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2019年11月

2019/11/28

都庁前通信 2019年11月28日号

20191128

 

「10時間労働」を合法化する「教員の働き方改革」
——「夏休みに振り替えてまとめ取り」では体が悲鳴を上げる!

 教員の勤務時間を年単位で管理する「変形労働時間制」の導入を柱とする教職員給与特別措置法(給特法)改定案が19日の衆議院本会議で可決され、参議院に送付された。改定案は繁忙期の勤務時間の上限を「1日に10時間まで」に引き上げる代わりに、夏休み期間中などに休日をまとめ取りしていいとするもの。8時間労働を指導し厳守させるべき立場にある政府が、「10時間」労働を合法化させようとしている。「1年間の平均で 1 週間あたりの労働時間が40時間を超えないことなどが条件」というが、夏休み期間中も部活動はあるし、研修も強要されている中、夏休み期間中に休みがまとめ取りできるのかも危うい。
 教員の「過労死」ラインの労働時間は周知の事実である。文科省の調査でも、1日当たりの学内勤務時間の平均は小学校教員が11時間15分、中学校が11時間32分という (文科省2018年9月27日発表)。また、東京都の教員の精神疾患による病休者数もここ数年年間550人前後で、都道府県別で1位である。
 この通常の勤務時間11時間に会議や校内研修を勤務時間終了時から2時間延長させたなら、学内勤務時間が13時間以上ともなる。そうなればますます教員に余裕はなくなり、「過労死」が心配される。身体・精神ともに疲労した教員の子どもたちへの影響も懸念される。また、教員志望者もさらに減ってしまうだろう。
 「教員の働き方改革」は、8時間で仕事が終わるよう、教員の大幅定員増に尽きる。諸外国並みに学級の定員を少なくし、教員の配置を増やすことだ。年々急増させている防衛費を抑えれば、それは容易にできることだ。
 この改定案が成立したら、各都道府県教委が条例をつくることになる。有害無益な改定案に反対しましょう。

■ 都教委の「学校における働き方改革」(2018年2月) は、
 当面の目標を「週当たりの在校時間が60時間を超える教員をゼロにする。」と定めている。この時間数は、月当たりの時間外労働80時間と同じ。過労死・過労自殺の判断基準は、「発症前2か月間ないし6か月間にわたって月当たりおおむね80時間の時間外労働が認められる場合」とされている。近年、全国の過労死件数は年間250件前後で横ばいのままである。
 過労死すれすれラインを「当面の目標」にするとは、都教委の見識を疑うほかない。

 


11月14日都教委定例会傍聴報告

①議案:「管理運営規則の一部改正」等の件

 「改正」の中味は、都立学校の栄養教諭に上級職を導入することである。栄養教諭に、新たに上級職として「主任」(給料表3級)「主幹」(同4級)を設置する。「改正」理由に、「東京都全域における食育推進体制を充実していく上で極めて重要な職務」「人材育成の強化及び食育推進体制の更なる充実を図る」等の文言が並ぶ。
 対象者は63人。これだけの人数に「上級職」を作って職階を3段階にする。そこまでして、栄養教諭に職階制を持ち込みたいか。これは子どものためなのか?こんなところまでヨコ社会を壊してタテ社会を導入して推進する「食育」とは一体なんなのか?? 高校生の「食育」を言うなら、都立高校定時制の給食を次々民間委託にして、子どもたちから温かい給食を奪い、栄養教諭を首切りしてきたのはどこの誰か、と聞きたい。

