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2019/08/22

都庁前通信 2019年8月22日号

F20190822

 

教科書採択の議事は実質非公開

 今夏は小学校の教科書採択の年。
 東京のある市の教科書採択は、10時に始まり、12時から1時15分までの休憩をはさんで、3時40分までほぼ4時間半を費やしたと聞く。教育委員の皆さんの話し合いでは、例えば、家庭科については、「T社の方が小学生らしい、仕事の手順がしっかりと分かる、自分でやる気がおきる」など、丁寧に意見が交わされたとのこと。傍聴したある市民が、終了後、廊下で教育委員に「まことにご苦労様でございました。」と挨拶したら、「じっと聞いている方も疲れたでしょう、」とねぎらって下さったそうです。

 一方、7月25日に行われた都教委定例会での教科書採択は――。
 教科書採択に際し都教委は、教育委員の発言に圧力がかかる危険も心配されるとの理由から、教育委員は推薦理由などについては発言せず、無記名投票をするだけ。実質非公開運営である。上記の市教委のように、公開で議論する自治体も多く存在するというのに、文科省の「外部からのあらゆる働きかけに左右されることなく,静ひつな環境を確保」するという「通知」を悪用しての、都教育委員諸氏の議事運営は看過できない。教育委員の「権限と責任」において採択をするというならば、市民(都民)に議論を公開すべきだ。

 小学部教科書については投票結果が過半数を超える出版社(すべて全員一致か過半数を超えた)が採択された。
 中学校(中学部)教科書については、新しく検定を通った教科書がないので、今年度まで使用した教科書を採択していいかが諮られ、全教育委員がそれを承認。2021年度に学習指導要領が改訂されるので、この日採択した教科書は2020年度のみの使用となる。
 したがって、中学校社会科「歴史的分野」は日本のアジア侵略の事実を歪め、「アジア解放のための戦争」と記述する育鵬社版が、「公民的分野」もまた、義務を前面に出し人権を軽視し、国民主権も軽視する育鵬社版が採択された。都教委が各中学校長に(どの教科も)今年度まで使用した教科書でいいかを問い合わせたところ、どの校長も、「特段の不都合はない」と言ったとのこと。育鵬社教科書は使いたくない、と意見を言った社会科教員が皆無だったとは思えないのだが。

 無記名投票に入る前に各教育委員から「都教委がつくった調査研究資料等がとても参考になった」(2名)「現場の教員が使いやすいものを採択したい」(2名)「使ってみて、現場の意見を聴かせてほしい」と、一言ずつ発言があった。
 「現場の教員が使いやすいもの」を、と言うならば、どうして、「現場の教員に選んでほしい」と言わないのか。各教科の専門家ではない教育委員が選ぶよりも、教科の専門家である教員が選んだ方がいいのはあまりに当然であり、事実、かつては現場の教員たちが選定した教科書が採択されてきたのである。
 しかし、東京の学校で育鵬社の歴史・公民を使わせ、実教出版「高校日本史A」(「君が代」不起立処分について記述した)を使わせないために、教育委員が採択してきた事実がある。教育委員が、こうした事実をまさか知らないはずはないだろうに、と思う。「権限と責任」をはき違えないでもらいたいものだ。
 なお、「それぞれの学校が最もふさわしいとして要望した教科書を採択すること」「問題が各方面から指摘されている育鵬社教科書や自由社教科書は採択しないこと」「都民への公開性を高めること」等の請願が2団体から出されていたが、それについては検討したか否かも説明はなかった。「同内容の請願が過去にあった場合には、再び検討しない」と都教委は決めているとのことだが、この内容の請願が初めて出された時の教育委員は、現在一人もいない。全員が入れ替わっているのだから、検討すべきではないか。請願はできても、検討がなされないのでは、請願権の侵害に当たる。

*****  *****  *****

「部活動に関する総合的なガイドライン」を作成し配布
――体罰・暴言がなくなるだろうか

 教員の働き方改革の推進(長時間労働の緩和)と部活動の充実を目指して作ったという。内容は7つの章立てで「部活動の教育的意義と適切な運営の在り方」に始まり、「体罰、不適切な行為の防止」「重大事故防止に向けた安全対策」「部活動中における健康面での留意事項」「部活動の実践例」等と続く(152ページからなる)。
 こうしたものを都教委は次々に作り、学校に配布しているが、それによって、部活動での体罰・暴言がなくなるとは思えない。管理支配で人は豊かな人格をつくることはできないどころか、それを阻害するのだ。

*****  *****  *****
 
あいちトリエンナーレ『表現の不自由展・その後』中止に思う

 脅しがあったからとの理由で、 『表現の不自由展・その後』が中止に追い込まれた。抗議・脅しの対象とされたのは、慰安婦にされた女性たちを描いた「平和の少女像」と昭和天皇をモチーフにした作品であった。河村名古屋市長は「国民の心を踏みにじる」と展示の中止を求め、菅官房長官は事業の補助金を「精査する」と脅した。
 この事件は、「表現の自由」、検閲の問題にとどまらず、排他主義、ヘイト、レイシズム、また市民運動に対する圧力などさまざまな問題をもっている。その背景には、この国が行った植民地支配と侵略戦争に対する日本社会の認識と想像力の欠如がある。また、天皇代替わりフィーバーの中での「奉祝」の動きも加わる。
 韓国の徴用工問題に対して安倍政権が反発するだけでなく、大手マスコミが同調した報道をするのも、『表現の不自由展・その後』の中止と同じく、歴史認識の欠如による。
 こうした日本社会を変えるためにも、 『表現の不自由展・その後』の再開を強く望む。社会が変われば、「日の丸・君が代」の刷り込みをはじめとする学校教育への政治介入も解決に向かう。

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2019/07/25

都庁前通信 2019年7月25日号

F20190725

 

天皇夫妻の「奉迎」に八王子市の3小学校が子どもたちを動員
――学校は「臣民」を育成するのか

 4月23日に天皇夫妻が昭和天皇の墓に退位の報告に来るにあたり、墓のある八王子市では町会自治会連合会(以下、「連合会」)が中心となって「天皇奉迎実行委員会」(以下、「実行委員会」)がつくられた(連合会の会長が実行委員会の代表に就任し、市から報酬が出ている)。その実行委員会が奉迎に子どもたちを動員させた。
 
「市教委は情報を提供しただけ」

 市教委は「実行委員会から『天皇陛下を乗せた車が何時にどこを通過する』という情報が寄せられたから、甲州街道沿いの3校(二小、横山二小、陵南中)にその情報をメールで提供した。立たせろとは言っていない」と言う。学校教育法は、決定の権限を校長としているし、陵南中は立たせなかったのだから、かたちの上では「情報の提供」だったのだろう。
 しかし、校長の一人は筆者の質問に、「メールが来る前に、指導担当部長から『対処してください』と言われた。対処ということは、立たせろと命令はしないが、忖度しろということ」と答えた。市教委はメール文で、「参加の可否」を報告させた。このことからも、忖度を求めていたことが十分にうかがえる。
 墓を訪問した後、夫妻は高尾みころも霊堂を訪問した。その際に沿道となる浅川小は5、6年生に出迎えと見送りをさせた。校長は「連合会から要請を受けたからやったのではない。校長である私が決めたのだ。連合会が教えてくれたから、(『御出迎えと御見送り』が)できた。連合会は子どもたちに旗も準備してくれた」と言った。
 「出迎えと見送りは敬意の意思表示。思想の強制になるとは考えなかったのか」と訊くと、「連合会から話があって、あえてそれをやらないのは、反対の意思表明になる。敬意を持つのは、日本の国のルールであり、文化だ。あなたのように反対する人がいるのは承知だが、多くの国民が天皇に敬意を持っている。共産党も赤旗で代替わりに賛意を表明している。」と校長。少数の意思は踏みつぶしてもいいと考えるようだ。
 2004年の園遊会で、都教委の米長委員が平成天皇に「日本中の学校で日の丸を掲げ君が代を歌わせます」と話し、天皇は「強制にならないように」と答えている。今回、天皇夫妻は子どもたちのエキストラさながらの動員を知ったら喜ぶのだろうか。

