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2015年2月

2015/02/12

都庁前通信 2015年2月12日号

F20150112

「君が代」起立強制を考える集い
「君が代」不起立を選んだ生徒がいた!
聞いてみませんか?

日時 2月21日(土)13時半〜16時
場所 スペースたんぽぽ
たんぽぽ舎4階(JR水道橋駅より徒歩6分)
千代田区三崎町2-6-2 タイナミックビル4F
たんぽぽ舎 TEL 03-3238-9035
参加費 500円

報告者

◇木村ひびきさん(大阪府立高校昨年度卒業生)
◇梅原聡さん(大阪府立高校教員・「君が代」不起立被処分者)
◇崔善愛さん(ピアニスト・指紋押捺を拒否、「君が代」不起立を応援)
◇田中聡史さん(都立板橋特別支援学校教員・「君が代」不起立者被処分者)

 昨年の春、卒業式の朝の校門前で、自らの思いを書いたチラシを配り、「君が代」不起立した高校生が大阪にいたと聞いたときの驚き、チラシの内容を読んだときの感動は今も忘れられない。
 「どんな生徒なのだろう、会いたい!」「なぜ、チラシを配ったのか、,聞きたい!」と、思い続けてきた。それが、今回実現する。
 ご本人の木村さんと同じ学校の教員で「君が代」不起立被処分者・梅原さんのお二人が、大阪から来てくださる。更に、木村さんのことを知って、すぐに手紙を出したピアニストの崔善愛さんと東京で「君が代」不起立を続けている田中さんも参加して、話に加わってくださることになった。
 それぞれ少し違う立場から「君が代」不起立についての思いをどのように話してくださるのか聞くことができる貴重な機会になるだろう。
 お忙しい時期だと思いますが、一緒に聞いて頂きたくたくさんの方の参加をお待ちしています。
 裏面は木村さんが卒業式で配ったチラシの全文です。どうぞお読みくさい。


 

◇2014年3月、卒業式当日の朝、自校の校門前で配ったチラシ

<卒業生の声も聞いてください>

 こんにちは、私は今年A高を巣立つ三年生です。まず最初にことわっておきますが、私は、親に言われて君が代の不起
立を決めたわけではありません。
 私は卒業式での君が代の際、不起立を貫こうと中学生の時から決意しました。そんな私ですが、実は中学生の卒業式
の直前まで私は不起立をするかしないか、とても悩んでいました。なぜなら私は、何処にでもいる、自分だけ目立つのが
怖い人間だからです。
 いえ、周りにとっての普通以上に私は怖いと感じていると思います。それはイジメを受けた経験があるからです。人と
違うことをすればどうなるかわかっていました。人と違うこと、多数の常識や雰囲気から外れたことをすれば、イジメら
れる、馬鹿にされる、責められる。私がどれほどの思いを持っていたと しても、どんなに正直に話しても、それを無視す
る程の数によって踏みにじられる。そんな経験を昔味わったことがあるからです。
 こんなことをしたんだ、されたんだと正直に話しても周りが違う嘘つき謝れと何度も何度も大声で私を責めました。
私は何度も言い返しましたが、大人ですら、そのような状況に置かれれば疲弊するのに、こどもの私では耐え切れず何
度も自分の意思をねじまげられました。しかし、ねじまげられる度に、私はとても悔しくて、歯を食いしばり、涙を流しまし
た。それから私は、自分の踏みにじられたくない思いを、自分で説明しきれるまで、周りに対することができるようになる
まで、表に出すまいと決めました。

 そんな決意を固めた私が何故中学生の卒業式で不起立を行い、意思を表明したいと思ったのか。それは、理路整然と説
明しきれるようになったのではなく、数に対抗する勇気が生まれたわけでもなく、とある先生の言葉のおかげでした。
 本当に卒業式の数日前までは、私が自分の考えを、思いを貫く為に不起立を行ったら、私は周りの異物を見る目に耐えら
れないかもしれない。だけど、思いを曲げるのだって辛い。どうすればいいのだろう、とずっと悩んでいました。だけどそん
な卒業式まで一日、二日のある日、私の先生は卒業式の予行のとき、みんなの前で言いました。
 「立つ立たないは個人の自由。だからもし、立たなかった人が居たとしてもそれを責めてはいけない」と。 それを聞いて
私は、立たない決意を固めたのです。
先生が、一人一人の思いを尊重したことを言ってくれた、立つ立たないどちらが悪いとかではなく、少数を切り捨てるの
でもなく、多数を抑えるのでもなく、少数多数関係なく、私たちみんなを尊重してくれたその言葉は私のターニングポイント
になりました。

 今の日本の民主主義とは多数決であると思います。そして、少数は何時だって多数に「お前らは間違っている」と言われ
つづけていると感じます。だけどその先生は、多数少数ではなく、一人一人の思いを考えてくれた、私たち生徒を思ってく
れていたことを私は忘れられません。
 それでもやっぱり私は、多数が怖いので、高校では卒業式まで、君が代が流れるその時まで、自分の考えは隠しておくこ
とに決めました。それと、先生には話さないだろうとも思いました。なぜなら、誰が多数派で誰が少数派かわからなかったか
ら。もしかしたら先生はみんな多数派かもしれない。そう思うと なかなか打ち明けられませんでした。
 けれどある時、A高の先生の中で昨年お世話になった先生が不起立で処分を受けたと聞き、ようやく自分の不起立に対し
ての思いを相談できる人が居ることを知り、とても安心できました。

 不起立を取り締まる条例は私のような少数の生徒にとって安心できる先生を奪われることなのです。このままどんどん
そういう先生が居なくなってしまったら、私のような少数派を理解してくれる人は居なくなるでしょう。もし、理解してくれ
ても、卒業式のときに起立しているところを見てしまうと、結局身体を張ってくれるほど私達のことを思ってくれるわけで
はないのだと思ってしまいます。
 そうなれば、心の中で先生がどう思っていても、私にとっては信じていいのかわからない存在になってしまいます。そう
なれば何時しか、生徒に強制はされなくとも、実質自粛ムードになり、わざわざ座る人は居なくなるでしょう。それがもし、当
たり前になったら。最後にどうなるかはわかりません。ですが このまま、誰も声を上げなくなったら、今まであったことが風
化してしまうのではないでしょうか。

 私達は最近失敗をしませんでしたか? 予測では絶対大丈夫。それを信じて、大丈夫じゃない可能性を考えることを放
棄し、大丈夫じゃない可能性を考えた少数を事故が起こるまで軽く扱ってきませんでしたか? 何か起こってから、失敗し
たと言っても後の祭りです。取り返しはつかないのです。
 例えば、私達は三年前より先に反原発と声をあげるべきでした。だけど、人ごとだからとまともに向き合わなかったのだ
と思います。だからあんな事故が起きてしまったのではないでしょうか。
 少数を切り捨てることは簡単です。でも、お願いします。少数の声を聞いてください。

 有るか無いかもわからないもしもを考えたとき、起こってしまってからでは取り返しがつかないのです。だから私は、今、
声をあげます。不起立で意見を表明したいと思います。

卒業生 B
(「グループZAZA ブログ」より)

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