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停職「出勤」日記2005

2005/09/30

6月28日(火)

停職解除の今日6月28日、出勤しました。子どものころ、長い休みのあと友達に会えることでのわくわくした気持ちと、さあがんばるぞという気持ちに似た気持ちでの出勤でした。廊下で会う生徒の多くがただの挨拶だけでなく、「先生がんばって!」「お帰りなさい」「おめでとう」「今日から授業してくれるよね?」と一緒に喜んでくれ、迎えてくれました。
 午前中は選択調理の授業だったので、楽しく気楽に、午後は35℃を超えるだろう教室(被服室)で合成洗剤の毒性の授業。ここに入ったところで1ヶ月間中断しての再開でしたが、ブランクがあったとは思えないスムーズな始まり。暑さにめげず、みんな集中している。いや、私に協力してあげようと思ったのかも。優しい生徒たちです。

6月25日(土)

4週間が過ぎました。残すところあと1日です。
停職「出勤」のことと西原博史さん(早稲田大)たちが出してくださった「研究者抗議声明」について朝日朝刊が22日(水)23日(木)に報じました。東京多摩版の22日の記事は、asahikom掲載のものの半分もありませんでした。新聞では下線部がカットされていました。

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「君が代」不起立で停職の中学教諭、正門前で連日の抗議
2005年06月21日11時22分
今春の入学式で「君が代」斉唱時に起立しなかったとして、5月末に停職1カ月の処分を受けた東京都立川市の中学教諭が連日、朝から夕方まで学校の正門前で、処分の不当性を訴えている。
約120人の研究者も21日、「処分は憲法などに違反する」とする抗議声明を発表した。
 抗議しているのは、立川市立立川二中の家庭科教諭、根津公子さん(54)。都教委が教職員に君が代斉唱時の起立を義務づけた03年秋以降、停職処分を受けた初めてのケース。根津さんを含めて公立学校教職員10人が懲戒処分を受けた。
 今回の停職処分後、根津さんは5月31日からほぼ毎日、「私が起立しなかったことで迷惑を受けた人はいますか?」「私はまちがっていると思うことには、命令でもしたがえないのです」と書いたプラカードを置いて、朝の通学時から夕方の下校時まで正門前で座り込みを続けている。
 こうした根津さんの行動への反応も様々だ。「子どもがおびえている」という親からの批判的な反応がある一方、下校時には次々に生徒が駆け寄り、「先生、頑張って」「うちのおやじも応援しているよ」と励ます姿があった。
 根津さんは話しかけてきた生徒たちに「時代によって常識は変わる。あと何十年かしたら、この処分もおかしいということになっているかもしれないわよ」と話す。
 根津さんらの
処分に対し、堀尾輝久・東大名誉教授(教育学)や西原博史・早稲田大教授(憲法学)ら研究者122人が抗議声明を発表。「個々の職員に起立・斉唱するよう職務命令を発し、その違反を理由に処分することは憲法と教育基本法に違反する」とする声明を発表。22日にも都教委を訪ね、手渡すという。

 