「子どもたちが前列でお迎えできるよう御配慮」を

 実行委が出した4月15日付文書は言う、「天皇皇后両陛下 武蔵陵昭和天皇山陵に親謁の儀に伴う八王子奉迎(沿道お迎え)対応について」は、「国旗小旗は、当日沿道にて、町会自治会連合会の方から配布します。沿道では、子どもたちが前列でお迎えできるよう御配慮方お願いします。」。子どもを動員することに力点を置いていることは一目瞭然だ。戦前の天皇制のもとで子どもたちは天皇奉迎に度々動員された。同じことがまた繰り返されている。
 憲法1条は「天皇は日本国民の象徴」と謳うが、同19条で「思想・良心の自由」、20条で「信教の自由」を各人に保障している。敬意の表明を押し付けてはならないのだ。公教育がそれをしてはならないのは当然の理だ。

 



7月11日都教委定例会傍聴報告
教科書採択には、それ以前の問題が

 この日の議題はただ一つ、教科書採択に関する報告。都教委が教科書選定審議会に諮問したことに対する審議会の答申が報告された。前回定例会も公開議題は2件のみで要した時間は30分、今回は 25分。まとめて1回の開催でいいではないかと思うが、そうはいかないものなのか。
 答申は、ア)都教委が作成した「特別支援学校(小学部)用教科書研究資料」(来年度から使用)は適切であり、都教委はこれと「教科書調査研究資料(小学校)」(区市町村教委へ配布済み)等を資料とし、都教委の責任と権限において、適正な採択を行うこと。 イ)都教委は、今回作成した資料も区市町村教委に配布し指導、助言・援助を行うこと。 ウ)都立中学校(特別支援学校中等部を含む)で来年度使用する教科書(2015年採択)は、新たに検定を経て採択の対象となる教科書がないため、前回採択時の教科書が採択対象となること。
 例年通り、7月下旬(本日)の定例会で採択を議題にするという。

 都教委は教科書採択の際に、教育委員の発言に圧力がかかる危険も心配されるとの理由で教育委員は公開の定例会では発言しない、実質非公開としてきた。文科省の「外部からのあらゆる働きかけに左右されることなく,静ひつな環境を確保」するという「通知」を悪用している。公開で議論している自治体も多く存在する。市民が議論の具体的経過を知ることは大切なことだ。私たちはこのことを問題にしてきたが、これについて都教委が選定審議会に諮ったことはない。選定審議会は形だけのものといえる。

 また、採択以前の問題がある。そもそも教科書の内容が、「国定教科書」というべきものになってしまったこと、「安倍内閣宣伝誌」でもあることだ。
 社会科の教科書検定基準に「政府見解」を書くことを加え(2014年)、書かなければ検定を通させないようにした。2014年採択の現行教科書でも領土についての記述が大幅に政権寄りの記述になり、地図帳にも領土の境界線が入るなどしたが、今回は検定基準の変更だけでなく学習指導要領の改訂(2017年 社会科では領土問題を入れ、自衛隊についての記述を増やすなどした。)もあって、教科書会社は検定の際に、こと細かに書き換えをさせられた。政権が変わると教科書の記述が変わる。子どもにとってみれば「正解」が変わるのだ。時の政権の意向を子どもたちに注入することになる。あってはならないことではないだろうか。
 教科書の「国定教科書」化も、安倍一次政権での2006年教育基本法の改定が生み出したもの。子どもたちが、人格を持った一人の人間として育つことよりも、国家に命を差し出すイエスマンを育成する安倍内閣・教育行政を終わりにせねばと思う。

 本日の議案には、非公開議題とされる懲戒処分案件がなかった。この案件がないのは記憶の限り、この数年で初めてではないかと思う。
 中井教育長が退任し、藤田裕司氏(元産業労働局長)が新教育長に就任。就任の挨拶は傍聴者が入場する前に行なうとのことで、傍聴者は定例会開始時刻の10時を2分過ぎての入場となった。挨拶を非公開にする理由はないだろうに、と思う。

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2019/07/11

都庁前通信 2019年7月11日号

F20190711

 

6月20日都教委定例会を傍聴して
学校への情報端末の持ち込み 禁止から可へ
――なぜ? 子どもの教育を受ける権利よりも、企業の利益優先か

 これまで子どもたちが携帯電話やスマホなどの情報端末を学校に持ち込むことを、都教委は通知(2009年)によって、小学校から高校まで禁止し、特別支援学校では生徒の実態に応じて学校が判断するとしてきた。この通知は文科省の同通知とほぼ同時期に出された。
 しかし今後、都教委は2009年通知を廃止し、都立学校(中等教育学校後期課程を含む)では校内への持ち込みや使用許可を校長が判断する、区市町村立学校については、各教委が判断するという方針を示すという。
 文科省が今年5月に「学校における携帯電話の取扱い等に関する有識者会議」を設置し、今後、学校における情報端末の取り扱いについて、改めて方針を出す予定というから、それに合わせてのことのよう。文科省がこれを打ち出したのは、総務省からの強い要請(=教育への介入)があってのことだ。教育は政治からから独立しているという理念も消えてしまった。
 方針の変更について都教委は、児童・生徒のスマートフォン利用率が高校で97,3%、小学生でも63,9%にのぼる中、スマートフォン等の持ち込みを一律に禁止するのではなく、学習指導や安全確保のために適切に活用できるようにするためだという。昨日まで持ち込んで取り上げられたり叱られたりしていたのが、今日からは授業等での活用となる。まず、生徒と保護者に丁寧な説明が必要だろう。
 すでに都教委は 2018 年4月から2年間、白鷗高校及び附属中学校など10校を BYOD(Bring Your Own Device)研究指定校に指定し、「Wi-Fi環境を普通教室に整備し、生徒の所有するICT機器を活用した学習支援等を実施することの有効性を検証し、導入時及び運用における課題の解決の方向性を検討」しているという。
 方針が大きく変ったにもかかわらず、2009年通知についての総括を都教委は出さなかった。教育委員からはいつものように一言ずつではあるが、「ゲームをしてしまうなどのマイナスの側面をどうするか」「このことがさらに教員の負担になるのではないかと心配」との発言もあったが、報告は了承された。
 情報端末を授業で用いるということは、企業がさらに教育に参入し、ハード面・ソフト面ともに莫大な利益をあげるということだ。教育を受ける権利の主体である子どもたちは、生の声での対話の機会を奪われ、また、ますます「教師と生徒との人格的接触」(旭川学テ最高裁判決)の機会が奪われ、孤立させられていくのではないか。集団の中で自己を表現し、行動を選択することを学ぶ場が学校であり、そのかじ取りをするのが教師の役割であるのに、子どもたちからその場を奪うことになるのは必至。教員は、情報端末の操作さえできれば事足りることになり、非正規雇用がますます増えるのではないか、とも危惧する。一方で、学校カウンセラーやソーシャルワーカーを非正規雇用で配置していることとの矛盾。子どもたちに必要なのは、生活する中でじっくりと話を聞いてくれる、主体的・自律的な教員であり、そうした学校体制である。
 子どもの育ちと企業の利益(=政権の利益)を天秤にかけるような愚策・悪策に、腹立たしく悲しくなる。

 



18年度都内公立学校における体罰――都教委は研修による体罰根絶を掲げるが

 2012年度から文科省が始めた体罰実態調査。全公立学校の校長、副校長、教職員、児童・生徒を対象にした調査結果を、都教委が「体罰関連行為のガイドライン」(2013年)に示された体罰分類基準に沿って、「体罰」「不適切な指導、暴言等行き過ぎた指導」「指導の範囲内」に分類した報告である。調査方法は、教職員は校長による聞き取り、児童・生徒は質問紙及び聞き取りによる。
 報告は、
ア.調査に対し、〈体罰があった〉との報告を提出した学校は13,6%。提出しなかった86、4%の学校は体罰がなかった学校とのこと。
イ.「体罰を行った者」は23人。調査を始めた2012年度の182人との比較では、1/8に減少しているが、この3年間と比較すると横ばい。「体罰」とは認定されなかったが、「不適切な指導等」をした者が197人。「指導の範囲内」と認定された者が149人。
ウ.体罰を受けた児童・生徒は、23校31人。2017年度は19校23人であり、増加している。
エ.「体罰」の程度が著しい事案(=体罰を行った件数が5件以上、傷害あり、悪質・危険な行為)と認定されたのが、高校で4件、中学校で2件、小学校で1件の、計7件(SNS投稿がきっかけでその後、新聞報道もされた町田総合高校の件も、ここに分類されている)。