②報告事項:来年度の「教育庁所管予算」見積の件

 見積の「8.教員の育成(1)2」に次のような記述がある。「将来の東京の教育を担う人材の育成に向けて、東京学芸大学との連携により、都立高校において、大学教員による教職の魅力を伝えるセミナーや教職大学院生による専門教科・科目のワークショップ、地元の小中学校での教育実習体験などの取り組みを実施。【新規】」
 ここで一人の委員が「東京にはたくさんの大学があるのだから、『東京学芸大学』の後に『等』を入れて、連携の幅を広げてはどうか」と質問したのに対し、総務部の答は、「既に執行予定で先方と打ち合わせているので、今年は『等』は入れられない」というものだった。学芸大と言えば近年、近藤精一・金子一彦・伊東哲ら歴代の指導部長が相次いで天下っていることはよく知られている。どこまで癒着しているのか。
 さらに「大学の先生が高校の教室で『教職の魅力』を伝えるのですか」の問いに、「その通り」との答え。それには他の教育委員から、「目の前に本物の高校の先生がいるのに、わざわざ大学の先生を呼んできて『教職の魅力』を語ってもらうんですか。教職を目指してもらいたいなら、目の前の高校の先生に直接お手本になってもらった方がよほど『教職の魅力』が伝わるのではありませんか」との意見が出て、他の教育委員も次々同調した。
 真っ当な意見だ。おそらく都教委は、今の都立高には『教職の魅力』を語らせる実態がないことを知っていて、外部の人間に「空虚な理想論」を語らせようとしているのだろう。現場ではとても思いつきようがない珍奇な案を上から有無を言わせず押しつけるのが、今の都教委だ。
 金の使い途について。「生徒」に関わることでは、今や“学力!学力!学力!”のオンパレード。「全人教育」という言葉は、都立高ではとっくに「死語」になってしまったらしい。英語教育には「話す力」を中心に、58億9600万円予算を付けて多彩な事業を展開している。しかし、教育産業との癒着が疑われている大学入試の英語民間試験導入が延期されたので、目論見が狂ったのではないか?
 「教員の働き方改革」には、213億8600万円を注ぎ込む。しかしその中に、「正規教員の定数増」のような直接業務軽減につながる策は1つもない。自助努力が足りないと言わんばかりの項目が並ぶ。これで“ブラック”が解消に向かうとは、現場は誰も思わないだろう。
 組合の意見を全く聞かずに、一方的に上からお仕着せの「改革」を押しつけるとはどういう了見か。だから見当違いの項目ばかり並ぶ。このようなタテ社会組織の中で、ますますパワハラが生まれていく。

通信へのリンク

 

2019/11/14

都庁前通信 2019年11月14日号

F20191114

 

今は戦前か!
学校が天皇の退位・即位を
「祝え」と教えている

 

 天皇の退位・即位に際し文科省が都道府県教委に出し、都道府県教委が市町村教委に出した「御即位当日における祝意奉表について(通知)」(4月2日)、「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に際しての学校における児童生徒への指導について(通知)」(4月22日)。そこには、「各学校においては、…国民こぞって祝意を表する意義について、児童生徒に理解させるようにすることが適当」と書かれている。
 こうした後ろ盾がある中、4月23日に天皇夫妻(当時)が昭和天皇の墓に「退位」の報告に来た際に、八王子の3小学校が子どもたちを天皇夫妻の車が通る沿道に立たせ、「日の丸」の小旗を振らせた(既報)。筆者を含めた八王子市民(「『天皇奉迎』に子どもを動員することに反対する八王子市民の会」)は八王子市教委、3校の校長、「天皇皇后両陛下 八王子奉迎会実行委員会」(代表は町会自治連合会の会長)と面会し、沿道に立たせたことは子どもたちの思想・良心の自由及びその形成を侵害することであり、学校教育がしてはならないことだと申し入れてきた。
 12月3日には新天皇夫妻が即位の報告に八王子の昭和天皇・大正天皇の墓に来るという。再び、子どもたちを沿道に立たせることのないよう、私たちは各機関に求めていく。

■「国民に寄り添う」ならば

 10月22日には「即位正殿の儀」が行われ、11月14,15日には大嘗祭が予定されている。この式典関係費は、予算年度をまたいで総額160億円余。台風19号の被害を慮ったかのようにパレードは延期したものの、中止にはしない。
 パレードにかかる費用が1憶2000万円、大嘗祭の費用が21億円。新天皇は「即位正殿の儀」で、「国民に寄り添う」と発言した。心からそう思うのであるならば、行動で示してほしい。「地方で災害が続く中、国民と皇室が遊離している印象さえ受けます」(原武史・放送大学教授)(毎日新聞11月9日)。

