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2011年4月

2011/04/30

解雇させない会ニュースNo.36

解雇させない会ニュースNo.36です。

 

解雇させない会ニュースNo.36

「newsno36.pdf」をダウンロード

 


解雇させない会ニュース一覧表

解雇させない会ニュース一覧表を作成してあります。
左側の赤いピンアイコンのリンク先を「お気に入り」に登録することをお薦めします。


累積加重処分取消裁判を支援する会 ニュース(第29号)

傍聴、ご支援に感謝します

  昨日(4・28)、東京地裁民事19部(青野裁判長)において口頭弁論が開かれ、処分時の校長と原告本人の証人尋問が行われました。527号法廷は、ほぼ 満席となりました。遠くから傍聴に駆けつけてくださった皆様に心から感謝いたします。また、証人尋問を控えて多くの方からアドバイスをいただきました。一 人原告の私にとっては心強い限りでした。〈一人で闘っているんじゃない〉と思いました。
 尋問の中で校長は“サッカーの国際試合でもお互いの国歌 を歌い国旗を掲げるように、学校の儀式でも国旗を掲揚し国歌を歌う”との趣旨の証言をし、原告側弁護士の「夜間中学には外国籍生徒が在籍しているがそれら の国旗を掲げ国歌を歌うのか。」との問いには「そうではない。」と答えた。混同、混乱、不条理も甚だしい。
 私の方は、不起立・不斉唱の教育実践的意義を中心に語りました。傍聴した渡部様が次のコメントを発信してくれました。

 近藤さんは「不起立」の理由について、S校長側の弁護士に答え、
「最初は強制に対する抵抗の気持ちが強かったが、次第に生徒への教育を重要と考え、職務上、
不 起立の姿を明確に生徒に見せ、違う意見もあることを認識させたいと思った」と堂々と述べました。また、裁判長に対しては、「現場のプロとして、危機意識を もったら、発信しなければならない。一律起立斉唱することがまっとうな教育なのか、異なった判断を示すことが正しいのか、憲法・基本法に基づき判断してほ しい」と述べました。

 反対尋問が終了した後、裁判官から「パネル(卒業制作)が移動される過程で議論はあっ たのか。」との問いがあり、私は「パネルが可能な限り生徒・参列者から見えるようにすることを議論した。」と述べた。さらに裁判長から「夜間中学では主に 何を教えていたか。」「不起立・不斉唱以外に授業等で生徒に国旗・国歌について式の時どうするかなどを話したことはあるか。」「コウムとは、公務か校務 か。」の尋問があった。私はそれぞれ「日本語を教えていた。」「特にない。」「校務である。」と答えた。

次回口頭弁論(結審)7/11(月)13:30~ 527号  
最終準備書面の提出・原告本人の最終陳述

ニュースへのリンク



2011/04/29

都教委定例会、加重処分撤回近藤裁判

渡部です。

本日(4月28日)、<「君が代」解雇をさせない会>の早朝都庁前ビラまきがありました(5名参加)。

ビラには、
 ①「今年の入学式でも『君が代』不起立教員がいます。抵抗の火は消えていません。」
 ②「福島第一原発発電所の事故と『日の丸・君が代』」について述べてありました。
 後者については次のような記述がありました。

「・・原発について学校教育では、『日の丸・君が代』と同じように、原発の素晴らしさを羅列した教科書と電力会社の宣伝リーフレットのごとき副読本を使って教えてきました。」

その後、都教委定例会を傍聴しました。傍聴者は計7名。前回同様、30階のフロアは戒厳状態。今回一緒に傍聴した都高教組役員のTさんに聞くと「異常だ。いつもはこんなことはない。」と言っていました。私たちが行くとこういうことになるのかもしれません。

この定例会で、非常に驚いたのは「平成22年進学指導診断」について報告された内容です。

これは、都立高校の進学実績を上げるために、<進学アドバイザー>(=予備校等の外部講師)を学校に派遣し、進学指導状況を診断した(する)というものです。

2010年度は以下の10校でした。4つの大手予備校が担当しています。
 ①小山台 (担当:河合塾)
 ②駒 場 (担当:代々木ゼミナール)
 ③新 宿 (担当:ベネッセコーポレーション)
 ④町 田 (担当:ベネッセコーポレーション)
 ⑤国分寺 (担当:河合塾)
 ⑥三 田 (担当:駿台予備学校)
 ⑦奥多摩 (担当:代々木ゼミナール)
 ⑧北 園 (担当:駿台予備学校)
 ⑨城 東 (担当:代々木ゼミナール)
 ⑩小松川 (担当:ベネッセコーポレーション)

2011年度はさらに以下の9校が考えられています。
 ①国際、②竹早、③墨田、④武蔵野北、⑤小金井北 ⑥桜修館中等、⑦小石川中等、⑧白鴎、⑨両国

これらの学校はいずれも「進学重点校」に続く学校ということです。

2010年度は7月から10月頃にかけて調査し、その結果が今回発表されました。

それをみると、
 <進学実績向上のための経営戦略>
 <進学指導体制>
 <教科指導>
などについてそれぞれ「診断」され、(成果をあげている取組)と(課題)が、それぞれ2~3項目くらいづつ書かれています。

例えば最初の、①小山台 (担当:河合塾) の場合。

<進学実績向上のための経営戦略>の(課題)では、
 ・当初、中期展望においてターゲットとする大学の合格者数の目標設定がなされていなかった。
 ・個々の教員が独自の考えのみで運営している部分が多く、組織としての蓄積の仕組みがない。
 ・多くの教員が「生徒の資質」を信頼していない面があり、生徒の進路希望の意欲を引き出すことができていない。
というような具合です。

<教科指導>の(課題)のところには、
 ・個々の教員の指導内容自体には問題はないものの、まず入試問題を分析し、そこから逆算した指導計画を立てる必要がある(国語)
などとも書かれています。

