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2012/03/14

2012年春の闘い(19)

渡部です。

本日(3月11日)、東日本大震災と福島原発事故一周年。都立高校の卒業式は1校もありませんでした。

夕方、「国会囲もうヒューマンチェーン」に行きました。社会文化会館に着くと、右翼の街宣車が「日の丸」を掲げ、大音量でがなりたてていました。その中で「原発に反対する奴は日本から出て行け!」というようなことも述べていました。「日の丸・君が代に反対する奴は日本から出て行け!」というのはこれまでよく聞きましたが、右翼にとっては「原発」も「日の丸・君が代」と同類のようです。確かにいずれも現体制(米日独占が支配)維持にとって必要不可欠なものなのでしょう。また、「原発安全神話」と「日の丸・君が代常識神話」は戦後、学校教育を通じて植え付けられてきた点でも同類なのですね。

ところで、国会周辺ですが、国会を一蹴する歩道は警察により、アルミ(?)柵やロープで全く立ち入り禁止状態になっていました。警察官も相当動員されていました。

そのため、国会に近づくことは全くできず、ヒューマンチェーン参加者たちは、車道をはさんだ歩道で遠巻きに国会を包囲する形になりました。しかも、国会裏の首相官邸から衆議院議員会館まで(約50メートル位)は車道をはさんだ歩道も通行止となり、ヒューマンチェーンが繋がらないようになっていました。

現政権がいかに原発推進勢力であるかをまじまじと見せつけた警備だったと思います。

それでも、チェーンがつながらないところを除けば、参加者はびっしりと二重に歩道に並んでいました。私は首相官邸に近いところにいたのですが、私の隣には鳥取から駆けつけてきたという女性、ツイッターで埼玉から駆けつけてきたという女性もいました。どれだけの参加者があったかは明日の新聞などで分かると思いますが、いずれにしても、これだけの人々が遠巻きながら国会をとり囲んだのは1960年、1970年の安保闘争以来ではないかと思いました。

「日の丸・君が代」強制と「原発」再稼動は、普天間基地移設やTPP、消費税、道州制、憲法改悪などと並ぶ、米日独占と一般ピープルとの間の大きな争点になりつつあります。一般ピープルが連帯・団結すれば、国会周辺に敷かれた警備体制などは一気に突破できると思いました。



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