 「体罰がなかった学校が86,4%」というのは本当か。傷害に至らなくても言葉による暴力を「体罰」と認定したか。校長による聞き取り調査の段階で「体罰」から外されたのではないのか。また、集計段階で「指導の範囲内」と認定された149という件数の多さも異常だ。本人や周りが体罰と感じ、心を痛めてこたえたことに対し、一体どのような‟基準"で体罰ではない、「指導の範囲内」としたのだろうか。この報告の信ぴょう性自体に疑念を持った。

 報告を受けて教育委員から、「体罰ではなく、教育の一環ではないかというケースもあるかもしれない。」との発言があった。児童・生徒、教職員から「体罰」と上がった行為のうちの149人が「指導の範囲内」と認定されたのも、この教育委員のような‟基準"が働いた結果なのではないのか。
 この教育委員の発言に対し人事部長は、「教員に主体的に考えてもらうよう、(校長に)研修を計画してもらう」と応答した。
 体罰等の根絶に向けた今後の取り組みとして都教委は、「7・8月を体罰防止月間とし、・・・校内研修等を全公立学校で実施」「全公立学校が体罰根絶の宣言を行い、ホームページ等で公表」などを挙げる。しかし、研修や宣言で体罰根絶が不可能なのは明白だ。調査を始めた2012年度と比べれば体罰は減少しているが、それは至って当然のこと。研修や宣言で根絶に向かわなかったから、その後横ばい状態が続いている現実を都教委は直視すべきである。
 人事部長の「主体的に考えて」の発言に一言。都教委は、日常の仕事の中で教員には指示に従うことばかりを求め、主体的に考え行動する機会を奪い続けている。この件だけに主体性を求めても、求められるものではないだろう。また、教員自身が中学生以降、体罰が横行する部活動を体験した人もかなりの数いるだろうから、暴力の再生産が起き、体罰を教育と勘違いしてしまいがちなのだ。
 戦前の軍国主義日本で教育が体罰と親和的だったことも忘れてはいけない。
 体罰根絶に向けて必要なのは、仕事の中で同僚と論議でき、自由な発言・助言が行き交う自立的な職場環境である。教員たちが話し合いによって職場・学校をつくり、子どもたちとも話し合いをもとに教育活動していったなら、暴力=体罰に向かわなくなるだろう。

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2019/06/20

都庁前通信 2019年6月20日号

F20190620 

天皇の退位・即位を祝うことを公教育が強制してはならない、と思いませんか

 天皇退位・即位に当たって文科省は4月22日、「天皇陛下の御退位及び皇太子殿下の御即位に際しての学校における児童生徒への指導について」の通知文を都道府県教委等に送付。それを受けて都教委は各市町村教委に通知しました。通知文は「天皇」「皇太子」ではなく、憲法にも書かれていない「天皇陛下」「皇太子殿下」という最大級の敬語を用い、「国民は天皇陛下を深く敬愛し」「即位に際し、国民こぞって祝意を表する」と書きます。日本国民であるならば天皇を敬愛し祝意を表さねばならないとは、思想・良心の自由を認めないものではないでしょうか。ましてや、思想・良心の自由の形成期にある子どもたちにこれを求めるのは、さらに悪質ではないでしょうか。
 日本国憲法に思想・良心の自由、基本的人権が明記されたのは、大日本憲法下で国家権力があまりにひどく肥大化し、政府の考えに反対する人々を投獄するなどのことがあったからでした。日本国憲法第1章は天皇について定めてはいますが、人々に「深く敬愛する」ことは求めていません。求めることは思想・良心の自由に抵触するからです。今回のこの通知文発出は、安倍一強のおごりから出た、憲法違反の政治介入です。
 通知の弊害か、以下のようなことが起きました。

八王子市の2つの小学校で天皇出迎え

 4月23日に天皇夫妻が多摩陵に退位の報告に行った際、夫妻の車が通る甲州街道沿いの2校の子どもたちが天皇夫妻の出迎えに駆り出されました。八王子市教委は、「何時頃どこを通るという情報を小学校2校と中学校1校に提供した。沿道に立つようには言っていない。あくまでも情報提供である。」「天皇については学習指導要領6年生社会科で『理解と敬愛の念を深める』と示されている。(従って沿道に立たせたのは、)学習指導要領に則った指導だ」と言います。
 しかし、「日の丸・君が代」の刷り込みと同じく、子どもたちに対し、天皇への「敬愛の念を深める」という一方的な価値観の押し付けや「こぞって祝意を表する」行為を求めることは学校教育がしてはならないことです。

大阪市の小学校で「新天皇ご即位記念集会」

 5月8日にこの小学校の集会に招かれたゲストの歌手の方は以下のように自身のブログに書きました。
   ――― ――― ―――
(前略)「幸せなら手を叩こう」「ずいずいずっころばし」を元気にみんなと一緒に歌い、次に唱歌「神武天皇」・唱歌「仁徳天皇」のお話と歌を歌わせて頂きました(〃ω〃) 唱歌「仁徳天皇」は初めて歌った曲ですが、歌う前に「民のかまど」のお話をしたんですが、改めて国民と天皇の絆の深さを感じるお話に私も話しながら胸が熱くなりました。(中略)最後に!私のオリジナル曲「行くぞ!日の丸!」と「令和の御代」を歌わせて頂きました。(以下略)
   ――― ――― ―――
まさに戦前の学校となってしまいました。

 


5月23日都教委定例会傍聴報告

①「教育職員の勤務時間の上限に関する方針の策定について」

 提案された方針は、年間360時間の超勤を前提とする「働き方改革」案。そこを素通りする事務方や教育委員の感覚は、いったい何なのか。
 文科省が1月に学校における働き方改革の方策の一環として「公立学校の教師の勤務時間の上限に関するガイドライン」を策定し、服務監督権者である各教委に対して、教師の勤務時間の上限に関する方針を策定するよう通知した。このことから、都教委は国のガイドラインを参考に方針を策定したとのこと。
 方針は、


・時間外労働時間の上限は、1ヶ月45時間、1年間360時間。
・事故、いじめやいわゆる学級崩壊等の重大事案の発生等で、一時的または突発的に時間外労働をせざるを得ない場合は特例的な扱いを認めることができる。ただし、年間720時間を超えない。
・休憩時間や休日の確保等労働法制を遵守する。在校時間が一定時間を超えた教育職員については、校長は医師による面接指導や健康診断を実施する。

 この方針を都立学校長に通知するとともに、「学校における働き方改革 取り組み事例一覧」(75事例)を送付する。区市町村教委にも送付する。取り組み事例には、「定時退庁日の設定」(「教員の意識改革のため」という。教員をなんと小ばかにしたことか!)も挙げるが、「業務改善の推進」だとして例えば、「内容の似た会議を統合するとともに、必要最小限の人数で開催」「会議時間の上限を 1 時間に定める」等を挙げる。今だって職員会議は校長が都教委からの指示を伝えるのみで職員の発言は都教委が禁止しているし、管理職・中間管理職の打ち合わせで決まったことが一般職員には伝えられるだけ。会議時間の削減など、できようがないことは都教委自身が知るところではないのか。

 雇用者である都教委のすべきことは、8時間労働で仕事が終わるよう教員定数を大幅に増やすことだ。明らかではないか。戦闘機に回すお金を使えば、全国一斉に即解決する。教員管理のために 21 世紀に入った頃から始めた大量の文書作成・提出指示をやめ、職員会議を議決機関に戻すこと。教員たちが生きがいをもって仕事に当たることができるように戻すこと。それが、「働き方改革」だ。
 教育にお金をかけるのは、国際社会の常識である。