要するに、成績上位の大学に多くの生徒を送り込む態勢がどうなっているかの診断です。

まさに予備校に指導される高校教育であり、公立高校の予備校化に他なりません。しかも、教科は「国語」「数学」「英語」「社会」「理科」ばかりを重視しています。

これでは、極めて視野の狭い(社会的に無知の)、上昇志向の「優等生」を大量生産することになるだけでしょう。

ここには、教育基本法で謳われている「教育の目的」の<人格の完成><心身ともに健康な国民の育成>などの観点は全くみられません。

次に驚いたのは、中学校~高校における「武道・ダンス」授業の必修化に向けた取組み、です。武道では<柔道><剣道><相撲><なきなた>が入り、外部講師も活用するとし、2010年度には、モデル校(10校)の一つ台東区立駒形中学校では「武道」に元警察官が活用されています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本日午後、東京地裁にて、近藤順一さんの「君が代」加重処分撤回裁判がありました。

今回は、八王子五中のS校長(近藤さんが処分された当時の)と近藤さん本人に対する尋問でした。

S校長への尋問で印象的だったのは、「職務命令」を出したのは、「校長本人の判断だったのか、それとも強制されてだったのか」という彼の弁護士の質問に対して、「本人の判断だった」と答え、「市教委の通達はスムーズに式を進める上でありがたいと思った。 都教委の10・23通達は参考にさせていただきながらやった」と述べたことです。

これは、弁護士と本人による田舎芝居のようなもので、また「トラの威を借りた」と自ら述べているようなもので、これを聞いて私は、「恥知らず!」と強くつぶやきました。

近藤さんへの尋問では近藤さんは「不起立」の理由について、S校長側の弁護士に答え、「最初は強制に対する抵抗の気持ちが強かったが、次第に生徒への教育を重要と考え、職務上、不起立の姿を明確に生徒に見せ、違う意見もあることを認識させたいと思った」
と堂々と述べました。

また、裁判長に対しては、「現場のプロとして、危機意識をもったら、発信しなければらない。一律起立斉唱することがまっとうな教育なのか、異なった判断を示すことが正しいのか、憲法・基本法に基づき判断してほしい」と述べました。

次回(結審?)は、7月11日(月)13:30~ 527号です。



2011/04/26

再雇用拒否裁判(第7回公答弁論)

渡部です。

本日(4月25日)東京地裁(渡辺裁判長)で、上記件名の裁判がありました。

本日はまず、石井弁護士が、「10・23通達」による強制は、

①法律上の根拠(法律に基づく授権)がないこと(つまり違憲であること)。
②都教委が根拠とする「学習指導要領」は法律ではなく、かつ「10・23通達」は学習指導要領の精神からもはずれていること。

について、準備書面にもとづいて口頭弁論をしました。

②については、学習指導要領では、その冒頭で、「地域や学校の実態などを考慮し」「生徒の個性を生かせる教育課程を編成せよ」などととしている。

 <特別活動>の冒頭でも、「学校の創意工夫を生か」せ、「学校の実態や生徒の発達の段階及び特殊性を考慮」せよと述べてある。

 さらに、「・・・指導するものとする」というのは、法律用語では、一切の例外を許さない義務規定としてではなく、合理的な理由があれば、例外を認めるという意味を表す趣旨で用いられている。

 だから、以上のようなことを全く無視・否定し、上から一方的に詳細に指示した「10・23通達」は学習指導要領にも反している。と述べました。

次に三人の原告の意見陳述がありました。いずれも素晴らしいものでしたが、ここでは、Tさんのを紹介します。これを読めば、私たちは今どんな状況に置かれているかがよくわかると思います。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

1、教職志望まで

 私は、母が再婚したので養父に養育されました。養父は国語・漢文の教師で、剣道4段。戦前・戦中の教育をそのまま正しいと信じ込んでいる人でした。「武道によって日本精神を養う」、ということで、小学校5年から3年間剣道場に通わされました。そこは東京中野の修道館という道場で、稽古の前には神棚に向かって礼拝し、「高天原に云々」という祝詞を唱えさせ、「君が代」は歌いませんでしたが、月に一度詩吟の先生の指導で「敷島の大和心を磨かずば、剣帯ぶとも甲斐なからまじ」などの明治天皇御製という和歌を朗詠させられました。私の剣道2段の免状は名誉会長だった荒木貞夫元陸軍大将からもらいました。

 高校で歴史を学んで、荒木貞夫が1936年の二・二六事件の黒幕であり、その後も文部大臣として武道や軍事教練必修化など、軍国主義教育を推進し、戦後東京裁判でA級戦犯として終身刑の判決を受けたことを知って驚きました。養父は戦前、荒木文部大臣のもとで「現人神である天皇のために死ね」と教えていたのでしょう。なぜそういう教育が行われたのか、無謀な侵略戦争に突き進んだのはなぜか、敗戦によって軍国主義は一掃され、戦争犯罪者は裁かれ、民主主義になったはずなのに、荒木貞夫のような人が釈放され、大きな顔をしているのはなぜなのか、養父のように戦前・戦中からの意識をひきずっている人が大勢いるのはなぜなのか、という問題意識から日本現代史を学ぼうと思いました。学ぶ中で戦前・戦中の軍国主義教育の実態を知り、しかも日本国憲法の下でもその残滓がはびこっていることを感じ、再びこのような偽りに満ちた、人権無視の教育が行われてはならないという問題意識から、日本史の教員になろうと思いました。

2、私の教育信条

 教員になって、日本史を中心に社会科を教えてきました。養父や剣道場の影響で、子どもの頃は国粋主義的な考えを持っていましたが、それは様々な考え方の中から自分で選んだのではなく、ただ結論だけを従順に鵜呑みにしていたのでした。学問に裏付けられた歴史を学ぶことにより、それが偽りであることはすぐに分りました。その経験から、授業では私の考えの押し付けや教え込みでなく、学問の成果に基づき、自分の頭で真実を見出していけるような生徒を育てよう、という立場で教育活動をしてきたつもりです。

 鎌倉幕府の成立時期、日露戦争の評価、アジア太平洋戦争の性格など、学会や国民の間に見解の相違があるテーマについては、複数の見解を示して生徒に考えさせるようにしました。以前の通説が新しい事実や研究によって乗り越えられた例を紹介し、多様な見解の自由な交流が、学問の進歩に不可欠であることを教えてきました。学級担任をした時には必ず学級通信を出しましたが、生徒の感想文などで担任に批判的な意見があると真っ先に載せました。行事の取組みなどでも、積極的な意見ばかりでなく、「文化祭なんかやらなくても良いじゃないか」といって意見も載せて、多様な考えがあることを知らせてきました。私が最初に担任した生徒達が、私の定年退職を記念してクラス会を開いてくれましたが、30数年前の学級通信のすべての号が入ったCDをプレゼントしてくれました。