 今週は、新聞をご覧になって二中の校門前に訪ねていらした方が3人。お一人は、戦争で友人は皆殺されたというご年配の方。「あの時と今はまったく同じです。じっとしていられなくて、何ができるわけでもないけれど、来ました」とおっしゃる。また、ご近所の匿名の方は、「通るたびに涙が出ます」と書かれたメモにはさんでカンパをくださった。今週は、「今までも声をかけようかと思っていたんだけれど」と前置きして声をかけてくださるご近所の方が何人もいらっしゃいました。職場の休憩時間に自転車を走らせてお茶や氷を持ってきてくださる方。メールや口コミでいらした方、早く行かないと終わってしまうからと駆けつけてくださった方。木、金曜日は一人になることがありませんでした。
 また、メールやお手紙等、たくさんの心ある方からいただきました。多くの人との出会いがあり、人と人とがつながっていることを実感し、心があったかくなります。ほかの人が緊急事態に置かれたとき、果たして私は何かできるだろうか・・・?と思わずにはいられません。人と人がつながって豊かに暮らすことを感じる毎日でした。
 生徒たちからは常に励まされ続けました。何にも替えがたいことです。金曜日の帰りには、「あと1日だね!」「来週は来るでしょ?!」「授業待っているよ」と大勢が言ってくれました。ありがたいことです。
 私は今、扶養家族がいるわけではなく、自分の食べることだけを考えればいい立場にあることも手伝って、理不尽な命令にはこれからも従わないと決めました。教員だから公務員だからなおのこと、国民主権と平和主義を謳った日本国憲法や教育の条理を大事にした教育基本法に違反する、理のない職務命令には従えません。そこで選択した「不起立」であり、停職「出勤」でした。できることなら、学校内に入れない私の姿から生徒たちが何かを感じ、考えるきっかけにしてくれたらいいなと思っていました。そう考えての行動、ただそれだけでしたが、この4週間に私が受けたプレゼントの大きなことと言ったら・・・。みなさん、ありがとうございました。
 最終日の月曜日はプラカードに道行く方、ご近所の方へのお礼を書いて、座ります。28日からの授業を考えながら。     
追:22日(水)西原博史さん、成澤さん、井上さん(学芸大)が都教委に「研究者抗議声明」を提出。午後、私も参加して弁護士会館で記者会見。
 24日(金)には、訪問者が23人。Tさんも三重から来てくれた。

6月17日(金)

停職処分発令から今日で3週間。悪いことなどまったくしていないのだから、私は仕事をしたい、授業をしたいと、一人「出勤」している、ただそれだけのことに対し、今週は停職「出勤」報告を読まれて遠くから何人もの方が校門前に私を訪ねてくださいました。クラクションで軽く合図をして下さる方、毎日挨拶を交わす方、いろいろな出会いを楽しませていただいています。今週も2日間は雨でした。でも、Tさんからゴアテックスという合羽とズボンを校門前でプレゼントされて、さっそく着たところ、雨はしっかりはじいてしかも通気性が抜群。すっかり気に入りました。何と言ってもうれしいのは、生徒からの有形、無形のプレゼント。修学旅行のお土産、処分に対する抗議と励ましのアピールを書いた色紙、優しいことばなどなど。本当に幸せです。週末の今日一番多くもらった言葉は、「先生、あと何日?」「早く戻って来てよ(来いよ)」でした。毎日毎日うれしいことや、新しい出会いなどあって、処分にははらわたが煮えくり返りますが、意味ある非日常を送っています。
 17日の訪問者のお一人を紹介します。小学校の教員をされている韓国の女性で、今年の4月から1年留学中のTさんです。メールで私のことを知られ、ご自分のことと重なって駆けつけてくださったとのこと。彼女は、1980年に教員になり弾圧下にあって子どもにとってのよい教育と労働環境の改善のために主張し、行動してこられた。韓国ではこの頃、労働組合活動は非合法。その中で闘い、1989年に解雇される。一人、また一人と全部で1000何百人の教員が解雇され、しかし、学校からは締め出されても諦めることなく闘い続け、学校の中の人たちに働きかけ、中と外とで結びつき、全国にまたがって活動をしてこられた。10年後、金大中政権になって復職する道が拓かれたことを私もニュースで聞いたことはありましたが、彼女はその一人。職場復帰をし、現在に至ります。韓国の教職員組合がいま原則的な闘いをしていることは耳にしていましたが、解雇されても希望を見失うことなく、当たり前のことを当たり前に主張し、行動し続けたことによるのだと、Tさんを前に再確認。
 彼女(たち)に対する教育省の攻撃の仕方は日本のいまと、私が受けた攻撃とまったく同じです。解雇のために保護者が使われる。利用された保護者たちが校門前で「Tを辞めさせろ」とデモを繰り広げたと言います。転任して直後、まだ授業をしていないうちから教育省に「教え方がおかしい」と保護者からの「苦情」が届く。同僚たちが、自分の身を守るために黙り、変容していったという話。また、今でも転任後、同僚からはしばらく一緒に仕事をしてから、「聞かされていたTさんとはぜんぜん違った」と言われることもしばしばだそうです。 私には、多摩中で、嘘八百を言う校長が開催した根津糾弾のための緊急保護者会とその中で利用された保護者たちの姿がぴったり重なりました。着任と同時に「教育委員会に楯突く困った先生」と保護者たちに流されていたことも同じでした。どこの同僚からも、「とんでもないやつが来る、と聞いていたのよ」と明かされたこともまた同じ。権力者もさらにひどい管理・支配をたくらんで、時代を超え、国を超えて学んでいることがわかります。
でも、学び方は、権力者とは逆ですが、私たちも同じですね。非合法時代、彼女や韓国の教員たちは、攻撃の中で、石川達三の「人間の壁」に教育労働者としてのあるべき姿を見、灰谷健次郎の「兎の目」に教育観・子どもに対する見方を学び、闘ってこられたとのことでした。
ひとは何歳になっても変わり得るという実例も聞きました。彼女が解雇される前のことです。その職場には彼女ともう一人、ものを言う若い人がいて、校長・教育省は彼女たち二人の監視・指導を年配の教員にさせたのだそうです。しかし、教育省らの思惑に反し、その老教員は彼女たちの教育に対する思いに共感していき、とうとう彼女たちと一緒に行動するに至り、解雇も一緒にされてしまう。だが、老教員は、「それまで気づかずに来たものが見えるようになり幸せだ」と言い、変わられ、現在も一緒に活動されているとのことでした。素敵な話です。ここまでではないけれど、私もこれに近い体験は何度かあります。だから、人はすてきですね。損得勘定なしの人と人との繋がりは宝です。Tさんの訪問はとても有意義でした。たくさんのエネルギーをいただきました。お昼ご飯はTさんがつくって来てくださった韓国海苔巻きをお腹いっぱいいただき、食欲がいつも120%の私は、とても幸せでした。ありがとうTさん!!
 16日の午後は、外国人記者クラブで会見をしました。他にも海外からの取材もいくつかあります。

