式場ではなく校舎の中に入るように言われていたようで、式の前に黒く染め直されていたのかもしれません)。生徒は皆制服姿でした。

ビラの受け取りは教師も生徒も保護者もとても良く(順に5割、3分の2、8割という感じでした)、包囲ネットのビラは用意した200枚(プラスHさんの持ってこられた数十枚)を2時間でちょうど撒ききりました。

おそらく「板橋の会」のビラも同じくらい捌けたと思います。なお、ビラを受け取った方のうち2人(保護者と通りかかった地域の方)から、「君が代を歌うなと言うのか。生徒に撒くのは良くないなぁ」、「何でも反対するのは良くない。日本の伝統を守れ」と言われ、ビラを突き返されました。

<A高校>
○3月10日の判決の後だったので、手に「処分取り消し」の記事の載った毎日新聞を持ってチラシを撒いた。

○8時頃、出勤してきた副校長が「校門のまん前で撒かないでください」と言った。8時10分頃、事務職員が校門に「卒業証書授与式」の看板を出し、門の脇のポールに日の丸、都旗、校旗をあげた。

○生徒は自転車通学の者も多かった。チラシの受け取りはまあまあだった。保護者はだいたい受け取った。

○校門正面に校舎の出入り口があるからか、いわゆる「警備」の教職員は校門内にはいなかった。

○被処分者の教員が出勤してきて、「昨日は少しいい判決が出たのでよかったですね」と言った。

○近所のおばさんが前を通り、「ああ今日は卒業式なの。この学校は古いんだけど、何回目かって書いてないね」と言った。また、生徒がチラシを受け取らないのを見て、「この頃の子はビラなんかとらないね。駅前でテッシュもとらないよ」と言っていた。

○PTAの役員という女性が「何を撒いてるの? 学校のもの? 許可はとってんの?」と言った。私が「道路で撒いているんですから許可は必要ありません」というと、それ以上はなにも言わなかった。

○9時50分に終えた。約220枚まいた。

<一S高校>
けさは娘とふたりでやりました。妨害なく、受け取り率高く(生徒六割以上が気持ち良く受け取り)、警備の先生と気持ち良い会話もしました。このごろの都教委のやりくちについて批判していました。持って行った250枚を9時45分にまき終わってしまいました。

ところで、今日はまだ職場にいます。電車が動かないのでこのまま泊まる方向です。そのばあい、明日朝電車が動いても、ビラがないので、ここから明日の卒業式には行かれません。

<S高校>
原告のTさんを始め知り合いも多い(校長も昔の同僚です)学校です。

市民ビラとネットビラをセットにしたものを100用意しました。程なく市民の会の1名(小学校の教諭)もきて、その人はその場で市民ビラとネットビラをその場で組み合わせながら配りました。

生徒は着飾り、華やかです。受け取りは悪くないと思うのですが枚数は200+70くらいだったでしょうか。

市民の会の人は 昔の教え子の保護者に出会い、「○○ちゃんの卒業なんですね」などと話が弾んでいました。通りかかりのおじさんにビラを渡すと「ああ、これね。新聞でみたよ。」ということで励ましてくださいました。
もと教員のようです。

帰る途中にT氏より携帯に連絡があり、判決により職場の雰囲気がかなり変った、とのこと。多くの同僚からおめでとうをいわれ、教頭の対応もかなり弱気になった印象とのこと。

立川で献血ルームによってから被処分者の会の作業に向かう。その後地震で、帰宅は午前1:40と相成りました。

(3月12日)

<F森高校>
8時に行ってみると門は閉まり人気が全くない。10分ほどたってきた若い教員に新聞記事のビラとネットビラを渡しながらきいたところ、延期とのこと。ま、往復15分程度の時間ロスでした。

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都教委は3月12日の卒業式を地震の影響のために中止しました。この後、卒業式日程が不明なため、包囲ネットもビラまきを一旦ここで中止します。
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累積加重処分取消裁判を支援する会 ニュース(第22号)

証人尋問に向けて(二)

本日(3/10)の高裁判決:二つの側面~評価と課題~

* 懲戒処分を取り消す 
* 都教委「10.23通達」と校長「職務命令」は合憲・合法

  東京高裁大橋裁判長は、≪アイム‘89関連教員2名の処分取消訴訟≫≪東京「君が代」裁判一次訴訟原告169名≫についてそれぞれ判決を出した。これらの 教員は不起立・不斉唱・不伴奏による戒告処分(一部減給)を受けていた。いずれも一審地裁では“処分は妥当”とする教員側の敗訴であった。
 本日 の高裁判決では上記の内容で、処分については全面的に取り消すという“逆転勝訴”となった。一律起立・斉唱・伴奏を強制する「通達」「職務命令」は違憲・ 違法ではない、また、職務命令に違反したものを処分すること自体は妥当であるが、この件に関しての戒告処分は都教委の裁量権を逸脱したものである、とし た。判決は、教員の行為の動機は真面目なものであること、混乱を起こしていないことなどを認め、他の処分とのバランスからみて重すぎるとしている。ここに は、予防訴訟一審の難波判決、ピアノ最高裁判決における藤田少数意見が反映している。結果として、処分を取り消したことは今後の裁判、運動に大きなプラス となるだろう。

いくつかの問題点 ~今後の課題~

  1. 強制・処分の根拠となっている「通達」「職務命令」を合憲・合法として、学校現場への妥当な措置としていること。
  2. 教育の自由(子供の学習の自由・教員の教授の自由)が侵害されていることについてほとんど無理解である。
  3. 「日の丸・君が代」には多様な意見があることを一部認めているが、不起立・不斉唱・不伴奏の教育実践的意味を認めていない。
  4. 累積加重処分の恐れを指摘しているが、それをも裁量権の濫用として排除してはいない。

口頭弁論4/28(木)13時30分 地裁527号 傍聴よろしく

ニュースへのリンク



2011/03/12

14日の都庁前チラシまき中止

根津です。

未曾有の自t時ですので、14日の都庁前チラシまきも中止します。お知り合いの方で、参加されそうな方をご存じでしたら、お伝えください。



立川駅頭情宣活動本日中止

根津公子です。

大変なことになってしまいました。まだまだ新たな地震、余震が広がっていて、恐ろしいことです。

さて、今日午後から立川駅頭で予定していた情宣活動ですが、中止をします。

JRは動いていないので、参加してくださる予定だった方も取りやめのご判断をされているでしょうが、お知り合いの方で参加予定の方をご存じでしたら、中止の旨、お伝えくださいますよう、併せてお願いします。



累積加重処分取消裁判を支援する会 ニュース(第21号)

証人尋問に向けて(一)

口頭弁論(証人尋問)の日程も決まり地裁での審理も山場を迎えました。これからシリーズで、何を明らかにしたいかを述べます。皆様のアドバイスを。

ささやかな誇りと屈辱を胸に

  私の5回の不起立・不斉唱は、自らの思想・良心の自由を保持すると共に、生徒への教育実践であることはこれまでも述べてきたところです。夜間中学は、外国 にルーツをもつ生徒が80%以上を占めています。(東京都夜間中学校研究会 2010.10.1調査)そこでの教育は戦争責任や友好関係など直接に国際性 をもっています。一人でも、一瞬でもいい、私の不起立を感知し心の奥に留め、いつか考える材料としてくれれば一人の教員として本望です。ふらふらしながら もなんとかそのような可能性を残せたことは私のささやかな誇りです。
 次に屈辱について述べたい。一回の懲戒処分に至るには3回の事情聴取が課さ れ一段一段上って行くのです。合計12回の事情聴取を全て受けてきました。不起立当日の夜に校長の事情聴取を受け、翌日は八王子市教委へ行きます。浅川の 土手を自転車で学校から市役所に向かいます。3月も20日ともなると八王子の桜もほころび、水面にはカモのつがいが戯れています。やがて見えてくる市役所 の建物は屋上に掲揚台があり、黒々としてまるで絞首台のようです。
 次の日は、都教委の事情聴取です。新宿駅からスケイプゴートのようにとぼとぼ歩いて行くと、あの二つの角のような都庁第1庁舎が見えてきます。私には高々とそびえるギロチンのように感じられます。都教委の事情聴取には介添人のように校長と市教委指導主事がついて来ます。
 こうして処分が発令され、7月にはサディスティクな服務事故再発防止研修が行われます。水道橋界隈では「サイボーグ研修」とささやかれています。研修に名を借りた思想改造の強要だからです。
 この一連の強制は全て校長の職務命令によって執行されます。次回はこの問題が学校現場の分裂を引き起こしていることについて展開します。

口頭弁論4/28(木)13時30分 地裁527号

ニュースへのリンク



2011/03/11

2011年春の闘い(19)

渡部です。

ビッグニュースです。
(本日の報告はこれだけにします。) 

本日(3月10日)、

  1. アイム「君が代」裁判控訴審(原告2名)と
  2. 「君が代」裁判第一次控訴審(原告169名)に対し、

東京高裁(いずれも大橋裁判長)は、双方に「懲戒処分取り消し」の判決を出しました。二つの判決はほとんど同じ内容で、10分間隔で立て続けに出されました。

裁判所前には傍聴に入れなかった多くの支援者が集まっていました。そこに裁判所から出てきた弁護士は、みんなが見守る中、おもむろに「一部勝訴」、「逆転勝訴」の垂れ幕を広げました。垂れ幕を持っている若い女性弁護士は涙ぐんでいました。

勝訴を予想していなかった多くの人々は、最初、何が起きたのか理解することができませんでした。澤藤弁護士が「勝訴です!」と言うと、大きな歓声と拍手が起こり、あちこちで「よかった」「よかった」の声、涙を流す人。みんなの中に次第に勝利の実感が涌いてきました。

判決の主文は

  1. 控訴人らに対する懲戒処分を取り消す。
  2. 控訴人らの損害賠償請求は棄却する。

というものでした。

理由は以下の文の<  >のところです。
「控訴人らには校長の職務命令に違反したという懲戒事由があるが、控訴人らに懲戒処分を科すことは、懲戒権者の<裁量権の範囲を逸脱>するものであって、違法であるから、懲戒処分を取り消すべきである。」

しかし、「一部勝訴」というのは、「職務命令及び懲戒処分は、憲法19条の思想・良心の自由の保障に違反しない。」としたことです。

つまり、処分は違憲ではないが<裁量権逸脱>で違法だという、
なんとも苦しい判決なのです。

報告会では澤藤弁護士が、「この判決は裁量権だけで勝訴となったことにがっかりしたが、しかしその理由が素晴らしい」と述べました。また、ある弁護士は「悩みに悩んだ判決」と表現しました。

それは、原告団・弁護団による<声明>に反映されましたが、以下にその一部を紹介します。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
判決は、控訴人らの不起立行為等は、自己の個人的利益や快楽の実現を目的としたものでもなく、生徒に対し正しい教育を行いたいなどという歴史観ないし世界観又は信条及びこれに由来する社会生活上の信念等に基づく真摯な動機によるものであり、少なくとも控訴人らにとっては、やむにやまれぬ行動であったということができる、と判示した。

さらに、「歴史的な理由から、現在でも『日の丸』・『君が代』について、控訴人らと同様の歴史観ないし世界観又は信条を有する者は、国民の中に少なからず存在しているとみられ、控訴人らの歴史観等が、独善的なものであるとはいえない。また、それらとのかかわりにおいて、国歌斉唱に際して起立する行動を抵抗を覚える者もいると考えられ、控訴人らも、1個人としてならば、起立を義務付けられることはないというべきであるから、控訴人らが起立する義務はないと考えたことにも、無理からぬところがある」 と判示すした。

そして、控訴人らの行為によって卒業式等が混乱したという事実はなかったこと等も踏まえ、結論として、不起立行為などを理由として懲戒処分を科すことは、社会通念上著しく妥当を欠き、重きに失するとして、懲戒権の範囲を逸脱・濫用するものであるとして違法であるとし、控訴人らに対してなされた各懲戒処分を取り消した。

一方で、10・23通達及び職務命令は、憲法19条及び20条に違反せず、改定前教育基本法10条の「不当な支配」にもあたらないと判断した。また、損害賠償請求については認めなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

被処分者の会の近藤さんは、「処分を取り消した判決は全国でも初めてだ。そうした意味で画期的・歴史的判決だ」と述べました。

この判決は、石原にも都教委にも、さらには全国の同じ穴の○○○たちにも、大きな打撃となることは確かです。

ビラまきは本日も行われました。明日以降報告しますが、明日以降のビラまきがまた楽しみになりました。

この春の卒業式でもすでに不起立者は出ています。日本の民衆も捨てたものではありません。



東京「君が代」裁判、逆転勝訴!

