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2011/08/03

反撃(②「8・12~13「日・君」裁判全国学習交流会」)へ(16)

渡部です。

(東京地裁判決批判7回目です)

<エ、学習指導要領の法的拘束力の有無>

これについては、すでにこれまでのところからも、<有>と結論付けていることは明らかです。

判決文の中では、次のように述べられています。少し長くなりますが、重要なところなのでお読みください。( )の順番は、区別するために私が付けたものです。

(1)

「現在の主権国家を主体として構成されている国際関係の下では、国旗・国歌はそれぞれの国又は国民全体の象徴として扱われ、相互にこれを尊重し、儀礼の場において、国家又は国民全体への一般的敬意を表するものとして国旗・国歌を尊重することが国際慣習となっていることは周知の事実であることに鑑みると、自国の国旗・国歌について、式典等の場においてこれを尊重する儀礼を学ぶことは、国家及び社会の形成者として、また、国際社会においても活躍し得る個人として必要とされる基本的資質を養い、国際協調の精神を養うことに資するということができる。以上によると、上記認定の趣旨で定められた国旗国歌条例は、上記学校教育法の各条項が定める教育の目標事項に適った合理的なものであるということができる。」

(2)

「学習指導要領は、学校教育法43条、同法施行規則57条の2に基づいて文部科学大臣が定めて公示したものであり、それが教育における機会均等の確保と全国的な一定水準の維持という目的のために必要かつ合理的な大綱的基準として是認することができるものは、法規としての性質を有し、遵守すべき規準として拘束力が認められるものと解される(昭和51年大法廷判決)」(<旭川学力テスト最高裁判決>のこと)

(3)

「国旗国歌条項は、普通教育の内容及び方法について遵守すべき大綱的基準を定めるものとして、拘束力を有するものというべきである。」

(4)

「国旗国歌条項の上記文言(『指導するものとする』)は、『指導しなければならない。』よりは緩やかな表現であるということはできるとしても、国旗掲揚及び国歌斉唱による教育指導を義務付ける趣旨のものと解するのが相当である。」

(1)は、政府の見解そのままです。しかし、私たちが問題にしているのは、一般的な「象徴」(シンボル)としての「国旗国歌」ではなく、また、単なる「国際慣習」でもなく

  • 具体的な「日の丸・君が代」の持つ問題性と
  • それを処分を背景に強制する問題性であり、
  • かつての経験からそれは決して、「国際社会においても活躍し得る個人として必要とされる基本的資質を養い、国際協調の精神を養うことに」ならなかったという問題です。それは、「国際協調の精神」どころか、自国中心の偏狭な「国家主義」(ナショナリズム」を煽ったのでした。

(2)は、<旭川学力テスト最高裁判決>の評価の問題ですが、行政側の解釈・見解をそのまま踏襲しています。そして、『学習指導要領』の「国旗国歌条項」は、「大綱的基準として是認することができる」として、「法規としての性質を有し、遵守すべき規準として 拘束力が認められるものと解される」と結論付けているのです。

(3)は、(2)から、「国旗国歌条項は、・・・拘束力を有するものというべきである。」と結論付けています。

(4)は、したがって、「国旗国歌条項は、・・・国旗掲揚及び国歌斉唱による教育指導を義務付ける趣旨のものと解するのが相当である。」と述べています。

つまり、

①肝心の「日の丸・君が代」が抱える問題には目をつぶり、否、それを「象徴」という言葉で意識的に回避し、
②『学習指導要領』は、「法規としての性質を有し、遵守すべき規準として拘束力が認められるものと解される」とし、
③その「国旗国歌条項」も、「拘束力を有するもの」とし、
④「教育指導を義務付ける趣旨のものと解するのが相当」、

と結論付けているのです。

ここに貫かれているのは、徹頭徹尾、行政側の考え方です。しかし、「隠すより現わるるはなし」、結局、①が彼らの最大の弱点なのです。

(次回は<オ、通達・職務命令は、旧教育基本法10条が禁止する「不当な支配」に当たるか>です。)



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