3、「君が代」について

 戦時中の国民学校教科書には「君が代」について「この歌は『天皇陛下のお治めになる御代は、千年も万年も続いてお栄えになりますように』という意味で、国民が心からお祝い申し上げる歌であります。」と書いてあります。朝鮮・台湾などの植民地でも皇民化教育の一として「君が代」が強制されました。国民学校の国語教科書には、大地震で重傷を負った植民地台湾の少年が「君が代」を歌いながら死んだという「君が代少年」の話が載っています。

 「徳坤が心を込めて歌う歌は、同じ病室にいる人たちの心にしみこむように聞こえました。・・・終わりに近くなると声はだんだん細くなりました。でも最後まで立派に歌い通しました。君が代を歌い終わった徳坤は、その朝父と母と、人々の涙に見守られながらやすらかに永い眠りにつきました。」台湾の少年でさえ「君が代」をこのように思っている、というこの教科書を使って、国内はもとより台湾や朝鮮でも「国語教育」が行われました。

 日本史の授業で、1945年まで、国内と植民地の学校の儀式で、御真影、教育勅語、天皇陛下万歳の唱和とセットで「君が代」を歌わせていたことを、史料に基づいて教えてきました。アジア諸国出身の生徒もいる中で、生徒には、そういう歴史があるから、「日の丸・君が代」については国民の間に意見の違いがある。国歌だから歌うのが当然という人もいるが、国民主権の現在の日本にふさわしくないという人もいる。アジアの人々にもさまざまな思いがある。だから、国旗国歌法制定の時、政府も「国旗国歌の歴史を教える必要がある、強制はしない」と答弁したことなどを話してきました。

4、不起立の理由

 国旗・国歌法制定後、都教委の校長に対する指導が強まり、杉並工業高校でも2000年3月の卒業式で初めて、「君が代」が流されました。矢沢校長は「日の丸・君が代をきちんとやらないと統廃合の対象にされる。学校を守るためにはやむを得ない。」と発言しました。2003年に10・23通達が出されると、閏間校長は「都教委が学校に土足で入ってきてやれというのだから仕方がない。私も首がかかている。」と発言しました。

 私は卒業式の日付で発行された生徒会の新聞に、卒業生の担任のはなむけの言葉として、次のように書きました。「社会に出ると、『これはおかしい』と思ってもやらなければならないこともあるでしょう。しかし『これはまちがっている』と思うことはやらない勇気が必要です。」

 私にとって戦前・戦中の軍国主義教育の精神的支柱であった日の丸・君が代の強制に屈することは、自分の歴史認識、教員志望の原点を否定するほどの重みを持つものです。しかも3年間教えた生徒たの前で。強制されて起立し、「君が代」を歌うということは、教師としての誇りや生き方を否定するほどの意味を持つことです。

 卒業式直前に都教委から、服務事故があれば嘱託採用を取り消すことがある、という主旨の文書が出され、定年後5年間教える権利を奪われる危険を感じましたが、やはり脅しに屈することはできませんでした。卒業式で「君が代」斉唱時に起立せず、戒告処分を受け、3年後都立玉川高校で定年時に嘱託採用を拒否されました。玉川高校の常勤教員全員の連名で、「東京都教育委員会に対して今回の再雇用拒否を撤回するよう具申することを学校長に強く要望します」という要望書が出されましたが、校長は都教委への具申をしませんでした。戒告処分、再発防止研修に加えて、嘱託不採用拒否という三重のペナルテイーを課され、都立高校で引き続き教えたいという希望が砕かれました。

 学校は、説明と納得・合意に基づく理性的対応が重んじられるべき場です。教員への問答無用の命令・脅し・処分の横行を許せば、生徒がのびのびと学び、考える教育が行えるなずもなく、多様な意見が許容され、自由に交流することによって進歩する民主的な社会を実現することはできません。教育の場で、自分の思想・良心に従って黙って座っているという最小限の行動が処罰され、それを唯一の理由として、年金支給までの生活保障としての再雇用まで拒否されるのであれば、憲法の規定はどういう意味を持つのでしょうか。

裁判長、司法の良心にかけて、都教委による再雇用拒否が違憲・違法であることを認める判断を、是非お願い致します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

以上です。

このような教員たちが実際に存在することに誇りを感じます。

次回は、6月20日(月)、15:00 103号室
都教委の持ち出してくる「公務員論」への反論と残り2名の方の意見陳述があります。



2011/04/24

累積加重処分取消裁判を支援する会 ニュース(第28号)

証人尋問に向けて(八)
焦点浮上(強制継続=>連続不起立=>累積加重処分)

「日の丸・君が代」連続不起立を敵視する判決

  4/18、東京地裁民事36部(渡邊裁判長)は原告請求を棄却する不当判決を出した。この事件は、卒業式における国歌斉唱時の不起立による戒告処分と非常 勤講師合格取消に対して起こされた訴訟である。戒告処分取消請求に対しては、「内心」と「外部行為」の分離、「公務員は、全体の奉仕者」、「上司の職務上 の命令に忠実に従わなければならない」等通り一遍の理由で棄却した。
 さらに判決は、非常勤講師合格取消の理由として「新年度の入学式や翌年の卒 業式においてもさらに繰り返される可能性も高いこと、・・自らの不起立行為についても、懲戒処分や東京都公立学校非常勤教員制度に係る合格が取り消される 可能性を認識しつつ、敢えて実行したと認められる」と述べている。学校現場に強制が続く限り、児童・生徒がそれにさらされる限り、不服従の抵抗を継続する のは当然である。不起立は一過性ではない。被告都教委だけでなく、不当判決を出す裁判所もまたこの連続不起立を敵視している。

校長の陳述書―「国を誇りに思う心」「恥ずかしくないマナー」のために職務命令を出した

  証人尋問に立つ予定の校長は「東京都教育委員会では、近藤教諭に対し服務事故再発防止の研修を設けたり、私からも指導したにもかかわらず不起立を続けたこ とは、残念であり、公務員としての資質が問われる」と述べている。ここでも「不起立を続けたこと」が攻撃の的になっている。私の場合、一律の起立斉唱では なく、異なる考え異なる行動を示すために、外国人生徒を含めて学習の自由を大切にすること自体を学ぶために毎年の不起立・不斉唱を実行した。

