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2016/06/09

都庁前通信 2016年6月9日号

F20160609

最高裁が都の上告を棄却!
根津・「君が代」不起立「停職6月処分」の
取り消しが確定しました!

■昨年5月の東京高裁判決に対し、都は上告

 2007年に都教委が行った「君が代」不起立停職6月処分の取り消し(根津)と損害賠償(河原井・根津)を求めた訴訟で、昨年5月28日、東京高裁(須藤典明裁判長)は根津・停職6月処分の取り消しと河原井・根津の損害賠償(各10万円)を認める判決を出しました。河原井・停職3月処分については地裁で処分取り消しとなっていました。
 敗訴した都は、根津・停職6月処分と2人の損害賠償について、上告及び上告受理申し立てをしていましたが、最高裁第3小法廷は、今年5月31日付で都の「上告を棄却」し、「上告審として受理しない」ことを「裁判官全員一致の意見で決定」しました。この決定によって、須藤・高裁判決が確定したわけです。

■須藤・高裁判決は都教委が行ったこの処分を、憲法19条の「実質的侵害につながる」と断じた

 2012年1月最高裁判決は、「戒告を超える処分」をすべて取り消しましたが、根津・停職3月処分については、根津がそれ以前に「日の丸」を降ろしたことで受けた処分=「過去の処分歴」を使って、処分を適法としました。その後出された減給6月処分や停職1月処分も根津については適法としました。
 しかし、須藤判決は、「過去に同様の行為が行われた際に停職処分がされていたとしても、懲戒権者において当然に前の停職処分よりも長期の停職期間を選択してよいということにはならない」「処分の加重を必要とするような特段の事情が認められるか否かという点に加えて、停職処分を過重することによって根津が受けることになる具体的な不利益の内容も十分勘案して、慎重に検討することが必要」との判断基準を示したうえで、同一の「過去の処分歴」を使って機械的累積過重処分をすることを断罪し、2006年処分から2007年処分に至るまでの間に処分を加重する新たな個別具体的な事情はないとして、停職6月処分を取り消しました。
 「停職6月処分を科すことは、…根津がさらに同種の不起立行為を行った場合に残されている懲戒処分は免職だけであって、次は地方公務員である教員としての身分を失う恐れがあるとの警告を与えることとなり、その影響は、単に期間が倍になったという量的な問題にとどまるものではなく、身分喪失の可能性という著しい質的な違いを根津に対して意識させざるを得ないものであって、極めて大きな心理的圧力を加える」と、停職6月の意味することを明示した上で、「自己の歴史観や世界観を含む思想等により忠実であろうとする教員にとっては、自らの思想や心情を捨てるか、それとも教職員としての身分を捨てるかの二者択一の選択を迫られることとなり、…日本国憲法が保障している個人としての思想及び良心の自由に対する実質的な侵害につながる」と指摘。憲法19条の実質的侵害に踏み込んだ判決です。
 また、損害賠償については、「停職期間中は授業をすることができず、児童生徒との信頼関係の維持にも悪影響が生じ、精神的な苦痛を受けるだけでなく、職場復帰後も信頼関係の再構築等で精神的な苦痛を受けるものと認められ、そのような苦痛は、本件処分の取り消しによって回復される財産的な損害の補てんをもっては十分ではない」とし、都に損害賠償金の支払いを命じました。
 この判決確定で最もうれしいのは、「君が代」不起立で停職6月以上の処分が不可となったことです。
 都教委は「君が代」不起立者を分限免職に持っていこうとも考えてきた向きがありますが、それも行うことはできなくなりました。大阪府教委は2回目の不起立をした教員に「次に職務命令違反を行えば免職もあり得る」と記した「警告書」を渡していますが、判決は「警告を与えることは」だめだと言っています。「同一の職務命令違反3回で免職」(府条例)は破たんしたも同じです。
 私たちはあらためて言いたい。「都教委は、須藤判決に学び、10・23通達を撤回せよ!「君が代」処分及び子どもたちへの刷り込みを直ちにやめよ!」


4月14日都教委定例会傍聴報告

 公開議題2件のうちの1件について報告します。

昨年度の指導力不足等教員の指導の改善に関する認定等
及び条件付き採用教員の任用について
――都教委は実質、78名の新規採用教員のクビを切った!――

■指導力不足等教員に認定された人は7名(例年と変わらず)。うち、2名は病気休職となり、研修を中止。休職から復帰した時点で研修再開となる。研修を受けた5名のうち、1名は認定解除、学校復帰。4名は認定解除とならず、そのうちの2名は昨年度が指導力不足等教員認定の1年目だったために、今年度も研修継続となる。残る2名は指導力不足等教員認定2年目だったためか、1名は自主退職、もう1名は行政職への転職選考を受験するという。
 この7名がどういう経緯で指導力不足等教員に認定されたのか、私たちには明らかにされない。しかし、校長の申請・調書提出はあるものの、都教委の物差しによって、「都教委にとって好ましからざる教員」を指導力不足等教員に認定する危険性は大きい。
 事実、筆者(根津)は2001年に指導力不足等教員に認定されそうになった。「従軍慰安婦」問題を授業で取り上げたことをきっかけにして始まった攻撃のなかで、2001年9月、校長は私を指導力不足等教員として多摩市教委に調書を提出した。校長は、「これで私の仕事は終わった」と明言した。多摩市教委は都教委に申請をしたが、都教委の指示に従った申請であったことは校長や多摩市教委の動きを見れば、間違いない。
 それに対して私が黙っていたら、指導力不足等教員に認定されていたことも間違いない。メール等を通じて事実を公開し、都教委と渡り合ったことによって2002年3月、「指導力不足等教員に認定しない」の通知を手にしたのだった。 だから、毎年この人数を見るにつけ、指導力不足等教員認定が「都教委にとって好ましからざる教員」の排除に使われているのではないかと疑念を持っている。

■条件付き採用教員の任用について。教員の場合、新採用1年目は条件附採用期間であって、本採用は1年後と決められている(教育公務員特例法12条)。昨年度の条件附採用教員は2982名。うち、78名(2.6%)が正式採用とならなかった。78名が実質クビを切られたということだ。その内訳は、年度途中の自主退職が63名(うち、病気が29名。「クビになるより、自主退職のほうがキズがつかない」と校長から言われる人が例年多いと聞く)、正式採用「不可」となっての年度末自主退職が12名、懲戒免職等が3名(これは説明がなく、不明)という。
 年度ごとの推移を見ると3%前後の人が正式採用されない。これも、指導力不足等教員と同様、校長が判断・申請することになっている。校長の当たり外れが大きいようだ。
 2011年に正式採用とされず、免職にされた新任教員が、その取り消しを求めて裁判に訴えたところ、昨年勝訴し、職場に復帰した。この事例が示すように、条件附採用の実態は校長の恣意で一人の教員の職を奪う制度である。力量のある教員確保のための制度ではない。
 かつての学校は、年配者が若い人を指導し、協働する職場であった。教員たちが自由に言い合って、協働して学校づくりを行っていた。個々人を査定するのではなく協働の成果を大切にしていた。その関係性を壊したのが、「能力・業績主義に基づく任用制度」及び、業績評価に連動した昇給制度の導入であった。「君が代」不起立をすれば、評価観点の一つは最下位の業績評価に査定される。文科省及び都教委が学校の協働を壊したのだ。

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