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2011/06/08

最高裁判決と大阪府条例について(4)

渡部です。

「君が代」起立強制に関する反論の第二です。

<「学習指導要領」と「慣例上の儀礼的所作」>という論拠についてです。

少し回り道になりますが、歴史的に見てみたいと思います。

江戸時代、「神君」と言えば家康でした。天皇は、『禁中並公家諸法度』により、「天子御芸能の事。第一御学問也。」とされていました。そして江戸時代の支配的思想は、家康以来儒教であり、とりわけ朱子学(中国宋代に確立した儒教で宋儒とも呼ばれる。「四書五経」を聖典とする)でした。

しかし、明治維新(1868年)により天皇制が復活し、天皇主権確立の動きが進みました。
 ・1880年(明13)、天皇制を賛美する「君が代」が完成。
 ・1889年(明22)、『大日本帝国憲法』が発布。
   第一条 大日本帝国ハ万世一系ノ天皇之を統治ス
   第二条 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス
 ・1890年(明23) 「教育勅語」発布。学校への「御真影」配布開始。
 ・1891年(明24) 文部省、「小学校祝日大祭日儀式規程」定める。

その後、【学校教育】を通して、「君が代」の定着、天皇の神格化が進むことになります。

とくに、日清・日露戦争などを通して「君が代」は国歌のような扱いを受けるようになり、1931年(昭6)の満州事変の頃には、すでに日本国民の多くが、まさに「慣例上の儀礼的所作」として、あるいは「社会常識」「一般的なルール」として、「国歌」斉唱を受け止めていたと言えるでしょう。

「小学校祝日大祭日儀式規程」が定められて以来、それまでわずか40年です。

戦後、1947年(昭22)『日本国憲法』が発布され、「国民主権」が謳われるようになりました。

しかし、文部(科学)省は、「学習指導要領」をテコに、戦後一貫して「君が代」を学校現場に強いる政策を取ってきました。
 ・1950年(昭26)朝鮮戦争開始
    「祝日」に「日の丸」「君が代」をすすめる通達。
 ・1958年、小中学校学習指導要領改定
    「国民の祝日などにおいて・・国旗を掲揚し、
    君が代をせい唱させることが望ましい」と記す。
 ・1977年、「君が代」が「国歌」と記されるようになる。
        (法律で決まってもいないのに)
 ・1989年、「国民の祝日」に代わり「入学式や卒業式」とされ、
     「国旗を掲揚するとともに国歌を斉唱するよう指導するものとする」に。
       (つまり、卒・入学式での「国旗・国歌」の義務付け)

 (1995年、日教組中央はパートナー路線に転換、
  「日の丸・君が代」「学習指導要領」など五項目の
  反対闘争の旗を下ろす)

 ・1999年、「国旗・国歌法」の強行採決。
 ・2003年、都教委「10・23通達」。
 ・2006年、<愛国心>を盛り込んだ『改悪教育基本法』強行採決。
        翌年「学校教育法」も改悪。
        「学習指導要領」では<愛国心>と結びつけ
        「君が代」指導の強化。
 ・2011年、最高裁「君が代」起立命令合憲判決。
       大阪府「君が代」起立斉唱条例可決。

1950年から2011年までは、すでに61年も経っています。特に「国歌斉唱」の強制が強まった1990年前後からでも、およそ20年が経過しています。

この間、戦前同様、【学校教育】を通して、(またその他の様々な場面を利用して)、「君が代」斉唱の「慣例上の儀礼的所作」は、強制的にあるいは巧妙に作り上げられてきたのです。

したがって、「君が代」起立斉唱をあたかも昔から自然にできていた「慣例上の儀礼的所作」かのごとく述べ、国民に「君が代」を強制してくるとは、まさに「○人猛々しい」論理だと言わざるを得ません。これは悪質な「デマゴギー」に他なりません。

このような流れを見れば、「君が代」強制は行き着くところ、改憲論者たちが述べているように、「国民主権」を否定し、「天皇の元首化」=「天皇主権」に道を開いていくでしょう。明治憲法第三条には「天皇ハ国ノ元首ニシテ・・・」と述べてあります。まさに「<維新>の会」のやりそうなことです。

2006年「改悪教育基本法」が成立し、その下で「学校教育法」や「学習指導要領」が改悪され、それらは今や、お上が人々に対して、「日の丸・君が代」「愛国心」を上から強制するための強力な(反人民的な)法律体系になってしまっているのです。(「学習指導要領」は法律ではありませんが、実質的にそのような扱いをしてきています)

だから、大阪府の条例にも
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第一条 この条例は、国旗及び国歌に関する法律(平成11年法律第127号)、教育基本法(平成18年法律第120号)及び学習指導要領の趣旨を踏まえ、府の施設における国旗の掲揚及び教職員による国歌の斉唱について定めることにより、府民、とりわけ次代を担う子どもが伝統と文化を尊重し、それらを育んできた我が国と郷土を愛する意識の高揚に資するとともに、他国を尊重し、国際社会の平和と発展に寄与する態度を養うこと並びに府立学校及び府内の市町村立学校における含む規律の厳格化を図ることを目的とする。
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と述べられるに至っています。

これは、最高裁判決と同じ法的論理構造です。

これと対決するためには、私たちはやはり、
多くの人々に、「君が代」の歌詞の意味を丁寧に知らせ、

  • 「君が代」は決して単なる「国歌」、シンボルではない歌です、
  • 「君が代」は「国民主権」を否定する歌です、
  • 「君が代」は「天皇主権」の歌です、、
  • だから「君が代」は外国の国歌と同列には置けない歌です、

と言うことを明らかにし、

  • なぜ、私たちが「君が代」を強制させられなければならないのでしょうか、
  • 「君が代」強制は「国民主権」の侵害ではないでしょうか、

というような世論を大きく作っていく必要があるのではないでしょうか。

次回は、「氏名公表」の持つ危険性などについて述べます。



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