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2011/08/09

反撃(②「8・12~13「日・君」裁判全国学習交流会」)へ(23)

渡部です。

(東京地裁判決批判14回目です)

以上見てきましたように、今回の東京地裁(青野裁判長)判決は、この間の最高裁判決を受け、全面的に都教委の主張を擁護し、全面的に原告の主張を退ける、「大反動判決」となっています。

判決では先ず、「判断の前提となる事実関係」について――

1989年の「学習指導要領」<国旗国歌条項>により「国旗掲揚・国歌斉唱」が義務付けられ、それ以来都教委は一貫して現場に指導してきたことを強調しています。

そして、この「学習指導要領」は、1976年の「旭川学テ最高裁大法廷判決」により「法的拘束性」がある、と行政側の解釈を前面に出しています。

しかし、1989年当時、「日の丸・君が代」はまだ「国旗」とも「国歌」とも法制化されていませんでした。にもかかわらず、文部省によって、「学習指導要領」に勝手に「国旗・国歌」として記述されたのです。これこそ「学習指導要領」の法律違反というものです。

しかし、そのことには全く目をつぶり、1999年の「国旗国歌法」が出来ても東京では「適正」な実施率が低かったとして、2003年に「10・23通達」を出さざるを得なかった。それに違反したのだから「処分」、「再発防止研修」は不可避のものであった。

――と全面的に都教委の言い分を採用しているのです。

次に、(ア)から(コ)までの<争点>についても全面的に都教委の主張を取り入れ、最高裁判決をもさらに補強する形で、ことごとく原告の主張を退けています。

そして、以下のようなことまで述べるに至っています。

「本件不起立等は、児童・生徒にとって学校生活に有意義な変化や折り目をつけるために重要な学校行事である卒業式等の場において、公教育を担う教育公務員が、公教育の根幹である学習指導要領に基づき教育課程を適正に実施するために発せられた重要な職務命令に違反するという重大な非違行為であること。」

つまり、「不起立など絶対あってはならないものだ」と、裁判所自ら声高に宣言しているのです。

しかも、今回の案件は2006年の「教育基本法改悪」以前の案件だから、それ以後の案件に対する判決はよって知るべし、というのでしょう。

これによって青野裁判長は、原告らの主張を全面的に粉砕したので、最高裁にも政府にも覚えめでたくなる、と考えているのかもしれません。

しかし結局、一番肝心な問題、<「君が代」は天皇制賛美の歌、天皇主権の歌>であり、その歌を将来の主権者たる児童・生徒に義務付けることは何を意味しているのかという問題、つまり、<現在日本社会における主権者は誰か>という問題については、(最高裁も東京地裁も)<争点>としては取り上げず、何も語ってはいないのです。

これについて取り上げたのは唯一、2010年11月10日に東京高裁で出されたNさん(東京の小学校教員)への判決だけだと思います。

Nさんは、「君が代」を「国歌」とすることの違憲性を問いました。しかし、東京高裁はいろいろと言いわけしながら、「(国旗・国歌法という)法律自体極めて抽象的であって具体性がなく、裁判規範性としての意味を持たないものであるから、同法が憲法に違反するか否かという司法判断にはなじまないものと言わざるを得ない。」と、明確に司法判断を回避しました。

その後、Nさんは最高裁に上告しましたが、この間の一連の最高裁判決同様、<その(憲法19条)余の上告理由について>としてまとめられ、「違憲をいうが、その実質は事実誤認又は単なる法令違反をいうもの」として、簡単に退けられています(7月4日)。

要するに裁判所は、これにかかわると大変なことになるので、これにかかわりたくないのです。

次回、そのNさんの『上告理由書』から一部を紹介します。



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