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2012/01/22

2012年「2・5総決起集会」へ(10)

渡部です。

本日(1月21日)東京の板橋区で≪板橋のつどい2012≫という集まり(57名参加)がありました。

この中で、最高裁判決について予防訴訟のNさんは次のように述べました。

「最高裁判決では減給・停職はダメというようなことを言っているが、都教委は『従来どおり』と述べているし、大阪の教育基本条例でも<減給><停職>を維持している。全く最高裁判決を無視した形で事は進行しつつある。

ナチスが最初に虐殺したのは「エホヴァの証人」たちだった。それは<儀式で国旗・国歌に敬意を示さないから>というものだった。しかもワイマール憲法が維持されたまま、形骸化された状態でだ。これは現在の日本によく似ている。 

この間の最高裁判決では結局のところ、『儀礼的所作』として<形>を問題にしその『秩序の維持 規律を守る』ことが第一になっている。それは戦前の<形>と同じであり、それを橋下や石原は『道徳』として教えようとしている。橋下は第三者機関をつくり、『道徳』の状況を調査しようとしている。石原は『道徳教育』の一環として高校生を自衛隊で二週間の宿泊訓練をさせようとしている。」

また、今回減給処分が取り消された渡辺厚子さんは次のように述べました。

「05年に北特別養護学校に配属され、その後北部の仲間たちに支えられて闘ってきた。減給1ヶ月処分取消はみんなの力、喜びだ。しかし、(根津さんの)3ヶ月停職処分はそのままだ。これは『秩序維持に歯向かう奴は許さない』ということだ。これを変えていかなければならない。『儀礼的所作』だから『合憲』だという。これは国家が1人の人間を従順に操れることだ。裁判所はこれを『マナー』と判決したが、大きな問題だ。今回の判決は一条の光がさした思いだ。今後、天皇制国家の国策として行われている『日の丸・君が代』に対して、歴史的責任を問い、責任者を断罪するまで、一人でも闘う、自立した子ども・社会を作って行きたい。」

また、東京新聞特別報道部デスク・田原 牧さんが『転換点としての2011』と題する講演を行いました。  

その中では福島原発事故に触れ、

「無謀な自爆攻撃(特攻隊)に至った軍国主義同様、原発も人柱(被爆労働者)と未来へのツケ(放射性廃棄物)が不可欠なシステム」
「原子力ムラはムラ社会日本の象徴であり、成員はアイヒマン(=「マジメで保身にいそしむ小役人」)である」
「戦争責任の決着はうやむやにされた。ムラの壁を敗れなかった。今度は繰り返さないために責任をとらせる。」
「福島事故と共鳴する教育。橋下教育改革は社会的人間(次世代の公人)の教育ではなく、『商品』としての若年労働力の量産」

 

また、『アラブの春』についても現地(エジプト・シリア)に行って感じたことを紹介し、『永遠に叛逆するという生き方』『永続革命』的な視点を提起してくれました。

そして結論として、

「求められているのは古いこと。自己決定と倫理を確立すること。これまでやってきたことを突き詰めていくこと。」と述べました。

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ところで、この間の動きを見ていて一つ思ったことを書きます。

それは私たちの闘いは『持久戦に持ち込む』ことだということです。

今回の最高裁判決による「一定の歯止め」も、この間の東京の教職員たちの長く屈せぬ闘いが大きな力になっていると思います。

それに対し、石原や橋下は、その最高裁判決をも無視してさらに暴走しようとしています。しかし、道理がなく、感情的で、力づくとも言える彼らのやり方は決して長くは続きません。

したがって、私たちが気を長く持って闘いを堅持すれば、<時>は彼らの異常性を次第に多くの人々に知らせることになるでしょう。

だから、彼らのあて(早期決着)が外れるように、私たちは、『世直し』を展望しながら、『持久戦に持ち込む』ことだと思います。



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