②「東京都教育委員会から教員と保護者等へのメッセージについて」

 「教育職員の勤務時間の上限に関する方針」を周知徹底するために、都教委は教員に対しては「教員一人一人の働き方改革が求められています」と題するメッセージをメール送信し、保護者・地域の人たちに対しては「学校の働き方改革にご理解・ご協力をお願いいたします」と題するメッセージを、学校を通じて紙配布するという。4月には、新学年を迎え、「生徒の皆さんへ」「教員の皆さんへ」を出した。このどれもが、教員の大幅定員増が解決策であるのにそれはせず、「都教委はやっています」の自己アピールに終始する。
 こうした人事部の議案に対し、教育委員の発言は議案を容認するものばかり。「目的は、教育の質の向上」「だらだら時間外勤務と必死の時間外勤務に不公平がないように」「教員でなければできない仕事と削ることができるアンケートのような仕事を分け、精神論ではなく、具体的に期限を設けて仕事を減らす」「(働き方改革の)研究校をつくるとよい」「メッセージは、(一斉定時退庁日などの)具体的事例も書かれていて、よい内容だ」と。

 教員採用受検倍率が年々急降下していること(東京の19年度採用 小学校:1,8倍 中高:4,3倍 特使:2,8倍)について、中井教育長は定例会や総合教育会議で発言しているが、本気でそれを食い止めるつもりならば、上記した筆者の提案を参考にすべきと思う。都教委の「教育改革」が破綻していることを、都教委は自覚せよ。

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2019/05/23

都庁前通信 2019年5月23日号

F20190523

 

滋賀県野洲市教委が文科省作成の「放射線副読本」を回収

 滋賀県野洲市教委は文科省が作成し18年10月に各学校に送付した「放射線副読本」(小学生版、中高生版)の記述内容に問題があると判断し、4月25日、回収に踏み切りました。
 3月の野洲市議会一般質問で、「(副読本は)人工と自然界の放射性物質を同列のように扱い、(放射性物質が)安全であると印象を操作しようとしている」などと指摘を受け、市教委は副読本の内容を精査。その結果、 ア.「放出された放射線の量はチェルノブイリ事故の約7分の1」「福島県内の放射線の量は事故後7年で大幅に低下している」など、事故の影響を少なく見せようとしていると受け取れる記述や、放射線の安全性を強調するような印象を受ける記述が多い。 イ.被災者の生の声が少ない。 ウ.小中学生にとって内容が高度――との判断に至り、回収を決めました。
 副読本には、「県が平成30年4月までに実施した内部被ばくを測定する検査では全員、健康に影響が及ぶ数値ではなかった」とまで記述していますが、この改訂版を発行してわずか3か月後に、当時11歳だった少女が100ミリシーベルトの被爆をしたとのメモ(2011年5月2日の放医研の「朝の対策本部会議メモ」)が見つかりました。メモは開示請求によって見つかったのですから、国・放医研はこの事実を隠してきたということです。こうした現実を見れば、この記述だけでなく、副読本に誤りや嘘がかなりあるといえるでしょう。
 山仲善彰市長は25日の定例会見で、「丁寧な情報を若い世代に伝えることが大事。市教委の判断は適正」「福島の原発事故はもちろん、広島、長崎の原爆や第五福竜丸といった被ばくの歴史についてももっと丁寧に伝えたい」と語ったとのことです。(4月25日朝日新聞 26日中日新聞)。私たちは、野洲市教委の誠意ある判断と対応を支持します。
 東京の全学校にも副読本が配布されていますから、都教委は副読本の内容を精査し、訂正文を配布したり、副読本を回収したりすべきです。

都オリ・パラ準備局発行の高校生向け冊子「2020年。東京と東北で会いましょう。」も回収を

 都が17,18年度に高校生に配った同冊子が「復興を難しくしている最大の原因である原発事故には触れていない」ことから、福島県から原発事故の記述を加えるよう都に提案がされたこと(東京新聞2019年3月24日)を知り、昨年度までの旧版と19年度の改訂版を比べてみたところ、変更は 1 か所、「被災地の復興は、まだ途上。」の項のみでした。旧版が「農業、観光分野において、特に福島県では復興が遅れています。」と記述し、「米の産出額」と「観光客入込」推移のグラフを掲載したところを、改訂版は、「観光、農業分野において、原子力発電所事故による風評の影響が根強く残っています。」と記述し、米と桃の価格推移を、全国平均との比較で掲載しています。「風評の被害」を強く押し出し、健康への影響には一言も触れません。故郷を奪われ、体を壊し、我が子の将来にわたる健康への不安に脅かされる人たちの気持ちに全く寄り添っていない内容です。また、「東京2020大会は、大震災から立ち直った日本の姿を示す。」から始まるもので、福島の人たちも、東京2020大会に期待しているという内容で構成されています。
 しかし、こうした東京2020大会賛美の内容は、福島の少なくない人たちの気持ちを踏みにじり、さらには東京の全高校生を東京2020大会祝賀に動員するものです。オリンピックに使う金は福島の被災者たちの生活保障に回すべきだ等の意見を持つ高校生がいることを無視することになります。

 



4月25日都教委定例会傍聴報告
昨年度の指導力不足等教員の指導の改善の程度に関する認定等、 条件付採用教員の任用について
――解決策は都教委が学校への支配介入をやめること

 「指導力不足等教員の指導の改善の程度に関する認定等」では、「A 指導が不適切である教員」に認定され、
週4回研修センターで受講した者が3名、「B 指導に課題がある教員」に認定され、週1回研修センターで受講し
た教員が2名の計5名が受講。Bの1人は認定を解除されて職場復帰となったが、残り 4 名のうち、Aの 1 人は年度
末に退職し、3 名は今年度も研修センターで受講するという。
 「条件付採用教員の任用」(条件付採用期間は、教員は1年、養護教員と実習助手は6月)は、条件付採用教員数が2809人、正式採用者数は2720人。正式採用とならなかった者が89人、うち、年度途中の自主退職者等が77人(病気29人、他県での採用や転職30人、家庭事情13人他)、懲戒免職1人、正式採用「不可」の者11人(11人とも、年度末で自主退職した)。正式採用とならなかった者の割合は3、2%。正式採用「不可」の理由は、「授業計画が立てられない、授業が上手くできない、子どもに対応できない、教員間のコミュニケ―ションに問題があるなど」とのこと。
 指導力不足等教員の申請も条件付採用教員の正式採用も、校長の判断・評価による。

 希望をもって教員の仕事に就いた人たちを励まし育てるのが校長の仕事なのに、ひどい校長に当たったがために正式採用「不可」や自主退職に追い込まれた人がかなりの数いるのではないかと思う。実際に、正式採用「不可」を2年続けて都教委にあげた校長がいた事例を筆者は知っている。そうした校長によって人生を狂わされ、現在裁判をしている人もいるし、勝訴し職場復帰を果たした人もいる。校長の判断・評価に主観が入ることは否めないということだ。
 「年度途中の自主退職者等」のうち、29人の病気は精神疾患であろう。10年近く前に条件付採用教員から筆者の友人が直接聞かされた(相談された)ことだが、その教員は校長から「(仕事ができないのだから)線路に飛び込んだら」と言われたという。そのような校長に当たってしまったら、病気になって当たり前。「家庭事情」を理由にした人たちは、「自主退職しなければ免職にする。免職となれば、経歴に傷がつき再就職が難しくなる」と校長から脅されてのことだろう。この話は、教員で知らない人はまず、いない。そして、「他県での採用や転職」が30人。東京の学校で働くことに魅力を感じなかったということだ。
 この報告に対して、ある教育委員は次のように言った。「条件付採用の1年の間に(指導力不足を)見つけられないと、その後に指導力不足等教員に認定されるのだから、この1年の間にしっかり(「不可」を)見つけてほしい」。なんと冷酷な人物なのか、こうした人が教育委員であってほしくないと思った。
 教員たちが切り捨て、切り捨てられる中では、教員は子どもたちに対しても同じような扱いを、自覚せずにしてしまうだろう。助け合える関係性の中で、人は育ち力を発揮できるのだ。教員たちが助け合える関係にあれば、条件付採用教員も育つはず。かつての東京の学校はそうだった。
 都教委が学校に対する支配介入を止めることこそが、この解決策である。

