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停職「出勤」日記2008

2008/10/05

10月4日(土)

 あきる野学園は2期制、30日が終業式で全生徒が一堂に会するということで、10月から異動のある教職員の紹介があり、私も参加し、自己紹介をした。4月の時にも感じたことだけれど、1時間の終業式に誰もが楽しそうな表情で参加していて、ここで働けることをうれしく思った。


 1日から出勤し、所属となった相談支援室の仕事に3日間当たった。ここに来るまで、こういう仕事があることさえ知らなかった。都教委は私に、次々に新しい体験と出会いの場を提供してくれたと解釈しておこうか…。他に、週1回は家庭科の授業を担当することになっている。同僚たち誰もが好意的で、働けることの喜びを感じている。

 南大沢学園の元同僚たちから、励ましのメールをいただいた。都教委及び都教委べったりの管理職には、現場の教員たちは皆、批判を持っている。



9月29日(月)

 北海道で風邪を引いてしまい、鶴川二中に朝だけ「出勤」した。Nさんは今日も「社会科の授業」を用意されていた。合唱の朝練習が始まり生徒の登校は早めで、半分くらいの生徒はすでに登校した後のようだったが、私が授業で接した3年生の何人かに最後の挨拶ができたので、よかった。

 帰路、Mさんから「鶴川の私たち、根津さんのこと、自分のことだと思っている。応援しているから。時間ができたら、また来てね」と暖かい電話をいただいた。29日は田中哲朗さんが解雇された日、田中さんの門前闘争に、少しだけ立ち寄った。




9月25日(木)~27(土)

 北海道教組日高支部の教研集会に招かれて、日高へ。「日の丸・君が代」の強制に反対し、不起立を含む闘いを方針としている原則的な日教組傘下の組合である。土、日に行われる教研集会だというのにほとんどの組合員が参加されることにびっくり。



9月24日(水)

 南大沢最後の「出勤」。私の到着よりも早くに越前谷さんだけでなく、国鉄闘争に勝利する共闘会議四国常駐の中野勇人さんがいらしていた。午後からの裁判に上京された中、時間をやりくりして今回も駆けつけてくださった。永井さん、杉本さん、高木さん、清水さんまでは常連さんだけれど、他に、Nさん、遠藤さん、古庄さん、佐藤さん総計10人が来てくれた。最後だからと。

 元同僚たちも、お別れや激励のことばをかけてくれた。中3の生徒たちには、校門前で何日もかけて作ったマスコットを、教員を通して渡してもらい、心の中でお別れをした。

 今日も初めての保護者と知り合った。入学した学校に卒業まで居させたい、という保護者の当たり前の願いが踏みにじられ、来年度多摩特別支援学校に移転・吸収される。保護者の都教委に対する不信や怒りは消えるものではない。大勢の保護者の気持ちだとおっしゃる。その体験から、都教委が私にした停職処分の不当さも理解される。「がんばってくださいね。できることは何でもしますから」と申し出てくださった。



9月22日(月)

 立川二中へ。今日が最後なので、プラカードには次のように書いた。「10月から仕事に戻ります。自分の頭で考え判断し、主張していきましょうね。お元気で。 ねづきみこ」

激しく降る雨の中をNさんは「社会科の授業」を持っていらした。登校が済み、Nさんが帰られて読書に入ると10分もしないうちに体の熱が奪われていくという感じ。予想最高気温は24℃ということなので、この秋初めて長袖を着て、その上に上下のゴアテックスを着たというのに、寒さで体が硬直してきた。長時間我慢することはできそうにない。Sさんに服を届けてもらった。セーターと真冬の防寒着を着、熱いお茶をもらってほっとした。夕方まで、この衣装。動いている人には奇異に映っただろうな。

 いつも通る人たち、卒業生と挨拶を交わした他には、日中通られた人はわずかだったが、一人の方は、私のことをご存じで「がんばってください」とお辞儀をされて行かれた。もうお一人は、二中の耐震工事の作業にいらしている方。「プラカードを見ても何のことだかわからないので」と聞いて来られ、昼休み時間のかなりの時間、ともに教育を語り、石原都政批判をした。心の暖かそうな方だった。

 卒業生のAさんは下校時、「雨だから無理しないでください」と気遣ってくれる。今日が最後だからと、お別れをした。

 午後、Oさんがお子さんを連れていらした。ただいま育休中とのこと、彼は元来柔らかなタイプだけれど、それがさらに増していた。

 下校時をやや遅れて10人ほどの一団が通りながら、「先生、がんばってくださーい」「応援していまーす」と何人もが元気に言ってくれた。いつもの生徒たちだった。




2008/09/20

9月19日(金)

 18時30分から「河原井・根津裁判の勝利をめざす9・19集会――都教委の悪知恵?「分限」指針はおかしいぞ!」。90人ほどが参加してくださった。


9月18日(木)

 都庁前でチラシ配り。今朝は自治労、全教の人たちも情宣をされていたので、挨拶を交わしてから配り始めた。カットが入って読んでみたくなるチラシなのだけれど、今日は撒き手が12人と少なかったので、全部ははけなかった。

 チラシまきが終わってから、八王子市の体育館に急いだ。多摩地区の特別支援学校中学部の陸上記録会を見学するためだ。南大沢の生徒たちのがんばりを応援し、見せてもらい、心温まるうれしいひとときを過ごした。見学していらっしゃる保護者の多くは、挨拶だけでなく、私が来たことにお礼の気持ちを伝えてくださった。「どうしてこういう先生を半年で追い出すんでしょうか」と言われる方も。

 帰りに体育館を出たところで、あきる野の生徒が私に気づき、挨拶をしてくれた。「私のことを覚えてくれたの?」と聞くと、笑顔で頷いてくれた。



9月17日(水)

 南大沢学園に。いつもの永井さん、杉本さんだけでなく、先週の続きをするために、今日もTさん、Sさんもいらした。女4人、針仕事に励んだ。指先に神経を集中させるために、誰もが無口になる。時間の過ぎるのが早い。Tさんは、「これを完成させたら帰る」と食事もそこそこに、作業に取り掛かったが、去らなければならない時間が来てしまい、後ろ髪をひかれるようにして帰っていった。

下校する高等部の生徒たちが、私たちがつくった物を見て、「あっ、○○だ!」「こっちは、△△」「ほしいなあ」「ぼくにください」と言う。一人は、戻ってきて「ぼくにトーマスを作ってください。お願いします」と頭を下げる。「作ってあげたい気持ちは山々なんだけれど、ほめんね」。

 5歳くらいの女の子がママと通りがかった。ぐずっているかに見えたその女の子は、私たちが作っている○○を欲しがっていたのだった。「あげたいのだけれど、ごめんね」と詫びて、作り方をママに話した。ママは作らされたかな。

 停職中に、誰でも参加できる野外手芸教室を開けばおもしろかったかも…。



9月16日(火)

 あきる野学園に。午前中しばらくは雨。近藤さんが定時に、長谷川さん、Sさんもいらした。しかし私は所用で席(?)を外し、3人が「出勤」を続けてくれた。今日は一人の生徒が、「根津先生!」と言ってくれた。多くの保護者が気持ちよく挨拶をしてくださる。


2008/09/15

9月11日(木)

 16:30から04年05年に「君が代」処分を受けた、私を含む東京教組10人の裁判。


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