口頭弁論[原告本人尋問] 傍聴よろしく
4/28(木)13時30分 地裁527号

ニュースへのリンク



2011/04/22

法廷カレンダー

法廷カレンダー、2011年4月~5月を更新しました。

法廷カレンダー
「法廷カレンダー」のダウンロード



2011/04/19

2011年春の闘い(36、最終)

渡部です。

本日(4月18日)、東京地裁(渡辺裁判長)で、米山さんの「君が代」不起立処分取り消しと非常勤教員合格取り消し撤回の判決があり、いずれも「棄却」という不当判決でした。判決文は37ページ、そのうち裁判所の判断部分は16ページという「まともな判断はない、内容も薄い」(高橋弁護士)ものでした。

判決言い渡しの時、傍聴席から裁判長に向かって「税金ドロボー!」という大きな野次が飛びましたが、裁判長は公判中も真剣に取り組む姿勢は全く見られませんでした。

米山さんは本日配布された資料で「私には、政府や東電幹部、御用学者たちが『健康に影響がない』と言い続けていることと、『儀礼的な所作にすぎない』と言い逃れている都教委、それを追認する裁判所がダブって見えます」と書いていましたが、まさにその通りでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

<2011年春の闘い>は今回が最終回です。

この春は波乱に富んだ春となりました。

1月28日には、予防訴訟の高裁逆転不当判決がありました。原告のKさんは記者会見で泣きました。

それでも、私たちの「2・6総決起集会」は成功しました。

2月24日にはレイバーネットTVで、東京の教育を問題にしました。

2月26日には朝鮮高校への無償化適用を求める大集会が開かれました。

3月に入り卒業式へのビラまきが行われました。

3月10日には、君が代一次訴訟の高裁で逆転勝利判決が出ました。原告のOさんは記者会見で笑顔でした。

その翌日、東日本大震災・津波が起き、福島原発は大事故を起しました。(包囲ネットの卒業式ビラまきは有志の力でその後も続けられました。)

3月25日には、河原井・根津さんの高裁判決があり、またしても不当判決(これまで最悪の内容)が出されました。原告も弁護士もみんな怒りました。

そして本日の不当判決です。

それでも、卒業式では6名の不起立者が出て、入学式でも不起立者は出ています。闘いは受け継がれました。確かに受け継がれたのです。

包囲ネットのビラまきは約55校、それ以外の団体・個人を入れると約70校になると思います。

そのたびに管理職は、「教職員や保護者にはいいが、生徒にはまかないで下さい」と言いました。これは、生徒たちに真実が知られることをいかに恐れているかを証明しています。生徒たちを無知にしておけということです。

原発の「安全神話」を信じた人々は今大きな被害を被っています。「君が代」の意味を知らずに歌わされている生徒達も、将来大きな被害を受けることになるでしょう。

だから私たちは引き続き、教育実践やビラまきの中でまた職場闘争や裁判闘争の中で、「日の丸・君が代」強制の危険性について、生徒・教職員・保護者、市民・労働者に、広く知らせて行きたいと考えています。

*************************************************

都教委包囲首都圏ネットワーク」のブログのアドレス、
  http://kenken.cscblog.jp/

「千葉高教組『日の丸・君が代』対策委員会」のホームページ
  http://homepage3.nifty.com/hinokimi



2011/04/18

4.14都庁前情宣

2011年4月14日、都庁前情宣のちらしです。

f20110414.pdfのダウンロード



2011/04/15

日本の地震学、改革の時(Nature 電子版)

石川@三多摩です。

 以下、私が投稿した紹介記事です。

 東京大学のロバート・ゲラー教授は「日本政府は、欠陥手法を用いた確率論的地震動予測も、仮想にすぎない東海地震に基づく不毛な短期的地震予知も、即刻やめるべきだ」と主張する。 

【論旨】
 今次東日本大震災・大津波・原発事故に対して、御用学者・資本・国家は「想定外」として居直りを続けています。
  この点に対して専門の地球惑星科学から、これまで日本政府が「想定内」としてきた地震対策が根本的に誤ったものであることを暴露し、「1896年に起きた 明治三陸津波はよく認知されており、かつ記録もなされているので、こうした地震への対策は、福島原子力発電所の設計段階で検討することは可能であったし、 当然そうすべきであった」と指弾しています。
 さらに現在でも広く信じられている「東海地震」に対しても、「根拠のない予知法」であり「結局は誤りであると判明した」と断言しています。結局日本において大地震は、いつ・どこで発生してもおかしくないものであり、現在の「想定」を破棄すべきとしています。
 ならばなぜこのような誤った政策がまかりとおっているのか? 以下に引用します。 

東 海地震予知体制が30年以上にわたって継続されているにもかかわらず、多くの主流の日本の地震学者は何の異議も申し立てていない。その理由は多少複雑であ る。第1に、多くの研究者がさまざまな点(予算配分、委員ポストなど)で癒着している。第2に、政府決定には名目上の審議があるが、審議会は官僚が指名す る委員から構成されている。第3に、説得力のある批判は紙媒体の報道機関で取り上げられることがあるが、放送マスコミではほとんど無視されるために、イン パクトが乏しい。第4に、政府は「記者クラブ」制度を介して、直接マスコミにその見解を伝えることができる。そして、しばしば報道記者は科学の知識に乏し い。最後に、大震法が有効である限り、政府は、東海地震予知には法的な拘束力があると主張することができる。

  つづめて言えば、「御用学者・資本・国家の利権のためにウソついてます」ということです。すなわち、国家と資本による犯罪であるということです。原発安全 論の「ウソ」については専門外であるのでここでは述べていませんが、誤った「想定」が人災をもたらしたことはまぎれもない事実であり、このような原発はす べて即刻停止・廃炉にするべきです。この点に関しては既に明らかになっている多くの記事を参照してください。

 ご興味のある方はご一読下さい。

日本の地震学、改革の時(Nature 電子版)
Nature, (2011年) | doi:10.1038/nature10105
Published online 14 April 2011 

記事へのリンク
English



2011年春の闘い(35)

