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2018/11/22

都庁前通信 2018年11月22日号

F20181122

八王子市中学生いじめ自殺に対して、学校は? 市教委・都教委は?

 八王子の中学生がいじめを苦に8月末に自殺したとの報道があったのは今月6日。
 両親によると、昨年8月、家族旅行のため部活動を休んだことを先輩からSNS上で非難された。その後、不登校となった。学校に相談したが、「当校に悪い子はいない」などと言われ、転校を促された。今春に市内の別の学校に転校してからも不登校が続いたという(朝日デジタル11月6日)。生徒の遺書には、「無視はつらい」「誰も助けてくれなかった」「学校に行きたかった」とあった。
 学校に行けなくなった生徒に対して、学校側が「いじめ」と認識したのは、生徒が死亡した後のこと。不登校が続く生徒に対して、教員たちは何も感じなかったのか。心配し、彼女と向き合おうとした教員はいなかったのか。
 この生徒の1年に及ぶ不登校は、いじめ防止対策推進法がいうところの「重大事態」そのものであった。校長をはじめとする教員たちは、いじめ防止について都教委による研修を受け、下記の組織的な取り組みをしてきたはずだ。なのに、なぜ、こうした事態を迎えてしまったのか!その点を都教委は考察すべきだ。

「第3期都教委いじめ対策委員会への諮問について」
――起きてしまった重大な現実から目を背けた「いじめ対策」

 折しも、八王子の件が報道された翌々日の8日の教育委員会定例会では、「第3期都教委いじめ対策委員会への諮問について」が議案とされていた。
 議案は、「都は2014年6月に『東京都いじめ防止対策推進条例』を制定して以降、都教委・地教委との緊密な連携の下、すべての公立学校において、校長をはじめとした教職員と保護者・地域住民・関係機関等が一体となり、組織的にいじめ防止等のための取り組みを推進してきた。都教委は、第2期都教委いじめ対策委員会から、見逃しがちな軽微ないじめの積極的な認知や、組織的対応を通して、多くのいじめを解消に導いてきた実績が明記された答申を得た。更に、いじめ防止に係る取り組みの推進状況の検証、評価及びいじめ防止等の対策を一層推進するための方策について諮問する。」というものだった。
 10月27日の定例会でも今回のこの提案でも指導部長は、「いじめ件数が増えているのは、軽微ないじめに対しても子どもも教員も問題にするようになったからであり、いじめ対策の成果」と言った。また、「いじめを根絶するために、いじめ調査を年に3回やり、教員研修もやっている。」とも言った。
 最悪最大の「重大事態」が起きたことを知りながら、よくもこのようなことを言ったものだ。議案を提案した指導部長からも教育委員からも、申し合わせたかのように、起きてしまった八王子の件に引き寄せての発言はなかった。心ある者ならば、避けて通ることはできないはず、と思うのだが。

 いじめ防止対策推進条例に則って研修やいじめ調査をしても、道徳を教科にしても、いじめは根絶できない。いじめの要因は強度のストレスに依るもの、そして、同調圧力だ。小学校1年生から5時間授業、ドリルができなければ居残り勉強。体力テストの平均値を上げるための練習等々、子どもたちは詰め込み・過剰な競争にさらされ続け、ストレスを溜めている。給食だけが食事という子どももいる。そして、「日の丸・君が代」の強制に見られる同調圧力、横並び、異端分子の排除。
 この状況から子どもたちを解放し、子どもたちが学校で安心して暮らし、ゆったりと勉強ができる環境をつくることがいじめの解決につながるのではないか。生徒は遺書に、「もっと不登校にやさしい世界だったら」と書いていた。寛容さが学校からなくなったのは、上記したことに加え、都教委の教員に対する管理・評価や残業しなければ成り立たない働かせ方が大きく影響していると思う。時間をかけて生徒に向き合う精神的・時間的余裕が教員になく、その結果、教員たちから感じたり考えたりする感性がなくなっているのではないか。また、校長による業績評価(勤務評定)が悪くならないよう、見て見ぬふりをしたり、通り一遍の「指導」で済まそうとしたりしているのではないか。「悪は思考停止から始まる」(アンナ・ハーレント)のだ。教員に余裕があれば、学校空間がゆるやかになり、子どもたちも寛容になれる。
 都教委が、指示命令で教職員を動かす学校運営をやめ、かつてのように職員会議を最高決定機関とする学校運営に戻せば、教職員は働きがいを取り戻し、学校に自由な空気が流れるようになることは間違いない。一人ひとりの子どもに目を向ける余裕も出てくる。また、そうすることが子どもたちの自立的人格形成を促し、いじめ根絶につながると、体験を通して思う。


11月8日都教委定例会傍聴報告 他、2点について

②「英語『話すこと』の評価に関するフィージビリティ調査の実施について」

 フィージビリティとは実現可能性、フィージビリティ調査は事業の実現可能性を検証すること、という。都教委はなぜ誰もに理解できる日本語ではなく、カタカナ文字を使うのか。
 来年度の都立高入試から英語は「話すこと」の評価を導入することになった。そこで、設問や評価のあり方、実施・運営方法等について検証するために、都内公立中8校に在籍する3年生を対象に、8月末から9月にかけてテストを実施したとの報告。問題なく実施できたとのことだった。
 各教育委員からは、「表現方法はいろいろあるので、相手に伝えられたかが大事なこと。表現によって採点に違いが出ないように。」「裕福な家庭の子どもは英語に接する機会が多い中、家庭環境によって受験する生徒たちに不利が出ないように。」「機器によるトラブルが起きないように。」「時間と手間をかけてまでやるべきことなのか。撤退も考えてもいいかも。」など、批判ともとれる発言があったが、承認となった。都立高入試では、これまでも採点ミスが続出したことを考えれば、「話すこと」の評価では、採点ミスの急増は必至。都教委はその点をどう考えているのか、理解できない。

③「『学びの基盤』プロジェクトの設置について」

 高校生の「読解力の向上、自ら学ぶ力を高めることを通して、将来、社会人として自立できる力を育成する」。このことを目的に、「社会生活を送る上で最低限必要となる読解力を高める教育プログラム」を検討する「読解力ワーキンググループ」と、「生徒の多様性に着目し、その生徒に合った学び方で基礎学力を高める教育プログラム」を検討する「自ら学ぶワーキンググループ」を設け、有識者を含めた検討委員会をつくる。11月19日に第1回を開催する。また、研究協力校を指定するとの報告だった。
 都教委は、「日の丸・君が代」をはじめとして、自分の頭で考えさせずに指示命令に従うことを教え込み、子どもたちから自己決定権を奪っておきながら、「自ら学ぶ力」「自立できる力」なんて、恥ずかしげもなくよく言えたものだ。本末転倒も甚だしい。「自ら学ぶ力」「自立できる力」というのであれば、まずは、「日の丸・君が代」を含めて卒業式・入学式を子どもたちに返上すべきだ。返上すれば、子どもたちは知恵と力を寄せ合い企画・実行する。その過程で、「自ら学ぶ力」や「自立できる力」は十分に身につけていくものだ。このことこそが本来の学校教育である。
 高校入試の英語の評価もこの件もそうだが、都教委は次々に新企画を打ち出すが、それは、企画担当役職員の評価・出世につながるということなのかと疑りたくもなる。

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