3月10日、東京高裁で東京「日の丸・君が代」処分取消訴訟(一時訴訟・原告168名、1名が減給、167名が戒告)の控訴審判-決が下された。(東京高裁第2民事部 大橋寛明裁判長)

動画(YouTube)へのリンク

http://www.youtube.com/watch?v=_wYIrMyg0oo&tracker=True



2011/03/10

2011年春の闘い(18)

渡部です。

3月5日の卒業式ビラまき報告からです。

<豊T高校>
(すでにこの学校の退職者の方の報告を紹介していますが、もう一人の方も報告を送ってくれました。)

前日 区内の高校に「日の丸・君が代・不起立闘争を発展させ、闘う組合を!」の教員向けビラを撒きましたが寒くて凍りつきそうでしたので、準備万端でいきました。冷たい風もなく、穏やかな日和で、一安心。

メンバーは豊T高校で退職され、二度の不起立を闘ったHさん、在校生の保護者で携帯基地設置で頑張ったSさん、そして、毎月校門ビラを撒いている二人計4人です。7時45分から10時10分まで2時間半です。数えていませしたがおよそ250枚~300枚ぐらいでしょうか。

さすがHさん「知らない職員は3分の1ぐらいかな。」といいながら、通勤してくる職員が近づいて寄りながら、驚きの表情が懐かしさに変わり、嬉しそうな声を上げる。

保護者も寄ってくる。その度に「旧職員には招待状が来ないので、外からお祝いします」と姿勢正しく声を交わすのは、Hさんの人柄そのまんまです。

黙々と出勤してくる毎月見る表情とは違います。相変わらず、校門前は、おしゃれしてきた卒業生の交流の場。ドレス、スーツあり。

学校側は、第1回副校長、「敷地に入らないでください」「生徒には撒かないでください」
2回目、やはり副校長、「先ほど生徒がびらをもっていた。撒かないでください」としつこい。「生徒が判断することであって、副校長が妨害することではない」というが、「撒かないでください」一点張り。

華やかな袴姿がいち早く登校。在校生も登校。制服ー標準服が論議されて一年、いつもより、この日は特に、おしゃれな標準服が多い。じわじわだが制服化されつつあるのを感じる。

3回目 副校長「困るんです。」ばかり。こうやって、「日の・君」を強制してきたのである

4回目 受付が近づくと、警備の腕章の職員が2人張り付いた。30メートル位はいったところに、ビラいれ段ボール箱2つ。最先頭で最多数のビラを撒いていたSさんも終了した時「3年生の役員のおかあさんたちに会えたわ」と満足げ。もう一人の彼女も、「たくさんで撒くといいわね。」

豊T時間なのかゆうゆうと受付時間すぎの保護者が多い。ぎりぎりまで友達をまっていた卒業生が「H先生わたし覚えています?」と話になり、やっとそろった二人に「早く会場に行ったら」と促す。少しして、戻ってくるので聞いたら、「卒業生は入れないといわれてがっかり」とのこと。

いったい教員も卒業生も締め出して愛国心を守るのですか!

以上、2時間半の報告です。       
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3月6日のビラまきです。
<H鴎高校>
3人で撒きました。ビラの受け取りは非常に良かった。副教頭がきて「生徒にはビラを撒かないで下さい。」「敷地内には入らないで」と言われた。あとは何も言われていない。妨害などなし。8時から9時45分まで撒いたらビラ300枚なくなり終了。 
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3月8日のビラまきです。
<H村高校>
ついたのは8時40分くらい、出遅れてしまいました。私が行ったときにはNさんが元気に生徒に声をかけながら配っていました。生徒、保護者ともに受け取りは概ね良く、私が150枚、Nさんは私の推定では250枚くらい配ったと思います。警備の教員の中には知人もいて副校長も穏やかな人で、自転車の生徒に配るときに注意してくださいくらいのことを言った程度です。天候にも恵まれ、Nさんといろいろと話しながら、楽しいひとときでした。

私の今まで配った、H北、K立、H村では警察関係と思われる人は見かけていません。
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本日(3月9日)のビラまきです。
<A商業高校>
8時10分頃、副校長がきて、「生徒には撒かないでください」と言うので「生徒さんに撒きに来たのです」と言うと困った顔をした。こちらは「生徒にビラを撒くなとか言うのは10・23通達があってからでしょ。そういうことをやめればビラをまくこともない」という。

「ご苦労さま」と言ってチラシを受け取る教員も何人かいた。卒業生は約170名とのこと。生徒も比較的よく受け取った。保護者もよく受け取った。

警察の動き。9時前ころか、道路の向こう側に青のワゴン車がとまってずーといた。9時45分過ぎ動いて、こちら側(正門前)を通って、こちらをみて、また、向こう側に戻った。9時40分ころ、警察の制服を着た人物が歩いて、正門から学校に入っていった。こんな学校ははじめてだ。卒業式の日に、一体、誰と何を話したのか。学校は警察とグルであってはならないのだ。

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本日(3月9日)、夕方都庁第二庁舎横で、<河原井さん・根津さんらの「君が代」解雇をさせない会>と東京教組の幾つかの組合が中心になって、『3・9都庁前アクション・アンサンブル』が開かれました。

集会には60人以上が参加、

  • 八王子教組
  • 新宿教組
  • 求める会、
  • 大嶽さん
  • 包囲ネット
  • 一坪反戦地主・上原さん
  • 教科書裁判の高嶋伸欣さん(今回初めて参加)

などがそれぞれ発言した後、都教委への要請行動に移りました。

上記3教組+多摩教組+三重県の教組支部と、6つの団体・個人が「要請書」「抗議・要求書」などを都教委に提出しました。

その中で、高嶋さんの「要請書」には次のような記述がありました。

「都教委が採択した扶桑社版中学社会科教科書をめぐる問題が、すでに現行版高校教科書に記載され、検定に合格している事実に鑑み、『日の丸・君が代』強制をめぐるこうした問題が高校教科書等に記載されるのも時間の問題と思われます。」



2011年春の闘い(17)

渡部です。

まず、3月5日のビラまき報告二つからです。

<S高校>
寒い朝でしたが、8時から10時近くまで一人で撒きました。行ってすぐ校長が来て「ビラを1枚くれますか?」と言われたので渡すと、「迷惑にならにようによろしくお願いします」と言って引き返した。

その後教職員が次々と出勤、半分以上が受け取ってくれて、中には「ご苦労さん」と声をかけてくれる人もいた。

8時30分を過ぎる頃から卒業生が登校した。女子はほとんどが着物に袴という服装で着飾っていた。しかし、受け取りは良くなかった。

9時近くなると保護者がやってきた。結構受け取りは良かった。10時近くなって来る人が少なくなって終わりにした。手応えはあったので150枚は撒けたと思ったが、後で数えたら111枚だった。以前のように警察官が来るわけでもなく、平和に(?)ビラ撒きをすることができた。

<A工業高校(全日制)>
 朝8時から、組合の仲間と、正門前と通用門の二ヶ所に分散して撒きました。「日の丸」「君が代」強制は許されない、立たない歌わない自由があります」と生徒一人ひとりに声をかけながらビラを渡していきました。

 ビラまきをはじめてから10分ぐらいたってから南千住警察署の私服刑事2人が車で到着しました。一人が下りて正門から学校の構内に入っていき、学校側の責任者(副校長か?)とあいさつと何やら打ち合わせをしている様子がガラス越しで見えました。

 この後、私服刑事と話していた副校長(?)が出てきて「何のチラシを配っているのですか?」「学校の敷地内には入らないでください。教職員や保護者はともかく、生徒たちにはチラシを渡さないでください」と言ってきました。組合の仲間は「敷地に立ち入るつもりはない。路上でビラを渡すのは自由だし、登校する生徒たちが受け取るのも読むのも自由じゃないか」と反論すると、副校長は何もいわずスゴスゴと構内に引き上げていきました。

 8時から8時30分にかけてが登校の時間帯のピークです。徒歩と自転車です。生徒たちに「『「君が代』は天皇を讃える歌で歌わなくてもいいし、立たなくてもいいよ。校則にものっていないし、従わなくてもいいんだよ」と声をかけていきました。「卒業おめでとう」と声をかけてビラを渡すとだいたいの卒業生はお辞儀してビラを受け取っていきます。

 9時過ぎからくる保護者には「卒業式で『日の丸・君が代』が押しつけられています。強制に反対する先生が教育委員会から処分されています。おかしいと思いませんか?」と声をかけていきました

 もう一人の私服は一見ヤクザ。言葉のかけかたも乱暴で、ビラ配りをしている仲間に執拗にまとわりついてくるので厳重に抗議すると、体当たりをくわえてくるなど乱暴な振る舞いをしてきました。ビラ配りの妨害するために挑発していると思えたので、相手にせず、ビラ手渡しに専念しました。

 通用門は登校時間終了の10分ぐらい前に半開きにしたため、自転車にのったままで構内にはいれなくなり渋滞になり、みんなゆっくりビラを受け取る状態になり、学校側は門を全開にした。

 正門内側の玄関前にはダンボール箱が2つ置かれて、ビラを回収していました。何人かの保護者はビラを捨てたみたいですが、ほとんどの保護者は受け取ったビラを読んで、手荷物の中にしまっていました。全体で約200枚くらいのビラを撒くことができました。

 教育現場・地域で反「日の丸」「君が代」を闘う労働者人民と連帯してがんばっていきたいと思っています。

以下は本日(3月8日)の報告です。

<K園高校>
包囲ネットのチラシは支援者の若い女性と2人で撒いた。受け取りは良好で、約250枚撒いた。学校と地域を結ぶ板橋の会も独自のチラシを2人で撒いていた。

驚いたの女子の卒業生の約9割が振り袖・袴で、1割がドレスだったこと。自分が勤務してきた学校ではそういうことはなかった。正門には3~6人の教員がいた。チラシ撒きの妨害や注意などもなかった。彼らは卒業生たちの記念写真の「撮影係」もかねていたようだ。警察・公安なし。

