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2011/08/02

反撃(②「8・12~13「日・君」裁判全国学習交流会」)へ(15)

渡部です。

本日(7月30日)、『板橋高校刑事弾圧・最高裁不当判決抗議、7.30報告集会』が開かれました。

  • 「応援する会」事務局のHさんは、「裁判で勝ったことが勝ったことにはならない。裁判で死刑判決を受けたソクラテスの例を見よ」と述べ、
  • 加藤弁護士は、「裁判所は秩序優先になった」と批判し、
  • 原告藤田さんは、「壊れた社会になってきた」と述べ、
  • 藤田さんから指名された北村小夜さんは、「日本はもう一度負けてやり直すしかない」と述べました。

(東京地裁判決批判6回目です)

<ウ、教師の専門職上の自由を侵害する憲法13条(個人の尊重)、23条(学問の自由)、26条(教育を受ける権利、受けさせる義務)、違反か>

これについて、判決では次のようなことが述べられています。

「原告らは、学習指導要領(国旗国歌条項)に沿った教育指導を行うべき立場にあり、かつ、・・本件通達は、学習指導要領(国旗国歌条項)に基づく卒業式等における国旗・国歌の指導をより一層改善、充実することを目的として発出されたものであると認められるものであり、原告らは、本件各校長が本件通達を受けて発令した本件各職務命令に従うべき義務を負っている以上、本件通達及び本件各職務命令によって教師の専門職上の自由を侵害されたということはできず、原告らの・・主張は理由がない。」


「特に、教育上の重要な節目となる卒業式等は、各教師が個別に担当する一般の教科と異なり、全校的な規模でとり行われる儀式的行事であって、その基本的な進行については、個々の教師がそれぞれの創意工夫に基づいて自由に児童・生徒を指導すればよいというものではなく、全校的に決定されたところに従って統一のとれた行動が教師に要請されるといわなければならない。児童・生徒に対する指導教育の効果を高めるという観点からも、教育上の行事にふさわしい秩序を確保して式典の円滑な進行を図ることが重要であり、そのためにも学校単位での統一的な意思決定とこれに準拠した活動が必要となる場面であるから、教職員は、自ら考える卒業式等の在り方いかんにかかわらず、儀式的行事として決定された内容の卒業式等の実施に協力し、学習指導要領(国旗国歌条項)に沿った教育指導を行うべき義務を負っているというべきである。」

長々と紹介しましたが、ここには裁判所が

  • 教員の立場をどうとらえているか、
  • 教育の自由をどうとらえているか、

が明確に示されています。

つまり、まとめて言えば、

  • (お上の決めた)「学習指導要領」を忠実にやるのが教員であり、
  • そのための「職務命令」には従う義務があり、
  • この点では「教師の専門職上の自由」はないのであり、
  • 特に、卒業式等は「儀式的行事」であるので、
  • (上から)「決定された内容の卒業式等の実施に協力し、『学習指導要領』に沿った教育指導を行うべき義務(!)を負っている」

と述べているのです。

だから最後に、「教師の専門職上の自由を侵害し、憲法13条、23条及び26条に違反するものということはできない」、と結論付けています

まさに、「国家主義教育」ここに至り完成せり!です。

特に後者の長い引用文を読んでいますと、まるで文科省の<解説書>を読んでいるような気になります。裁判所が、教育内容や方法までも、前面に立って公然と「義務」規定するまでになったのです。

本日もここまでとします。(次の<エ、「学習指導要領」の法的拘束力の有無>も長くなりますので)



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