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2016/12/22

都庁前通信 2016年11月24日号

F20161124

原発避難した横浜・中1生に対するいじめ手記から学ぼう

 「ばいきんあつかいされていつもつらかった」「いままでなんかいも死のうとおもった」「でも、しんさいでいっぱい死んだからつらいけどぼくはいきるときめた」。2011年8月に小学2年生で横浜に自主避難したこの生徒は、「(いじめを受けている)他の多くの子の励みになれば」と手記を公開したという。
 5年生の時には「(原発事故の)ばいしょうきんあるだろう」と言われ、同級生から遊興費をせがまれ、「すごいいらいらとくやしさがあった」が、「ていこうするとまたいじめがはじまる」とお金を渡した。その額150万円、転居・生活のため、親が知人から借りたお金だった。
 2014年に保護者は学校と市教委に金銭トラブルを伝えたが、学校側は放置していた。
 さらに、「なんかいもせんせいに言(お)うとするとむしされてた」「いままでいろんなはなしをしてきたけれど、(学校は)しんようしてくれなかった」。担任や同学年の教員が、いじめに気づかないはずはない。この生徒が言うように、教員は無視したのだと思う。
 この生徒の6年近くの苦しみを考えると、胸が締め付けられる。よくぞ、「いきるときめた」ものだ。
 いじめが原因と思われる子どもの自殺が後を絶たない。昨年9月には、都立高校1年男子が山梨県大月駅で列車にはねられた。今年8月には青森県で中学2年の女子が自殺した。9月に兵庫県で自殺した中2の女子につても、少女のメモを見た遺族からいじめが原因との訴えがなされている。
 「放射能が感染する」「避難者は賠償金がもらえる」と子どもたちが言ったのは、大人たちの話を聞きかじってのことであろう。自主避難者には補償金は支給されていないが、大人たちの中にも「金をもらって」と非難めいたことを言う人が少なくない。原発事故の自主避難者に対するこうした心ない言葉は各地で聞かれる。大人たちの、他者の苦しみに対する共感や想像力の欠如は子どもたちのいじめにゴーサインを出している。大人社会を真似て、いじめは起きている。いじめを受けた当事者についてはもちろんのこと、いじめをする背景について考えていくことが大切だ。

■こうした問題を道徳の授業で

 文科省は2011年に大津市で起きたいじめをきっかけに道徳を正式教科にして評価することを打ち出し、教科書づくりを進めている。しかし、文科省、都道府県教委はいじめ調査はしても、いじめの背景について考え合う授業の提起や勧めはしない。この生徒の件が公表・報道されてから1週間になるが、この件について授業で取り上げることを勧めた教育委員会や校長、授業をした教員が全国にどのくらいいるであろうか。
 沖縄の米軍北部訓練場の工事に反対する人たちに機動隊員が投げつけた「土人」という言葉に対して鶴保沖縄・北方担当相は「差別とは思えない」と断言した。沖縄の人々が過剰反応だといわんばかりだ。沖縄に全国の基地の 74%を押し付けているという差別が現実にあるから、沖縄の人たちが「土人」発言を差別と感じるのだという、差別されている他者の苦しみに対する共感が、この人物には著しく欠けている。   
 政府は子どもたちに道徳教育の教科化を進めるのならば、道徳の教科書や副読本よりも、自主避難者に対するこうしたいじめや沖縄に対する差別といった今身近で起きている問題について子どもたちと考え合うことのほうが、子どもたちの心に響くのは間違いない。
 7月に起きた相模原やまゆり館での「重度障害者」殺傷事件についても、「特異な犯行」で済ませるのではなく、「障害者に生きる価値はなく、社会のために抹殺されるべき」という優生思想による犯行であったことを認識し、その意識はこの犯人だけにあるのか、私(たち)にはないのかを考え合う授業をしてほしい。そうしたことの積み重ねが、偏見や差別をなくしていくことにつながるはずだ。