女性の教員が私のところに来て「ご苦労さまです。頑張ってください」と言ってくれた。

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本日、来年度は受け持たないだろう現在の一年生の最後の授業だったので、3月2日「朝日」に掲載された投稿を印刷して持って行った。教室に入るとすぐにある女子生徒が、その切抜きを私のところに持ってきて「これもしかして先生ですか」と聞いてきた。「後で話すから」と言って授業を始め、「じつは先日みんなに話した様子を投書したら、新聞に載ったよ」と言って印刷物を配った。女子生徒は、得意そうにみんなに切抜きを見せていた。印刷物を手にした生徒たちはシーンとなって読み始め、「ここに書いてある一年生というのは俺達のこと?」「すごい」、などと言って喜んでいた。そこで私は、「喜ぶことではなく、恥ずかしいことなんだけどな」と一言言った。



2011/03/09

2011年春の闘い(16)

渡部です。

本日(3月7日(月))、
包囲ネットでは三つの高校でビラまきをしましたが、そのうち二つの報告を紹介します。

<M高校>
★二人で撒きました。朝から雨。8時15分前後に、私服刑事2人が向かいの路地の角に立った。そのうち一人は電話ボックスの影に隠れて、こちらを見ながら缶コーヒーを飲んでいた。8時30分過ぎ頃、毎年あらわれる赤色灯がついた警察のワゴン車が向こう側に停車。制服、私服が乗り込んでいた。9時過ぎに、副校長が出てきて、敷地内で撒かないでくださいと言い、向かい側に停まっている警察のワゴン車の方向に歩く。信号待ちしていたが、こちらがカメラを向けたので、警察からの合図かあったのか、戻ってきた。こちらが「いま警察の所に行こうとしていたでしょ?」と聞くと副校長はしどろもどろ。「行けばいいのに」と言うもしどろもどろ。ようやく「敷地内に…」と繰り返すので「わかっていますよ」というと、そのまま引っ込んでいった。ワゴン車は私たちが帰るまでいた。

★雨は雪にかわり、非常に寒かったが、200枚は撒けた。教職員でご苦労様という人が何人かいた。また、教員(分会の人か?)が私たちの所に来て「ご苦労様です。ありがとうございます」と言ってくれた。

<三部制O高校>
8時前につくと、雨が霙になってきた。しばらくして教職員が出勤してくる。なかにはビラを受け取り、「ご苦労様」という人もいる。

その後生徒が来ると思っていたが来ない。聞くと、三部制になったので式は午後からと言うことだった。三部制合同の卒業式、卒業生は250人とのこと。

改めて11時30分頃に行く。霙は雪になっていた。

警備の職員が出てきて、「ビラをまくなとは言いませんから、校門の出入り口から少し離れてくれ」と言うので少し離れてビラまき。管理職は出てこなかった。警察もいなかった。

少しづつ生徒・保護者が登校してくる。ビラの受け取りは良い。「卒業おめでとうございます」と声をかけるとにっこり笑って「ありがとうございます」という生徒が多い。苦労して卒業にこぎつけた生徒が多かったのだろう。中には「寒い中ご苦労様」という生徒もいた。

一人だったが226枚まけた。

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前原外相が辞任し、菅内閣も「泥舟内閣」になってきた。だからと言って自民党の支持率も上がらない。石原も間もなくいなくなる。今こそ一般ピープルが自ら声を上げる時だろう。でなければファシズムになる。今年の卒業式のビラまきには、今までにもまして歓迎、支持の声が出てきている。



2011/03/08

12日1時に立川で

根津公子です。

転送、大歓迎です。

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今年も毎週金曜日の夕方、立川駅前で情宣活動をしています。昨日は9人でチラシをまき、リレートークで訴えをしました。高校生や若い方で自ら手を出してくれたり、しばらく佇み、様子を伺って、話しかけてくる人がしばしばいます。署名にも応じてくれます。また、私の場合は立川二中(2004年度、2005年度)、八王子・石川中(1990年度~1999年度)、そして、今の勤務校・あきる野学園の卒業生や保護者から声をかけられることがよくあります。それが立川駅での情宣の楽しみでもあります。

昨日は、私がマイクを持って話し始めるやいなや、胸に3つのバッジ(旭日旗のバッジ、北朝鮮拉致被害者救援の水色リボンのバッチ、もう一つは何のバッジかわからず)をつけた40代の、女性を連れたごっつい男が私につっかかてきて、私の体に触れないだけの至近距離で「君が代」をどでかい声で歌い出しました。私が場所を動くと、ピタッとついてきながら歌い続け、また、「日本人止めろ。中国に行け」などと怒鳴るのです。私が持つマイクを、そのでかい声が拾ってしまうのですから、妨害もいいところです。私は気づかなかったのですが、相当酒臭かったと、他の人たちが言っていました。同伴の女性は「暴力は止めてぇー こわい」などと、か弱い女性を演じ、男に協力しました。私と男との距離をあけるために、間に何人かが入り、私はとちりながらも訴えを続けました。

10数分経った頃、5,60代ほどの男がやってきて、その男が歌う「君が代」に拍手を始めたのです。そして、3人は連れ立って、帰っていきました。5分ほどして警察官が一人来ました。通報があったとのことで、警官が来たのでした。警察官の話で、通報してくれた方がいたのだと知りました。通報をしてくださった方は、3人が階段下のバス乗り場に行ったことを確認して、通報してくれたのでした。警察官は、そのことを伝え、「特に何もなかったようだから」と引き上げていきました。

この一部始終を公安は観察していました。

この3人がグルだったことははっきりしました。たまたま通りかかったのではなく、数か月間毎週(しかも3年にわたって)私たちが立川駅で情宣していることに我慢がならず、計画し、酒をあおって勢いをつけてやってきたのでしょう。もしかすると、組織としての動きだったのかもしれません。喧嘩っ早そうな男でしたが、手を出したら危ないことがわかっていて、私たちが手を出したら暴力事件に仕立てようと目論んでいたようでした。私たちは、挑発には乗りませんけれど。

1時間の情宣の初めの部分で、こんな災難に見舞われましたが、皆さん気を取り直して、その後を続けました。

さて、次回は11日の金曜日の夕方ではなく、親子連れが多いだろう12日(土)の1時から行います。参加人数が少なければ北口で、たくさんの方が参加してくだされば、北口と南口とで行いたいと考えています。

どうぞ、ご参加・ご協力くださいますよう、お願いします。



2011/03/07

9日の都庁前アクション・アンサンブルにご参加ください

根津公子です。

転送歓迎です。

私の勤務するあきる野学園の卒業式が24日に行われます。私にとっては、最後の卒業式です。

「日の丸・君が代」の意味も歴史も教えず隠し、国家の価値観を刷り込むことに加担することはできないと思うので、今回も「君が代」斉唱時に起立はしません。これまで停職6か月処分を3回受けてきた私に、都教委は今回どのような処分をするのか、分限免職(=教員としての資質に問題があるからクビ)も考えていると思います。

絶対に分限免職にさせない!そのために、都教委に「10・23通達を撤回せよ。分限免職にするな」と要求する行動を行います。

また、この行動の中で、都教委に要請行動もします。

どうぞ、ご参加くださいますよう、お願いします。

        記

■「君が代」処分にNo!石原都政にもの言おう 3・9都庁前アクション・アンサンブル

16:30~17:20 都庁第2庁舎前でアピール行動

 高嶋伸欣さん(琉球大名誉教授)も発言してくださいます。 

17:30~18:00 要請行動

都庁第2庁舎 10階 207会議室
*要請書は各団体・個人で3部ご用意ください(要請書がなくても、要請できますが、できればご持参ください)。

18:00~18:15都庁第2庁舎前に戻って、まとめの集会

◎主催・賛同団体:河原井さん・根津さんらの「君が代」解雇をさせない会、東京都障害児学校労働組合、町田市公立学校教職員組合、多摩島嶼地区教職員組合、新宿区教職員組合、西多摩公立学校教職員組合、特別区教職員組合、アイム'89東京教育労働者組合、東京都学校事務職員労働組合、墨田区教職員組合、品川区教職員組合、江東区公立学校教職員組合、港区教職員組合、渋谷区教職員組合、練馬区教職員組合、葛飾区教職員組合、江戸川区教職員組合、八王子市教職員組合、日野市教職員組合、コンサート自由な風の歌6実行委員会、「君が代」不当処分撤回を求める会、『米山さんの「君が代解雇」を許さない会、沖縄一坪反戦地主会・関東ブロック、藤田さんを応援する会

 *賛同団体を募っています。趣旨に賛成いただけるなら、賛同団体になってください。


■第二弾を22日(火)に行います。9日と同様に、16:30から、同じ場所で行います。

 この日は、北村小夜さん(障害児を普通学級に・全国連絡会)が来てくださいます。

以上



2011年春の闘い(15)

渡部です。

3月5日(土)の報告の続きです。石原「不出馬」となった東京都では、多くの方が「日の丸・君が代」強制に反対して動いています。

<豊Tの報告>

3月5日(土)、去年まで勤めていたT高校に行って来ました。退職者・転勤者に招待状は来ません。校門の外で「おめでとう」を言うしかありません。市民・保護者の女性と4人で撒きました。 

8時前は教員が通る。皆顔なじみだから受け取ってくれる。8時台は卒業生と在校生、男子はスーツ、女子は和服が多く、派手な格好は意外と少ない。市民グループがにわかカメラマンを頼まれたり、和やかな雰囲気。

9時台になると保護者が多くなる。市民グループが「おめでとうございます」とピンクのチラシを差し出すと、たまに無視する人もいるが8~9割は受け取ってくれる。どんどんチラシははけていく。

前校長が来たので「招待状来ましたか」と聞くと、「ウン」ときまり悪そうにうつむいてチラシは受け取らずに通り過ぎていった。

職務に忠実にひとこと言いに来る役割は副校長。まず「チラシを数枚いただけますか」と受け取った上で、「敷地内には入らないで」「生徒には配らないで」と最近の決まり文句。それ以上「撒くな」とか「止めろ」という言い方はしない。市民グループも慣れていて「お願いは承りました」と受け流す。敷地の外だったら、あれこれ指図されるいわれはない。

最近「卒業証書授与式」の名称が増えていると言うが、校門前の看板は「卒業式」だった。昔ながらのシンプルさが好ましい。

去年は「本校生徒・卒業生保護者・本校教職員の他、校長の認めた者以外の敷地内の立入は出来ません」という掲示があって、旧職員が不快感を示すトラブルがあったが、今年は反省したのか出ていなかった。

10時を過ぎると、人の流れがパタッと途絶えて、チラシ配りは無事終わった。各々が持ち寄ったので正確に数えていないが、4~500枚は配れたのではなかろうか。



2011年春の闘い(14)

渡部です。

昨日(3月5日(土))の5校(①~⑤)の報告からです。
いずれも大きな妨害はなく、ビラの受け取りも良かったようです。

②の報告では、
 「校舎から会場の移るときに、道路を通っていく職員多数にビラ配布。我々のささやかな行動もそれなりに支持されていると感じる。気がついてみると、配布枚数はもう400枚を超えていた。9時30分に終了。高くなった春の日差しが、明るく、暖かく感じられた。」