■大嘗祭は憲法違反

 大嘗祭は新天皇が即位の後に新穀を神々に供え、自身もそれを食する儀式。
 「初等科修身 四」(1942年)は、「大嘗祭の御儀」と題して「これこそ実に大神と天皇が御一体となる神事であって、わが大日本が神の国であることを明らかにするもの」と書く。
 天皇は大嘗祭で神と一体になって新天皇になるという。「(天皇の)地位は主権の存する国民の総意に基づく」という日本国憲法とは相容れない考えだ。
 したがって、大嘗祭は天皇家の私的行事に過ぎない。大嘗祭及びそこに国費を投入することは政教分離・信教の自由を規定した日本国憲法に違反する。大嘗祭国費支出差し止め等請求訴訟で大阪高裁判決(1995年)は傍論で、大嘗祭について「憲法違反の疑いは一概に否定できない」と判示した。
 都教委は学校教育で、大嘗祭の「意義について」児童生徒に一体何を理解させようというのだろうか。

 



10月24日都教委定例会傍聴報告
議題は都学力テスト、全国学力テストの結果報告
―――学力テスト実施に弊害は?

 都学力テストは小5、中2が対象、全国学力テストは小6、中3が対象。このほかに、区市町村教委が独自に行う学力テストもある。学力テストは、誰のため、何を目的としているのか。
 都学力テストの報告では、各教科の平均点、教科書例題レベル問題の平均正答率、学力の定着が図られている問題例等を示したうえで、授業内容の理解度年次推移、自尊感情に関する質問の調査結果と平均正答率の関連(肯定的な回答をした児童・生徒ほど正答率が高い)、家の人との会話に関する質問の調査結果と平均正答率との関連(肯定的な回答をした児童・生徒ほど正答率が高い。肯定的な回答をした児童・生徒が減少している。)を数値で示した。
 この結果から、都教委は取り組みの方向性だとして、「授業改善のさらなる充実」「主体的に学習に取り組む態度の育成」「保護者向け『リーフレット』による情報発信」をあげた。
 全国学力テストについては、全国平均点との比較、正答数分布割合を示した。
 報告に対して教育委員からは、「平均点を見ても意味がない。データをどう見るか、違う分析が必要なのでは」「家庭にどう指導していくか」などの発言はあったが、学力テスト自体を否定する、見直そうという発言はなかった。

 学力テストには不正がつきものだ。1950年代終わりから始まった全国学力テストは、学校や地域間での競争が激化し、それに伴い不正も生じた。そうしたことから教職員組合による反対闘争も起きて学力テストは廃止となった。
 再び始まった学力テストでは2006年、足立区立小学校が区独自の学力テストで、採点から障がいのある児童3人を外す、机間巡視の中で教員が机をノックして誤答を教えるなどの不正や事前に過去問をやらせるなど点数アップを図っての工作がなされた。こうしたことが1校で起きたのではなく、かなりの数の小学校で起きたのだった。
 教員たちにとっては担任するクラス、教科の得点が気になる。それが自身の業績評価にも影響するだろう。となれば、子どもたちの興味関心よりも、点数アップのための授業に傾かざるを得ない。この弊害について発言する教育委員はいなかった。この点の検討こそが教育委員の使命ではなかったのか。
 授業は教科書だけでなく他の教材・教具・題材を使い、教員が創意工夫をして行っていいのだが、教員管理・弾圧が激しさを増したこの 10 年、大半の教員は無難に教科書通りの授業をするようになってしまった。学力テストは、それに拍車をかけているのではないか。したがって、子どもたちの知る喜び・発見する喜びが圧し折られているのではないかと思う。
 学力テストは教員管理の手段として教育行政にとっては有用なのだ。

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