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2013/08/22

8.22都庁前情宣

F20130822
この国はどこに行こうとしているのか

 安倍首相は憲法9条の解釈を変更して、これまでは「国を防衛するための必要最小限の範囲を超える」として行使を禁じてきた、集団的自衛権行使を可能とするよう、内閣法制局の長官に、行使容認派の小松一郎駐フランス大使を起用した。また、麻生太郎副総理兼財務相は、改憲を巡って発言し、「(ドイツのナチス政権下で)ドイツのワイマール憲法はいつの間にか変わっていた。誰も気づかない間に変わった。あの手口を学んだらどうか」と発言した。これでは選挙での自民党「圧勝」をいいことに、やりたい放題ではないか。
 国民の命と生活を保障するために政府に義務を課す憲法を、「公益」「秩序」ということばを使い、政府のために国民を縛る憲法にし、戦争ができるようにしようというのが、安倍内閣である。
 福島第一原発では現在も、汚染水が流出し続け、格納容器内に溶けだした核燃料がどうなっているかもわからない。国は被災者への謝罪もせず、15万人が避難生活を余儀なくされ、福島の子どもたちは人体実験のようにされている。戦後、被爆者や空襲被害者を放置したと同じことを、この国はしている。福島第一原発の事故処理にあたる労働者の被曝やピンハネに、目を光らせることもしない。米軍基地の集中に苦しむ沖縄に危険なオスプレイを配備して平然としている。政府が国民を守ってくれないことの現実ばかり。
 こんなことをしながら日本国の政府は国民に「愛国心」を求め、党憲法草案に「国旗・国歌の尊重」規定を盛り込み、秋の国会に提案予定の「秘密保全法案」で国民の知る権利を制限しようとしている。ナチスや戦前・戦中の政府がしたように、気がついたときには国の形が変わってしまっているのではないだろうか。

都教委は東京の子どもたちをどこに連れて行くのか

 東京、大阪、そして神奈川の教育委員会が、実教出版の日本史教科書を高校生に使わせない・採択させない暴挙に出た。この教科書が、「日の丸・君が代」に関して、「政府は、この法律によって国民に国旗掲揚、国歌斉唱などを強制するものではないことを国会審議で明らかにした。しかし一部の自治体で公務員への強制の動きがある」(下線は筆者)と記述したことについて、「(下線部の記述は)都教委の考えと異なる」(東京)、「一面的」(大阪)だから、高校生に使わせないのだという。
 「都教委の考えと異なる」、これを基準とするのは、教科書に限らない。教員管理についてもしかり。「君が代」不起立処分で従順を強い、それが効かない「都教委の考えと異なる」教員には、重い処分を使って制裁を加え、排除をはかる。
 はたまた、都教委の考えと同じ自衛隊については協力活用を方針とし、田無工業高校は防災宿泊訓練を自衛隊朝霞駐屯地で行った。自衛隊の勧誘ポスターを学校に貼ることについて、かつては、教育委員会も禁止していた事実を知っているだろうか。
 今、東京の子どもは、都教委の目を通してものごとを見せられることになる。それは、戦前・戦中の軍国主義・国家主義教育の焼写しではないだろうか。子どもたちから、事実を知り、自分の頭で考え判断する機会を奪ってはならない。


7月25日教育委員会定例会を傍聴して

■実教出版日本史「見解」に対し2件の請願
それ対する教育委員の対応は看過できない

 6月27日の定例会で「教育委員総意の下」議決した日本史教科書「見解」に対し、 (ア)「見解」を撤回すること (イ)都民に謝罪し、同様の誤りを繰り返さない意思を表明すること (ウ)請願について直近の教育委員会において協議し、見解を文書で示すこと を求める請願が2件上がったとのことで、それが議題・報告の一つだった。
 請願の他にも、「見解」についての抗議・撤回の団体要請が26件、個人要請が70件あり、対して、「見解」賛成の意見は3件だったとの報告もあった。
 請願に対し、木村教育委員長は、「都教委は、最も適切な教科書が使用されるようにしなければならない責任を有している。『一部の自治体で公務員への強制の動きがある』との記述は、国旗掲揚・国歌斉唱は、児童・生徒の模範となるべき教員の責務であるとする都教育委員会の考え方と異なるものであり、都立高等学校で使用する教科書としては適切ではない」と、居直るばかりの「回答」を読み上げ、「皆さん、異論はないですね」と言った。事前の打ち合わせでことを処理して報告事項にし、教育委員一人ひとりの声を公開させないやり方は、公開の教育委員会運営に反する。
 賛成でも反対でも自己の意見を表明し、論議する責務を教育委員は負っているはずだ。しかし、6月27日も、今回も、「都教委の考え」が関係する案件については、教育委員は無言を通す。それは、教育委員個人で言えば、教育委員の仕事を放棄したに等しい行為ではないだろうか。
 請願(ウ)「直近の教育委員会において協議し」を反故にした理由も示さなかった。
 竹花委員は「見解」報道について、会場内の報道関係者に対し、くぎを刺した。「マスメディアの一部には、今回の議決は都教委が介入した、と流れ(し)ているが、権限のない者がやるのが介入。都教委は、都教委の権限と責任によって行っている(から介入というのは誤り)」と。教育委員と都教委は、「職権の濫用」と「権限と責任」をはき違えていて、木村委員長、竹花委員の暴力性は、むき出しだった。

■傍聴者排除に躍起となる都教委
きちんとした論議がないから傍聴者はつぶやくのだ

 前回、傍聴者が声をあげたことに対し、教育委員会は驚くほど過剰な対応をした。待合室には「傍聴人規則に違反する行為…には、退場を命じる。法的措置をとる」と掲示し、それをプリントして傍聴者に配り、読み上げた。
 定例会の会場に入室して、さらにびっくり。椅子に①から⑳の番号が表示されていて、「受け付け番号順に自分の番号に座れ」というのだ。
 上記、「請願について」の途中で、2人の傍聴者が、木村委員長の「退出」の声によって、退出をさせられた。一人は、「議論していなじゃやないか」と言ったこと、もう一人は、実教出版の記述について、「事実でしょう」と言ったことが引き金となったようだ。
 各委員が真摯に意見を述べ、まともな議論が行われるのならば、傍聴者は黙って傍聴するだろう。しかし、腐敗しきった教育委員会を見て、黙らない人がいても不思議はない。教育委員は、思わず口を突いて出た傍聴者の声から学び、反省すべきだ。
 冒頭に記した座席については、議事の進行とともに、その意味が判明していった。A4判のチェック用紙が何度も、傍聴者を監視している職員の間で回されていた。何番の席の誰が何度、声をあげたか、何を言ったかを克明に記入する用紙のようだった。教育委員会が都民を監視する場になってしまっている!

PDF版: https://docs.google.com/file/d/0B9YwoRhL94xDcU9WZUlGRGQxYUU/edit?usp=sharing




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