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2011/12/24

2012年「2・5総決起集会」へ(5)

渡部です。

12月21日、大阪の橋下市長が東京の石原都知事と会談した。橋下市長は、

「石原氏から条例は東京都でも出してみたいと言われた。東京都大阪とダブルで教育委員会制度に挑戦する」

と述べ、会談後、

「条例案を東京都にすぐにお渡しする」
「僕が言っているだけじゃ文科省は動かないが、東京が乗り出せば話は変わる」

と、<大阪>と<東京>が連携し条例成立をめざすようなことを述べた。

本日(12月23日)の「朝日」<東京版>に、12月22日の石原都知事の定例記者会見の記事が出ていた。この中で石原は次のようなことを述べていた。

「(大阪の教育基本条例案の)具体的な内容、まだ詳細きてませんけどね、かなり過激なこともあるんでね、それをですね、東京の場合に採用できるかどうかわかりませんからね。そういうものも検討しながら。やっぱり教育委員会任せではなかなか教育は変わっていかない」
「東京なりの知恵を集めて、教育をね、中曽根(康弘)さんに言われたけども、破壊的に変えて、もうちゃんとしゃんとした子供が育っていくためのね、ま、条例というものを、少し時間かかるかもしらんけど、やっぱり考えていきたいと思ってますよ」

ここで石原は、

「教育委員会任せではなかなか教育は変わっていかない」
「教育をね、・・破壊的に変えて、・・条例というものを・・考えていきたい」

と述べている。

結局、橋下と石原は、ニュアンスの違いはあるが、戦後「民主教育」を進めるためとして作られた<教育委員会制度>(現実には、文部省の教育政策遂行の隠れ蓑と成ってしまったのだが)を破壊し、露骨な<行政主導の教育政策貫徹の仕組み>を作ろうとしているのである。現代版「小国民」の育成が彼らの目標・狙いである。

したがって、この動きは今後、大阪、東京にとどまらず、全国的なものになっていくであろう。

ところで、こうした中、昨日(12月22日)、<河原井さん根津さんらの「君が代」解雇を許さない会>では都庁前早朝ビラまきをした。

ビラの内容は

①「潰そう!東京以上の教育破壊を招く大阪教育基本条例(案)」
②「都教委ムラ定例会報告~平然と嘘をつく人々」

だった。

 ②では、この間の都の教育委員、とりわけ10月の定例会に二度も欠席した竹花委員に関するものだった。

二度目の欠席(10月27日)の際、傍聴していた根津さんが欠席の理由を質すと、木村委員長が「出張です」と答えた。しかしそれは後で、「教育委員」としての出張ではなく、「パナソニック(株)」という会社の「出張」だったということがわかった。

しかも、それ以前に大原教育長は、毎日新聞(2011年8月5日)の<都教育委員 月額報酬43万円、欠席でも満額支給>という記事への反論として、私たちが傍聴していた定例会(9月8日)の席上、「教育委員は24時間365日、東京都の教育の改善に職務を果たしている」と述べていたのであった。

ビラまき終了後、定例会を傍聴した。竹花委員はじめ、6人の委員全員が出席していた。私たちは聞こえよがしに「竹花はいるじゃないか」などと言って傍聴席に着いた。

定例会では、

・第3回中学生「東京駅伝」大会(2011年3月20日)開催
・『”がんばろう 日本”節電アクション月間』の実施結果

などの報告もあった。、
そして、秘密会への報告事項では、(大阪では、自衛官が校長になるという学校教育の戦時体制準備とも思われる事態が進行しているが)

・<学校外からの校長任用に係る特別選考の実施結果について>

というものもあった。

退出時、根津さんはビラに書いたことを問いただそうとした。すると木村委員長はそれをさえぎるような大声で「出て行きなさい」と何度も繰り返した。根津さんは職員に押し出されながらも抵抗しながら「嘘」について繰り返し糾弾した。先に出ていた私も戻り、「恥知らず」と怒鳴った。



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