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2012/03/04

2012年春の闘い(11)

渡部です。

本日(3月3日)の卒業式ビラまきの報告です。(4校分)報告を読めば、ビラを受け取る生徒たちと、そうでない生徒たちの違いが分かるようです。

<M高校>
Kです。本日8時から10時までM高校でビラまきを、世田谷で働く全関労の組合員と二人で担当しました。

Fさんの勤務校ということもあるのでしょう。教職員の方々はみなさん「ご苦労さま」など声をかけてくださり、都教委からの校長へのしめつけ、不起立者への担任はずしなどの状況を怒りをこめて話してくださる方もあり。

副校長さんが1度「挨拶」に来られました。双方、名乗り合ったあとで、敷地内立ち入り禁止の注意を「ご存知でしょうが」とやんわりニコヤカ。一応仕方なく言いに来たのでしょう、行動を監視することもなく、それでオシマイでした。

「異変」がひとつ。校門になんだか小さな「日の丸」の旗。職員さんが「こんなお子様ランチのハタ・・」「(式の看板が)隠れてしまう」とブツブツ言いながら、ヒモでくくりつけて立てました。

出勤してきた教員の方が、「何,今年はこんなところに立てて」と怒りながら、昨年はなかったと教えてくださいました。かの副校長さんに伺ったところ「今年、門に立てる様にいわれました」とのこと。どうも「上」からの指示だったようで、買ったばかりの折線くっきりの旗は、正門の記念写真にチャチっぽく割り込んでいました。

ビラの受取も概ね良好。ただ一人,「何のビラかしら」とキッとした表情で問うて来た女性がいました。私がつけていたワッペン(およそ20年前にH養護の教員が作ったもの)の「おしつけないで、日の丸・君が代」をみて、ニッコリ。「それならいいの。歌うのは自由ですものね」だそうで。

ビラを渡し損ねたので手を伸ばして「ごめんなさい。私中に入れないので」と言うと、受取にきて「なんでなのでしょう、入れないなんて変よネ~」という保護者もおられました。生徒も,PTA会長さんもなかなか気さくで、楽しくすごさせてもらいました。

<A商>
根津です。今日、A商のチラシまきをFさん、Mさん、根津の3人で行いました。その報告です。卒業式チラシまきに初めて参加しました。今日を手始めに西の方の高校に何度か行く予定です。

7時過ぎに校門前に行ったのですが、休日のような雰囲気。卒業式はあるのだろうかと心配になっていたところに、生花の業者の車が来て一安心しました。

7時半頃から職員がポツリポツリ出勤してきたのでチラシを手渡し始めたのですが、目を合わさずに走り過ぎる職員さえいました。若い教員ではなくても、でした。

50代後半と思われる教員が「お世話様です」と返してくれ、しばし、学校の現状のひどさを話されたことと、知り合いの教員と話したほかには好意的に受け取ってくれた教員は数えるほどでした。

4,50代の教員の多くは(いや、若い教員も働きかけを繰り返していけば)「日の丸・君が代」の強制は間違いと思っている、と私は捉えていたのですが、今朝の様子を見ていると、その意識が急速に変化している、と受け取らざるを得ないと思いました。認識不足でした。

7時50分、撒き手が増えて二人で手渡していると管理職と思しき人がやってきて「職員にはいいですが、生徒には撒かないでください。生徒は関係ないですから」と「お願い」に来ました。名乗りもしないで用件のみを言うので名前と立場を聞きましたら、「○○副校長」だと。「学校の敷地に入らない私を止めることはできないはずです。お願いは聞きません。」と返すと、中に入っていきました。8時、出勤してきた男性が「私は校長です。生徒には配らないでください。式典をしっかりやりたいので」と言うので、「そのお願いは聞けません」と言い始めたのですが、校長は返事を待たずに校舎に向かって行ってしまいました。校長、副校長とも、「言った」という証拠を残し、報告書に書くだけのために言ったであろうことは明白です。

8時を過ぎると生徒たちが「登校」してきました。「おめでとうございます!」と声をかけながら、撒き手はもう一人増え、3人で手渡しました。生徒たちは非常に素直で、「おめでとうございます」のことばに「ありがとうございます」と笑顔でこたえ、8割以上の生徒がチラシを受け取っていきました。立ち止まり、両手で受け取る生徒もしばしばいました。受け取るかを迷う生徒に「受け取って大丈夫よ」と声をかけたら、受け取っていった生徒もいました。

保護者では受け取った後返す人や受け取らない人は稀で、ほとんどの人が受け取りました。勘違いをされていたのかもしれませんが、受け取れば少しは読んでくれたでしょう。生徒数は少ない学校ですが、大勢が受け取ってくれたので(保護者は両親+祖父母という人たちもかなりいました)、400枚は優にはけたと思います。3人で撒く、というのは、1人、2人でない印象を受け手に与えるのもあると思いました。

<N高校>
Tです。T高校へ行きました。卒業式は在校生も全員参加で、8時にはかなりの生徒が登校していた。卒業生、在校生、保護者で約300枚まいた。

8時過ぎに出勤してきた副校長が「穏便にお願いします」と言った。「穏便ってどういうことですか?」副「いや校門のまん前にいるので」とわけのわからないことを言った。

自転車通学者が多かった。チラシは生徒もよく受け取った。教職員の受け取りは悪かった。

卒業式の参加者らしい人に制服を着た男性がいた。警察の制服ではなく、消防署かもしれなかった。今までではじめてだった。

<T高校>
ここは進学校でした。生徒たちは男女とも和装で正門の前は着飾った生徒たちで華やかでした。保護者も着飾っていました。

この高校はかつて「君が代」強制に生徒・保護者の反対運動が起きたところでしたが生徒のビラの受け取りは良くなかったです。「卒業おめでとうございます」と言ってビラを渡そうとしても、無視するか避けて通る生徒たちが多数でした。

上の<A商>の例にも見られますが、概して学力が低い方の生徒たちの方が、茶髪だったり、擦り切れたような制服を着たりして見た目は悪いのですが、「卒業おめでとうございます」と声をかけると嬉しそうに「ありがとうございます」と挨拶してくれます。保護者も生活感のある手を出して、「ありがとうございます」と言ってビラを受け取ってくれます。

これは一握りの「エリート」と多数の「一般ピープル」の違いなのでしょうか。やはり私たちの仲間は「一般ピープル」なのかもしれません。橋下は一握りの「エリート」を育てようしています。また、教員の受け取りが悪くなってきているのは、戦前同様、教員が「従順なエリート」になりつつあるからでしょうか。

この学校では副校長が出てきて、一言「構内に入らないで下さい」と言っただけでした。遠くに警察の車らしいのが止まっていました。ビラまきは一人でしたが、169枚まきました。「エリート」の中にも「一般ピープル」の立場に立って闘ってくれる人間が出ることを期待します。(戦前の山本宣治のように)



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