 蛇足だが、昨年度4月6日時点での東京の教員不足数は小学校208人(うち学級担任78人)、中学校77人(うち学級担任6人)だった。地元の採用試験に合格して退職していく若い教員が毎年かなりの数いる(=中井教育長の言)など、退職者の予測が都教委にできなかった結果だ。今年度は、充足されているのだろうか。

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2019/04/25

都庁前通信 2019年4月25日号

F20190425

 

生徒や教員を励まし救うと本気で考えているのか?
都教委の「東京都教育委員会から生徒と教員へのメッセージ」

 4月11日に行われた都教委定例会では、議案「東京都教育委員会から生徒と教員へのメッセージについて」が出席した全教育委員の賛成で承認された(1名欠)。メッセージを出す目的は、生徒に対しては「学校生活を送る上で生じる様々な感情と上手に付き合うことの大切さを伝えるとともに、悩んだときには身近な大人に相談するよう促す」、教員に対しては「日頃の教育活動に感謝して激励するとともに、課題の解決に向けた取組をともに行っていくことを伝える」のだという。
 しかし、都教委の言はきれいごとでしかない。実際に東京の公立学校で起きたいじめによる自死について、都教委定例会で論議したことはなく、遺族に寄り添わない。一例を挙げれば、小山台高校生の自死では、その生徒が学校側にいじめを訴えても学校側はそれを無視し、自死後に遺族が真相究明を訴えても、都教委が開示した文書は墨塗りであり、「いじめはない」とした。遺族は知事部局に再調査を求める一方、提訴している。

 さて、「メッセージ」は次のようにいう。

◆生徒の皆さんへ
○新学期が始まりました。皆さんは、今、学校生活を楽しんでいますか。保護者の方や学校の先生たちは、皆さんが楽しく充実した学校生活を送ってほしいと願っています。
○充実した学校生活を送るためには、友人や先生などと心を通わせて、良好な人間関係を普段から築くとともに、学校の集団生活における決まりや社会のルールを守ることが大切です。
○しかし、学校生活を送る上で、困ったことや納得できないことが起きた時などは、不安や不満、怒りなどの感情が湧くことがあるかもしれません。皆さんにとって、こうした感情と上手に付き合っていくことも重要です。
○そして、自分たちだけでは解決できないと思った時には、まず、保護者の方や先生など身近な大人に相談してみましょう。もし、大人への相談が難しいと感じたら、東京都教育相談センターなどの相談機関を利用することができます。また、LINEで気軽に相談できる「相談ホットLINE@東京」という方法もあります。これらの相談窓口は皆さんを全力でサポートしてくれます。
○(SNSの危険性を正しく理解して使うこと:省略)
○皆さんが夢と希望を胸に、未来に向かって羽ばたいていけるよう、保護者の方や学校の先生、地域の皆さんと一緒に、東京都教育委員会は心から応援しています。

平成31年4月11日 東京都教育委員会

◆子供たちの健やかな成長を願って ~教員の皆さんへ~
○先生方におかれましては、全ての児童・生徒が充実した学校生活を送れるよう、日頃からご尽力いただき、ありがとうございます。
○さて、児童・生徒への指導に当たっては、日頃から個別の言葉掛けなどにより一人一人の理解を深め、教員としての信頼に基づく良好な人間関係を構築することが大変重要です。
○そして、学校の集団生活における決まりや、社会のルールを守る意味などについて、児童・生徒が十分に理解し、日常の行動として実践できるよう、丁寧かつ継続的に指導していくことが必要です。
○また、児童・生徒への指導や外部への対応に苦慮するケースもあることから、担当教員を孤立させないよう、学校は複数の教員が協力して指導に当たることを基本とした校内体制をしっかり定着させる必要があります。こうした組織的な取組を通じて、体罰を絶対に許さない学校風土を一層強固なものにすることにも努めていただきたいと思います。
○東京都教育委員会は、教員の皆さんがやりがいをもって日々の仕事ができるよう、今後も学校訪問等を通して皆さんの仕事の実情や日々の努力を理解、共有するとともに、皆さんが抱えている様々な課題や悩みなどの解決に向けた具体的な取組を全力で行っていきます。

平成31年4月11日 東京都教育委員会


 「生徒の皆さんへ」では、決まりやルールを守ること、納得できないことがあっても自分の感情をコントロールすることが大事と説く。それは、決まりやルールを論議し見直すことが必要となっても、それにブレーキをかけることになりはしないか。一人が皆と異なる捉え方や判断をし、納得できないことが起きたなら、皆で話し合いをすることこそが、よりよい社会を作っていくうえで大事であり、学校教育はそれを学ぶ場であるはずだ。それを否定するメッセージは、「規律と秩序維持」を最優先する、都教委の考える道徳心を刷り込むものだ。
 「教員の皆さんへ」では、都教委が取り組むべき教員の過重労働軽減については触れないまま、教員が子どもと自由に過ごす時間的保証をしないままに、「児童・生徒への指導に当たっては…」と説く。また、職員会議での発言を禁止し、職務職階級制賃金及び人事考課制度で教員を競わせ、それまで行われてきた協働を奪っておきながら、「複数の教員が協力して」と説く。
 教員が子どもと自由に過ごす時間があれば、教員はいじめに気づくし、相談にも乗れることが、都教委及び教育委員にはわからないのか。まず必要なのは、教員たちが論議し学び合える場である職員会議を復活させることだ(2004年から都教委は職員会議を校長の伝達機関とし、教員の発言を禁止している)。
 生徒も教員も指示に従わされるのではなく、自分の頭で考え判断する自由を保障されれば、自尊感情を高め、道を切り拓くものだ。そして、それこそが、都教委のすべきことである。
自己反省を欠いた都教委の「やっていますよ」をアピールするがための「メッセージ」には、怒りを通り越して悲しくなる。

「原発」触れぬ「復興五輪」――高校生向け副教材に福島県から原発事故の記述を提案される

 都は「2020年。東京と東北で会いましょう。」と題する冊子をつくり、17年度から都立高校生に配って副教材とし来た。冊子は、最初に五輪招致活動の経過を紹介し、次に「被災地の復興は、まだ途上」として、18年1月時点で75000人が避難生活を送っていることや、福島産米や観光客数が震災前の水準に回復していないことをデータで示す。しかし、復興を難しくしている最大の原因である原発事故には触れていない。これに対し、福島県が原発事故の記述を加えるよう都に提案したという(3月24日付東京新聞から)。
 原発事故で故郷を追われた人たちの暮らしや健康、事故の深刻さなどについて、この 4 月に配られる(た?)新版にはどのように記載されたかは、次号以降で触れたい。

 文科省が事故後つくり、再改定して今年度からは全国の学校に配った(昨年度までは希望校に)「放射線副読本」(小学校用 中学・高校用)も「放射線による健康影響があるとは考えにくい」などと記述し、原発事故の深刻さを伝えない。
 都も国も学校教育を使って嘘を教え込んでいる。

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2019/04/11

都庁前通信 2019年4月11日号

F20190411

 

 今回は3月28日に行われた都教委定例会の公開4議題のうちの2議題について報告します。

パブリックコメント募集は形だけ?