渡部です。

本日(4月14日)、<河原井さん根津さんらの「君が代」解雇をさせない会>の都庁前早朝ビラまきがあり、10人が参加しました。ビラのタイトルは「闘いが『君が代』不起立免職処分を食い止めた」というもので、次のようなことが書かれていました。

「(二人を)免職にできなかったのは、大勢の人が、都教委の『君が代』処分に反対の声をあげたことによります。直接都教委に出向き、あるいは電話やFAX等で、東京だけでなく、全国から、また、海外からも抗議の声が届けられたおかげです。抗議の声がたくさんあれば、権力を持つ側は、その声を無視できなくなります。」

「河原井さん、根津さんらは退職となりましたが、私たちは、学校が政治の支配から解放され、子どもたちのものになるよう、さらに発言し行動していきます。」

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

ビラまき終了後、4人で都教委定例会の傍聴受付に都教委総務部のある第二庁舎30階にに行った。

すると廊下に15人ほど出ていて入口二つをガードしていた。そこを通り、案内されるまま9時半前に物置のような部屋に入り、受付をした(抽選はなし)。しかし、「時間があるのでこの辺で待機してほしい」と言う。

そこで、余りに物々しい警備状態なので、そこに行き、「あなたたちは何をしているのか」と聞いても無言である。ただ黙って立っているだけ。

なので、「ここの責任者はいないのか」と聞いても、誰も返事をしない。総務部の部屋に入ろうとすると、無言のまま体で私をブロックしてくる。

「なんだこれは、まるでロボットじゃないか」「あなた達が都民に対して今やっていることがどういうことかわかっているのか」「ただ黙って上から言われたことをやっているのか」「答えない、入れないというのは、悪いことをやっているからだろう」といっても異様な沈黙だけ。

そのうち、係りの人が時間(9時55分)が来て「傍聴席の方へ案内します」というのでついて行くと、扉の前でしばらく待たされた。(傍聴者は計6人)

すでに定例会開始の10時になっても待たされたまま。そこで、「なんで入れないのか」と聞くと、「準備が整っていないから」と言う。

しばらくしてまた同じ質問をしても同じ答え。なので、「なぜ遅れているのか聞いてきてくれ」と聞いても何も答えない。

そのうち私たちの仲間の一人が、部屋に通じる扉を開けようとすると中なら鍵がかかっていた。

そこでまた「私たちは時間どうりに来ているのに、理由も聞きに行かないというのは何故なんだ」と言っても係りのものは黙っているばかり。

10時7分に中から鍵を開ける音がし、私たちは定例会の会場に案内された。すると、すでに会議の最中である。

そこで、私たちは、「準備をしているからと言われて待たされたのに、すでに会議が始まっていたとはどういうことだ」と大声で抗議した。

すると、木村教育委員長は、「事務局の手違いで始めてしまった」というので、「それで済むのか謝罪もなしに始めてしまったのではないか」と抗議すると、「やり直すから一度出て行ってくれ」と言う。

そこで、「出て行けとは何だ。出て行かない」と言うと、竹花委員が大声で、「やり直すから出て行ってくれと言っているんだ。出て行け」と怒鳴るので、こちらも当然大声になる。

会場は大声の応酬で収拾がつかなくなった。

すると今度は事務方の教育政策課長の黒田氏が出てきて「私の方で謝罪するから出て行ってくれ」と言う。「教育委員長は謝罪するのか」と聞くと、「私の方でしますから」と言う。

それに対し、「傍聴者を排除して委員会を始めていたのだ。それではダメだ」と言う人、中には「私は絶対出て行かない」と座り込む人も出てくる。

警備の人も来るが収拾がつかない。

その様子を毎日、朝日などの記者たちも見ている。

そのうち、教育委員が別の出口を通って出て行った。

最後まで座り込んだ二人(女性)は警備の人に抱えられ廊下に出された。このとき10時50分。

様子を見ていた記者たちは出てきた二人に取材した。

やがて、「11時05分から再開します」ということが告げられ、再び私たち傍聴者が入場し席に着くことになった。

すると教育委員は着席していた(本日大原教育長は欠席だった)。冒頭、木村教育委員長は、「ミスがあり、申し訳ありませんでした」と謝罪し、それに続き、黒田氏が、「準備がととのった段階で定例会開始の合図を(教育委員長に)することになっていたが、傍聴者が入っていない状態で合図をしてしまった。本当に申し訳ありませんでした。」と謝罪した。

新聞記者もおり、さすがにまずいと思ったのであろう。

本日の委員会の内容は、いずれも報告事項で、、

①H24年度使用都立高等学校用(都立中等教育学校の後期課程及び都立特別支援学校の高等部を含む)教科書の採択について
②就学前教育カリキュラムについて
③東日本大震災に伴う東京都教育委員会の支援活動について

だった。

①については、都教委が「教科書調査研究資料」を作成・配布するので、各都立高等学校長は「その責任と権限において」選定を行うこと、というものであった。

②については、

<おおむね6ヶ月未満>
<おおむね6ヶ月から1歳3ヶ月未満>
<1歳3ヶ月から2歳未満>
<おおむね2歳>
<3歳児>
<4歳児>
<5歳児>

と、細かく分けてカリキュラムを組んでいるというものだった。まさに「期待される人間像」の幼児版カリキュラムである。改悪教育基本法の下では、生まれたときから官製カリキュラムで子ども達が育てられて行く。

③については、原発事故とその被災者支援のことは一言も触れられていなかった。石原都知事が「原発推進」のためか?

たいした質問・討論もなく、12:00(中身55分間)で終了したが、これで月二回で教育委員は43万、委員長は53万ももらっている。



2011/04/13

2011年春の闘い(34)

渡部です。

統一地方選の都知事選で石原が四選した。

石原は言った。「同じことやるしかない」、と。

それでも入学式ではまた「不起立者」が出ている。

私たちは言おう。「闘いは続く、闘えることは幸せなことだ」、と。



累積加重処分取消裁判を支援する会ニュース(第27号)

証人尋問に向けて(七)

象徴天皇制国家のシンボル(日の丸・君が代)を強制する「公立学校の教育現場」とは?