③の報告では、
 「校門に出していた看板をよく見ると「平成二十三年度 卒業式」と書いてあった。9時すぎに、副校長が校門近くを通りかかったので、「『平成二十三年度』は間違いですよ」と教えてあげた。すると、すぐ若い教員に訂正させていた。そして、「都教委が来る前に直せてよかった。」と本音をつぶやいていた。生徒や親たちがその前で次々と写真を撮っていたが、管理職にとっては、都教委が一番大事なんだということがよくわかった。」

⑤の報告では、
「しばらくして50代前後の教師が出できて、

  1. 教育の妨げになるので生徒には配らないようにして欲しい。
  2. 交通の妨げにならないように注意して
  3. 敷地内に入らないように

以上の3点を述べて、こちらの言葉には全く反応せずに切り上げた。」

というような記述もありました。

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①<S工科高校>

8時半頃より校門前でビラまきをしました。他に誰もいなくて、私一人でした。8:30少し前から始めて、9:30に終えました。10時頃までのつもりでしたが、急用が入ったために早めに切り上げざるを得ませんでした。

140枚裁けました。生徒も保護者も受け取ってくれる方が多く、「おめでとうございます」と声をかけながら配りました。ただ、かなり多くの自転車の生徒にはほとんど配ることはできませんでした。

9時少し前だったような気がしますが、副校長が自分の名前を言いながら、「ビラはまかないでほしい」との趣旨のことを私に告げましたので、「話は承りましたから、そのように報告してください」と言ったら、そのまま何も言わずに立ち去りました。その後10分後ぐらいだと思いますが、校長が来て、やはり副校長と同じことを言いましたので、私も同じように対応しました。

あと30分、保護者向けに配れば、50~70枚ぐらいは配れたのではという気がします。

②<T大附属高校>

かつては「自由と自治」の校風を伝統としていたT大学附属高校もこの3月で終了。その閉校式とも併せて、卒業式は隣接する目黒区のパーシモン・ホール(この地区の地名である柿の木坂の柿にちなんでつけられた)で9時30分から行われる。

ビラ配布行動は8時20分開始。人員は3人。生徒の受け取り状況は比較的良好。ただし自転車通学が多く、これに対しては配布不可能。

しばらくすると例によって、職員が登場。今回は着飾った女性副校長。生徒にはまかないでくれ、という。気にせずに撒いていると、彼女は言うだけ言って引っ込む。

9時少し前から、保護者向けに切り替わり、二手に分かれて配布。保護者の受け取り状況良好。9割以上の人が受け取っていく。ありがとうございます、ご苦労様です、と声をかけていく人も。

校舎から会場の移るときに、道路を通っていく職員多数にビラ配布。我々のささやかな行動もそれなりに支持されていると感じる。気がついてみると、配布枚数はもう400枚を超えていた。9時30分に終了。高くなった春の日差しが、明るく、暖かく感じられた。

③<U高校>

午前8~10時、U高校の正門前で、都教委包囲ネットのチラシを2人でまきました。

一番目にチラシを渡した人から、「副校長です。校地の中では配らないでください。」と小さな声で言われたので、「わかってますよ」と返事した。その後、「警備」の教員が3人ほど校門に出てきたが、チラシまきへの妨害はなかった。

卒業生は、8クラスで300人とのこと。卒業生の女生徒はほとんど着物と袴姿でびっくりした。8時~8時半までは、卒業生がどっと来て、5~6割の生徒がチラシを受け取ってくれた。駅前などでのチラシの受け取りの悪さとくらべて受け取りの良さにびっくり。

150枚ほどまけた。(9時ごろまで日陰で、とても寒かった。)9時~9時半は、親たち(夫婦が多い)がぞくぞくと集まってきて、「おめでとうございます」といってチラシをさしだすとほとんどの親が受け取ってくれた。8時から10時までまいて、450枚ほどまいた。

校門に出していた看板をよく見ると「平成二十三年度 卒業式」と書いてあった。9時すぎに、副校長が校門近くを通りかかったので、「『平成二十三年度』は間違いですよ」と教えてあげた。すると、すぐ若い教員に訂正させていた。そして、「都教委が来る前に直せてよかった。」と本音をつぶやいていた。生徒や親たちがその前で次々と写真を撮っていたが、管理職にとっては、都教委が一番大事なんだということがよくわかった。

9時ごろから70メートルほど離れたところから40代の男(私服刑事?)がチラシまきを監視していたが、10時ちょっと前に携帯でどこかに連絡をしてから、校門の中へ入っていった。

チラシの内容に質問や抗議は全くなかった。

④<F高校>

8時20分くらいについた。卒業生は8時30分までに登校するので、あまり撒けませんでした。生徒は自転車通学が多い。I先生が「警備」で校門内にいた。今年は担任ではないので外に出されたとのこと。

別の先生が「前任校の○○高校にも撒きに来ましたよね。前に会った(06年頃?)」と言われ、副校長がくだくだとビラ撒きに文句をつけてきたことなど、その時の様子の話しになりました。

9時10分ころ、副校長が来て、「よく注意して撒いてください」と言ってきました。保護者には手渡せました。男性の保護者の一人が「俺は『君が代』に賛成。だからチラシは受け取れない」と言って受け取らなかった。

⑤<HM高校> 

8時5分から10時まで撒きました。正門前にビラをもって立っていると、しばらくして50代前後の教師が出できて、

  1. 教育の妨げになるので生徒には配らないようにして欲しい。
  2. 交通の妨げにならないように注意して
  3. 敷地内に入らないように

以上の3点を述べて、こちらの言葉には全く反応せずに切り上げた。

8時30分頃、門の係の先生3人が出てくる。9時頃、生徒がどっとやってくる。自転車が多く渡せない。受け取った生徒も門を入ると、先ほどの教師が手を出して取りあげている。

門が二つあるので、通用門の方に行くが、そのうち閉じたので正門にもう一度回った。生徒は受け取らないのが多いが、保護者は比較的受け取ってくれた。



2011年春の闘い(13)

渡部です。

本日(3月5日)の報告の続きです。

本日は40校以上の高校で卒業式が行われましたので、明日以降も報告が入ってくると思いますが、とりあえず、もう一つ紹介します。

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<KT高校>で配りました。
8時~10時過ぎまでです。広々とした歩道、注意する教頭らしき人も出てこず、校門警備の教員も好意的でした。

N島高校で私とすれ違いの人が警備にいていろいろと話しました。(島への赴任は新規採用者が多くなっているとのこと都教委の決めた制度は5年ももたない。新採研がその人達にもある)

校門前で写真を撮る親子が多く校門前は20名くらいが順番待ちなどでごった返し・・の状態がしばらく続きました。着飾った生徒が多く、華やいだ雰囲気です。



両親そろっての保護者も多く、祖父母と覚しき人もいて、配っても配っても保護者が来るという感じで私がもっていったビラ270枚程度、Hさんが用意したビラ約200枚くらい、合計470枚くらいを配りました。
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このように、都教委が卒業式を「日の丸・君が代」強制の場にしているとすれば、私たちはその本質を人々に暴露する場としているのです。

2011年春の闘い(12)

渡部です。

まず、3月3日(木)の報告2つからです。

<K高校>
8時過ぎから、われわれは3人で撒き始めた。8時30分頃、教員がきて、「生徒には配らないでください」という。「なんでですか?」、「混乱しますから」、「なにがどう混乱するのですか?」、「とにかく混乱して困りますので生徒には配らないでください」、という。その後、もう一回、同じことを言いに来た。

9時頃、「日の丸・君が代」強制に反対する大田市民の会の人たち10名くらいと監視弁護の弁護士が来て、独自のチラシを撒いた。受け取りは比較的よかったように思う。

<N工業>
(今回はじめて参加してくださった方からの報告です)

8時から10時まで、二人でまきました。最初にいったとき何もしていない矢先から高圧的で副校長?(たぶん)の態度が悪く「ビラに名前が書いてない」といったので「包囲ネットだと書いてある」といいました。

さらに門前の側溝のところに一歩踏んだら、「敷地内に入るな、家宅侵入罪だ」と騒ぐので、「市民に向かってなんだ」というと、「警察を呼ぶ」といいました。まったく態度が悪くて驚きました。

「こんな態度で生徒や教員に向かっているのですね。都教委のやってることは間違ってるんだからあんたもそれに従ってると間違うよ」と注意しました。

さらに「びらを落として散らかすな」と言ったので、「落としていない」と言いました。副校長は、付近の教員にゴミ箱を持ってこさせ、門のところに置きもらった生徒や保護者にそこに捨てるように指示していたので、「大事なビラだから捨てるように言わないでください」と言いました。

そのうち、時間で中に入ってしまいましたが、風でゴミ箱が倒れていたし、捨てる人はいませんでした。生徒保護者に、「おめでとうございます。大事なビラだからぜひ呼んでください。都立学校は今意見も言えず強制がすごいのです」とか話しかけながら配ったら、とても取りがよかったです。

生徒も、「先生が400人以上も処分されている」と説明を聞いてくれる人も多かったです。しばらくぶりにたくさんの高校生に話ができたので楽しかったです。

寒風の中350枚ほど配れました。とちゅうから門番の先生(40代)が遅刻指導をしていたので「やさしく声をかけてください。親にとっては大事な子どもですから」と言いました。

その先生に、「主幹の先生ですか。ご苦労様です。最近の職員会議はどうですか?」と聞くと、「職員会議は議決権がなく連絡機関ですから、 以前とすっかり変わりだめですよ。都教委が変わらない限りは」、と残念そうでした。

「市民も応援していますがんばってください」と挨拶して辞しました。

ここから本日(3月5日(土))の報告です。

<進学校のT高校>
8時10分前頃から正門のところでビラまき開始。

まもなく、管理職のような人物が出勤。ビラを渡そうとすると、「まだ、こんなことをやっているのか」と言う。ビラを渡すと、<「君が代」 卒業生・在校生、教職員、保護者の皆さん誰にも立たない、歌わない自由があります>という見出しに目が留まったのか、「思想・信条の自由の問題じゃないんだよ」と言ってきた。「いや、思想・信条の問題ですよ」と返したらそのまま正門を入っていった。

裁判所の判決のことを都教委が管理職たちに言いふらしているのだろうと思った。

ここは昨年も感じたが、生徒・保護者のビラの受け取りがよくない。進学のことで視野を狭くされているのだろう。1人でまいたこともあり、全部で68枚しかまけなかった。卒業生は321人ということだった。

女子生徒のほとんどは和装でお互い「かわいい」「きれい」」と言い合い、写真を撮り合っていた。

9時50分でビラまき終了。学校からの排除の動きはなかった。警察もパトカーが一台通っただけだった。



2011/03/06

2011年春の闘い(11)

渡部です。

本日(3月4日)の「読売」に、石原の<都知事選不出馬>の記事が出ていました。「日の丸・君が代」大好き自民党、「石原」言いなり都教委、に大きな打撃でしょう。多くの人々の闘いが彼を追いつめたのです。(東京における小さな民衆革命です)

