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2011/03/14

2011年春の闘い(21)

渡部です。

福島原発事故が極めて危険な状況になりつつあるようです。

約20年前、当時の職場の同僚と、福島第一原発を見学に行き、たしか、今回爆発を起した第1号炉の炉心近くまで入りました。

その際、放射能防御服のようなものを着せられ、炉心に入る前に小さな部屋に入りましたが、案内の人が、「この部屋には外から空気は入るが、決して外には漏れない構造になっている」、と言いました。炉心近くまで行き、帰りは空気シャワーのようなものを浴びて出てきました。

しかし、その時いろいろな疑問が涌きました。「ではその部屋に入った空気はどこへ出て行くのか」「われわれや中で働いている人たちが着た服はどうするのか」

また、ある民宿に泊まったのですが、民宿の人に原発の問題について質問すると、次のような答えが返ってきました。「原発は安全ですよ。また、原発はいいですよ。原発のおかげで、町は豊かになり税金もとられなくなりました。みんな喜んでいますよ。」

地域では少数の原発反対派の人にも会いに行きました。すると、次のような答えが返ってきました。「原発で働いていた地元の人たち何人かが奇妙な死に方をしたので、その後原発では地元の人を雇わなくなった。」その方は、毎日放射能を観測していました。

その原発がこの度の地震で大事故を起しました。現在の日本社会の縮図を見るようです。

今回の大事故の一番の責任者は、明らかに東電であり、国です。にもかかわらず、「想定外のこと」などと言って彼らは責任を曖昧にしようとしています。また、事故の状況報告・対策も後手後手に回っています。

私たちは彼ら(東電、国)の責任を追及し、彼らに責任を取らせる必要があると思います。

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3月11日のビラまきの続きです。

<F中高校>
少々遅くなって、8時半を少々回っていました。正門前には市民団体の方々が少し前からビラを配布していました。

都教委包囲ネットのビラは、私一人で配りました。

既に、校長などは来てしまった後だったようで、私が配布しているときは、管理職は誰も来ませんでした。

8時半すぎから10時まで約200部ほど配布できたと思います。正反対の2方向から生徒・保護者が来ますので、もう一人いたらもう少しは配布できたかな、という感じです。

<Y谷高校>
午前8時50分よりビラ配布開始。大田市民の会の人たちが5人、ビラ配布を始めていたので、この日のビラは2種類。

すでに卒業生の登校は終わっており、在校生がパラパラ登校。6~7割は受け取っていく。

9時過ぎに、副校長とおぼしき男性職員が来て、「生徒にはまかないでくれ」、という。そのまま無視していると、言うだけ行って引っ込む。かまわず配布を続けていると、校門の中から遠まきに見ているだけ。

この時間になると中心は保護者。受け取り状況はきわめて良い。少数を除いて、気持ちよく受け取ってくれる。大田市民の会の人によると、ここの保護者はいつも受け取り状況が良いという。

都教委包囲ネットのビラまきは私1人だったが、150枚はまけた。市民の会は250枚まいた。



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