 3・25停職判決(東京高裁・加藤裁判長)が前提としている社会認識は、以下の部分である。
「戦後半世紀以上にわたり、憲法の精神に従った民主的で文化的な国家建設が行われ、個人の精神を重んじ、真理と平和を希求する人間の育成を期するところの 普遍的かつ個性豊かな文化の創造を目指す教育が実践されてきており、現代において、皇国思想や軍国主義的又は極端な国家主義的傾向又はそのような価値観を 一方的に押しつける教育は少なくとも公立学校の教育現場には存在しないと解される。」(判決文 P23)
 これが、現教育基本法の前文冒頭「我々日本国民は、たゆまぬ努力によって築いてきた民主的で文化的な国家」と同一の調子であることは前に指摘した。そし て、この上記判決文の後半部分は事実を転倒させている。現在の日本国が「民主的で文化的な国家」であるかどうかを最近読んだ二つの文から考えた。以下に示 す。
 「佐高 学校の先生は往々にして、憲法があることが当たり前と思っている。でも日本の会社には憲法なんてないんですよ。『憲法番外地』と私は言っていま すが、その番外地が日本の八割以上を占めているわけです。・・一応、学校とか家庭には憲法がいくらか入ってきたけど、それが会社に入ることは一切なかった んですね。」(土肥信雄『それは、密告からはじまった校長VS東京都教育委員会』)
 「『あいまいな日本』とは日本人という主体が、この国の現状と将来において、はっきりした一つの決定・選択をしていない。・・なによりそれは、過去につ いての国の誤ちをはっきりさせないままでいる。その国の人間として、責任をとらずにいる、という状態です。」(大江健三郎「私らは犠牲者に見つめられてい る」『世界 2011・5』)

~ 石原都知事「今までと同じようにやる」~

 佐高氏が言うように、「憲法番外地」の「会社」目線から「学校現場」を見れば、「日の丸・君が代」を「一方的に押しつける教育」の問題も見えないのかも しれない。そして、大江氏が言うように、戦争責任・戦後責任を明確にしない戦後の「日本国民の総意に基く」天皇が「君が代」の「君」として「学校現場」に 強制されても、それは「基礎的知識」であるとされる。国家シンボル一般であれ、「日の丸・君が代」であれ、象徴天皇制であれ、その強制は思想・良心の自由 を侵害する。
 何より、私たちは、「民主的で文化的な国家」の首都で憲法をないがしろにする数々の差別発言・暴言・強制を繰り返す人間が知事に選ばれる現実であること を、確認しなければならない。その知事は当確直後、「今までと同じようにやる。」と言った。従って、私も抵抗を続けなければならないと思う。

口頭弁論[原告本人尋問] 傍聴よろしく
4/28(木)13時30分 地裁527号

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2011/04/11

2011年春の闘い(33)

渡部です。

本日(4月7日)、東京地裁で、土肥元三鷹高校校長の非常勤講師不合格裁判があり、40人余りの傍聴席に60人余りが集まりました。

今日は、土肥さん本人への証人尋問でした。
 (1)<土肥さんの高橋弁護士からの主尋問:90分>
 (2)<都教委の石津弁護士他からの反対尋問:60分>

私は、他の傍聴者の好意で、(1)を傍聴することができました。
そこでは、高橋弁護士により、①密告問題、②業績評価問題、③個別的職務命令問題、④採用面接問題、⑤土肥さんの教育実践、について丁寧かつ詳細な証人尋問が行われました。

①については、土肥さんが
・米長氏を批判したこと、
・難波判決を評価したこと、
・定時制の服務のこと、
・組合に情報を流したこと、
などが都教委に「密告」されたわけですが、これらの内容について、土肥さんは次のように証言しました。

・米長氏については、校長会終了後の飲み会で、「園遊会で天皇にいさめられたにも関わらず、強権的にやった事を批判した」と証言しました。また、米長氏が「私は敵が好きだ」と言った言葉も紹介しました。
・難波判決については、定時制の職員室(副校長と職員3名がいた)で、「それまで余りにも都教委が強権的だったので、<頭を冷すいい機会>と述べた」と証言しました。
・定時制の服務については、定時制の副校長が退勤時間に校門に立っていた。その副校長に「大目に見てやれよ」と土肥さんが言った、と密告されましたが、「そのようなことを言ったことは実際にはない」と述べました。
・組合に情報を流したことについては、「たしかに私は都高教の川上委員長と昔同僚だったが、校長会の情報を流したことはない」と述べました。

しかもこれらの「密告内容」が、都教委と都議会に回っていたことも証言しました。

そして、これらの密告について、都教委から3回(指10月6日、10月23日、10月25日)指導されていますが、
・都教委は2回と言っていること、
・しかもその10月24日の日付が間違っていること、
・さらに米長氏の件についての指導は、裁判資料として出てきたとき消されていたこと、(天皇のことばが都教委にとって都合が悪いからでしょう)
などが明らかになりました。

②については、「絶対評価と言っているにも関わらず、都教委は何度も<CD評価20%以下は受け取らない>と言ったことを証言しました。

また、○秘事項として、それまでもすでに、
・<全教職員の順位を付けをしていた(1番から人数番まで)>、
・<A(20%)、B(60%)、C(20%)という「分布率適用評価」という相対評価をしていた>、ことも証言しました。

さらに「副校長の意見を聞かずに」という都教委の主張に対しては「聞いていた」と証言し、「職員団体の意見を聞いていた」とうい都教委の主張に対しては「聞くなと都教委に厳しく指導されていたので、聞いていない」と証言しました。

③については、校長の権限で、信頼していたので個別的職務命令を定時制では出さず、全日制で出したことについて、都教委から「それでは<校長は全日制の教員を信頼していない>と言われるのではないか」と言われたことに対し、「心配ない」と回答したことを証言しました。(しかしこれは、個別的職務命令を出せと強制している都教委こそが教員を信頼していない、ということではないか)

さらに、H20年度の卒業式に関して、繰り返し都教委がしつこく言ってくるので、「個別的職務命令と卒業式の適正実施と、どちらが大切か?」と質問した。
すると、都教委から2回目に来た人は「個別的職務命令の方が重要だ」と答えた、3回目、4回目に来た人も同じ答えだった、と証言しました。(ヤレヤレ!ここまで都教委は落ちたのか。都教委にはまともな人間は一人もいないのか!!)