本日4校のビラまき報告が入っています。

<H北高校>
校門前ビラ配りをしました。8時~10時まで 220枚配ることができました。(生徒には80枚くらいでしょうか。)教頭と覚しき人が、型どおりの注意をしただけでスムーズに配ることができました。昨年は教頭が「やめてください」を叫びながら私の傍らに付き、生徒に渡そうとするとその間に割り込む、などということもありました。寒くて手がかじかみ、紙を一枚取るのが難しかったりはありましたが、、、。明日はK高校の予定です。

<A西高校>
門が二つあり、正門の方は閑散としていた。駅に近い、出入りの多い裏門で撒いた。事務員の女性が来て、「ここで撒かないでください。撒くなら正門で撒いてください。学校が決めたことです。ここで撒く許可をを得ているんですか」という。撒き続けた。

その後男性教員が来て、「自転車の学生には危険だからまかないよう」と言ってきたが、ここで撒くなとは言わなかった。

生徒も保護者も受け取りよかった。

警察はこちらが正門前に到着したとき、正門斜め前に車を止め、私服2名が中から監視していた。こちらが裏門に回ると、私服も回ってきて、裏門前の駐車場に車をとめ、監視していた。途中、一人が下りてきて、こちらの写真を撮った。直接なにか言ってくることは無かった。

<T高校>
1.副校長が出てきて「わかっているでしょうが、敷地内にはいらないで。自転車で来る生徒に、自転車を止めさせて渡さないように」と言ってきた。

1.生徒も保護者もちゃんと受け取ったので、持っていったチラシは10時45分に撒き終わってしまった。

1.教職員も「ご苦労さん」とか「寒い中ご苦労さん」と声をかけてくれて受け取った。

1.8時過ぎ、「日の丸」と校旗を立てているところに出勤してきた教員が、「私はこの(日の丸)下を通りたくない」と言って、通用門から入っていった。

1.「町内の老人」風の人(来賓?)が、「なんだ、まだこんなビラを撒いているのか。門の前で撒くな。あっちへ行け」と言った。

1.門の所に立っている若い女性の教員が卒業生一人一人に「おめでとう」と声をかけていた。

1.通行人もかなり受け取っていった。

1.教員の話だといまは職員会議で この問題を話すことはないと言っていた。

1.この日、卒業式と同時に、後期入学志願者受付があり、門の右に「卒業証書授与式」、左に「入学志願者受付」の看板が立っていた。中学生がわりと来ていた。教員の話だと倍率が高くなっているという。

1パトカーが二回巡回してきました。

<MK高校(定)>
卒業式チラシ撒きは3人で行いました。

午後5時15分頃に卒業証書授与式の看板が出ました。先生たちが6~7人も校門の所にたまり、登校する生徒たちを出迎えるような形でした。先生たちもおしゃべりをしているし、登校してくる卒業生、在校生と言葉を交わしたりしてにぎやかでした。

副校長が来て、「敷地に入らないで下さい。門の前でやらないで端っこでやって下さい」といいました。

卒業生は32人だそうで、入学時約90人だったので、1/3になってしまったということです。バッチリきめたコスチュームの男子の卒業生、やはり目いっぱい着飾った女子生徒、まったく普段のままの服装の生徒と千差万別でした。

先生は卒業生には「おめでとう」声をかけていました。冗談をいいあったり、写真を撮ったり、明るい感じでした。

卒業式は定時制の全校生徒が参加するそうで、チラシはかなり撒けました。学校の前を通る人にも配りました。



2011/03/05

2011年春の闘い(10)

渡部です。

本日(3月3日)、東京では、4つの全日制高校と2つの定時制高校の卒業式があり、包囲ネットでは、4つの全日制高校でビラまきをしました。今日のキーワードは「常識ハズレ」でした。

<A東高校>
風が強く、寒い朝だった。8時30分頃、卒業証書授与式の看板と「日の丸」と校旗をだした。学校側はなにも言ってこなかった。生徒は自転車通学者が多く、手渡しづらかった。全体で200枚撒けた。

副校長が9時前にやってきて、何時まで撒くのかと聞いた。「10時から開式ですからその前までやります」と答えた。副校長は「ビラはセンターに送ったから」と言ったので、「送らなくても、包囲ネットのブログに載りますよ」とこちらは言った。送るように言われたているようだ。

門の内側に立っている教職員は、「警備」とともに、登校している生徒たちの服装、化粧をチェックしていた。化粧をしている女生徒に対して、化粧を落とさせたりしていた。

警備の教職員の話では、「日の丸・君が代」を職員会議で話すこともなくなったとのこと。

<西高>(校長が様子をテレビにとられても構わないと言っていたので校名を公表します)
天気は良かったが、風が強く寒い朝だった。行く途中、氷が張っていた。

2人でビラまきを始めると副校長が来て、しきりに通用門から離れてくれという。「言うことを聞かないと警察に言う」とも言う。しかし、通用門は広く、生徒・保護者の出入りに邪魔になるようなことはしていない。しばらくして校舎に帰ろうとするので、呼び止めて「よく読んでください」と言ってビラを渡す。

しばらくして、警備の教員が2人来る。副校長と同じようなことを言うが、それほど強くは言わない。

生徒・保護者たちは比較的受け取りが良かった。

しばらくしてもう一人の支援者が来て3人でまく。

すると今度は、正装した校長が出てきて、最初から「エキセントリック」(同じくビラをまいていた人の表現)に、
「ここでは蒔かないでくれ」と言う。
「何故ですか」と聞くと、
「常識ハズレだ」と言う。
「どこが常識ハズレなんですか。ビラを読んだのですか」と聞くと、
「読んだ、常識ハズレだ」と大きな声で繰り返す。
そうやっている最中、横を通り過ぎる生徒たちは次々にビラを受け取って行く。近くにいた2人の教員もただ見ているだけである。

間もなくすると、校長は帰っていった。私は、2人の教員たちに、「あんなに興奮して、式辞がちゃんとできるのかね。そちらの方が心配だね。校長には相応しくない人物じゃない」と言った。

一緒にビラをまいていた人も、「校長先生がしゃべっている隣で、生徒たちは次々にビラを受け取って言った」とおかしそうに笑っていた。

ビラは結局3人で計309枚まけた。

帰り道考えた。

あの校長は「常識」という「浅はかな見識」しかもたない人間なのだろう。きっとあの校長は生徒からあまり高く評価されていないのだろう。でなければ、生徒は「校長先生どうしたの」と言ってきてもいいはずだ。生徒も教員も知らん顔だった。

ところで、あの「常識ハズレ」という言葉はどこからきたのだろう。そうか、裁判所の判決からかもしれない。この間の判決は、憲法や法律に基づくものではなく、「慣習法」「学習指導要領」「通達」などに基づく、まさに、低レベルの「常識」をもとにしたものだ。裁判所といい、校長といい、低レベルの「常識」で人々を押さえつけようとしている。結局彼らには、「常識」(しかも上のものに従うという低レベルの)はあるかも知れないが、「見識」はないのだ。

ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

以下に、校長が読み「常識ハズレ」と言った私たちのビラ原文を紹介します。
 なお、このビラの裏面には、

  1. 2月4日の「朝日」<声>欄に載った「戦前の国旗国歌でいいのか」という投書と、
  2. 2月1日「朝日」夕刊に載った池澤夏樹氏の「少数者の居場所を残せ」という論文の抜粋、
  3. 壱花花さんの漫画「考えちゃダメ」を紹介しました。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

卒業生のみなさん、保護者のみなさんご卒業おめでとうございます。
高校を卒業される皆さんに、心から「おめでとう」の言葉をおくります。また、様々な「夢・希望」を持って旅立たれる皆さんに、「幸多かれ」の言葉をおくります。

皆さんが門出する日本社会と世界は、いま大きな転換期にあるようです。日本社会では、貧富の差の拡大と若者の失業が大きな問題になりつつあります。世界でも同じような問題があり、最近ではチェニジアやエジプトで若者たちが声をあげ独裁政権を倒しました。だから、私たちは皆さんに、自らの「夢・希望」をかなえると共に、<たくましい主権者>となり、多くの人々と手をつなぎ、よりよい日本社会と世界を切り開くことを期待しています。

 さて、卒業生の多くの皆さんは、小学校時代から「君が代」を歌わされてきたと思います。しかし、その歌詞の意味を知っている人は少ないのではないでしょうか。意味も知らないまま、言われるままに歌わされてきたのではないでしょうか。「君が代」は、明治初期に「天皇制」を賛美する歌として作られました。歌詞の意味は、「天皇の世の中がいつまでもいつまでも続きますように」ということです。この歌は、戦前・戦中には「日の丸」とともにアジア諸国に対する侵略戦争にも使われました。

 戦後、憲法で「国民主権」が定められ(1947年)、この歌はあまり歌われなくなりました。それでも次第にスポーツや学校教育を通して復活し、1999年国会の強行採決で「国歌」とされてしまいました。国民の代表たちは何を考えていたのでしょうか。でも当時、政府は「この法律自体から生ずる効果としては、国民が掲揚の義務を課されたり、斉唱の義務を課されたりするということは一切ない」と言っていました。にもかかわらず、東京都教育委員会は2003年に「10・23通達」というものを出し、「起立・斉唱」しない教職員は処分するとしました。その後、生徒にも「起立・斉唱」が強制されるようになりました。また、都教委は職員会議での挙手・採決も禁止し、学校から民主主義はなくなりました。

しかし、「このままでは再び戦前の社会に戻る」という危機感を抱いた教職員たちは、「不起立」「不伴奏」という形で抵抗しました。すると処分が繰り返され、これまで延べ430人の教職員が処分されています。さらに この1月には、東京高等裁判所が「君が代」強制・処分は問題ないという判決を出しました。「天皇制賛美の歌」を強制してもよいというのです。国民は「主権者」から「臣民」に戻ってしまったのでしょうか。

将来日本社会の「主権者」となる卒業生のみなさん、「主権者」たる保護者のみなさんに訴えます。
「君が代」=天皇制賛美の歌が、処分を伴って強制されるような日本社会でいいのでしょうか。



累積加重処分取消裁判を支援する会 ニュース(第20号)

証人採用2人のみ(近藤・齋藤校長)   
第5回口頭弁論(証人尋問)   
4/28(木)13時30分 地裁527号

 

本日の進行協議において、裁判長は卒業生と研究者の証人申請を認めず、原告本人と職務命令発令校長のみの証人尋問となりました。全力を挙げて問題点を明らかにしていきたい。皆様の傍聴よろしくお願いします。   
下記の内容の陳述書を提出しました。アドバイスをお願いします。

 

陳 述 書(証人尋問に向けて)

 

目次

 
       
  1. はじめに
  2.    
  3. 教員となった経過
  4.    
  5. 当初赴任した養護学校での思い出
  6.    
  7. 昼間部の中学校の教員時代の思い出
  8.    
  9. 夜間中学に勤務をはじめてからの思い出
  10.    
  11. 2003年「10.23通達」発出以前の卒業式
  12.    
  13. 「10.23通達」発出後、2004年3月の卒業式
  14.    
  15. 2005年3月の卒業式
  16.    
  17. 2006年3月の卒業式 初めての不起立(市教委の指導措置)
  18.    
  19. 2007年3月の卒業式(戒告処分)
  20.    
  21. 2008年3月の卒業式(減給10分の1・1カ月処分)
  22.    
  23. 2009年3月の卒業式(減給10分の1・6カ月処分)
  24.    
  25. 2010年3月の卒業式(停職1カ月処分)
  26.    
  27. 私の不起立の思い
  28.    
  29. 最後に裁判官の皆様に要請します