6月14日(火)

昨日文教経済委員会を傍聴しました。大澤ゆたか議員は、質問を議会事務局に届けていなかったという理由で質問には立てず。共産党の戸井田議員が『君が代』で教員を処分、それも停職処分を撤回するよう、都に働きかけてほしい、と丁寧に、強く迫りましたが、市教委の回答は、ひどいものでした。中山ひとみ自民党議員は、私のことを、伊藤公明党議員は大沢議員のことを叩き、非国民教員と非国民議員あぶり出しの催し、さながら。ここまできたか?!と思いました。
以下、いくつか、発言を拾っていきます。
◆戸井田議員
国旗国歌法制定時「国民に義務付けるものではない」は今も変わっていないはず。10・23通達で処分できる法的根拠を明確に示してほしい。学習指導要領に則って実施していると以前答弁があったが、学習指導要領は一つの目安なのではないのか?学習指導要領で処分するのは、学習指導要領逸脱ではないのか?
叶指導課長:・「国民に義務付けるものではない」という話がありましたが、教員の場合には、これを指導する立場でございますので、それとは違う。指導をきちっとしてもらうということで、校長が職務命令を発していると理解している。
・学校では議論を経て実施要綱にまとめる。校長が決める。それで、職務命令が出される。(戸井田さんが、子どものために取り組むべきでしょ、と言ったことに対し)子どものことを考えて動いているということである。それに従わない教員がいたということは、非常に好ましいことではない。
・憲法の内心の自由は、抱くのは自由だが、職務命令という行為を命じるものについては従う従わないを憲法に基づいてやっていては、学校組織として成り立たない。組織の長のいうとおりにしてもらう。
・(処分となる)このような行動は、容認するのではなく、毅然とした態度でやる必要性がある。
教育長:教員は職責として憲法19条は尊重しなければいけないが、指導上は合理的理由で19条を侵すということについては、一定の合理的理由があれば、一定の制約が出る。
・子どもについては、先生の指導によって十分理解をさせていく。強制=口をこじ開けさせなくていいよう、日頃、指導を自然と身につくよう行うのが、先生の役割。それをして行けば、子どもの内心を侵すことはなくなる。
・子どもに対しては、子どもの思いと違う指導はあり得る。精神的作用をするのが教育だから、子どもの思いと違っても、それが子どもの内心を侵すとはならない。
叶指導課長:憲法の解釈いろいろできる。公立学校は憲法の精神を踏まえ、法に基づいて学習指導がある。いろいろ解釈があるときは、自分の考えで動くのではなく、組織体で動く。校長の決定したとおりに動いてもらわないと教育は成り立たない。
・来賓は、学校の教育を支援している人を呼ぶ。学校に合わせていただきたい。協力してもらうのは当然。
・保護者には、(起立を)今のところお願いしていない。ただ、社会科・公民で、「国旗・国歌の意義を相互に尊重することが国際的礼儀であることを理解させ、それを尊重する態度を育てることを配慮させる」と教えている。その場の状況を踏まえた配慮をお願いしたい。
◆中山ひと美議員
教員の資質について。(注:根津:昨年度二中の保護者)
保護者から聞いたことだが、授業が終わると(2回目の質問の時は、「授業中に」と言った)思想的な話になる。そういう事実があるが市教委はご存知か?
先生は、子どもが判断できるまでは、思想的なこと、自分の意見は言わないでほしい。
叶指導課長:授業で思想的な話をしているということについては初めて聞いた。信用失墜行為に繋がってくる。こちらとしても調べて行きたいと思っているので、あれば知らせてほしい。
中山:ルールがあって、守れなかったから処分になっちゃったんだよ、と話をしたんですけど、中1の子どもは、ついこの間まで6年生だったわけで、・・・
