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2015/11/26

都庁前通信 2015年11月26日号

F20151126

18歳選挙権施行に伴い、政治的教養の教育はどうなる・どうする?

 10月29日、都道府県教委や知事に宛てて、「高等学校等における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動等について(通知)」が文科省より出された。また、副読本「私たちが拓く日本の未来」及びその指導書(総務省・文科省作成)が発表され、12 月までに高校に配布されるという。
  前者の通知は、「これまでも・・・政治的教養を育む教育を行ってきた」として、「学校は、…政治的中立性を確保することが求められるとともに、教員については、学校教育に対する国民の信頼を確保するため公正中立な立場が求められており、教員の言動が生徒に与える影響が極めて大きいことなどから法令に基づく制限などがあることに留意することが必要」という。その留意点として、「教員は個人的な主義主張を述べることは避け、公正かつ中立な立場で生徒を指導すること」、指導に当たっては、「学校が政治的中立性を確保しつつ、現実の具体的な政治的事象も取り扱い」「生徒が・・・異なる意見や対立する意見を理解し、議論を交わすことを通して、自分の意見を批判的に検討し、吟味していくこと」ができるよう、「指導においては、一つの結論を出すよりも結論に至るまでの冷静で理性的な議論の過程が重要であることを理解させること」としている。
「現実の具体的な政治的事象」を取り上げることは否定しない。しかし、そこで、「教員は個人的な主義主張を述べることは避け」ろという。
「通知」は教員が私見を提示することを禁止するかの文面だが、後者の副読本には、「教員が提示した見解が多様な見方や考え方の一つであることを生徒に理解させ」れば、私見を紹介してもいいという。
意見の分かれる問題について、生徒が意見を出し合い、討論するなかで、生徒から「先生はどう考える」と問われたとき、教員もまた一つの考え方として自分の考えを言うことは大切ではないだろうか。
 今、「政治的中立」の名の下に言論の自由を制限する動きが強まっているなかで、「教員は個人的な主義主張を述べることは避け」の文言が独り歩きしないよう、都教委がさらに支配介入しないよう、見張っていくことが大事かと思う。


11月12日都教委定例会を傍聴して

報告 平成27年度「児童・生徒の学力向上を図るための調査」の結果について

 全国学力テストだけでなく、都教委は都学力テストを、中学校2年生小学校5年生全員を対象に行っている。学力テストと合わせて、児童・生徒には生活実態・意識を、学校には指導方法の取組・学習環境等を質問紙で調査し、テスト結果との相関関係を見るという。テスト結果を平均正答率、正答数の分布を区市ごとに比較して示し、そのうえで、テスト結果と児童・生徒の意識や教員の指導方法には相関関係があると報告した。
 一例をあげれば、都教委が推進してきた算数・数学の習熟度別指導(3 クラスを「できる子」「中くらいの子」「できない子」に分けての授業)を「肯定している子供ほど正答率が高い」との報告であった。「自分の学力に応じたコースに分かれた授業を受けることで、学力がつくようになると思いますか」の質問に、子どもたちから次に示す結果が得られたことを根拠にしている。

■小学5年生は、ア.「思う」児童が62.5%、イ.「どちらかといえば思う」が30.1%、ウ.「どちらかといえば思わない」が5.1%、エ.「思わない」が1.4%。その児童たちの平均正答率は、ア.「思う」児童は67.4P(100Point中)、イ.「どちらかといえば思う」58.8P、ウ.「どちらかといえば思わない」54.1P、エ.「思わない」50.8P。
■中学2年生では、ア.「思う」生徒が45.5%、イ.「どちらかといえば思う」41.4%、ウ.「どちらかといえば思わない」9.1%、エ.「思わない」3.0%。平均正答率は、ア.「思う」生徒は61.5P、イ.「どちらかといえば思う」54.4P、ウ.「どちらかといえば思わない」51.2P、エ.「思わない」49.3P。

 報告を受けて、「学力が満たない子どもを集めたクラスの授業では工夫や対策をしているのか」(遠藤教育委員)との質問に、担当所管は「ベテランの先生が担当するなどしている」と答えた。委員からは習熟度別授業を疑問視する発言はなく、それを自画自賛するかのようなものばかり(「25年から学力が上がった」(木村教育委員)など)。子どもの意識と正答率の関係は習熟度別授業の成果を示しているのだろうか。家庭環境に恵まれ、塾に通っている子どもは学校でレベルの高い授業を受ければ成績は上がるだろう。
 現在、日本の子どもの6人に1人が貧困状態にあるという。このような子どもたちの学習環境は劣悪だ。習熟度別授業の成果を見るとき子どもたちの置かれているこのような状況との関連は考慮されているのだろうか。「思わない」という1.4%、3.0%の子どもたちはどういう環境にあるのか、子どもたちの気持ちなど、話し合うことは多いはずだ。そうすれば、異なる意見・評価が出るのではないかと思った。

 このほかに、「調査から見える課題」として、
 「学力に課題のある地域や学校へは指導主事が訪問して継続的な支援」を行うのだという。今食べるものがない、安心して暮らすことができない貧困の中に置かれた子どもにとっての関心事は、学力どころではない。親の収入と子どもの学力の相関関係を見れば、学力を高めるための施策は、「指導主事の訪問」ではなく、子どもの貧困を根本から解決することだ。都・都教委が、新自由主義経済・非正規雇用・弱者切り捨て、格差拡大を進める国政に意見をあげ、同時に都に権限がある、生活保護の手続等の緊急救済をすることだ。オリンピックに使うお金をこうした子どもたちに回すことだ。このことが、教育委員の人たちにわからないはずはない。見たくなくても目をそむけないでもらいたい。


◆2005年1月に実施した都学力テストの際に、区教委が1か月も前に校長会でテスト問題を配布した事件
(類似問題を作り、子どもたちに練習させて平均点をあげようとした事件)、2006年4月に実施した区学力テストの際に、校長の指示の下、教員がテスト中に生徒の間を巡視して誤答した個所を、机を叩いて児童に教えたり、障がいのある児童のテスト結果を採点から外して平均点をあげた学校が出た。どちらも、「学力に課題のある地域や学校」の足立区の事件であった。
 同じようなことは、1960年代の全国一斉学力テストで相当数発覚し、テストは中止に追い込まれた。競争・成果主義がもたらすこうした問題についての発言もなかったのだが、都教委と教育委員はどう考えているのだろうか。
 そもそも、テストで測れる学力が1点上がったとして、その子のこれからの生活が保障されるものでも、知ることに対する興味・関心が高まるものでもあるまい。学力テスト廃止を提起する教育委員はいないのか。本気で学力向上に力を入れるならば、30人以下学級を提案すべきではないのか。そして、子どもたちと本音で活動し語り合える自由や時間を教員に返すこと・保障することだ。
 都教委の教育政策がますます、差別選別・弱肉強食・自己責任の新自由主義教育になっていることに恐怖を覚える。                           

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