1 はじめに
 私は、東京都の公立学校の教員として33年間勤務し、最後の5年間、本件事案にかかわる5回の不起立・不斉唱により、被告都教委から4回の懲戒処分を受けてきました。この私の行動は職務の一環であり、もとより私の職務は「子どもとの直接の人格的接触を通して個性の伸長をはかる」ことです。教員には、制限されているとはいえ教授の自由があります。この教授の自由が都教委の「10・23通達」と校長の職務命令によって厳しく圧迫されました。
 私は,自分の学生生活を通じて,また長年の教員生活の中で,教師が,プロとして,子ども達の特性に合わせて,教育することが,子ども達の成長にとって必要であることを感じています。そこで,今回の処分の経緯とともに,私の体験についてもお話ししたいと思います。

2 教員となった経緯
私は,もともと子どもが好きだったこともあり,また,私が学校で学んだことを子ども達に伝えたいと言う思いで,大学卒業後しばらく講師を経験した後、1977年、東京都の教員になりました。
直接的な動機として、中学時代に出会った数学のF先生の影響があります。数学の授業では競争主義に対抗して集団活動を指導していました。放課後や土曜日には先生の自宅にうかがって遊んだり、社会問題について話したりしました。私たちは、高校に進学した後も周辺の高校生と高校生集会をもったりして交流していました。F先生は,特定の考えを教えるということはなく,いろいろな問題を自分で考えて意見を言い,みんなで話し合うことの大切さを教えてくれました。
去年香川に帰省した折、先生に会って当時のことを話しました。先生は、「あのころは本当に自由にやっていたな。」と笑っていました。
もし,先生が今の学校のように職務命令で縛られていたら,話し合いの楽しさや集会など何かを企画して作っていくことを教えてもらえただろうかと思います。その意味で,私は,改めて、教員の自由が子供に与える影響が大きいことを感じました。

3 当初赴任した養護学校での思い出
(1)東京都の教員になって最初に赴任したのは、養護学校です。現在の特別支援学校です。1977年から1982年まで2校経験しました。都立城南養護学校と都立清瀬養護学校です。
(2)城南では肢体不自由の生徒と学校中を駆け回る毎日でした。カリキュラムにはありませんが,言葉が出ないなど障がいを持っている子ども達とは,例えば手をつないでお散歩をするとか,校舎内やスクールバスの発着場でのかくれんぼに付き合うなどで,人間関係を作り,教育がやりやすくなることもありました。
(3)清瀬は、赴任したときに開設された学校で,1年目は数人でしたが,2年目からは東村山福祉園の児童・生徒がスクールバスで通ってきたので,生徒は200名以上に増え,しかも重度の障害を持ち,学齢期を過ぎたいわゆる過年児が多かったです。そのため,生徒の移動にも複数の教員が必要となったり,また,図工などではさみを使用したりするのにも監督する教員がたくさん必要となり,更には日常業務の中で腰痛をおこす教員が増えたりで,規定の教員数では,生徒の日常生活に支障が出たり,安全も守れないという状況になりました。そこで,私は,労働組合分会の責任者として連日、校長、組合本部、都教委と対応し,教員増員を要請し、二学期からの増員を実現し,生徒の生活や安全対策も改善しました。私はこの取り組みを通じて、子どもの学習権を保障するのは現場の教員の重要な役割であると強く感じました。

4 昼間部の中学校の教員時代の思い出
1982年に,世田谷区立駒沢中学校へ異動となり,1990年3月まで勤務しました。その後,1990年から1993年まで大田区立大森第十中学校に勤務しました。これらの勤務校では,通常の学級担任をし,社会科を担当していました。
 いわゆる“荒れる中学生”の時期で、駒沢中では、学校には来るけれど学校内外を徘徊、放浪する数人のグループがあり,学校間の生徒の暴力事件も頻発していました。当時この学校では、教員集団としてそのような生徒に向き合うということは困難で、個別に対応する教員をサポートするというよりは孤立させるような風潮がありました。そんな中で,暴力事件などを起こすグループの一人の生徒を担任した時、その子の行方不明だった母親が死体で見つかるという事件がありました。その時に私は、生徒の荒れた行動の裏に辛い生活を抱えていたことを知り、私の対応が表に出ている暴力への対処だけになっていて、子どもの心に向き合っていなかったことを感じました。他にも、受験をはじめ過酷な競争に投げ込まれ苛立ちを感じていた子ども達はたくさんいたと思います。そういう生徒に向き合っていくことができなかった背景には,公務に追われて時間的な余裕がなかったこともありますが、教員同士の中に自由に悩みを語り合って一緒に解決していこうという雰囲気がなかったことがあったと,今振り返ってみて思うのです。

5 夜間中学に勤務をはじめてからの思い出
(1)1993年4月から,私は足立区立第四中学校の夜間学級に勤務しました。大学で中国の歴史を勉強していたこともあり,かねてから,外国人生徒、特に中国残留孤児関係者が多く学んでいた夜間中学で教えることを希望していたためです。その後,1993年から1997年に足立区立第四中学校夜間学級,1997年から2004年に世田谷区立新星中学校夜間学級(現三宿中学校),2004年から2010年に八王子市立第五中学校夜間学級と,退職するまでずっと夜間中学に勤務しました。
(2)実際に勤務した夜間中学には、多くの外国人生徒が在籍し、特に、かつて大日本帝国が軍事侵攻したアジアの諸地域から来日した生徒が圧倒的多数を占めていました。その中には、中国残留孤児及びその2世3世の関係生徒もいました。
そういう生徒たちに社会科で歴史を教える中で、また、夜間中学校の教育実践の交流や教育方法の理論を研究する全国や東京都内の夜間中学校の研究会の中で、日本の戦争責任、戦後責任を突き付けられることもしばしばありました。
例えば、新星中学校の授業で南京事件が話題になった時、中国人の生徒の1人から「あなたたち日本人は南京事件の責任をどう考えているのか」と迫られたことがあります。私は、日本の加害者責任については考えていたつもりでしたが、改めて自分自身の責任を問われ言葉に詰まってしまいました。
また、八王子五中では、フィリピン人生徒の1人が、「私の親戚の者が戦争中に日本軍に殺された」と話し始め、レイテ島やモンテンルパなど戦争中の日本軍の残虐さを次々と話したこともありました。その生徒は、母国の学校教育や親の世代から教えられたのだと語っていました。
研究大会の時には、夜間中学では中国人の生徒が多くいることから、その理解のために、毎回、体験発表を聞く機会を設けています。その中では、中国の政治・文化についても学びましたが、根強い差別に基づく帰国後のいじめや言葉の問題などによる生活の困難等を聞きました。
このような体験を通じて、私は、日本に来ているアジアの方たちは、日本の戦争加害責任についてきちんと学んできていることを改めて認識し、アジアの国々の歴史や考えを理解し、また日本の戦争における加害者としての側面についてもきちんと学び自分なりの意見を持てるようにしなければならないと思い,意識して授業を行うようになりました。そうすることが、日本にいるアジアの人々への偏見をなくし、また、日本人の生徒が今後国際社会の中で誇りを持って生きていくための基礎となると思ったからです。
6 2003年「10.23通達」発出以前の卒業式
2003年に、いわゆる10.23通達が発出される以前の卒業式では、私が勤務していた学校では、「日の丸」はB4大の大きさのものが、舞台からみて、左サイドに掲げられており、「君が代」はテープが流されるだけで「斉唱」を強要されることはありませんでした。

7 10.23通達発出後、2004年3月の卒業式
私が当時勤務していた新星中学校では、2004年2月頃,「10.23通達」が配布され、職員会議では、卒業式の会場図が呈示されました。新星中学校は2004年4月に隣接する池尻中学校と合併することが決まっており、すでに校舎の改装作業がはじまっていて、卒業式も新しくできた多目的ホールで行うことになっていたので、その意味で従前とことなることは分かっていましたが、更に、国旗・区旗が舞台正面に掲げられ、国歌斉唱も明記されており、様相が全く変わっていました。私は、このような強制は間違いではないか,やめた方がいい,という趣旨の発言をしましたが、結局通達通りの卒業式が行われることになりました。私は、同僚の1人から「(国歌斉唱で)座ったら処分されるよ」と言われた記憶があります。おそらく高校の先生の不起立や処分の動きをみてそう思ったのでしょうが、私が勤務していた中学校では職務命令が出されることもなく、起立を強制する雰囲気もなかったので、私はあまり危機意識は持ちませんでした。
そして、2004年3月の卒業式は、正面に「国旗」と区旗が掲げられ、「国歌」は音楽講師によるピアノ伴奏による起立斉唱となりました。
私は、この時は起立しました。

8 2005年3月の卒業式
私は、2004年4月に八王子市立第五中学校に異動しました。
そして、これまでと同じように、2005年2月ころの職員会議で、卒業式の式次第や会場設営について議論がされました。やはり10.23通達やこれと全く同じ趣旨の八王子市の9.22通達ないし12.8通達通りの卒業式の内容でした。私は、これまでと同じように、国歌斉唱を削除してほしいなどと「日の丸・君が代」強制に反対する意見を述べました。これに対しては、校長から、都教委・市教委の指示だと言われました。
この年の卒業式は、式次第に国歌斉唱が入り、会場設営は,舞台正面に国旗・市旗を飾る、生徒の卒業制作は、飾る場所について議論になりましたが、結局通達通りにということで、舞台サイドに飾ることになりました。
私は、昨年の卒業式で国歌斉唱時の不起立で処分者が多数出たこと、中学校の教員も入っていたことを知り、今年は更に強制が明確になったと感じていたので、このまま黙って起立していてはますます強制がひどくなるのではないかと思い、不起立すべきではないかととても悩みましたが、最終的には起立しました。