 (注:根津:国家が思想的な植え付けをしていることを端に置いても、中山議員は『ルールがあって・・・』と子どもに言ったことはしそうてきではないのか?!)
◆伊藤議員
誰に来賓を呼ぶ権限があるのか?呼ばなければいけないルールはあるのか?学校長が式典の趣旨に反すると思ったら、呼ばないことはあるか?
校長になぜ、私を呼ばないのかと抗議している。校長の方からすれば、非常に迷惑。学校運営に支障があるということだったので、個人的なことで良くないが、質問している。
教育長:学校の方針に沿って協力いただくということ。出なければ、校長としてはおいでいただくわけには行かない。断るのは、校長の当然の判断。

6月11日(土)

昨日で2週間が経ちました。帽子も日傘も使っているのにしっかり日焼けし、夏のバカンスが終わったような色をしています。生徒にまで、「歳なんだから、気をつけてよ」と言われていますが、元気ですので、ご心配なく。こんな時、頑強な体でよかった!と感謝します。昨日は雨模様。「先生、雨大丈夫?」と気遣い声をかけてくれる生徒の優しさに励まされました。
9日は立川市役所入り口でハンドマイクを持って訴えをし、友人に手伝ってもらってチラシを撒きました。外でマイクを持ったのは、私には初体験のこと。不安でしたが、立川市庁舎、とりわけ市教育委員会で働く人たちに聞いてほしいという強い思いから、話すことは次から次に出てきました。「応援します」「頑張ってください」と声をかけてくださる職員の方が何人もいました。きっと、教育委員会の職員の方の中にも、都教委に追随した市教委の教育行政をおかしい!と感じている方はかなりいらっしゃるんでしょうね。
 「都教委がやっていることは個人的には問題を感じている」。これは、近隣の市教委の役職にある人が市民との話し合いの場で漏らしたということばですが、役職にあるなしに関わらず、このようなことばを教育行政に携わる人から聞くことが最近はかなりあります。教員たちも、職員会議では発言しないけれど、個人的には問題を感じていることはわかります。数年前あるいは10年前まで教員は、職員会議で激しく議論してきたのですから。
 ことは酷くなる一方なのですから、教育行政、教育現場にいる人たちは黙っていないで、一言でも発言してほしい。学校が上意下達で支配されて一番の被害者が子どもたちであることは、歴史が証明していることです。外堀が滅茶苦茶に崩されて、教室だけで子どもたちを守ることはできないのですから。
ところで、この情宣をしていたところ、市教委教指導部課長が「マイクで言うのはやめろ!」と血相を変えて怒鳴ってきました。当然法で認められた行為だと思いましたから私は、「なぜマイクはいけないのですか?根拠となる法や条例を提示してください」と言いました。すると「今、ここにはない」と言って、引き返していきました。しばらくすると、同じ部署内の職員が遠くから私をカメラに収めていることに気づきました。すぐに追いかけ、名前を確認し、その後、撮ったデジカメのメモリーカードを引き渡してもらいました。私に責任はまったくないけれど、替わりに新品を買って渡しました。出費は1700円。職員課長には改めて、禁止の根拠となる法令を尋ねましたが、「今のところ見つからない(もしくは、探せない)」とのことでした。彼らは法を超え、権力を持つ者のおごりで確認もせずに動いたのか、と思いました。
 関東地方は昨日、梅雨入りをしたとか。市教委が校長を介し、「(校門前の)敷地に入るな」と言って来たので、今週から歩道に座っています。雨の日には1日中車が渋滞し、私の目の前で排気ガスを出しています。きつい臭いがつらく、高速道路の料金所で働く労働者や、有害物質と隣りあわせで働く労働者の大変さを想います。