④については、都教委が出して生きた面談内容の資料が事実を捻じ曲げて書いてあることについて、一つ一つ「捏造」であるとして、面談のやりとりを具体的に証言しました。

また<挙手採決の禁止の件><文化祭の生徒掲示物撤去の件><神津島高校卒業式に都教委役人が遅れた事>などにも言及しました。

⑤については、教職員、生徒、保護者との信頼関係を築きながら、校長としての目標の達成のために、毎朝の昇降口での挨拶など、生徒理解を深めながら、実践をやってきたことを証言しました。(これに関する卒業生や保護者からの「意見陳述書」も出ています)

(2)<都教委の石津弁護士他からの反対尋問:60分>
については、傍聴できませんでしたが、報告会で高橋弁護士は、「<反対尋問>に対してはやりすぎるくらい準備をした。都教委の弁護士は細かいところを聞いただけだった。」、土肥さんは、「高橋弁護士に相当絞られたので<反対尋問>は楽だった。スムーズに言った。」と述べていました。

次回は最終弁論(結審)で、7月7日(木)です。



累積加重処分取消裁判を支援する会ニュース(第26号)

証人尋問に向けて(六)
<停職判決>を第二の《ピアノ判決》にしてはならない

  3.25不当判決(加藤裁判長)は二人の停職処分に対する判決だった。停職処分に至るまでには連続不起立があり、一過性ではなく不起立行動の教育実践的意 義を強く提起するものであった。この判決は、二人の「真摯な動機」を分析せず、「非違行為」の累積として悪意に満ちた決めつけをしている。

3.25不当判決(東京高裁・加藤裁判長)

 

基礎的知識論: 「本件各通達は、・・国旗・国歌に関する基礎的な知識を指導するため、また、卒業式、入学式などの学校行事を学習指導要領に即して適正に実施するために発 せられたものと解される。」「国旗・国歌の尊重という一定の普遍性のある基礎的知識を付与することは、普通教育の性格上、むしろ必要なことというべきであ る。このような基礎的知識に属する事項については、反対の意見や観念がある場合であっても、一方的な一定の理論ないし観念を児童、生徒に教え込むものと評 することは失当というほかない。」

児童、生徒の権利の侵害:「教員の中に国旗に向かって起立し、国歌を斉唱する教員とそれらを拒否する教員とがいた場合、・・国旗・国歌を尊重する態度を学ぶことができなくなる結果を招く。・・その意味では児童、生徒の学習権又は教育を受ける権利の侵害に当たると評価せざるを得ないものである。」

停職処分: 「控訴人**が、本件処分までに、卒業式における不起立という本件処分の事実と同種の非違行為について、すでに、減給(10分の1)6月、停職1月の処分 を受けていること、また国旗掲揚及び国歌斉唱に抗議する積極的な行動を続け、これにより減給(10分の1)1月から3月の懲戒処分を3回受けており、その 他文書による訓告も受けていることなどの考慮すべき事情を総合して判断すれば、・・停職3月としたことが、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用、 逸脱したものと評価することはできない」「控訴人***は、卒業式等において起立し国歌を斉唱することという校長の職務命令に全く従ったことがなく、一貫 して拒否する姿勢でいることなどの考慮すべき事情を総合して判断すれば、・・停職1月としたことが、社会通念上著しく妥当性を欠き、裁量権を濫用、逸脱し たものと評価することはできない」
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
 この〈停職判決〉は、「真摯な動 機」とか「総合して判断」等と述べながら、不起立・不斉唱者の言動を、「違和感ないし嫌悪感を生じさせる職務命令違反行為」として全く一方的に「重大な非 違行為」と評価している。二人にはそれぞれ自らの行動、考えを詳細に明らかにする著書(『希望は生徒』『学校は雑木林』)もあり、思想・良心の自由、教授 の自由を保持すると共に子供の学習権を保障するためにこそ強制に対して不服従を貫いてきたことは明らかである。
 下級審で事態・情況を全く転倒し 都教委の意のままに判決が下され、これが最高裁で審理され停職という重い処分が妥当とされるならば、関連する多くの訴訟に重大な影響を及ぼすであろう。な んとしてもこの不当判決を逆転しなければならない。さらに現在、地裁で審理されている停職処分取消訴訟に道理を尽くし圧倒的な支援を得て、勝利していかね ばならない。私も停職処分を含む累積加重処分の取消しに向けて全力をあげたい。皆様のご支援をお願い致します。口頭弁論[原告本人尋問] 傍聴よろしく

4/28(木)13時30分 地裁527号

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2011/04/06

2011年春の闘い(32)

渡部です。

遅くなりましたが、卒業式ビラまきの報告がもう一つ入ってきました。本当に、最後の最後まで、ご苦労様でした。

<S岡高校>
  3月25日に都立S岡高校(全日)の卒業式が行なわれました。もともと3月12日実施の卒業式でしたが、「東北・関東大震災」の翌日で、卒業式が中止・延期になったグループの1校です。

25日、昼12時、東京・山谷日雇労働組合の組合員8人が「包囲ネット」の統一ビラをもって北側正門・通用門前と、東側通用門前と2手に分かれてビラまきをやりました。

12時には校門も構内も静かで、看板も「日の丸」「都旗」「校旗」も出ていませんでした。ビラまき始めてから、2人の教職員が卒業式の看板を正門前に取り付けにきました。

職員は「何を配っているのですか?」とたずねてきました。ビラを渡して趣旨を説明し、生徒たちからビラを取り上げないように話ししました。組合員が「副校長ですか?」と聞くと「わたしは管理職じゃありません」と答えて作業を終えると構内に引き上げていきました。

その後、蔵前署の私服刑事2人が自転車でやってきて「ビラをまかないでください」と言ってきましたが、「ビラをまくのは自由だ」と抗議すると私服は「お願いをしているだけです」と言って、構内に入り高校の職員と話しをしてそのまま構内から監視しを続けていました。

それとは別の私服1人が組合員に「ビラまくな」などと言いがかりをつけたりしましたが、それには取り合わず、みんなでビラをまきを続けました。

12時30分くらいになると3本のポールに「日の丸」「都旗」「校旗」を取り付けはじめました。ポールの半分までの高さで旗は固定されました。(写真:容量が大きく、重くなるので略します、渡部)