「東京都教育ビジョン(第4次)」の策定について

 「ビジョン」は1月31日の定例会で骨子を報告し、その日から30日間にわたり受け付けたパブリックコメントを踏まえて、有識者や校長等による検討委員会で協議し策定したとのこと。それが今日の定例会で承認された。「すべての児童・生徒に確かな学力を育む教育」「社会の持続的な発展を牽引する力を伸ばす教育」など12の方針と30の「今後5か年の施策展開の方向性」を挙げる。
 しかし、資料として配られた、パブリックコメントに対する「都教委の考え方」を見ると、パブリックコメントを「ビジョン」に取り入れた形跡はなかった。やはり、パブリックコメントの募集は形だけであったのか。沢山あるが、そのうちの一つを挙げよう。
「2 社会の持続的な発展を牽引する力を伸ばす教育」の「④ 科学的に探究する力を伸ばす理数教育を推進します。」に対して寄せられたパブリックコメントは、「理数系ばかりでなく、人文・社会系、芸術系、スポーツ系など、子供たちの興味・関心に応じたきめ細かな教育が進められるよう、人員の配置等、教育環境の整備を行うことが重要である。」と。 
 このパブリックコメントに対し都教委は「都教委の考え方」として、「社会の持続的発展を牽引する力を伸ばす教育について『基本的な方針2』に位置付け、理数教育、農業や工業、商業などの職業教育、高度に情報化した社会で活躍できる力を伸ばす教育などを推進していくことで、これからの東京・日本の発展を支え、様々な産業を牽引できる人材を育成していきます。」と書く。これでは都教委の一方的な考えを言うだけで、パブリックコメントへの回答にも協議の材料にもなっていない。

 このパブリックコメントを出した人の頭には、次のような懸念があったのではないかと推測する。兵力不足となった1943年、「在学徴集延期臨時特例」を公布し、理系と教員養成系を除く文系の高等教育諸学校の学生の徴兵延期措置を撤廃し、戦場に向かわせた歴史的事実。そしてまた、文科省が2015年6月、国立大に対し、人文社会科学部・教員養成系学部について「国立大学としての役割等を踏まえた組織見直し計画を策定し、組織の廃止や社会的要請の高い分野への転換に積極的に取り組むよう」通知したこと。この2つを考え合わせ、国家による国立大学への支配・介入や「国の求める人材づくり」の先にあるものを懸念したのではないだろうか。文科省のこの通知に対しては、国立大学法人17大学人文系学部長会議等、数団体から抗議声明が出されている。

 2月に策定された「都立高校改革推進計画・新実施計画(第二次)」も、パブリックコメントが最も多く寄せられた「立川高校夜間定時制の閉課程(閉校)をやめて」を検討した形跡がないまま、閉課程の方針を打ち出したものだった。機能させようとしない都教委のパブリックコメント制度について、発言する教育委員はいないのか。


都教委がまずすべきは、足立区中学の生徒や教職員への謝罪ではないのか

教師用指導書「性教育の手引」の改定について

 「手引き」は「情報化の中、児童・生徒を取り巻く環境の変化、若年層の性感染症やインターネットを介した性被害の増加、前回の改定から10年以上が経過したことから改定した」とのこと。「手引き」が、「性同一性障害等に関する正しい理解」や「学習指導要領に示されていない内容の授業での指導」「産婦人科医等による授業の実施」等の今日的課題を取り入れたことは評価したい。産婦人科医等によるモデル授業を18年度は5校で行ったが、19年度は10校にするという。昨年3月に足立区中学校が行った性教育に端を発して、同年8月に都教委が全中学校長に対して行った調査において、校長の約半数が学習指導要領を超える性教育を求め、また、医師等の外部講師を派遣してほしいとの要望が多かったことによるのは確かだ。
 しかし、「学習指導要領を超える内容を指導する場合には、事前に学習指導案を保護者に説明し、保護者の理解・了解を得た生徒を対象に行う」(昨年 4 月 26 日発表)ことを、都教委は頑なに変えなかった。授業は全員を対象に行うから意味があるのであり、「寝た子を起こすな」式の意識を持つ保護者にこそ理解してもらうことが大事なのに、それはしない。非常に疑問だ。“隠し事”を興味ある一部の子どもにだけにおしえるような形の授業は、かえって子どもたちに性への歪んだ関心を引き起こすのではないか。
 今年度モデル授業を実施した学校では、事前に保護者に授業内容を示したうえで、学習指導要領内と指導要領外の授業のどちらがいいかを訊き、2本立ての授業を実施したという。モデル授業では『性交』『避妊』を扱ってもいいという。

 昨年3月16日の都議会文教委員会で古賀自民党議員が足立区中学校の性教育について「不適切」と批判し、中井教育長は、同授業に「課題がある」として、当該校の管理職および全教員を指導する、都内全公立中学校長を指導する旨の答弁をした。さらに都教委は、4月26日の都教委定例会で、学習指導要領を超えた性教育について次のような「見解と今後の対応」を発表した。
 「『性交』『避妊』『人工中絶』といった中学校学習指導要領保健体育にないことばを使った授業は不適切。保護者の理解を必ずしも十分得ないまま授業が実施されていた。」今後は、「学習指導要領を基本とする。すべてを集団指導で教えるのではなく、集団指導で教えるべき内容と個別指導で教えるべき内容を明確にする。学習指導要領を超える内容を指導する場合には、事前に学習指導案を保護者に説明し、保護者の理解・了解を得た生徒を対象に個別指導を実施するなど」とした。
 こうした経緯があるから、都教委は自身及び古賀議員の面子を保つために「保護者の理解・了解」にこだわるのだろうか。
 子どもたちの実態を踏まえて出された、校長たちからの要望等を受け止めて都教委は「手引き」の内容を変えたのだから、「中学校学習指導要領保健体育にないことばを使った授業」も必要と認識したということだ。ならば、まずは足立区中学校の当時の生徒や保護者、教職員に誠実に向き合い謝罪すべきではないのか。都教委はこの人たちの人権を侵害したのだから。そのうえで、昨年4月26日に発表した「見解と今後の対応」を見直すべきではないのか。
 「保護者の理解・了解を得る」ことを条件にしたことについて、校長や教職員が賛成するはずはないと思うのだが、そうした声は都教委に届いていないのだろうか。子どもも親も混乱し、教職員の不要な仕事量は増えるばかりだ。また、こうした条件を付けることで、教員はむしろ性教育をやりにくくなるのではと、気がかりだ。
 「保護者の理解・了解」というならば、都教委は「愛国心」を刷り込むオリンピック・パラリンピック教育や卒業式・入学式での「日の丸・君が代」の強制にこそ、適用すべきである。

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2019/03/28

都庁前通信 2019年3月28日号

《事務局からのお詫び》 2019/3/29

誤字を訂正しました。


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止めて!「日の丸・君が代」=「愛国心」の刷り込み

 都教委が子どもたちに「日の丸」に正対し「君が代」を起立斉唱することをからだで覚えさせるために、「君が代」起立を求める職務命令を校長に発出させ、起立をしない教職員を処分することを始めたのは2003年度後半でした。
 筆者は子どもたちに「日の丸・君が代」について考え判断するに必要な資料を与えずに、教員の指示のままに起立・斉唱させることは、教育に反することであり、教員がしてはいけないことと考え、「君が代」起立を拒否してきました。戦場に子どもたちを追いやった戦前の刷り込み教育の反省に立ち、資料をもとに自分の頭で考え判断できるよう指導することが教員の仕事と考えるからです。

■「職務命令は教職員に宛てたもので児童・生徒に宛てたものではない」と都教委は言うが

 都教委は都立高校に卒業・入学式の「進行表」を提出させています。そこに、「起立をしない生徒がいたら起立を促す。起立するまで式は始めない」旨を明記させています。明記してない場合は差し戻すということです。
 「君が代」不起立処分取り消し訴訟で処分を受けた私たちが、「日の丸・君が代」の強制は、「子どもたちの教育を受ける権利」及び「思想・良心の自由の形成」を侵害すると主張したことに対し、都教委は「(起立を求める)職務命令は教職員に宛てたもので児童・生徒に宛てたものではない」と言ってきました。
 しかし、現実は上記したことが進行していますから、職務命令は生徒にも宛てているということです。
 起立をしない生徒を処分する手法は都教委にありませんが、当該生徒への「指示」は暴力そのものです。「日の丸・君が代」については肯定・否定の双方の考えが存在しますから、子どもたちの中にも否定的な考えを持つ子どもは確実に存在します。都教委及び学校は、そのことを認識すべきで、起立しない生徒に起立を促すことはしてはなりません。

■「君が代」不起立教職員は「0」?