11月10日都教委定例会傍聴報告


■「子どもには制服を着せておいて教員はジャージ、問題だ」

 公開議題4件のうち2件について報告します。

①  公立学校における「いじめの認知件数及び対応状況把握のための調査」結果について

 今年4月から6月末までに行った調査報告と、この3年間の経年比較の報告であった。いじめの認知件数は、今年が3062件、昨年が2823件、一昨年が4086件。いじめに教員一人が関わるのではなく、「学校いじめ対策委員会」(校長、副校長、生活指導主幹、スクールカウンセラー等で構成)という組織としての対応を都教委は昨年度、学校に指示した。その結果、「学校いじめ対策委員会が組織的に対応した学校が増えた」という。しかし、その成果について、「教員とスクールカウンセラーが連携して対応した事例のうち、効果が見られた事例の割合が、どういうわけか過去2年間よりも減少した。」と、不可解そうに言った。
 信頼できる人の話は人(児童・生徒)の心に沁みても、学校組織としての指導には反発する児童・生徒もいるはずだ。児童・生徒が心を開くよう、これまで学校・教員は、その生徒が信頼する人を中心に対応してきた。対応は一人の教員であったり、複数であったり、学年の教員全てであったり、考えながら対応してきた。
 教員たちを報告書類つくりで多忙にし、子どもと触れあう時間を少なくさせ、さらに、教員の等級区分を不必要に増やして教員同士が協力することを弱め、上からの命令に従順な教員をつくる現在の教員管理は教員たちから協力していじめに取り組む力をそいでいる。
 いじめをなくしたいと都教委が本気で考えるならば、まずは、子どもたちを競争漬けにしないこと、ハンディを持った子どもたちの排除をやめること。そして、教員の管理・弾圧をやめること。子どもたちが生活する学校で、教員が校長や都教委からいじめられるのを子どもたちは見ている。弱ければいじめていいと、日常から「学んで」いるのだ。また、いじめはいじめをする子のSOSでもある。誰もが平等・対等の生活環境にあれば、いじめは確実に減るはずだ。
 足立区青井小学校で4月に同級生から殴られて5月に死亡するという事件が起きたが、その報告がなかったのはなぜか。いじめではなかったと都教委が判断したからなのか。明らかにしてほしい。

②  都民の声(教育・文化)について〔今年度上半期〕

 今年上半期に寄せられた「苦情」に対し、対応を図った事例の1つを紹介する。
 「都立高校の入学式で司会をしていた教員がサンダルを履いているのは、厳粛な場に相応しくなく、おかしいと思いました。」との「苦情」に、「校長が当該教員に確認したところ、入学式当日にサンダルを履いていたのは事実であったため、入学式の場に相応しい履物を身につけるよう指導をしました。」と対応したとのことだった。
 この報告に対して遠藤教育委員から「入学式ですらサンダルということは、日常の教員の服装に基準はないのか。子どもには制服を着せておいて、教員はジャージというのは問題だ」という発言があった。
 中学生の標準服(義務教育学校では制服は禁止され、この名称で実質は制服の実態)、高校生の制服指定について標準服・制服支持者は、標準服・制服を着用したらその学校の生徒の自覚が持てて非行に走らないと昔から主張してきたが、服装を正しても非行は防げない。背広を着て巨大な悪事をはたらく者たちはごまんといる。すでに東京の教員は卒業式・入学式での服装は「厳粛かつ清新な雰囲気の中で行われる式典にふさわしいもの」と指定されている。さらに日常の服装まで管理する必要があるだろうか。教員の服装も子どもたちになんらかの影響は与えるが、それが教育上、本当に問題になるのならば、それはそれぞれの学校で教職員たちが話し合って、自主的に解決していけばよい。自由を排し、規則で管理する・される中では、人と人との触れ合い=教育は成立しない。都教委には、制服を着用し、規律の厳しい軍隊、自衛隊でいじめが多発してきた、している実態について調査検討することを勧めたい。

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