9 2006年3月の卒業式 初めての不起立(市教委の指導措置)
(1)    卒業式についての職員会議の議論
2006年3月の卒業式についても、同年2月頃に、職員会議で式次第や会場設営について、職員会議で議論されました。
 私は、やはり、例年と同じように、強制に反対する意見を述べましたが、校長も昨年と同じように、上からの指示でやらなければならないと言いました。
この時、やはり生徒の卒業制作の場所が問題になりました。昨年までは会場内に飾られていたのに、この年の案では、会場の外に飾られることになっていたからです。せめて会場の後ろにという提案もなされましたが、結局却下されて、原案通り卒業制作は会場の外に飾られることになりました。その他は昨年同様でした。
(2)    卒業式での不起立とその思い
 10.23通達発出後初めての卒業式であった2004年3月には、私としてはそれほどの強制を感じていませんでした。
 しかし、新聞報道などで、2004年も2005年も卒業式で国歌斉唱で不起立をしたことで大量の教員が処分されたことを知り、実際には強制が行われていることを感じました。
 また、私が勤務していた学校でも、当初は簡単な話だけであったのが、実際に、生徒の卒業制作まで、職員会議で議論になっても、上からの指示、通達通りということで、強制的に、会場の外へ出されてしまうのをみて、このままでは、教育から自由が奪われてしまうという危機感を感じました。そして、職員会議で強制に反対する議論をしても実際には起立することによって強制を受け入れてしまっているということを後悔し、自由を抑圧されそれに抵抗できない教員が果たして生徒の前に立てるのか、という自責の念におそわれました。それでも本当に不起立するべきか悩みましたが、不起立で処分された教員を支援する集会などに参加して処分された教員の話しを伺ったり、ナチス支配下のドイツにおける抵抗運動の話を聞く中で、私は、このまま黙っていては、ますます強制が厳しくなり、教育から自由が奪われてしまう、これに反対する意思を表明したいと思い、不起立を決意しました。
 そして、2006年3月の卒業式で、はじめて、国歌斉唱の際に起立しませんでした。
(3)その後の処分の経過
不起立した当日、まず、校長から事情聴取がありました。現認はなく、最終的には周りにいた教員に確認したと思われます。その後、私は不起立、不斉唱したこと、あらゆる処分に反対する内容を広く知らせました。数日後、市の教育委員会から。3回ぐらい呼び出しがありました。聞かれた内容は職務命令の有無などで、明確にはなかったと思うと答えました。しかし不起立は間違いないという話をしました。
4月末頃,最終的に校長・副校長と一緒に市教委に呼ばれて,校長・副校長がまず教育長室で指導,その後石川教育長より,指導措置を受けました。通告を読み上げられたのでその文書をいただけきたいというと,指導措置なので,文書は渡さないと言われました。その後,教育長の説諭がありました。
通告の内容は,不起立が信用失墜行為だから今後同様のことがないように注意をするというもので、説諭も同じような内容でした。校長の指導を受けて服務に専念するようにとも言われ、職務命令が出たらそれに従えという意味ととらえました。
 後から校長から聞いたことですが、校長と副校長も,私と同じような指導措置を受けたそうです。
 校長が職務命令を出していなかったので、私が服務義務違反を問われなかった代わりに校長ら管理職も指導を受けることになったのではないかと思います。

10 2007年3月の卒業式(戒告処分)
(1)    この年の卒業式も、2月頃に職員会議で式次第・会場設営について話し合われました。内容は、2006年と同様でした。
 私は、例年通り、日の丸・君が代の強制に反対する意見を述べましたが、原案通り決定しました。
 この年、校長は、はじめて、国歌斉唱時に起立斉唱するようにとの職務命令を出しました。
(2)私は、昨年通り、国歌斉唱時に、不起立・不斉唱をしました。
(3)その後、校長からの事情聴取、都教委の事情聴取が行われました。
都教委での事情聴取は、「服務事故について、事情を訊く」「メモを取ってはならない」とのことで、私は犯罪者扱いされていると感じました。
そこで、私は、一方的な事情聴取には応じられない、私の言動の証拠が都教委側にしか残らないようなやり方には応じられないと思い、所属・氏名の確認以外は、いっさい「ノーコメント」を通しました。
そして、3月30日に、戒告処分を受けました。
3月30日、東京都教育委員会は、私に対して「戒告」処分を発令しました。「処分理由」は、地方公務員法第32条」(法令等及び上司の職務上の命令に従う義務)違反、「卒業式の国歌斉唱の際、起立しなかった」ことが「全体の奉仕者たるにふさわしくない行為であって、教育公務員としての職を傷つけ、職全体の不名誉となるもの」(地公法33条違反)であると書かれていました。
自由やさまざまな意見が最も尊重されるべき教育の分野で、最も強烈な強制と懲戒が進行していることに強く抗議しました。

11 2008年3月の卒業式(減給10分の1・1か月)
(1)    この年の卒業式も、2月頃に職員会議で式次第・会場設営について話し合われました。内容は、2006年と同様でした。
 私は、例年通り、日の丸・君が代の強制に反対する意見を述べましたが、原案通り決定しました。
 そして、2007年と同じように、校長は、国歌斉唱時に起立斉唱するようにとの職務命令を出しました。
(2)    そして、私は、この年も、3月19日に行われた卒業式の国歌斉唱の時に、不起立・不斉唱をしました。
この年、私が座っていると、副校長から、「起立して斉唱してください」と言われました。これに対して私が「これは、自分の校務です。」と答えると、副校長から。「5時57分、現認」と言われました。
(3)同日、校長から事情聴取を受け、翌々日の21日に、八王子市教育委員会からの事情聴取を受け、25日に東京都教育委員会から事情聴取を受けました。私は、事情聴取では、昨年同様、一貫して、自分の身分、校務分掌に関すること以外は、ノーコメントを通しました。
そして、3月31日に、東京都教育委員会から、減給10分の1・1カ月の処分を受けました。その理由は、やはり昨年同様、「不起立」が地方公務員法32条(上司命令違反)、同33条(信用失墜・不名誉)というものでした。

12 2009年3月の卒業式(減給10分の1・6カ月処分)
(1)この年の卒業式も、2月頃に職員会議で式次第・会場設営について話し合われました。内容は、2006年と同様でした。
 私は、例年通り、日の丸・君が代の強制に反対する意見を述べましたが、原案通り決定しました。
 そして、校長は、3月11日の職員会議において、国歌斉唱時に起立斉唱するようにとの職務命令を出しました。
 更に、この年は、3月17日の卒業式の予行練習の当日に、私は、校長室に呼ばれて、個別に卒業式において起立するように指導を受けました。
 私は、更に強制が強まっていることを感じ、やはり起立することはできないと思いました。
(2)    そして、3月19日の卒業式で、私は、やはり、国歌斉唱の時に、不起立・不斉唱をしました。
この時に、来賓として、八王子市教育委員会指導主事ともう1人保護者席後方に市教委の方が来ていました。私は、「服務事故」の監視のためだと思いました。
式冒頭で、起立したまま「国歌斉唱」となりました。私は、速やかに着席しました。副校長が私に近づいてきて起立・斉唱を命じましたが、私が起立しないのをみると、「午後6時7分現認」と宣告しました。私は「了解しました」と応じました。
(3)例年通り、当日、校長から事情聴取を受け、3月23日に八王子市教育委員会から、その後東京都教育委員会から事情聴取を受け、3月末に、減給10分の1、6ヶ月の処分を受けました。
私への処分は、年々加重され、この年は第3段階になっていました。処分理由を読み上げる担当官の手が小刻みに震えていたのを覚えています。処分は、書面を読み上げただけで、あっけなく発令式は終わりました。この発令には八王子市教委、校長が立ち会いました。

13 2010年3月の卒業式(停職1カ月処分)
(1)この年の卒業式も、2月頃に職員会議で式次第・会場設営について話し合われました。内容は、2006年と同様でした。
 私は、例年通り、日の丸・君が代の強制に反対する意見を述べましたが、原案通り決定しました。
 そして、校長は、職員会議において、国歌斉唱時に起立斉唱するようにとの職務命令を出しました。
(2)3月19日に行われた卒業式において、私は国歌斉唱の際に、不起立・不斉唱をしました。
 開式冒頭、起立「国歌斉唱」と共に、私は着席、不起立・不斉唱行為に入り生徒に正対しました。生徒の中には「あれ!」という感じが走りました。生徒の中にも斉唱していないものは多数いました。すぐさま副校長が近づいてきて「近藤先生、立ってください」と言いました。私は「現在、校務遂行中です。」と応じました。 副校長は「6時1分、現認しました。」と言ったので、私は「了解しました。」と応えました。私が不起立をしたことで、式が滞るということも、雰囲気が壊れることもありませんでした。
(3)    そして、例年通り、卒業式当日に校長から事情聴取を受けました。この時、私は「学習指導要領や文部科学省の解説にも、<起立すること>は提示されていない、生徒に異なる考え、異なる行動を示すことこそ校務である。」と述べました。校長はこれには直接答えず「職務命令違反で報告する。」と通告しました。
その後、八王子市教育委員会、続いて東京都教育委員会からの事情聴取を受けたことも例年通りでした。
3月30日に、校長室にて東京都教育委員会の担当者から、校長の立ち会いの下、停職1月の処分でした。
私は、今年度で退職になるので、「停職1月ということは、3月31日で退職するがそのまま退職になだれ込むことになるのか、それとも、4月30日までは身分が保証されることになるのか。」と質問すると、「それは前者だ。」との回答でした。つまり、最後の1日だけの停職となりました。

14 私の不起立の思い
(1)まず、「日の丸・君が代」について、1999年に国旗・国歌法が成立しているとしても、これは決して価値中立的ではなく、否定的考えや国旗・国歌とすることに異論がある課題だと思います。それは、法律が成立しているかどうか、多数が認めているかどうかの問題ではありません。また、オリンピックなどで日本選手団の団旗として使用されていることとは別の問題です。私にとってそのことは書物上のことではなく、特に外国人生徒との出会いから強く感じます。彼らにとって、「日の丸・君が代」は自国のシンボルではないのです。八王子五中での国旗・国歌の授業実践については、2008年に文部科学省に提出した報告書で展開しました。それぞれの自国の国旗についてどんな意味があるのかを調べてきて発表させました。ラオスとフィリピンの生徒は、国土や自然を表すと同時に、独立のための戦いを象徴していることを発表しました。私はお互いの人間を尊重し敬意を示すことを指導してきました。
「日の丸・君が代」が戦前の我が国の軍国主義や侵略戦争のシンボルとしての役割を果たしたことは事実であり、そのために拒否反応など異なる見方があるのは当然です。また、歴史的な評価と共に、現在の国家統制、世界有数の軍事力・海外派兵にまで至った情況と「日の丸・君が代」の強制がリンクされていることこそ重大であると思います。イラクへの自衛隊派遣には「日の丸・君が代」が利用されました。
(2)そして、その論争的課題を学校教育に持ち込むこと、しかも、儀式という議論を起こしにくい場面に持ち込むことには重大な問題があります。私は、「日の丸・君が代」を教材としてその歴史や現状について多様な意見があることを取り上げ、議論する必要があると思っています。タブー視するつもりはありません。しかし、このような論争的課題を学校教育の場で取り上げるときには、特に学習者の自由な意見が保障される学習の自由や、それを受け止める教員の教授の自由が厳密に保障されなければなりません。「子供と教師の直接の人格的接触」の場面でどちらかの自由が抑圧されればもう一方の自由も失われます。
(3)また、“一律の起立・斉唱によって国旗・国歌に対する正しい認識を持たせ、尊重する態度を育てる”ことは明らかに一定の価値観の導入だと思います。学習指導要領には、起立は示されていません。外交的儀式の時の慣例といっても、国旗・国歌に対する一律起立・斉唱として学校教育の現場に持ち込まれるのは決して一般的ではありません。
卒業式は都教委も言うように“給料が支払われ、職務専念義務が課されている勤務時間中の公務”であります。しかも、生徒に対する教育実践の場です。従って、一律起立・斉唱の強制下で制限され抑圧された中でも、教授の自由を発揮する教育実践は、多様な考え多様な行動を示すため、生徒に正対して不起立・不斉唱を敢行するしかなかったのです。最後の不起立では、これまでの不起立の中でも最も生徒の顔をしっかりと見ることができました。
(4)ここであらためて、私の不起立・不斉唱の意味をまとめて提示します。

