フォト

掲示板

停職「出勤」日記2009

停職「出勤」日記2008

停職「出勤」日記2007

停職「出勤」日記2006

停職「出勤」日記2005

投稿欄

ちらし置場

リンク集

« 2011年春の闘い(16) | トップページ | 2011年春の闘い(18) »

2011/03/10

2011年春の闘い(17)

渡部です。

まず、3月5日のビラまき報告二つからです。

<S高校>
寒い朝でしたが、8時から10時近くまで一人で撒きました。行ってすぐ校長が来て「ビラを1枚くれますか?」と言われたので渡すと、「迷惑にならにようによろしくお願いします」と言って引き返した。

その後教職員が次々と出勤、半分以上が受け取ってくれて、中には「ご苦労さん」と声をかけてくれる人もいた。

8時30分を過ぎる頃から卒業生が登校した。女子はほとんどが着物に袴という服装で着飾っていた。しかし、受け取りは良くなかった。

9時近くなると保護者がやってきた。結構受け取りは良かった。10時近くなって来る人が少なくなって終わりにした。手応えはあったので150枚は撒けたと思ったが、後で数えたら111枚だった。以前のように警察官が来るわけでもなく、平和に(?)ビラ撒きをすることができた。

<A工業高校(全日制)>
 朝8時から、組合の仲間と、正門前と通用門の二ヶ所に分散して撒きました。「日の丸」「君が代」強制は許されない、立たない歌わない自由があります」と生徒一人ひとりに声をかけながらビラを渡していきました。

 ビラまきをはじめてから10分ぐらいたってから南千住警察署の私服刑事2人が車で到着しました。一人が下りて正門から学校の構内に入っていき、学校側の責任者(副校長か?)とあいさつと何やら打ち合わせをしている様子がガラス越しで見えました。

 この後、私服刑事と話していた副校長(?)が出てきて「何のチラシを配っているのですか?」「学校の敷地内には入らないでください。教職員や保護者はともかく、生徒たちにはチラシを渡さないでください」と言ってきました。組合の仲間は「敷地に立ち入るつもりはない。路上でビラを渡すのは自由だし、登校する生徒たちが受け取るのも読むのも自由じゃないか」と反論すると、副校長は何もいわずスゴスゴと構内に引き上げていきました。

 8時から8時30分にかけてが登校の時間帯のピークです。徒歩と自転車です。生徒たちに「『「君が代』は天皇を讃える歌で歌わなくてもいいし、立たなくてもいいよ。校則にものっていないし、従わなくてもいいんだよ」と声をかけていきました。「卒業おめでとう」と声をかけてビラを渡すとだいたいの卒業生はお辞儀してビラを受け取っていきます。

 9時過ぎからくる保護者には「卒業式で『日の丸・君が代』が押しつけられています。強制に反対する先生が教育委員会から処分されています。おかしいと思いませんか?」と声をかけていきました

 もう一人の私服は一見ヤクザ。言葉のかけかたも乱暴で、ビラ配りをしている仲間に執拗にまとわりついてくるので厳重に抗議すると、体当たりをくわえてくるなど乱暴な振る舞いをしてきました。ビラ配りの妨害するために挑発していると思えたので、相手にせず、ビラ手渡しに専念しました。

 通用門は登校時間終了の10分ぐらい前に半開きにしたため、自転車にのったままで構内にはいれなくなり渋滞になり、みんなゆっくりビラを受け取る状態になり、学校側は門を全開にした。

 正門内側の玄関前にはダンボール箱が2つ置かれて、ビラを回収していました。何人かの保護者はビラを捨てたみたいですが、ほとんどの保護者は受け取ったビラを読んで、手荷物の中にしまっていました。全体で約200枚くらいのビラを撒くことができました。

 教育現場・地域で反「日の丸」「君が代」を闘う労働者人民と連帯してがんばっていきたいと思っています。

以下は本日(3月8日)の報告です。

<K園高校>
包囲ネットのチラシは支援者の若い女性と2人で撒いた。受け取りは良好で、約250枚撒いた。学校と地域を結ぶ板橋の会も独自のチラシを2人で撒いていた。

驚いたの女子の卒業生の約9割が振り袖・袴で、1割がドレスだったこと。自分が勤務してきた学校ではそういうことはなかった。正門には3~6人の教員がいた。チラシ撒きの妨害や注意などもなかった。彼らは卒業生たちの記念写真の「撮影係」もかねていたようだ。警察・公安なし。

女性の教員が私のところに来て「ご苦労さまです。頑張ってください」と言ってくれた。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本日、来年度は受け持たないだろう現在の一年生の最後の授業だったので、3月2日「朝日」に掲載された投稿を印刷して持って行った。教室に入るとすぐにある女子生徒が、その切抜きを私のところに持ってきて「これもしかして先生ですか」と聞いてきた。「後で話すから」と言って授業を始め、「じつは先日みんなに話した様子を投書したら、新聞に載ったよ」と言って印刷物を配った。女子生徒は、得意そうにみんなに切抜きを見せていた。印刷物を手にした生徒たちはシーンとなって読み始め、「ここに書いてある一年生というのは俺達のこと?」「すごい」、などと言って喜んでいた。そこで私は、「喜ぶことではなく、恥ずかしいことなんだけどな」と一言言った。



« 2011年春の闘い(16) | トップページ | 2011年春の闘い(18) »

投稿欄」カテゴリの記事