フォト

掲示板

停職「出勤」日記2009

停職「出勤」日記2008

停職「出勤」日記2007

停職「出勤」日記2006

停職「出勤」日記2005

投稿欄

ちらし置場

リンク集

« 2012年春の闘い(4) | トップページ | 2012年春の闘い(6) »

2012/02/21

2012年春の闘い(5)

渡部です。

本日(2月18日)東京で、1月30日の土肥元三鷹高校校長の東京地裁判決に対し、<学校に言論の自由を求めて 不当判決!都教委を許さない!!>報告集会が開かれました。(100数十名の参加)

集会にはいろんな方々からのメッセージが寄せられていましたが、山口二郎(北海道大学教授)が3月5日の東京新聞「窓」に寄せられた次のような声も紹介されていました。

「・・・日本の教育行政では、学校教育を労務管理の発想で捉える動きが強まっている。この点について、既に明治時代に三宅雪嶺というジャーナリストが次のように予言していた。『独立心を憎む管理が教育を監督し、独立心を憎む教員が授業をしては』、『有識有能の奴隷精神』を持った人間を作り出すだけであると。有識有能の奴隷精神は、無責任なエリートを生み、国を破滅に導いた。・・」

集会では、吉峯弁護士が裁判の経過と判決の内容について報告しました。その中で彼は次のようなことを述べました。

「裁判での具体的な論点挙手採決の禁止、「君が代」起立斉唱の個別的職務命令強要、文化祭での沖縄戦の生徒発表への圧力、などなど)は、いずれも都の教育行政を根本から問うものであった。

特に非常勤不合格にした評価が全部Cで、教育実践については調べれば不合格にできないから、調べていないでCをつけている。

裁判所(戦前「治安維持法」で多くの人を裁く)は戦犯追放がなかった。戦前からの体質が今日まで引き継がれている。

この世の中おかしくなってきている。教育のあり方を変えていくことが必要だ。その意味でこの裁判は重要だ。」

次に土肥元校長が登場。彼は相変わらずつまらない洒落を連発しながら元気に話しました。

「完全敗訴するとは思わなかった。しかし、裁判をして本当によかった。在職中都教委に公開討論を求めたが拒否された。裁判をやったことで、両方の主張が明らかになった。オールCも自分一人だったことも分った。古久保裁判長は、<はじめに全面敗訴ありき>だったから、都教委の言い分をすべて認めざるを得なかった。だから、教育実践については「収集するのが困難だった」などと言っている。都教委は毎月三鷹高校に来ていたのに。三権分立は全くない。行政権力の言いなりだ。判決文には子ども・生徒の為がなかった。こんな判決はない。」

三番目に、業績評価裁判で勝利が確定した大嶽さんが話しました。彼は、特に<業績評価裁判の意義>として、次のように述べました。

「裁判で明らかになったのは、①業績評価は公平なものとは言えず、デタラメにつけられる場合があること、②業績評価制度は教員の資質向上を目的とするというが、実際は教員に服従を迫る道具と化していること。一審判決では初めて、業績評価における評価権者に公正評価義務があることを認めた点で画期的だった。二審判決では、賃金上の不利益を重視し、『C以下の評価をする場合については、その根拠として相当な事実が存在することが必要であり、評価の相当性が争われる場合においては、評価権者側が主張立証責任を負う』と評価者側に厳しいハードルを課している。」

四番目に話したのは、日本教育学界会長・藤田英典さんでした。彼は『日本の学校と教育行政はどうなっていくのか』というテーマで詳細なレジュメに基づいて話してくれました。

そのなかでは、

  • 四半世紀にわたる政治主導の「教育改革」、
  • 一部の首長・教育委員会の暴走、
  • 新自由主義的・市場原理主義的改革、

などを紹介しながら、「学校に言論の自由を!」裁判の意義と司法の責任について述べ、次のようなまとめをしてくれました。

①近年の改革動向は教育基盤を揺るがす危険な傾向を強めている。
②「学校に言論の自由を!」裁判の意義は、そうした動向に異議申し立てを行い、勝訴すれば歯止めをかけ、その適法性・適切性・健全性の回復となりうる点にある。
③「君が代関連訴訟」で、司法は三権分立の基本原理と憲法、教育基本法などをないがしろにし、立法権・行政権の横暴を追認し、最下位の法令・規則や監督・指導を重視し、それを根拠に判決・判示する傾向を強めているように見受けられる。
④法秩序は、社会的・司法的に構築されるものである。その構築のプロセスが、立法権・行政権の定め実施している法令・慣行やポピュリズムに流されるようでは、司法の権限と責任は地に堕ち法秩序は混迷し、正義と良識が立ち行かなくなる。

その後、土肥さんが直接会場内に入りインタビューをするというユニークなことが行われました。

  • 「最近の動きは日本国民の意識の低さの現われだ。国民は勉強する必要がある」 
  • 「土肥先生が先日一人で三鷹駅でチラシまきをしているのを見かけた」(土肥さんはそれに答えて、「生徒4人、保護者7人と会いました」)
  • 「一筋の光を感じる」
  • 「今全国あちこちで教育が死滅させられようとしている。それに対し内部から決然と立ち上がられた。これが内部から変えていくきっかけになれば」
  • 「若い教師が元気がない。モノを言える状況を作らなければ。」
  • 「ユーモアをもって、チャーミングにがんばって欲しい。尾木ママならぬ土肥パパで。」
  • 「高3の保護者ですが、卒業式には君が代で座ろうと思っている。」

集会全体を通して私が感じたことは、

①スタッフや参加者に教え子や若い人が結構いたこと、
②土肥さんが元気一杯で明るくエネルギッシュであること、
③この<元気>と<明るさ>と<エネルギー>は、現在進行している教育と社会の反動化に反対する力になりうるということ、

でした。

不当判決を受けてますます元気盛んな土肥さんを見て、都教委も裁判所も苦虫をつぶしていることでしょう。



« 2012年春の闘い(4) | トップページ | 2012年春の闘い(6) »

投稿欄」カテゴリの記事