6月8日(水)

登校時、昨日の二人、また挨拶運動。Tさんもやってきたので、二人のことを尋ねると、栄町町会で挨拶月間を決めたのだという。「会長はどうした?!」と言われてしまうから、仕方ない。来ないわけにはいかない」と。PTAが変な動きをすることはない、と思った。
 校長・副校長いつもの時間に来て、(1)6月20日の集会の件、市教委から連絡があった。(2)明日は校長、副校長とも留守にするので休んでほしい。常識の線で。と言った。
 2時間目頃だっただろうか。子どもに忘れ物を届けにいらした保護者と話をした。「日の丸になぜ礼をするのか、君が代は起立し歌うのか、子どもに説明せず、学習させず、ただやらせるというのは、教育ではないと思うんですよ。子どもに説明できないようなことを、学校はしてはいけない。だから私は立てないんです」と言うと、このお母さん、「子どもは何でも説明を求めますからね」と、納得してくれた。この方は、オール3問題の時二中生だったという。「当時、そのことについて深く考えたことはなかったけれど」ということだった。
 予防訴訟のTさん(青梅農林・定)が激励文を届けに来てくださった。

6月7日(火)

登校時、70歳くらいの男性2人、挨拶運動。PTA会長さんは私の隣に立った。仲良く(?)おしゃべりをした。
朝校長が来て、(1)市教委総務が「敷地に入れるな」と言ってきた。だから敷地に入らないでほしい(2)トイレのことも言ってきて「競輪場のトイレは?」と言ったが、「トイレは事務室に断って、私か副校長がつくから」と断った。(3)9日は校長も副校長もいないので、休んでもらえないか、と言った。(3)については、「考えて見ます」「この日は市教委に行こうかな」と返事をした。昨日の異動裁判で荒川さんに書いてもらった陳述書を提出したら、石津弁護士(?)から、本当に二中にいたかを校長に聞いてきたという。嫌がらせ以外の何ものでもない。先週までの門扉開閉業務ボランティア、返上。
朝、Eちゃんが「昨日どうしたの?」と心配して声をかけてくれた。他にも誰かが同じことを聞きに来てくれた。
Nさん、Hさん、Oさん(富士見町)日本電波ニュースのお二人、Kさんが来てくださった。Iさん、Sさん、取材に。

6月6日(月)

私は「出勤」しなかったが、それをみんなに告げ忘れて、Kさん、Eさんたちがそれぞれに校門前に行かれた。20人くらいで挨拶運動をしていたとのこと。

6月3日(金)