 2003年度から昨年度までの「君が代」不起立被処分者は延べ483名にのぼります。不起立は、処分=弾圧を覚悟で仕事に対して責任を持とうとしてのことです。
 政治状況は悪化の一途を辿り、都教委の弾圧も続く中、不起立者は年々少なくなってはいますが、起立はできない・しないと考える教職員はいます。
 しかし、不起立者を「0」にしたい都教委は、不起立をした教員には担任を持たせない、卒業学年には配属しない(=どちらも、式に出させない措置)、特別支援学校では、不起立を続ける教員を小学部3年生に配属し、卒業式も入学式も3年生は平常授業とするという、姑息な手段を使っているのです。

★「君が代」不起立教員を処分するのは、「日の丸・君が代」を尊重する態度=「愛国心」を子どもたちに刷り込むためです。人々が「愛国心」を持ったなら、この国の政治がよくなり、生活困窮者がいなくなる、でしょうか。
 19年度は都教委が各学校にオリンピック・パラリンピック教育の一層の推進を指示するでしょう。また、天皇代替わりの祝賀に学校がかかわるよう、文科省からの指示も考えられます。「愛国心」の刷り込みが心配です。

 


2月14日都教委定例会傍聴報告

◇公開議案「都立高校改革推進計画・新実施計画(第二次)」の策定について

 12月に寄せられたパブリックコメント128件のうちの25件が「立川高校定時制の閉課程をしないで」というものだったが、提案された2019年度から3か年の「新実施計画(二次)」はその声を全く無視したもので、「雪谷高校の閉課程は2020年度、江北高校の閉課程は2021年度、小山台高校及び立川高校の閉課程年度は未定」と、昨年までの計画をそのまま強行するものだった。パブリックコメントに対する都教委の事務方及び教育委員の認識・良識を疑う。
 「夜間定時制課程は、全日制課程の高校等への進学がかなえられなかった生徒のセーフティネットの機能を有していますが、新実施計画策定後も、夜間定時制課程を希望する生徒は減少を続けています。」と言い、「セーフティネットの機能」の認識は都教委にあるようだが、「生徒の減少」に閉課程は仕方ないとする。
 皮肉にも、4校の閉課程方針は「目標2:生徒一人一人の能力を伸ばす学校づくりの推進」の項に書かれている。「夜間定時制課程を希望する生徒」はここで言う「生徒一人一人」に入らないのか。「学力」の低い生徒については、能力を伸ばすことは無理、採算も取れないから切り捨てるということのよう。高校進学ができないのは自己責任ということなのか。すべての子どもたちに学びを保障するのが教育行政の第一の仕事だ。都教委は、15歳の子どもたちを、一人として切り捨てないでもらいたい。
 都教委は夜間定時制には金を出さない一方で、進学指導重点校への予算加配や理数教育の充実、医学部進学への支援、海外留学など、「エリート」には金をふんだんに使っている。その差別施策を根本から変えるべきだ。
 
◇4報告のうち、「『学校における働き方改革の成果と今後の展開』について」

 昨年度に比べ、今年度は教員の在校時間が縮まったとの報告だった。
 部活動指導員が導入(中・高)された学校・担当教員は週当たり2時間32分の減、印刷などの手伝いをするスクール・サポート・スタッフが導入(小・中)された学校では、週当たり3、2時間の減、副校長を補佐する人を入れ、学校マネジメント強化モデル事業を実施した学校の副校長は週当たり小学校で11時間55分の減、中学校で8時間の減。
 これによって、例えば中学校教員の週当たりの在校時間は昨年の64時間35分から今年は61時間14分になり、過労死ライン相当の割合は、昨年度の68、2%から今年度は48、5%に減ったと「成果」の報告。「成果」といえる数値ではないだろうに。
 来年度の取り組みとして都立学校では、ア.「管理職が長時間労働となっている教員に対する指導・助言や産
業医面接の勧奨を実施」 イ.「長期休業期間中において学校閉庁(閉校)日を原則5日以上設定」 ゥ.「各学校で定時退庁(閉校)日を設定する等」などをあげるが、仕事量を減らすものではない。アに至っては、仕事処理の遅い教員だとして個人の責任に転嫁するのではないか。となれば、教員はこれまで以上に、仕事を持ち変えざるを得ないだろう。
 「今後の展開」・解決策は、大幅定員増しかないのだ。8時間労働を保証するのは使用者である都教委の責任であり仕事であることを都教委にはしっかり認識してもらいたい。
 都立学校の教員から聞いた話だが、「退勤時のタイムカードを刻印した後、管理職から『そのまま帰るのではないよね』と言われた同僚がいる」という。調査となれば、こんなことが起きるのは悲しいかな、現実なのだ。

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2019/02/14

都庁前通信 2019年2月14日号

F20190214

「教員の負担軽減」「教育の質の向上」を本気で言うならば、
都教委がまずすべきは大幅定員増


 3月までの教育委員会定例会に、新年度に向けての施策等が次々と打ち出される。1月31日の教育委員会定例会には、①平成31年度教育庁所管事業予算・職員定数について ②「東京都教育ビジョン(第4次)(案)」の骨子について が報告された。
 新規採用教員受験倍率が一向に上がらない深刻な東京の学校現場。昨年度の東京の小学校教員採用試験倍率は2.7倍という低さで、教育総合会議で取り上げられるなどしたが、今年度の同倍率は更に下がって1.8倍という。事務方の報告や教育委員の発言を傍聴していて思うのは、受験倍率が上がらないのはなぜかが、事務方にも教育委員にも全く理解できていないのではないかということだ。
 また、上記した①では、「『過労死ライン』の教員が多数存在し、教員採用選考の受験倍率も低下している現状であり、教育の質の低下も懸念される。」「『教員の負担軽減』と『教育の質の向上』の両立を図るため、東京都教育委員会として多様な取り組みを複合的に行っていくことが重要」といい、②では、「教育の質を向上する『働き方改革』」として、「教員が誇りとやりがいをもって職務に従事できる学校運営体制を整備する。」「多角的に学校を支援する新たな体制を構築する。」という。
 「教員が誇りとやりがいをもって」と言うならば、まずは、過労死ラインの残業をやらなくていいよう、教員の大幅定員増をすること。これが大前提だ。ここにお金をかけることに反対する都民はいないだろう。そして、都教委が学校の支配管理を止め、各学校に職員会議の議決権(=自治権)を戻すことだ。そのためには、一人ひとりの教員及び教員集団に「教育の自由」のあることが、生きた子どもたちを相手にする教育活動には必要不可欠だということを都教委は認識すべきである。教員集団が子どもたち・保護者と共に、かつてのように学校を楽しいと思える場所に作り変え、また、教員に子どもと向き合う時間的余裕があれば、教員は「誇りとやりがいをもって」仕事ができる。そうなれば、教員希望者は間違いなく増えるだろう。

***** ***** *****

 上記したことと重なる部分もありますが、この日の定例会で報告されたことのうち、3点を報告します。

平成31年度教育庁所管事業予算・職員定数について
 事業予算に加えて、「教員の負担を軽減するとともに、教育の質の向上を図るため、学校をきめ細かくサポートする全国初の多角的支援機関(新財団)の設立」を発表した。
 新財団は、ア.外部人材の安定的な確保 イ.教員サポート ウ.学校事務の共通処理――の機能を持つとのこと。ア.は「人材バンク」を設置し、情報提供や派遣をする。 イ.は専門外の懸案事項の相談、国際交流等に係る高度な交渉等を代行し、教員をサポートする。 ア.イ.ともに、教員OBや校長OBの活用がメインのようだ。 ウ.は従来各校で行っていた学校事務のうち、共通処理が可能な事務を集約し、業務負担の軽減・効率化を図る。そのうえで、事務職員の教員サポートや学校経営への参画を促進する(事務職員に教員の仕事までさせるということか?)。
 この機関を都教委の中に作るのではなく外部組織である新財団にするというのは、今問題になっている水道の民営化のように、教育の民営化の一方法ということか? 「チーム学校」を打ち出したのは数年前、その総括もできないまま、わけのわからない新財団設立という無節操さは何ということか。
 新財団の取り組みの一つとして、「国への提案」3つが挙げられている。その一つは、「夏季休業期間等の業務が比較的少ない実情を踏まえ、『1年単位の変形労働時間制』の導入を提案」というものだ。これは、文科省の方針と同じで、過労死ラインの残業を軽減するものでないことは明々白々。これを「教員の負担軽減」策として平然と挙げる無神経ぶり。都教委は「教員の負担軽減」など、全く考えていないということだ。
 新財団は2019年度に設立し、2020年度から実施し2021年度からは本格実施、立ち上げ時の組織規模は13名体制とのこと。新財団が、「教員の負担軽減」「教育の質の向上」に寄与するはずはない。