年配の女性の教職員が構内から「生徒にはビラを渡さないで下さい」と声をかけてきたのでその女性に役職・名前を尋ねるとそれには答えず、「私は一般の教員です」と言っていましたが、蔵前署の2人とは親しげに会話をしていました。

卒業生も登校してくるので正門前でビラを渡していきました。東側通用門は12時50頃には閉じられたので全員が正門前の路上でビラを生徒、教職員、保護者などに配りました。

1人の中年の保護者(卒業式の父親か)が渡されたビラをつき返してきましたが、大体の人がビラを受け取り読んでいました。

気がつくと、構内の玄関前に「ゴミ入れ」と書かれた臨時の箱(ダンボール)がおかれていました。

私たちが渡したビラが何枚か入れられていました。卒業式開始の14時前までビラを配りました。 約300枚のビラを声をかけながら渡していきました。校門前はいつもの卒業式よりもひっそりとした雰囲気で、卒業式も「自粛」ムードの中ですすめられたようでした。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

すでに被処分者の会の近藤さんのメールでも流れていますが、卒業式での不起立者は6人でした。

<卒業式の処分の内訳>
1.都立江北高校(定時制) 戒告(不起立1回目)
2.都立立川高校(定時制) 戒告(不起立1回目)
3.都立杉並総合高校 減給10分の1・6月(不起立3回目)
4.都立東大和高校 減給10分の1・6月(不起立3回目)
5.七生特別支援学校 減給10分の1・1月(不起立2回目)
6.北特別支援学校 停職6月(不起立6回目扱い)
  計6名
<学校種別>
 都立高校4名(うち初めての不起立2名)
 都立特別支援学校2名

闘いは堅持され、かつ新しい人々に受け継がれています。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

本日(4月5日)、千葉高教組の仲間から、3月31日の「日刊ベリタ」に載った「金子みすゞも怒っている」(←これで検索すると出てきます)というすばらしいもじりの詩と、次のような文が入った(やはり別の仲間の)メールを転送してもらいました。

「4月から1年の現代社会を担当することとなり、授業開きは『東北大震災と福島原発崩壊』をテーマに、10時間程度のテーマ学習を構想しています。」

また、本日私の職場で、新年度最初の職員会議が開かれました。新しい管理職(校長と一人の教頭)から突然、「日番表」なるものが出されました。これまでは二人(も)いる教頭が、警備員が削減された後、校舎の戸締りを確認していたのです。

そこで、何人かの職員が唐突であるとして反対しました。すると新しく来た一人の教頭は、「<管理運営事項>なので職員にはかる必要はない」と言いました。(都教委の真似でしょうか)

これには、多くの職員がカチンと来て、ますます反対の声が大きくなり、ついに校長は「保留」とせざるを得ませんでした。

福島原発事故とその後の経過を見るにつれ、おかしいこと、一方的なことには、「反対」の声をあげていくことが、一層重要になってきていると思います。

黙っていれば、弱い者は権力によってますますしわ寄せをさせられ、その犠牲になるだけです。

*************************************************

都教委包囲首都圏ネットワーク」のブログのアドレス、
  http://kenken.cscblog.jp/ 

「千葉高教組『日の丸・君が代』対策委員会」のホームページ
 http://homepage3.nifty.com/hinokimi



2011/04/05

累積加重処分取消裁判を支援する会ニュース(第25号)

証人尋問に向けて(五)
明確にすべきは不起立・不斉唱の教育実践的意義と累積加重処分(戒告・減給・停職)の取消

 3・10高裁判決(大橋裁判長):

「日の丸・君が代」は議論の対象
「歴史的な理由から、現在でも『日の丸』及び『君が代』について、控訴人らと同様の歴史観ないし世界観又は信条を有する者は、国民の中に少なからず存在しているとみられ、控訴人らの歴史観等が、独善的なものであるとはいえない。」
「日の丸・君が代が現在でも論争的あるいは価値対立的な存在であることは肯認し得る」

起立・不起立の自由 斉唱・不斉唱の自由
「国 旗・国歌法の制定過程において、政府が国会においてした答弁には、・・『それぞれ、人によって、式典等において、起立する自由もあれば、また、起立しない 自由もあろうかと思うし、また、斉唱する自由もあれば、また、斉唱しない自由もあろうかと思うわけで、この法制化はそれを画一的にしようというわけではな い』(野中広務官房長官の答弁)・・などがあった。」

累積加重処分の恐れ
「毎 年必ず少なくとも2回は懲戒処分の機会が訪れることになり・・控訴人らはやむにやまれぬ行動であったということができるから、これを繰り返すことも考えら れるため、始めは戒告という最も軽い処分であるとしても、短期間のうちに処分が累積し、より重い処分がされる結果につながることが当然に予想される。・・ そのような結果を招くほどに重大な非違行為というのは、相当ではない。」

不起立・不斉唱・不伴奏は何のため 
「控 訴人らの本件不起立又は本件ピアノ伴奏拒否は、・・生徒に対し正しい教育を行いたいなどという前記のとおりの内容の歴史観ないし世界観又は信条及びこれに 由来する社会生活上の信念等に基づく真摯な動機によるものであり、少なくとも控訴人らにとっては、やむにやまれぬ行動であったということができる。」

  大橋判決は不起立・不斉唱・不伴奏者の言動について、入り口、動機については、その主張に理解を示している。もう一歩進めるべきは、児童・生徒との関係で ある。事態は卒業式・入学式等の児童・生徒の学習の場面、教員にとっては職務専念義務が課されている教授の場面で進行したことである。都教委・市教委の一 律起立・斉唱・伴奏の「通達」、校長の「職務命令」は「指導」に名を借りて、処分を構えて強制される。これは「有効な職務命令」ではなく「職務命令違反が あった場合、理由のいかんを問わず、適正な公務の遂行が阻害され」るというものではない。問題は教育の自由がどう侵害され、それに対し多様な考え・行動を 示す不起立・不斉唱・不伴奏の積極的意義を認めることである。
 大橋判決は裁量権の逸脱、濫用として「戒告」処分を取り消したが、加藤判決(3・25不当判決)は「停職」処分を妥当とした。私の戒告・減給・停職を問いたい。

口頭弁論[原告本人尋問] 傍聴よろしく
4/28(木)13時30分 地裁527号

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