「処分を取り消し、学校に戻せ!」と要求し校門前に立って今日で4日が経ちました。道行く人がいろいろに声をかけていきます。ご近所にお住まいというお年寄りの女性2人と男性1人とは親しくなりました。この3人の方たちどなたもが、「戦争中のものの言えない時代に戻るようで本当に恐ろしい」とおっしゃいます。お一人は、全身から水分が蒸散していくほど日差しの強かった1日にジュースを差し入れてくださいました。とってもおいしく、小さい水筒の用意しかなかった時だったので、救われました。翌日からは大きな水筒を持参しています。
はじめは生徒たちのかなりが下校時に、「なぜ立たないと処分なの?」「誰が処分をしたの?」「生活どうするの?」「君が代って天皇の歌なんでしょ?」等々、質問してきました。そして昨日今日辺りは、「体大丈夫?」と気にしてくれたりしています。「先生がんばって!」と毎日言ってくれる生徒はたくさんいます。新聞をよく読むというある生徒は、「大勢の先生たちが君が代に反対の考えを持っているのに、実際に行動に移す先生はなかなかいない。だから先生は偉い」と言ってくれました。とっても勇気づけられています。生徒から与えられる力は百人力です。
 また、「なぜそんなに抵抗するんだろう?」「何で立てないの?」と不思議いっぱいの生徒もいるでしょうね。なぜ?を大きく膨らませ、今の社会を、人の生き方を考える一つの材料にしていってくれたら、と思います。
 よく日本人は、「指示待ち人間」「自分の意見を言わない」などと評されますが、子どものときに情報から遠ざけられ、考える機会を奪われていて、大人になって意見を求められても、できるものではないと思います。個人の意思決定を大事にする国では、家庭教育、学校教育段階で子どもたちに、政治的・社会的問題を当たり前に投げかけている点、大いに学びたいですね。
 お一人から、「子どもを刺激するな」という苦情をいただきました。処罰された一教員が校門前に立っていることで、生徒たちは動揺などしないと思います。私は、泣き寝入りせずに、私に起きた社会問題を明らかにしただけのことです。それは憲法で保障された行為だと思います。でも、苦情をお持ちの方ともぜひ意見交換をしたいと思っています。
 私は生徒たちからエネルギーをもらい、とっても元気です。
副校長は、「ボーナス、本当に0なんですか?」「ひどいですね」。校長は、出張からの帰り、下を向いて仕事をしていて気づかなかった私に声をかけ、「私も入れてあげたいよ」と。
 廃油のことと図書館のことを処理しなければならなかったので、職員室で「仕事」をし、帰りに副校長に、「月曜日は裁判だから来ません」と言ってきた。

5月31日(火)

停職「出勤」第1日目。朝職員室に行き、私の気持ちを書いた手紙を同僚たちの机上に配り、職員打ち合わせの時に発言をした。その後校長が「学校の敷地内からは出て行ってもらわなくては困る」と言う。「私は悪いことはしていない。仕事をしたい。処分は不当。だから、出て行く気持ちはまったくない」と告げ、しかし、意に反して校門外に出ることにした。
カレンダーの裏に「『君が代』斉唱で起立しないからと、1月停職処分! ・私が起立しなかったことで迷惑を受けた人はいますか? ・私はまちがっていると思うことには、命令でもしたがえないのです」と書き、プラカードにして座っていた。下校時刻までは行きかう人と話したりし、それはそれで面白かった。3時40分ころから下校が始まった。生徒はなぜ、私が校門外にいるかにわかには理解できず、訊いてくる。ひとしきり話をして1グループが引き上げると、途切れることなく、次のグループがやってくる。5時過ぎまで途切れることなく、にわか仕立ての意見交流会となった。「石原知事からひどいことをされても、正しいことをする先生を尊敬します。私もそう生きたい」なんて、言ってくれる生徒までいて、とってもエネルギーをもらった。私の受けた停職処分が、生徒たちが考えるきっかけになってくれればいいなと漠然と思っていたけれど、十分受け止めてもらえて、よかった!! とっても充実した1日でした。

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