<教員としての3つの拒否>
1,教育課程への強制を拒否する。
都教委―(市区町村教委)-校長が一体となった強制の違憲、違法性を明確にする。「10.23通達」は教育内容への規制であり、教職員の一挙手一投足を縛るもの。教員の教授の自由、学校の自主性を踏みにじるものであり、現在進められている「道徳教育」「愛国心教育」の強制に道を開く。
2,国家忠誠の表明を拒否する。
いかなる法、学習指導要領、文科省解説にも“起立”は示されていない。国旗・国歌法成立時の政府見解では“君”は天皇、“君が代”は我が国、その歌詞は我が国の末永い繁栄と平和を祈念、とされている。起立か不起立かは「日の丸・君が代」への賛意か不賛意かを示すのではなく、国家忠誠表明の強制を受忍しているかどうかを示すことになる。
3,プロトコル(国際儀礼)の強要を拒否する。
強制と尊重、強制と一般的敬意、学校教育での強制とオリンピック等での慣習とは異なる。儀礼の強要は国際的信用を失う。

  <児童・生徒への3つの提示>
1,教員としての存立の精神的・肉体的危機即ち急迫不正の圧迫に対する正当防衛行為は認められるべき。不起立・不斉唱によって児童・生徒に非暴力・不服従の意味を教えることは重要な政治的教養の獲得として尊重されるべきである。(教育基本法14条)
2,学習の自由、教授の自由を保持すること、異なる考え異なる行動の存在を承認することによって学習は始まる。そして、自由権(思想良心の自由・宗教の自由)、社会権(教育の自由)などの基本的人権を尊重することの意義を示す。
3,「愛国心」「天皇制」「国家・国旗・国歌」「国際儀礼」等を学ぶきっかけとなり、個性の尊重、多文化共生への学習を進める。国家や行政権力の意向を無条件に受け入れるのではなく、それを相対化し多面的に検討する方向を示す。なぜ、処分を構えた強制下でも不起立・不斉唱を実行するのかを問いかける。
(5)私の一家は「満州国」(中国では偽満という)「奉天」(現在の沈陽)からの引揚者です。父は植民地経営の国策会社「満鉄」の職員でした。父母、姉、兄は1946年、難民としてコロ島から引き揚げてきました。両親から聞く昔話は、中国での幸せな生活と戦争に負けて帰国するときの大変さ、何もかも失った恨みごとが多かったです。
このような背景のある家族の中で育ったので、もともと中国に関心があったのですが、中学、高校時代と歴史を学ぶうちに、日本の侵略者としての側面を知り、これに両親も加担していたのではないかと思うようになり、父母へ反発するとともに、より深く学ぼうと、大学は中国の歴史専攻し、学んだことを伝えたいと教師の道を選びました。
そして、教員となり、特に夜間中学で、日本がかつて侵略したアジアの人々と関わる中で、日本人が国際社会の中で生きて行くには、日本の戦争被害者としての側面とともに加害者としての側面もきちんと認識し自分なりの考えを持てるように教育することが必要だと思いました。その時には、日の丸・君が代が戦争に利用されたことを教え、現在でも日本が侵略したアジアの国々の人たちの中にも、日本人の中にも、戦争の象徴であり敬意を表することができない人たちがいることも教える必要があると思いました。このようにいろいろな議論がある日の丸・君が代を儀式に用いるときには慎重な議論が必要であると思うのに、東京都教育委員会や八王子市教育委員会が校長に職務命令を出させ、教員がそれに違反すれば処分するというやり方で教育の現場で強制する、このことは許せないと思っています。
 また、私は教師として、普通級だけでなく、養護学校や夜間中学にも赴任し、境遇も能力も考え方も様々な生徒に関わってきました。その中で、教える内容も教え方も、同じ中学校という場であっても、全く変わってくること、教師の教育の自由の大切さも実感しました。
 私は、2006年から連続して5回卒業式で不起立・不斉唱をし、2007年から4回連続で処分され、その処分は戒告、減給1月、6月、定職1ヶ月と年々加重されました。33年間の東京都の教員としての最後の1日が出勤停止となりました。
私が教職員として処分されたのは、この不起立のみです。他の職務命令にはきちんと従ってきましたし、非行を行ったこともありません。
 その私がこれだけの処分を受けても、職務命令に違反したのは、上述したような、私の生立ちだけでなく、教師としての体験から、日の丸君が代を強制することは許せない、教育の自由を守りたいという思いからです。

15 最後に裁判官の皆様に要請します。
私は、5回の不起立・不斉唱を行い4回の累積加重処分を受け、そのすべての事案を併合して審理をお願いしています。
これまで述べてきたように、「10・23通達」が発せられた当初は明確な意志表示ができませんでした。動揺し自信を喪失し、自己嫌悪にさえ陥りました。何をするにも気力が伴わず、街中を徘徊するありさまでした。こんな無気力状態ではこれ以上仕事を続けられないかもしれないと思い、自分の意志に正直に行動することにしました。私はもう退職しましたが、このような忸怩たる思いをしている教員が少なからずいるのではないかと思います。
自分を律することを学ばなければならないにしても、教育は自由を基本とするべきだと思います。私の不起立・不斉唱は、自分の思想、良心から強制を拒否すると同時に、異なる考え異なる行動を示す教育実践の意味があります。従って、この間、累積加重処分が予測されても不起立・不斉唱の行動を変えることはなく、最後には停職処分にまで至りました。つまり、日常の教育活動と連続したものであります。そのような連続したものとして審理していただければ幸いです。
道理からも、そして実感としても、一律起立・斉唱を強制する都教委「10・23通達」と校長の「職務命令」、そして処分は不当なものです。ぜひ公正な審理に基づいて、違憲、違法の判決を出してください。

以上

 

ニュースへのリンク



2011/03/02

2011年春の闘い(9)

渡部です。

本日(3月2日)から、
都立高校の卒業式が始まりました。

早速、A高校のビラの様子が入っています。
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時間 8:00~10:00まで
 ビラまき人数 2人 
  8:10ごろ職員が看板立てなど準備始める。
 20分頃教頭が門まできてビラまきしている私たちに対して
 「職員には撒いてもいいけど生徒にには撒かないで下さい。」
 「上から(都教委)の指示ですから。」と言って去っていった。

 その後は何も言ってこない。妨害等なし。
  準備の最後に門の後にゴミ箱を設置した。
 ゴミ箱にビラを入れた人は一人だった。
  ビラはけはよかった。150枚ぐらい。
  父兄は私たちのことを学校の関係者だと思っている方が多い。
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ちょうどいいタイミングで、本日の「朝日新聞」<声>の欄に、「『君が代』意味知らず歌わされる」というタイトルで、小生の投書が載りました。
使えるようでしたら使って下さい。

夜、埼玉の73歳の方から励ましの電話がありました。

明日以降も、卒業式ビラまきが続きます。



2011年春の闘い(8)

渡部です。
(一つの訂正と二つの報告があります)

明日(3月1日)から、「卒業式シーズン」に入ります。東京の都立高校は3月2日(水)からです。

包囲ネットでは、他の団体・個人と連帯し、全都的な卒業式ビラまきを計画しています。しかし、この間包囲ネットが作った卒業式予定表に幾つか誤りがありましたので、以下のように訂正します。

     <卒業式日程の訂正>
            <正>      <誤>
鷺宮高校(全) 3月16日(水) ←3月10日(木)
鷺宮(定)    削除
練馬高校    3月12日(土) ←3月5日(土)
板橋有徳(定) 3月23日(水) 挿入 
上野高校    3月5日(土)  ←3月6日(日)
江北高校(定) 3月5日(土)   挿入
本所高校(全) 3月4日(金)  ←本所(定)
第三商(定)  3月5日(土)  ←3月8日(火)
城東高校    3月12日(土  ←3月5日(土))
江戸川高校   3月12日(土) ←3月5日(土)
松が谷高校   3月4日(金)  ←3月12日(土)
町田高校(全) 3月4日(金)  ←3月5日(土)
町田高校(定) 3月5日(土)  ←3月4日(金)

すでに包囲ネットではビラまき態勢を整えています。
本日も新たに参加してくれる方が増えました。

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本日(2月28日)朝、<河原井さん・根津さんらの「君が代」解雇をさせない会>の
 ・「都庁前ビラまき」(19人参加)
 ・「都教委要請行動」(13人ほど)
がありました。

ビラのタイトルは、『「日の丸・君が代」の強制は「潜在的アイヒマン」を作る』というものでした。

都教委要請行動では、8つの団体・個人が要請しました。「解雇させない会」の<要請書>には次のようなことが書いてありました。

「東京の公立小学校・中学校・高等学校の教育現場から、現在大きな悲鳴が聞こえてきています。・・すべての学校の日常が、あたかも息詰まる煉獄的強制収容所のようになってしまっています。上からの指示に盲目的に従うことだけが強制され、点数稼ぎが第一となり、お互いに支え合いながら健康的に自由に学び、おのおの人格を形成する場ではなくなっています。必然的に陰湿なイジメが横行し、登校拒否が増え、心身の過剰なストレスからの心の病気が蔓延しています。これが続いて行くなら、学校は完全に闇に閉ざされてしまいます。
・・・・
(「10・23」)通達以後処分された400余名の教職員は、世に言う『良心の囚人』とも言える存在なのです。」

「包囲ネット」では、<抗議ならびに要求書>というものを出しました。この中ではまず、中東で倒されている独裁政権の例を引き、この間の東京都の教育行政は、憲法を否定する石原都知事とその意を受けた都教委による独裁下に行われたものであるとし、「10・23通達」と処分を即刻撤回するよう要求しました。

次に、独裁権力は利権を独占し、腐敗する例として都の教育委員(6人)は、月2回(しかも半日程度)の定例会に出てくるだけで委員長=53万円、委員=43万円もの報酬を得ていることを問題にし、即刻やめるように要求しました。

三つ目に、都教委の独裁的教育行政が原因で現場教職員の中に大きなストレスがたまっているが、その原因には目を向けようとせず、「ストレス検査」なるものを来年度からトップダウンで実施しようとしていることについて、都教委の独裁的教育行政を根本的に改めることが先決であり、さらにストレスを生む「ストレス検査」はやめろと要求しました。

要求中、教育情報課課長に、「君が代」について「これは天皇制賛美の歌ですよね」と質すと、「歌詞はそう読めますね」というようなことを言っていました。

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本日午後、東京高裁にて大嶽業績裁判の控訴審がありました。
42の傍聴席は満員となる一方、控訴人席についた世田谷区・東京都側も9人と多く、彼らがいかにこの裁判を重視しているかが現れていました。

本日は、「書面の確認」と今後の裁判進行について控訴人から「証人申請」の要請がありました。
その要請も含め、次回3月29日は、公開審理ではなく「進行協議」が行われることになりました。

本日の傍聴者の中には、「意見陳述書」を書いてくれた教え子・保護者や、「すべてC評価」となり裁判闘争を闘っている元三鷹高校校長の土肥さんも見えていました。
ちなみに土肥さんの次回裁判は、
 3月17日(木) 午前10時~夕方まで、527号
 都教委側3人の証人尋問です。



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