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2012/07/14

2012年「8・31都教委包囲行動」へ(3)

渡部です。

本日(7月13日)の「朝日」社会面に、<都が尖閣購入PRポスター作成>という小さな記事が載りました。

それによると、
 ・公共施設や地下鉄の駅構内などに6千枚張り出す
ポスターには、
 ・魚釣島、北小島、南小島の航空写真、
 ・「日本の島を日本の領土だと言う勇気がいま、  問われています」というキャッチコピー、
 ・都に寄付する際の口座番号、
などを掲載。

これは石原による極めて危険な火遊びです。都庁にはそれを止める勇気ある職員たちはいないのでしょうか!? 
ただただ言われたまま黙って従っているだけなのでしょうか!?

本日の同新聞の<声>の欄には<尖閣取得目指す石原氏が心配>という投書が載っていました。そしてその最後に「国を揺さぶる自治体の動きは、かつての関東軍の専断と当時の政府の関係のようで、恐ろしさを感じます」とありました。

まさにその通りです。これは石原だけでなく、橋下にも言えることです。しかし現在の政府の野田首相は、原発、消費税、オスプレイ配備、TPPなどすべて、米日独占の忠実な下僕であることをあらわにしており、米日独占の露骨な政治的代理人である橋下までが彼を持ち上げるようになってきています。それだけさらに危険だと言えます。

そうした中、本日(金曜日)夕方、「首都圏反原発連合」が呼びかけた、大飯原発再稼働反対、脱原発の「首相官邸前抗議行動」があり、私も参加してきました。

日本社会が危険な方向に動きつつある中、この大衆行動は多くの人々に希望を与えていると思います。さらに多数の人々が積極的に参加すればよいと思いますそして、様々な問題を解決しながら、運動をより高い段階に引き上げていけばよいと思います。

その観点から本日経験したことを書きます。

私が友人と二人で17時10分ごろ「都教委包囲首都圏ネット」の旗を立てて首相官邸前に行くと、そこにはすでに50メートルくらい、人々が旗を立て、音楽を鳴らしたりしていました。

しばらくすると主催者という人が、「原発に関係ない旗は降ろしてくれ」と言ってきました。

私は、「私たちも原発に反対するためにきた。いろいろな人々が原発に反対していることを知らせたいのだ。これからくる仲間の目印にもなる。どうして悪いのだ。表現の自由を保証しないのか」と言ったのですが、同じことを繰り返します。

すると周りで聞いていた人たちから「どうして反対しに来た人をそうやって排除するのだ。」「だから前回怒って帰ってしまった人もいる」「主催者はうるさすぎる」、「目をつぶれ」などという声が起き、結局、旗の上方に(周りの人々も協力してくれ)「原発反対」の小さなプラカードを安全ピンでつけ、そのまま旗を立てていることになりました。

18時から20時までの間はほとんど「再稼働反対!」のシュプレヒコールの連続でした。参加者の中から、「もう少しスピーチを入れて欲しい」という声も上がりましたが、数人が1分くらいづつスピーチをしただけでした。

19時40分ごろ、前方の主催者席の方に「赤白」の旗が見えましたので、「もしかして」と思い、そちらの方に私たちの旗を持って向かいました。すると主催者がマイクでシュプレヒコールを繰り返している傍に「日の丸」を持った人が立っていました。私が「なんだこれは。原発と関係ないじゃないか」と言うとそこにいた人々は何も言い返しませんでした。

元のところに帰り、周りの人々に話しました。私たちの旗には、はっきりと、「『日の丸・君が代』の強制と処分を許すな!」と書いてあったので、「日の丸に遠慮して私たちの旗を降ろさせようとしたのではないか」という話になりました。(そうだとすれば運動の質が問われます)

行動終了後、周りの人々と別れるとき、みんな仲良くなり、中には「今度も是非来てくれ!」と言ってくれる人もいました。

本日の参加人数は帰りまで分りませんでしたが、国会議事堂駅から霞ヶ関駅あたりまでは、歩道が身動きもままならないような状態でした。

アジサイの花(アジサイ革命?)を手に持っていた人もいましたが、次回以降の課題は、警察の異常な警備体制を集団の力で津波のように乗り越えることかもしれません。



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