「東京都教育ビジョン(第4次)(案)」の骨子について
 文科省の「第3期教育振興基本計画」に沿って都教委は「東京都教育ビジョン(第4次)」を策定するとのこと。「すべての児童・生徒に確かな学力を育む教育」「生徒の多様なニーズと時代の要請に応える『都立高校改革』」「教育の質を向上する『働き方改革』」など12の「基本的な方針」を設定し、30の今後5か年の施策展開の方向性を示す。これも、美辞麗句を並べるが、子どもたちが教員との人格的触れ合いの中で育つような環境づくりがなされないのははっきりしている。
 この骨子に対するパブリックコメントを2月いっぱい受け付け、3月末の教育委員会で策定し、4月から施策の展開に入るという。

「都立高校改革推進計画・新実施計画(第二次)(案)」の骨子に対する意見等について
 11月後半から1ヶ月間に寄せられたパブリックコメントの概要が紹介された。パブリックコメント(総数128件)のうち25件の意見が寄せられたのは、立川高校定時制の閉課程問題だった。「立川高校定時制が閉課程になれば、八王子市・立川市に夜間定時制はなくなる。多様な学びを保障するのは都の施策方針でもあり、こうした方針に反する定時制の閉課程について見直ししてほしい。」等々。定時制課程の存続は、長いこと、要求され続けてきたことなのに、都教委はその要求に耳を傾けることなく、閉課程を続けてきた。パブリックコメントに対する指導部からの発言等はなかったので、2月に決定される新実施計画(第2次)に取り入れられるかは不明。パブリックコメントを募集しながら、それを無視してきたのがこれまでの都教委の手法なので、注視していきたい。

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2019/01/31

都庁前通信 2019年1月31日号

F20190131

都教委、高校生を東京2020大会ボランティアに半ば強制


 12月半ば、一都立高校生が「(教員から)とりあえず全員書いて出せと言われたんだけど、都立高校の闇でしょう」とSNSに投稿した。
 東京2020大会のボランティア募集、大会ボランティアは目標の2倍に達する16万人の応募があったが、都市ボランティア(東京都が募集して空港や駅で道案内などを行う)は締め切り2週間前になっても目標に届かなかった。そこで、都教委は都立高校全 2、3 年生分の応募用紙10万枚を各学校に送付し、再募集した。そこで起きたのが、この投稿。
 “ボランティア(志願者)”と言うが、背景には、このような半ば強制ともとれる「指導」があったのではないか。下に示す「通知」と共に考えてほしい。

 東京2020大会都市ボランティアの応募期間の延長に伴う再募集について(通知)

 表題の通知(30教指企第1237号 平成30年11月26日)を、都教委指導部オリンピック・パラリンピック教育推進担当課長は都立高校長に通知した。通知には「対象となる生徒への周知と案内等について、お取り計らいのほど、よろしくお願い申し上げます。」とあり、「今後の予定」には次のようにある。

11月中:当課から各学校長に電話連絡により説明  12月4日:校長連絡会にて説明
12月上旬:対象となる全生徒分の「応募申込用紙」を各校に送付。学校用資料(生徒への説明文例等)を別途学校に送付。各校で対象となる全生徒へ「応募申込用紙」を配布、説明。
12月12日:オリ・パラ準備局において申込状況を把握するため、同日時点での申込人数を当課へ報告
12月下旬:「応募申込用紙」を各校でまとめていただき、当課に提出

 都教委は各校長に応募申し込みの提出を指示した。となれば、各校長の教員・生徒に対する指導力が問われることになる。その意を受けて、「全員書いて出せ」と半ば強制で提出させた教員が出たというのは不思議ではない。むしろ、必然だ。生徒の自主性に任せるのではなく、校長をしてかなりの強制があったと見るべきだ。
 校長も教員も、この「成果」が年度末に行われる業績評価に反映することも十分意識しているだろう。

「平成30年度都立高校生等ボランティア・サミットにおける生徒の参加について(通知)」

 「全都立高校の主体的なボランティア活動を一層推進するため、『ボランティア・サミット』を開催する」という、この「通知」(30教指高第565号 平成30年9月18日)には次のようにある。サミットは11月3日に行われた。

 対象:全日制課程178校の生徒2名及び教員1名
 定時制・通信制課程の学校で出席を希望する生徒がいる場合は、担当までご連絡ください。
 出席生徒及び教員の報告については、別紙1「平成30年度都立高校生等ボランティア・サミット出席者」を作成し10月1日までに調査統計システムによりご提出ください。

 同趣旨の依頼文を都教委は区市町村教委にも送付し、中学生及び教員の参加募集も呼びかけた。

 都立高校生等ボランティア・サミットの募集についても、強制がなかったとは言えないのではないか。次のよ
うな報告もある。

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 23区の都立高校に通う生徒は「ボランティア・サミットの話は顧問教諭を通じて生徒会に来てまして各校から
2名ということでしたので、他にやりたそうな人がいなそうだったので自分と友人で行くことになりました。別
にやりたかったわけではないです。顧問教諭もボランティア・サミットにいい印象を抱かなかったようで、『各校
から2人出さないといけない。』みたいなことを言ってましたね。顧問は不本意ながら強制という雰囲気でした。」
と語った。また、多摩地域の都立高校に通う生徒は「先生から声をかけられ半ば強引に(参加させられた)。参加
者の大半が班での自己紹介で皆、教諭から依頼されたという旨を発言していた。」と語った。(The Interschool
Journal より引用)


都教委定例会傍聴報告

「平成30年度都教委児童・生徒等表彰について」(報告)
――表彰で都教委が狙うことは?


 表彰は1984年度から「心豊かな児童・生徒等を育成することを狙いとして」始めたという。表彰の対象は、「①地道な活動を継続的に行い、他の模範となる者 ②当該児童・生徒の活動が契機となり、その効果が波及し、他の児童・生徒等の具体的な行動や取組に良い影響を与えた者 ③環境美化活動や福祉活動、奉仕活動、子ども会等、地域における活動を継続的に実践した者 ④スポーツ・文化活動において著しい成果を上げた者 ⑤人命救助又はこれに類する行為を行った者」
 今年度の表彰は幼稚園児2件を含む278件。区市町村教委及び都立学校長から推薦を受けた352件について表彰審査会(都教委、校長で構成)が決めた。2月9日に表彰式を行うとのことだった。
 上記した①から⑤について、事例が写真及び一言で紹介された。①では、「学級内の自主的な清掃やゴミの分別、友人への優しい声かけ、動物の世話を継続的に」行った幼稚園児。 ②では、「ボランティア・サミットの参画を通じ校内の主体的なボランティア意識の向上に貢献」した高校生。 ③では、「居合術の演武に継続的に取り組み、伝統文化財である古武道の保存振興に尽力」した高校生。「継続的に高齢者宅のゴミ出しを行う活動が地域のボランティア活動の活性化と連携に波及」させた小学生 ④では、「第19回国際ショパンピアノコンクール in Asia 金賞」の中学生。 ⑤では、「帰宅途中に火災を発見、近くの大人に知らせることで、初期消火及び被害の拡大防止に貢献」した小学生、等々。表彰対象は、あくまでも都教委の目にかなったもの。
 ①の幼稚園児の受賞は、「自主的な清掃やゴミの分別、友人への優しい声かけ、動物の世話」などそれ自体は良い行為だが、「一番よい子、2番目によい子」と序列がつけられるものだろうか。学級内で他の園児からどう受け取られるであろうか。競争を煽り、その弊害が生じることはないか、などと気になる。
 「都教委から認めてもらわなくて結構」と、お上から表彰されることを良しとし、ありがたがる意識が人々から払拭されない限り、権力機構は表彰を通して権力誇示を続けることになる。

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